95話 守護竜
よろしくお願い致します。
私は声を大にして叫ぶ。
「どんな困難な状況でも決して諦めない強靭な不屈心! それと全ての者を思いやる情け深い心を併せ持つ。そして手に持つ、世界の理さえも打ち砕く力を秘めた漆黒の剣! 私は彼女が、彼女こそがこの世界の理を見事に覆してくれる。必ず! そう信じているのだ!」
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私の放つ言葉を聞き、ヤオが息を押し殺したような笑い声を上げた。
「ふっふふ……ははははっ……ははははは──ふぅ~。いや、失礼。フォステリア様が、そのように人の事をお褒めになさるとは……貴女様は余程、そのデュオと言う人物に心酔なさっていると思われる。どうですかな?」
そのヤオの言葉に、私はあごに手を当て、頭を斜めに傾けながら自然に考える体勢となってしまう。
さて?……うーむ。
………。
「ああ、おそらくはそうなのかも知れない。私はデュオにまいってしまっているのかも知れないな……」
そう言葉が漏れていた。
……まあ、一応デュオは女なのだがな。詳細は不明だが……。
私の顔に笑みが浮かぶ。
こういうのも私らしくないのだが……ふふっ、全く、彼女と出会ってから調子が狂いっぱなしだ。
「何はともあれ、フォステリア様。ありがとうございます。貴女の今の言葉で、私は何やら救われたような気が致します。私もそのデュオと言う人物を信じてみたいものですな……まあ、老い先短い老骨ではありますが……はははっ」
「うむ。お互い生きる事に精一杯足掻いてみせよう。生きてさえいれば、幸福と感じる事は必ずある。美味しい食事を楽しむのも良いし、独り者ならば想い人を探し、恋愛してみるのも素敵かも知れない。あぁ、でもお主のその年では、さすがにそういう気は起こらぬか……ふふふっ」
「これはフォステリア様。手厳しい……はははっ」
そしてダート、ローランを含め、四人で笑い声が上がった。
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しばらく穏やかと思える時間が流れる。やがて、笑い声が止んだを機に、ヤオが口を開く。
「そう申されれば、そのデュオ殿は今、どちらに? 先日見掛けた時は容姿が可愛いらしい活発そうな娘でしたが。行動を共になされていたのでは?」
「………」
雰囲気も和んだ事だし、そろそろ本題に入るとしよう。
私は表情を引き締め、向かい合う三人の顔に視線を順に送る。そして視線を正面に戻し、話し始めた。
「私とデュオはあれからここを離れた後、情報を集める為、南東にあるロベルト公が治める街へと向かった。今となってはその街こそが、クリスが救援に向かった街だったのだが……そして焦土と化した街の探索を終えた時だった。例の黒い鎧の集団と遭遇したのだ。いや、待ち伏せを食らったというべきか……奴らの持つ力は強大だった……」
ここで私は一度、深く深呼吸をする。彼らは次の言葉を待っている様子だった。
「結局、戦闘が終わったその時。デュオの姿はなかった。他者から見ればなんて愚かだと笑い飛ばされるかも知れない。だが、デュオは自身のやさしさ、甘さ故にその身を崖下へと投げ出される結果となってしまった。口惜しい事だが……」
もしかすれば、私の声が震えていたのかも知れない。ヤオが少し驚きの表情を浮かべ、問い掛けの言葉を漏らす。
「それでは、デュオ殿は……」
その問い掛けに対し、私はヤオの顔をしっかりと見据えながら、力強く、はっきりとした口調で答えた。
「私は信じている! 彼女は……デュオは、こんな事で倒れてしまう程弱くはない! きっと、今は何処かで自身の目的に向かって、必ず動き出している筈。これは私の妄想や願望などではない! 絶対に、絶対に生きている!」
──デュオが死ぬ。そんな姿は全く想像ができない。
……そうだ。私は信じる。デュオの強さを!
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静かに目を閉じると、漆黒の剣を背負ったデュオの後ろ姿が目に浮かんできた。彼女はゆっくりとこちらに振り向く。
そして背にある剣を手に取り、得意気にヒュンッ、と音を立てながら、自身の右下へと振り下ろす。
彼女の顔は、片目を閉じ少し悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
私はそんなデュオの姿を、眩しそうに見つめている。やがて、彼女は自分の親指を自身に突き立て、そのまま私に向けてその拳を力強く振りかざしてみせた。
──私に任せろ!
