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一心同体の魔人 ─魔剣と少女、Duoが奏でる冒険譚─  作者: Ayuwan
7章 火の精霊編 小さな王子の小さなクーデター
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85話 小さな第二王子と囚われの第一王子

よろしくお願い致します。



                   ◇◇◇





 ───


 外は今、雨が降っていた──


 おそらくは凍えるような冷たさ、そして暗い曇天の雨雲。薄暗い部屋の中で窓越しにひとりの少年が、覗き込むように悲しそうな視線を外へと向けていた。

 彼の視線の先は、この王城から遠く離れた場所にある王都地下牢獄がある方角へと、その場所を追うようにして向けられる。




       挿絵(By みてみん)




「……お兄ちゃん……」


 窓の外へと目を向ける少年。ノースデイ王国第二王子であるコリィは、小さな声でそう呼び掛けた。


 ───


 ここ数日間でこの幼い少年を取り巻く日常の日々は著しく、そして彼にとってはとても悲しい出来事となって、その形を変えてしまう事となった。




                   ◇◇◇




 王である父さんから僕に向けられている愛情は、親から子供に対して向けられるそれではなく、ただ血の繋がりを持つだけのまるで自分の所有物(どうぐ)に向けらる感情なんだと、子供ながらにずっとそう感じてた。

 母さんと呼ばさせられている女の人から、僕に向けられる感情もきっと、また違った作られた愛情なんだろう。


 自分の子供を子としてではなく、自分の王家の血筋をより強く確実なものとする為に、僕は父さんと母さんから血の繋がりを持つ自分の分身として、とてもとても大切に愛されていた。


 そう、子供としてではなく『道具』として──


 父さんと母さんの僕に向けられる笑顔を見れば、それはとても良く分かる。


 目だけが笑ってないんだ──


 そしてこの変と思う愛情は、僕が物心ついた頃から既に気付いてたんだ。多分、小さい時からずっとそうだったのだと思う……だけど。


 ──兄ちゃん、アレン兄ちゃんだけは違っていた。


 学問も分からない事があれば、親身になって分かるまで教えてくれた。剣術、馬術の稽古も、急ぐ事なく僕のペースに合わせて真剣に取り組んでくれた。そして何より、失敗したり、誤って怪我しちゃった時も、本気で心配し、僕の事を気遣い、いつも助けてくれた。


 僕はそれに対してお礼を言う。


 そんな時に返ってくる兄ちゃんの言葉は、いつも決まっていた。



 ──「礼なんて要らないよ、困っている時はお互いに助け合う。そんなの当たり前じゃないか、だって僕達は家族……いや、たったふたりだけの兄弟なんだから」──



 そう言う時の兄ちゃんは、僕に向かって目を細めて笑顔を向けてくる。その向けてくれる笑顔は父さんや母さんのそれとは違い、僕の事を思いやってくれている。そう実感できるとても暖かなやさしい笑顔だった。


 生まれてきてから今までに経験してきた楽しいと思える事、悲しいと感じる事、全部の思い出や、様々なものとか、色んな人達との出会いと別れ、そして決めた自分の未来の目的。


 アレン兄ちゃんは、それを生きている『証』だと僕に教えてくれた。


 以来、僕にとって、その言葉はとても特別で大切に思っている。


 ─────


 そして時間(とき)は過ぎて行く。


 ─────


 アレン兄ちゃんは子供の僕が言うのも何だけど、とても立派で、カッコ良く、強くやさしい次の王様に相応しい人格者になってた。

 その頃に僕の耳に届いてくる兄ちゃんの国民からの風評は、良い評価の噂話ばかりで、このノースデイ王国の国民、みんなからもとても親しまれ、期待されている事が良く分かった。


 ある日に僕は兄ちゃんにこう聞いた事があった。



 ─────



「兄ちゃんって、ホントに凄いよね。僕、子供だからまだ良く分かんないけど、どうしていつも学問や剣術、いや、全部の事に対して、そんなに真剣になってがんばれるの?」


 それに対して兄ちゃんは、僕の頭にフワリと手を乗せ、答えてくる。


「僕は本来なら王になれる筈のない人間だった」


「??」


「だけど何の運命か、今は次のこの国の王になる事が決まった。だったら、それに対して僕は父上の、国民の期待に応える責務がある」


「うん」


「だから僕は今、それに応える為に、自分ができる精一杯の努力をしているんだ。僕は父上や国民の期待に添えるような人物になり、将来はこのノースデイ王国の国民、皆が今より豊かで幸せと感じる国を作り上げて行きたいと考えている。その時は──」


