91話 思考臨海突破!!
よろしくお願い致します。
私は自分の隣で座り込んでいる綺麗な女の子に、疑問に感じた事を問い掛けてみる。
「あの、クリス、出会った時と全然変わってないって、おかしくない? 君って、どう見ても10代前半にしか見えないんだけど……歳いくつなの?」
するとそれに反応し、彼女は再びキョトンとした表情を私に向けてくる。
……や、止めてよ。そんな上目遣いで私を見るのはっ!
私はその視線に耐えきれず、思わず視線を逸らしてしまう。
そんな美しい顔から、彼女は信じられない言葉を発してきた。
「えっ、僕? 僕は今年で、ちょうど80になったんやで~っ! どや、歳の割には結構大人びてるやろ?」
「………」
……さて、私は今、耳の調子が悪いのだろうか? 或いは、これが幻聴というやつなのだろうか……?
「うん?……あっ、せやな、デュオ姉は人間やもんな。え~っと、人間でゆうたら、僕は14か、15くらいやな。どやっ、めっちゃ大人っぽいやろ?」
「………」
……う~ん、どの辺を大人っぽいと感じるのかが、私には良く分かんない……そもそも他に色々と突っ込み所が満載なんだけど……ここは取りあえず、私の頭がまだ正常を保っている内に……。
「ええっ! 君って、本当に80歳なのっ、ホントに一体何者!?」
私は驚きの表情で、大声でそう叫んでしまっていた。
クリスは再び、キョトンとした表情で返事を返してくる。
「……そない驚かんでも……あっ、そうなんか、デュオ姉。もしかして、僕が人間ちゃうって事は、フォス姉から何も聞いてなかったん?」
─コクッコクッ─
私は驚きの表情を浮かべたまま、無言でひたすら頷く。
「僕は竜の血をその身に宿す。竜人族って、ゆうんや。ちなみに人間よりも寿命は遥かに長く、それに伴い、成長も遅いねん。そやからアレンと初めて会うた時、あいつはまだ6歳のガキんちょやったけど、僕は今のままの僕とほとんど変わってなかったんやわ。つまり、全然変わってへんってうゆうのは、そうゆう訳やねん」
─コクッコクッ─
私はまだ無言の頷きを、ひたすら繰り返している。
「うん、そやな。デュオ姉は知らんやろうけど、大精霊の『守護する者』は、それぞれに人間ちゃう種族が選ばれる。火の大精霊の場合、それが竜人族の族長である僕やった。つまりはそうゆう事や。どや、分かったやろ?」
─コクッコクッ─
私は尚も、無言の頷きを続けている。
すると、クリスは口元に手を添えながら思案顔になり、また何かを考えている様子だった。
「まあ、そやなぁ、元はとゆうたら、なんで僕なんかが族長に選ばれてもたんやろ。おかんがゆうには、僕がまだちっこい時に選ばれたっちゅうけど……ホンマ、他に誰かおらんかったんやろかって、思てしまうわ……」
クリスは相変わらず、癖の強い方言で話し続ける。
「……まあ、おかんは僕に族長には選ばれて欲しくなかったみたいやったけど……そやから、こんな名前に……はぁ~……」
……あ、あれ、何か、考え込んじゃってる??
私は少しボーッとしていた意識を、思い出すかのようにして彼女の方に意識を集中させた。
衝撃的な事実の告白に、少し我を見失っていたようだ……。
──いかんいかん。
クリスはうつ向きながら、深いため息をついている……やっぱり何か、少し落ち込んでいる様子。
私はその理由が分からず、彼女に声を掛けた。
「ねぇ、クリス。もしかして、落ち込んじゃってる?」
クリスは私の声に反応し、顔を上げて答えてくる。
「えっ、ああ、別に落ち込んでた訳やないで、ちょっと昔の事を思い出してただけや……」
私は再び、彼女に話し掛ける。
「そういえば、クリスのご両親は今、何処にいるの? やっぱり寺院の方?」
「へ?……いや……ってか、なんでなん?」
彼女は少し驚き、そう返してくる。
「いや、おかんがどうとかって言ってたから……『おかん』って、お母さんの事でしょう?」
私のその声に、クリスは再びうつ向く。そして地面をぼんやりと見つめたまま呟いた。
「おかんは病気で死んでもうてもうおらん。おとんの方は……知らんっ! 生まれてきてから、一回もおうた事すらないわ!」
「えっ、そうなんだ……ごめんね。私、無神経に言いたくない事まで聞いちゃって……本当にごめんなさい」
私は無神経な質問をしてしまった自分を責めながら、彼女に謝罪の言葉を言った。
「別にええで、気にせんといて。僕もおかんの事は、まだちっちゃかった時の事やから、ほとんど覚えてへんし……ただ、ホンマちょっと思い出してただけなんや……」
「……何を? あっ、いや、言いたくなかったら別にいいよ」
するとクリスはくすっと笑い声を漏らしながら、答えてくる。
「別にええで、そんな堅苦しい話ちゃうから……でも、まあ、僕にとったらかなり深刻な問題なんやけど……」
そして彼女は続ける。
「僕の『クリスティーナ』って、ゆう名前にはな、おかんの特別な思いが込められてるねん」
「………」
「竜人族の族長に選ばれる。それは同時に、火の大精霊を『守護する者』に選ばれる事にもなるんや……それともうひとつ、呪われた宿命を己の身に宿らせてしまう事になる……多分、おかんは僕にそうはなって欲しくなかったんやろな……」
「………」
「僕達、竜人族はな、人間と違う所は……まあ、身体能力の高さや、魔力の高さ。後、見た目でゆうたら、ちょっとだけ耳の先っちょが尖ってたり、目の瞳孔の形状が少し細かったり、色々、あるんやけど……一番の異なる事は、母親からタマゴの形で生まれてくる事や」
──えぇっ!
