90話 幼馴染み
よろしくお願い致します。
ジットリとした眼差しを、こちらへと向ける美しい少女。
私は前に、フォリーさんから聞いていたそれを確かめる為に、彼女に問い掛ける。
「もしかして、君の名前はクリスティーナって、言わない?」
その問い掛けに、彼女は驚きの表情を浮かべた。
「な、何でなんっ、なんで僕の名前を知ってるんや? 姉さんホンマ、一体、何者なんっ!?」
その慌てた格好が可笑しくて、今度は私の口から笑い声が漏れる。
「くすっ、やっぱりそうなんだ、私の名前はデュオ──デュオ・エタニティ。君の事はフォステリアさんから聞いてる。よろしくね」
「えっ、姉さん、フォス姉と知り合いなん?」
……フォス姉。はて?──ああ、フォリーさんの事か。
「はい、そうなんです!……くすっ」
ちょっとふざけた私の返事に、彼女は冷ややかな視線を向けてくる。
「……姉さん、今、僕の事バカにしたやろ?」
「あっ、ごめんごめん、君のその訛りが珍しかったから……その、つい……あはははっ」
私は笑って誤魔化しながら、ペコリと頭を下げ、謝った。
「まあ、別にええわ。どうせ僕、実際にド辺境出身やしな。それよりも、え~っと、これから姉さんの事、デュオ姉って、呼ばさせて貰うわ」
デュオ姉……やっぱ、そうなるんだ。
「それとな、僕の事はクリスって、略して呼んでくれへん?」
「なんで?」
「う~ん、そやな……」
彼女は私の問いをはぐらかして、言葉を続ける。
「そんな事より、フォス姉は今、何処におるん?」
!!──ああっ
「説明すれば長くなるんだけど……ちょっとそこにでも座らない? 今までの事、説明するから」
「別に構へんけど……」
そして私達は隣り合わせとなって地面に座り込んだ──その際、右手にある剣がずっと持ちっぱなしである事に気付く。
ちょっとこのままじゃ、邪魔だな……。
私がそう思うと、それに反応するかのように、黒い小型剣が私の右手からスルッと独りでに離れていく。
どうやら、例の一本だけ残った触手と繋がっているようだ。
そして、それは私の右肩後方の位置で触手によって固定されていた。
──へぇ~、便利なもんだね。
私は思わず、心の中で感嘆の声を上げていた。
─────
そして私はクリスに説明をする。
私達とフォリーさんが出会ってからの事、それから、今に至るまでの経緯とその目的──
勿論、アルと私、ノエルの事は秘密にしてある。
─────
「ふ~ん、そうなんや。ちょうど僕と行き違いになってしもてたんやな……火の大精霊に会わせるのは現状、僕がこうなってもとるから、後回しにして貰う事にして……」
クリスは口元を手で撫でながら、思案顔で話を続ける。
「後に残されてもたフォス姉の事も気になるし、デュオ姉が探してる、その黒い剣っちゅうのも見つけなあかんし……それに、僕の用事もあるしなぁ~」
……? そういえば、クリスがなんでここにいるのか、その理由をまだ知らないな。
「そういえば、クリスはなんでこんな場所にいるの? 何処かに出掛けてたんじゃなかったっけ?」
私の問い掛けに、考え事をしていた彼女は、急にキョトンとした表情を私に向けてくる。
その不意を衝かれた少し上目遣いの表情を見て、私は思わずドキッとしてしまう。
──わあ、やっぱりこの子、すっごく綺麗だ!
「そうやな、そしたら、今度はこっちの事情を説明するわ」
おっと、見とれてる場合じゃない。
私はクリスの方へ向き直り、彼女の言葉を待つ。
─────
「……あれはいつくらいやろ? 確か、あいつが6歳の時やったから、今から13年前くらいになるんかな? ある街で迷子になって、泣いてる男の子と会うたんや……その男の子の名前はアレンって言うた……」
彼女は遠くを見るような目で、そして、寂しさを感じさせる表情で話し始めた。
「そのアレンって子は、近くの街に住む公爵家の一人息子やった。そいで、迷子になって助けてやったその日から、妙に僕になついてきよったねん。それから、僕はちょくちょく公爵家の街に出掛けるようになって、気付いたら友達になってもとった……いわゆる幼馴染みっていうやつやな」
クリスは、そのまま話を続ける。
「僕にも周りに子供の友達はおらへんかったし、正直ゆうて嬉しかった……そんで、色々ふたりで遊んだり、他愛もない話ではしゃいだりして……うん。そやな、あの時の時間はめっちゃ楽しかった。でも──」
「……でも?」
少し言葉を途切らせる彼女に、私は短くそう問い掛けた。
「アレンが10歳になった時やった。ノースデイ王家が、自身に嫡男がいないのを理由に、アレンは公爵家からこの国の次の王、第一王子として、遠く離れた王都に向かい入れられる事になってもうた……友達やった僕らは、離ればなれになってしもうたんや……」
「………」
少し間が空き、静かな時が流れる。
─────
「好き……だったんだ?」
私はクリスに、静かな声でそう問い掛けた。
「……え?」