 そして兄ちゃんは僕の頭に乗せていた手を離し、代わりにその手を僕に差し出してきた。それに答え、僕は兄ちゃんの手を強く握り締める。


「コリィ、君も是非僕に力を貸して欲しい。兄弟ふたりで力を合わせて、この国をより良い国にして行こう」


「──うん、絶対に約束だよ。兄ちゃん」


「ああ、僕達ふたりだけの約束だ──」



 ─────



 その事がとても嬉しくて、それが僕の将来の目的となった。大きくなったら、王様となった兄ちゃんと力を合わせてこの国をより一層、国民のみんなが幸せになるような、そんな国を作って行けたらいいな。


 その時の僕はそう思っていた──だけど


 ──数日前、僕とアレン兄ちゃんの日常は、音を立てて崩れ落ちていった。



 ─────



 その日の夜。部屋の中、眠りから覚めた僕は、いつもと違う雰囲気に気が付いた。何か近くで人が争う声と、剣と剣とが激しく交わるような音が聞こえてくる。

 そしてそう感じた時に、何人かの兵士が僕の部屋の中へ入ってきた。


 ─────


「コリィ王子! 緊急事態が発生しました! 我々は王の命を受け、それにより馳せ参じました。王子の身柄をお護りし、安全な場所までお連れするよう厳命を受けております! さあ、早くこちらへ」


 僕は言われるがままにひとりの兵士に手を取られ、そのままこの場所から連れ出される。


「一体何があったの?」


 その兵士に僕は声を掛けて聞いてみた。


「アレン王子に反逆の疑惑が浮上しました。今、アレン王子の身柄の確保と城内のその勢力粛清の為、我々が動いております。コリィ王子は何もご心配する必要はありません」


「──え……今なんて……?」


 僕はその兵士の返事の内容に驚く。そしてその事が僕にとって、とても信じれるものじゃなかった。


「そ、そんな事! 兄ちゃんがそんな事する訳がない! こんなの絶対におかしいよっ!」


 そう大声を上げる僕を無視しながら、力ずくで兵士は僕を部屋の外へと連れ出す。


 そして廊下に出た時に、僕は兄ちゃんの部屋がある場所に目を向けた。そこには兄ちゃんの部屋の前で兵士達が戦っている姿が目に入ってきた。


「どうして……何が起こってるの?」


 そんな僕の目の前で、兄ちゃんの部屋を守る兵士達がひとり、またひとりと倒れていく。でも、そんな光景も、僕をこの場所から運び出そうとする兵士達によって遠ざかって行く。


 そんな中、最後に僕は兄ちゃんがいる筈の部屋に向かって大声で叫んでいた。


「──お兄ちゃんっ!」



 ─────



 それから夜明け後、僕は父さんの前に呼び出された。


「我が国の第一王子、そして王位継承権を持つアレンを反逆の疑惑によって、その権利を剥奪した。それにより第二王子であるコリィよ、お前が今日(こんにち)を以て、このノースデイ王国の次の王位継承権を与える事が決定した。以後より一層励むが良い。期待しているぞ」


 僕は父さんが言ったその言葉が信じられなかった、


「父上! 何かの間違いです! 兄さんが反逆を考えてたなんて、そんなの絶対にあり得ません! 兄さんはこの国の事を誰よりも一番大切に考えていた。それなのに反逆だなんて……」


「一番大切に考えていたからではないのか?」


「──え?」


 僕は父さんのその言葉の意味が分からなかった。


「……ふむ、こうなれば良い機会だ。今から話す事はお前はまだ知らぬ事だが、紛れもない事実だ。そしてこの事実を知る事によって、コリィ、お前が次の王たる人間である事が理解できるであろう」


 ─────


 ──父さんから語られる第一王子としてのアレン兄ちゃんの出身の本当の事。その翌年に実の子供である僕が誕生した事。その出来事で兄ちゃんの出身元のロベルト公爵家勢力と仲が悪くなった事。そしてロベルト公爵家が、火の寺院の力を借りて怪しい動きをしている事。


 僕が生まれてきてから、そして今起こっている自分が知らなかった事が、次々に頭の中に入ってきて、もう何がなんだか分からなくなってしまう。


 ……何より一番ショックだったのは、アレン兄ちゃんと僕が血の繋がりがない形だけの兄弟という、その事実だった。


「……うっ、うう……」


 色々な思いが込み上げてきて、僕はただ立ったまま、目からは涙が流れていた。


「これで分かったであろう? アレンの奴めは、この国の事を最も大切に思ってたからこそ、このノースデイ王国を我が物とし、支配する為に反逆を企てたのであろう。やはり、如何に優秀であるとはいえ、直血の血筋でない者に王位継承権を与えるべきではなかったのだ」