「……そっ、そうなんだ……」
そんな衝撃的告白に戸惑いながらも、私は次の言葉を待つ。
「ほんでな、母親は生まれてきたそのタマゴが孵るまでの、約一年間、我が子となるタマゴに名前をつけて暖め続けるんや……そのつけた名前で、やさしくタマゴに向けて囁きながら……」
「………」
「僕達の世代の竜人族は希少で、男子が生まれれば、ほぼ族長に選ばれるのは確定やった。そやけど、女の子が生まれれば、選ばれる事はない……そやから、おかんは生まれてきたタマゴに『クリスティーナ』ってゆう、めっちゃ女の子っぽい名前をつけて、願いを込めながら暖め続けたんや……」
「………」
……うん、感動的ないい話だ……だけど、何でだろう? 何か違和感があるような……気のせい??
「……せやけど、おかんのその願いも虚しく届かず、一年間暖め続けたタマゴがいざ孵ってみると、中から元気な男の子が大きな産声を上げて出てきました!──それが、僕。クリスティーナって訳や! どやっ、びっくりしたやろっ!!」
─────
はいっ! 勿論、びっくりしますとも!…………って、えっ、今、何って言ったの……この子……。
私はクリスが放った言葉の意味に、思考が追い付かず、その場で呆けてしまう。
「おーーいっ、聞いとるん? デュオ姉、僕は女の子じゃなくて、こう見えてもれっきとした男の子なんやでっ!」
─────
……うん。何かすっごい冗談を言ってるよこの子……ったく、しょうがないな……
「そやから、僕は『クリスティーナ』って、呼ばれるのがメッチャ嫌なんや! これで分かって貰た? そやから、これからもクリス──いや、『クリス君』って呼んでーーなっ! なあ、聞いてるん? デュオ姉!」
今度は私の方がうつ向き加減になって、低ぅーーい、声でクリスティーナに問い掛けた。
「……それって、何処までが冗談で何処までが本当なんっ!?」
……うっ! 思わず訛りが移ってしまってる!!
少し間が空き、クリスの妙に明るい声が、私の限界寸前の頭に響いてくる。
─────
「ぜーーっんぶ、ホンマの事やでっ!『本気』の事! 僕は完全な男の子!!」
………………へ??
──ヒョウォォォォ
私とクリスティーナとの間に、冗談のような一陣のつむじ風が吹くのであった……。
─────
「ええええぇぇぇぇぇーーーーっ!──お──あ──い──う──」
──えっ???
─────
もう今までのクリスティーナの秘密の告白が、一気に吹き飛ぶかのような止めの衝撃的告白に、私は飛び上がり、最早、そのまま唖然と立ち尽くす事しかできなかった。
そんな私にクリスティーナは尚も、追い討ちとなる言葉を放ってきた。
「そういう訳で、デュオ姉にお願いがあんねんけど……」
「……はあ、何でしょうか……?」
私は混乱した頭で、そう生返事を返す。
「──デュオ姉。僕のタマゴを産んでくれへんやろか……?」
─────
──えっ、この子、さっき何て言ったの……?
──私が……。
──タマゴを……。
──産む……。
クリスティーナは真剣な眼差しで、私の目を見つめている……。
………。
──タマゴ。
─────
「……ぷっ、あはっ、何それ、可笑しいっ! あはっ、あはははははっ!!」
その言葉に堪らず、盛大に噴き出してしまう、私。
そんな私を見て、クリスティーナは頬を膨らませ、何やら不満気な表情で睨み付けてくる。
「えぇーーっ! デュオ姉っ、そこ笑うとこちゃうでっ!……でも、あれ、おかしいな。なんでなんや……あれ、僕の『必殺の口説き文句』やったんやけどなぁ~~、あれぇ……うーーん……」
……アレが『口説き文句』……なのか……?
