7話 さよならパグゾウ そして初めまして?
よろしくお願い致します。
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「ああ、腹減った……」
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あれから数日間、俺は大きな川を見付け、流れに沿ってその畔をずっと歩き続けていた。
その間、鎧熊とか豚鬼の集団などの魔物と遭遇し、戦闘を余儀なくされる状況に陥った時もあったが、魔剣の力によって何とか生き長らえている。
ただ、空腹だけはどうしようもない。
……いや、ホントに。
俺はその場に座り込み、肩に掛けていた麻袋を下ろしてその中身をまさぐった。取り出せたのは僅かな干し肉とひとつの小さな果物。
──それだけ。
……ううむ……。
「はあああぁぁ~~。こんな事になるんだったら、もうひと袋分、頂戴しとくんだったなぁ……」
◇◇◇
あの異様のゴブリンとの戦闘を終えた俺は、じっちゃんの首を布地で覆い隠し、それをコボルト達に返す為にコボルトの集落に向かった。
ただ、俺自身はもう彼らと顔を合わすつもりはない──何故なら。
俺は剣だったあの時。最初に出会う事となった今の自分の身体であるコボルトの身体を支配し、その精神を消滅させた。
そう、今の俺の身体である本来のコボルトは、既に存在していないのだ。
いずれ俺がこの身体を手放す──その時がきたら、おそらく精神を失ったこのコボルトは、身体を自由に動かすこともできず、自我もなく、ただ呼吸するだけの生命だけが残った存在。
そんな者となってしまうのだろう。
まあ、この可哀想な存在の事は、その時に考えるとして、取りあえずはそういう事なんだ……。
今の俺はパグゾウであって、あのコボルトではないのだ。そしてそんな俺も、もう直ぐにこの場所から立ち去るつもりだ。
──ゴブリンの軍勢を打ち破り、コボルト達のこと。クロト達三匹のことを助ける──
パグゾウとして打ち立てたその目的は、すでに達成した。次の俺の目的は“人間になる”事。
だから、その為にこの場所に留まることはできないんだ──
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やがてコボルトの集落である、洞窟の入口が見えてくる。その入口の前に三匹のコボルトが互いの身体を寄せ合うようにして、うずくまっているのが確認できた。
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あれはクロト。それにクリボーとシロナか。そうか、俺の事。ずっと待っててくれてたんだな。やっぱり何か嬉しいな、こういうの……。
俺は辺りを伺い、見覚えのある大きな岩を探し出す。
え~っと、確かあそこら辺に置いたはずだ。んーっと、あった。食料が詰まった麻袋。
それを手に取り、左肩に掛ける。
ふとその時に、傍に転がっている一本の長槍が目に入ってきた。
………。
俺はその槍の持ち手部分に、コボルトの族長であるじっちゃんの首を包んでいる布ごと括り付ける。そしてそれを、クロト達がうずくまっている場所。その手前に突き立てるように投げ付けた。
音を立てその穂先が刺さり、長槍が地面に突き立てられる。
クロト達は慌てて飛び起き、その持ち手に括り付けられた布に包まれている中身を確認すると、次に急いでその首を左右に振りながら、辺りを見渡しているようだった。
多分、俺の事を探してるんだろう。
そんな様子を、しばらく俺は身を屈めながら見ていた。
やがてその体勢のまま、見付からないように後退りを始める。
「もう、パグゾウとしてお前達とは二度と会うことはないだろう。だから、クロト、クリボー、シロナ。三匹とも元気でな──」
そう呟いて俺は後ろに振り返り、駆け出した。
その時に背後から聞こえてくる犬の遠吠え。
──アオオオォォーーンッッ
何故かその犬の遠吠えの声が、俺にはとても寂しい響きに感じ取れたのだった。
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「……さよなら──」
◇◇◇
川の畔に座り込んだ俺は、最後となった食料の干し肉を味わって飲み込み、果物をかじる。
川上から川下に向かって行けば、いずれ人間が生活している村か街とかを見付けられると思ったんだけどな。
だけど、もうこれで食料が尽きてしまった。まだまだ見付かりそうな気配もないし……。
──さて、どうするかな?
コボルトのこの身体で川での食料確保は、無理っぽそうだし、取りあえずは一度、山に入って食料を調達しに行こうかな?
そんなことを考えている最中だった。
───
──ザッバアアアァァッ!!
「──な!?」
異常な水の音と共に、目の前が真っ暗になる。
そして次に全身に激痛が走った!
「が、がはっ!」
目に入る視界は、自分の身体から流れ出る血で真っ赤に染まってぼやけ、身体がバラバラに切り裂かれる!
そんな狂いそうな激しい痛みに、気を失いそうになる!
───
──がっ、がああああああああっ!!
……い、一体、何が……起こってるんだ……が、がはっ!……も、もう剣に……手を伸ばす事すら……できない……。
ま、まさか……こんな……簡単に……やられる事……になる……なんて──うぐっ!!
……死んでしまう……事になって……ホントに……ごめんな……パグゾウ……それと……今まで俺に……身体を貸して……くれて……あ……ありが……とう……。
──ホン……ト……に……ご……めん──
───
俺は微かに感じる光に向けて、心の中で言葉を思い浮かべる。
『──触手突き刺す 身体を支配する 精神を消滅させる──』
その言葉を頭にした時。一瞬、意識がなくなった感覚に陥り、そして真っ暗闇になった。
次に今まで感じていた全身の激しい痛みが嘘のように消え、再び俺の目に光が戻ってきた。
◇◇◇
───
……んん? 辺りが何だか白っぽいぞ? それに、この浮遊感。
「………」
ここは水中……どうやら川の中のようだな。
──ゴポッ……。
取りあえず一旦、陸地に上がろう。
俺は川岸に向かい、泳ぎ出す。
やがて陸地に上がった俺は、なるべく自分の姿が目に入ってこないようにしながら、ゆっくりと振り返り、穏やかに流れる川に映った自身の姿を確認した。
二本足で立つその姿は──
鰐のような頭をした、巨大な大トカゲだった。
「うげっ、こ、今度は蜥蜴人かよ! こんな姿じゃ人間の所に近付くことすらできねーーっ、嫌だあああああああーーっ! どんどん俺の目的から遠ざかってるうううううーーっ!!」
頭を上に向けて天を仰ぎながら、大きく嘆く
このあまりの急展開に、さっきまで自分の身体だったコボルト、パグゾウの死を悼む気持ちは、最早一気に吹き飛んでしまっていた。
──ぐふっ!