そんな声が聞こえたような気がした──
ニカッと浮かべた満面の笑み。光る白い歯が、魅力的でとても眩しい。
私の中の不安、憂鬱、焦燥。そういった負の感情が、すーっと消えていくのを感じていた。
やはり、デュオ。彼女は強い。ならば、私は今の自分でしかできない事。その事に全精力を捧ぐのみ!
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私はヤオに声を掛ける。
「ヤオ。私が再びこの寺院を訪れた、その理由を言ってみてくれ」
その問いに、ヤオは訝しげな表情を浮かべながらも、それに答えてくる。
「……それは。若、クリスティーナ様に危機が迫っていると、そのようにフォステリア様が──」
「──心臓だ!」
私はヤオの言葉が終わるより早く、そう声を放つ。
「えっ!?」
「奴らの狙いは、クリスの『心臓』だ!」
私が言った言葉に、ヤオを含めた三人の顔が、驚愕の表情に凍り付いていく。
「黒い鎧の集団。奴らはその言葉を口にしていた。目的は心臓だと……クリスティーナの身体には、火の守護竜の封印が施されていると聞いている。それは本当の事か?」
「………」
私の問いにヤオは口を噤んだ。そして間が空き、やがて彼の口が開かれる。
「……それは事実です。若の身体には火の守護竜の封印が施されている。そしてもうご存知やも知れませぬが、その封印を解く方法は、若自身の生きて活動を続ける心臓を握り潰す事……しかし、その事は我々、竜人族をしても、火に寺院に属している一部の者しか知り得ぬ事実……フォステリア様。何故、貴女がその事を……?」
「クリス本人から聞いた」
私は矢継ぎ早にそう答える。
「そうでしたか……若……」
ヤオは苦しそうな声で呟いた。
「クリスはそれを生まれもっての宿命だと言っていた。悲しい事だな……」
「はい。余りに悲しい宿命です……」
「………」
「……ですが、その事実で我々、寺院に属する火の一族は、その結束をより強いものとしているのです。若を、クリスティーナ様をその呪われた宿命から護る。その為に……」
「ヤオ……」
そしてヤオは力強い口調で声を上げる。
「フォステリア様には感謝しております。若に迫る危機を我らにお教え頂いた事。我々、火の一族は全勢力を以てそれに対応する所存でございます!」
その宣言の声を受けて、ヤオの後ろに控えていたダート、ローラン両名の若い戦士も畏まる。
「心強い。よろしく頼む。皆で必ずクリスティーナを見付け出し、その危機から護り抜いてみせよう!」
私は三名にそう激を飛ばした。
「「応!!」」
ふたりの青年戦士の声が重ねて轟き、ヤオ老人が力強く頷く。
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──今の私がすべき事。
それは、私だけが知り得たクリスティーナに迫る危機を防ぐ事。きっとこの事が、私とデュオが目指す目的に繋がってくる。
私はそう確信していた。やがて、この事は次に考える考察によって、より強い確信へと変わっていく事になる。
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不意にヤオの後方で控えていた、ふたりの戦士のひとり、ローランが声を上げてきた。
「フォステリア様。少しよろしいでしょうか?」
「うん? 何だ。言ってくれ」
私は声を上げた青年に、視線を向けながら答える。
「はい。黒い鎧の奴らはクリス様の封印を解き、火の守護竜を復活させて、その後、一体何を企てているのでしょうか?」
「………」
私は無言で、質問の声を上げた青年戦士をじっと見据えた。
「ローラン! その事は我々が考え及ぶ事ではない。お前達は若を救う事だけを考えておればよい。控えよ!」
ヤオが叱咤の声を上げる。
「はっ! 申し訳あり──
「構わない! お前が疑問に思う事は最もだ。ヤオ、お主も気になっているのだろう?」
私はそう声を上げながら、ヤオに視線を移す。
「はっ! 確かに……ただ、その事が何を意味成すのかが、私には計り兼ねますが……」
「………」
火の守護竜──古代竜エクスハティオ。
強大な力を持つその存在を復活させ、黒い鎧の者達。いや、黒の魔導士アノニムは、何をしようとしているのだろうか?
その力を『滅びの時』に利用しようと考えているのだろうか?
「ヤオ。お主は火の守護竜以外の守護竜の事を知っているか?」
ヤオは頭を振りながら答える。
「……いえ。不詳ながら、私にはその存在があるという事しか、それに対する知識がございませぬ」
その答えを聞き、私は静かに声を発し始めた。
「地・火・風・水。四大精霊によってこの世界が創造された時。それを護る存在として同時に、それぞれの大精霊を守護する竜が創り出された」
──遥か古の時に。
「それが守護竜……」