「大概のおねえさんが、今ので顔を赤く染めて、うっとりとして僕に抱き付いてきよるんやけどなぁ~~、あれぇ……おっかしいなぁ~~」
……ふふっ、やっぱりこの子、何か面白いな……。
「う~ん、これで、あの口説き文句が通用せえへんかったんは、デュオ姉とフォス姉のふたりだけやな……」
……あれ、フォリーさんにも言ったんだ……。
「えっ? あれ、フォリーさんにも言ったの!?」
「ええっ?……うん、まあ、ゆうた事あるけど……」
「何てっ!?」
「……すんごい綺麗な笑顔で、強烈な拳のストレートをぶちかまされました……」
……うん、まあ、多分、そうなるだろうな……くすっ。
私はまた可笑しくなり、思わず笑い出してしまう。
「ふふっ、あははははっ!」
クリスティーナも、私につられて笑い声を上げる。
「えへへ、あはっ、あはははっ!」
─────
ふたりひとしきり笑い合った所で、私は、彼女……じゃなかった。彼に問い掛けた。
「クリス君って、あるんだ……そういう『経験』が……」
「えっ……?」
「……その……タマゴを作るっていう、その経験が……」
「そ、そんなん、あるに決まっとるやろっ、僕を誰やと思ってんねん!」
その私の言葉に、彼は急に顔を赤らめ、そっぽ向く。
あっ、こりゃないな……くすっ、口だけか……。
「そういうデュオ姉は、どうやねんっ!?」
「えっ、私?」
「そうやっ!」
………。
「……ないよ。したいとも思わないし……でも、まあ、好きな人となら……いずれは……ね?」
「なんや、それっ!……その、デュオ姉って、好きな人とかおるん?」
「……それは」
「それは?」
「……ないしょ」
私は人差し指を口元に当てながら、少しおどけた口調で言った。そして続ける。
「そんな事より、クリス君、さっきの必殺の口説き文句とやらを、もう一度、私に言ってみて」
「ええっ、何でなんっ」
「いいから、言ってみて!」
彼は再び、真剣な眼差しで私を見つめてくる……そして──
「デュオ姉。僕のタマゴを産んでくれへんやろか?──キリッ」
「………」
……ぷっ……だ、ダメだ……やっぱり我慢できない……。
「ぷっ、あはっ、あはははははっ!!」
再び、私は笑い出す。
「……何やねん、一体……もうっ!」
クリスティーナ、いや、クリス君は、又も不満そうな声を上げる。
「あはははっ……ふぅ……はぁ~、ダメだ。まずその口説き文句とやらをどうにかしなきゃ、いつまで経っても彼女できないよ、クリス君」
「えぇっ! そうなんっ!?」
「はい! そうなんですっ!」
「………」
すると、クリス君はプルプルと身体を震わせながら、声を上げてきた。
「──デュオ姉えぇぇーーっ!!」
「あはははっ、ごめんごめん、言い過ぎた。許して……あはははっ!」
「いーーやっ、絶対、許さへんでっ!!」
「怖っ! あはははっ」
─────
─キシャアァァァァーーッ
………。
何処か遠くで、聞き覚えのある音。いや、雄叫びの声が響いてきた……。
その声に反応し、クリス君は声がする方へと顔を向ける。
─────
「……デュオ姉、どうやら、ここから早う、とんずらした方が良さそうや……」
「……うん。そうみたいだね」
私達は準備をし、この場所から立ち去ろうと動き出した。
「そういえば、クリス君は、なんでこの場所にきたの?」
彼は私の前を歩きながら、振り向かずに答えてくる。
「……最初はあの黒い鎧の奴らの後を、追ってたんや……やけど、違ってた……」
「えっ?」
「……違ってたんや。追われてたのは僕の方やった……僕は奴らに、まんまと誘き出されてしもとったんや……それで、この場所に逃げ込んできたんや!」
「え、それって、どういう──」
彼は急に立ち止まり、そして振り返る。その顔は真剣な面持ちだった。
「奴らのホンマの狙いは、僕や! 僕の身体にある呪われた封印を解く事!!」
「え……?」
─────
「火の守護竜──劫火竜、エクスハティオの復活!!」
「………」
……ごうかりゅう……エクス……ハティオ……?
─────
─ゴゴッ……ゴゴゴゴゴッ……
「えっ、な、何?」
「な、何やっ!?」
クリス君の、その言葉が終わるのと同時に、突然、地面が激しく揺れ、周囲から地割れのような音が鳴り響く。
地下洞全体が軋む悲鳴の音を立て、天井からパラパラと小石の雨が降ってくる。
その激しい地面の震動によって、私達ふたりは足を取られ、最早、動く事すらできなくなる。
そして──
─ドガッ─ドガッ─ドガッ──
─キシャアァァァーーッ
あっ……
─ドガッ─ドガッ─ドガッ─ドガッ─ドガッ─ドガッ─ドガッ─ドガッ─ドガッ─ドガッ─ドガッ─ドガッ─ドガッ─ドガッ─ドガッ─ドガッ─ドガッ─ドガッ!
ああ……
─キシャアァァァァーーッ──キシャアァァァァーーッ──キシャアァァァァーーッ──キシャアァァァァーーッ──キシャアァァァァーーッ──キシャアァァァァーーッ──キシャアァァァァーーッ──キシャアァァァァーーッ──キシャアァァァァーーッ──キシャアァァァァーーッ──キシャアァァァァーーッ──キシャアァァァァーーッ──キシャアァァァァーーッ──キシャアァァァァーーッ!
……ああ、な、何……
──ドガガガッ!!
──ギャッシャアアアァァァァーーッ──!!
─────
……何、これ……。