「……そんなに血の繋がりが大事なんですか?」


 僕は父さんを睨み付けながら、小さな声でそう言った。


「………」


「血の繋がりなんてなくても、アレン兄さんは父上の王位を受け継ぐ事に責任を感じて、相応しい立派な人物になる為に、人の倍以上の努力をしていました……いつも近くにいた僕が、その事を誰よりも良く知っています……その努力を、その思いを……ただ血の繋がりがないという理由だけで踏みにじるなんてっ!」


「──この余の事を許せぬとでも申すのか?」


 そう言いながら、父さんは僕の事を見下ろす。その目にはもう血の繋がった道具を()でるという感情さえ感じ取れなかった。


「……僕の本当の母上。いいえ、僕を生んだ側室の方は今、何処におられるのですか?」


「そうよの──お前が生まれて直ぐに大病を患ってこの世を去った」


 その言葉に僕はもう立っていられなかった。地面にしゃがみ込み、ひたすらに悲しくって、ただ泣いた。


 そんな中、父さんと呼称する人の冷たいと感じる声が、また聞こえてきた。


「我が息子コリィは少し混乱している様子。まだ9才の子供だ、無理もあるまい。時間(とき)が経てば落ち着くであろう。新に用意した部屋へと行き、しばしの間、心身共にゆるりと休めるが良い……そしてお前がこれから取るべき自らの道を今一度、良く考える事だ」



                   ◇◇◇



 あれから、幾日の日が過ぎたんだろう。


 昨日(さくじつ)、アレン兄ちゃんの実の親のロベルト公爵が興した反乱軍が倒されて、公爵の治めている街ごと討ち滅ぼされたという事を知ったんだ──


 今、僕は部屋の中から冷たい雨が降りしきる外の様子を、窓のガラス越しに見つめていた。そして目には見えないけど、首都の兄ちゃんが閉じ込められている筈の地下牢がある方向に視線を向けていた。


 ……兄ちゃんは今、囚われの身でどんな気持ちで過ごしているんだろう?


「急がなきゃ、あまり時間がない……」


 僕は息が詰まりそうになって、そう呟いた。


 ──もうその為の準備はしたんだ。後は……覚悟を決めなきゃ、これが僕が選んだ目的の為の道なんだから──


 もう一度、兄ちゃんがいる方向に目を向けて、唇をキュッと強く結んだ。


 その時、不意に部屋の扉を叩く音が聞こえてきた。


 ─────


「コリィ様、昼食をお持ち致しました」


 どうやら、侍女が食事を運んできてくれたようだった。


「どうぞ、入ってきていいよ」


 僕のその声に、食事を載せた台車を押す侍女が部屋の中に入ってきた……そして扉を閉める。


「どうも、いつもありがとう。うわぁ~、いい匂いがするね」


 僕がそう声を出したその時に、食事を載せた台車の扉が開き、中から僕と同じ服を着た同じくらいの背格好の男の子と軽鎧(ライトアーマー)を身に付けた戦士風の男の人が姿を現した。


 僕はそのふたりに目で合図を送りながら、侍女に話し掛ける。


「今日のお昼ご飯は何?」


 戦士の男の人ともうひとりの男の子が、素早く部屋の窓際へと走り寄り、手にした麻袋からロープのような物を取り出して近くの柱に括り付けた。そして窓の外側へとそのロープを垂らしている。


「今日はコリィ様が大好物のオムライスですよ」


 侍女の格好をした女の人は落ち着いた様子で、わざと食器の音を立てるようにしてテーブルの上へとお昼の食事の用意を始めた。


「わあーっ、嬉しいな。僕、オムライスには目がないんだよね」


 そう大きな声で答えながら、僕はロープが垂らされた窓際へと駆け寄った。窓の外を上から覗くと、戦士の男の人が先にロープに掴まり、下へと降りて行く姿が確認できた。


 男の人は僕に気付き、顔を上に向けながら、手で“こい”と合図を送ってきている。僕はそれに無言で頷き、その後を追うようにして窓から身を乗り出し、ロープをその手に掴んだ。

 そこから部屋の中を覗くと、僕と同じ格好の男の子がテーブルの上のオムライスを食べている姿が目に映った。

 それを確認した僕は、ロープを伝って下へと降り始める。


「──コリィ様、今日のオムライスのお味は如何でしょうか?」


 その侍女の格好をした女の人の質問に対し、僕は最後に大袈裟に嬉しそうな声をわざと上げた。


 ─────


「うんっ! すっごく美味しい。完璧だよ、“美味しく(うまく)作ったね(やったね)”!!」


 ─────


 そして僕は窓からロープを伝い、部屋の外へと脱出する事に無事に成功したのだった。


 ──ふう……取りあえずは上手くいったよ、兄ちゃん。


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