彼女は少し驚きながら、私の方に目を向けてくる。
「好きだったんだ、そのアレンって、男の子の事が……?」
私のその言葉にクリスはうつ向き、そして、答える。
「……うん。多分、そうなんやろな。僕、アレンの事が好きやったんやろな……」
─────
すると突然、クリスは顔を上げ、慌てた様子で私に向かって声を上げてきた。
「で、でも違うでっ! これは好きは好きでも、友情の好きっていうやつなんやでっ!!」
くすっ……照れてる、照れてる。
私は慌てながら否定の声を上げる彼女の姿を見て、そう思った……そう、この時の私は、クリスティーナが照れ隠しで、そう言ってるのだと思っていたのだ。
─────
「で、それから、どうなったの?」
私は彼女に、話の続きを催促する。
「えっ……ああ、そやな。それから、しばらくたってから、僕は気になる噂話を耳にしてしもうたんや」
「噂?」
「そうや、噂や。ノースデイ王とある側室の間に、新に男児が授かったという噂やった……その噂を聞いて僕は当時、凄く嫌な予感を感じて、めっちゃ不安になったのを、今でも良く覚えてんねん……」
「………」
「そして、時が経ち、数ヵ月前にその嫌な予感は的中してしもた……ノースデイ王が突然、第一王子であるアレンを廃嫡し、その身を王都地下に幽閉したんや! 次に実子である第二王子を、新にその王位継承権の地位に据え置いた!」
クリスの口調が、だんだんと熱を帯びてくる。
「それに対して、実父であるロベルト公爵が速急に反乱の兵を挙げた! 次に火の大精霊の寺院。すなわち、僕の所にも援軍の要請がやってきた! 息子を助ける為に力を貸してくれって……」
そこまで話して、彼女は力なく項垂れた……やがて、またポツリと話し出す。
「僕は直ぐにでもそれに応じ、アレンの親父さんを助けてやりたかった。せやけど、火の寺院の責任者として、火の大精霊を『守護する者』としての立場が、その事を許してくれへんかった……『人間が形成する社会と直接関わる事を禁ず』、それが僕ら、火の一族の掟なんや……」
クリスは力ない声で、話を続ける。
「やがて、王国と反乱軍との戦いは、ひとまず膠着状態に陥る事になってしまう。この国に黒い鎧の軍勢が、進攻してきおったんや。確かミッドガ・なんたらっちゅう国や……そいつらが、このノースデイ王国を攻めてる間に、アレンの親父さんと、あわよくばアレンも助け出す為に、僕は何とか寺院の皆を説き伏せようと試みた。そやけど──」
私は黙って、彼女の話に耳を傾ける。
「数日前、突然、その姿を掻き消すようにして、黒い鎧の軍勢達は自分の国へと引き上げよったんや。それによって再び王国の討伐軍が、その規模を大きくしてロベルト公爵率いる反乱軍を攻め立ててきた! 公爵の反乱軍も果敢にそれに立ち向かった……やけど、やがて戦いに敗れ、アレンの親父さんであるロベルト公爵は自身の領地である街にて、王国の討伐軍に取り囲まれる状況になってしもうてた……再度きた公爵の使者に、僕はもう掟を無視し、破る事になっても、ふたりの部下を引き連れて外に飛び出してしもうてた! そうや、全てはアレンの親父さんの軍勢を……いや、アレンを助け出すその為に!」
クリスは急に声を荒げ、誰もいない筈の前方を見据えた。
……その時の事を、思い出しているのだろうか?
やがて、再び項垂れる。
「……僕達がその街に辿り着いた時、その場所は、もう既に炎に包まれてしもうてた……ああ、間に合わへんかった。こうなってもた以上、早ようアレンを助けに王都に向かわんと……そう、思うてた時や、僕の目に奴らの姿が飛び込んできおったんや……」
「奴らって、まさか……」
「そうや、黒い鎧の奴らや」
彼女は少し顔を上げて、話を続ける。
「その時に思うたんや、なんでここにおる筈のないミッドガ・なんたらって、奴らの姿があるんやって……これはアレンの事と何か関係があるんちゃうか?……僕はそう考えて、黒い鎧の奴らの後を追う事にしたんや……」
クリスは視線を地面の一点に落としながら、弱々しい声で続ける。
「何とかしたいんや、どうにかして助け出したいんや……アレンの事。僕が幼馴染みと呼べるたったひとりの奴やから……」
「………」
「……そうか、もう出会ってから13年、経つんやなぁ~、ごっつう、立派になってんやろなぁ~、僕なんか出会った頃と全然、変わってへんけど……会うてみたいなぁ……」
私は少し感傷的になりながら、彼女の話す言葉に聞き入っていた。
……うん、良く分かるよ。その気持ち。この子、やっぱりアレンって言う人の事が好きなんだな……って、えっ、確か、全然、変わってないって言ってたよね? そういえば、クリスって今、何歳なんだろう……。
私は何となく、その事が妙に引っ掛かり、彼女に質問してみる事にした。
─────
……まさか、何気ないその質問が、この後、展開される怒涛のような驚愕の事実に結び付く事になろうとは、その時の私には夢にも思わなかったのであった。