83話 魔剣の漆黒の切っ先。そして暗転
よろしくお願い致します。
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それから半日程馬を走らせ、ようやく目的地の街に辿り着く。しかし、その場所は──
「これは酷い。この街に何が起きたっていうんだ……一体、誰がこんな事を……」
俺は呟きながら、周囲を見回す。
そこには街門が焼き崩れ、その内側にあったと思われるありとあらゆる建物が焼け落ち、最早、街としての形を留めていない、焦土と化した焼け野原のような街の様子が目に飛び込んできた。
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「……焦げ臭いな。見ろデュオ、まだ煙がくすぶっている……襲撃されてからまだそんなに時間は経っていないようだ。もしかすれば、まだ生存者が見付かるかも知れない。よし、手分けして探してみよう」
「うん、分かった」
フォリーの提案により、俺達ふたりは、辺りを手分けして生存者の捜索を始める。
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そして半刻くらいだろうか、一通りの捜索を終えた俺はフォリーと合流した。
「デュオ、どうだった?」
フォリーの問い掛けに、俺は頭を横に振り答える。
「残念ながら……生存者も手懸かりも、何も見付ける事ができなかった」
「そうか……」
そう答えるフォリーの横顔を見た──その時だった!
フォリー。彼女の遠く後方、焼けた街の外となる場所。そこに漆黒の鎧を纏い、馬に跨がる者の姿が視界に映った。
そしてその者の顔は、黒い色の仮面のような物で覆い隠されているように見えた。
!!……あれは、アノニムかっ──!?
そう心の中で声を発した俺は、思考を始めるよりも早く魔剣を手に取り、その姿に向かって馬を走らせていた!
──ドガラッ─
そして魔剣を振り下ろす!
──ギイィィィン!─
それに対し、仮面の者は手に持つ槍で受け止める!
鳴り響く金属音!
そして俺と仮面。両者は一旦距離を置き合い、様子を伺う形となった。
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……違う、こいつはアノニムじゃない。でも、一体何者なんだ!?
俺は目の前の馬上で槍を構える仮面の者を観察する。
背丈はアノニムより大分大柄でガッチリとした体つきだ。そして身体には、やはり明らかにミッドガ・ダル兵士と思われる形状の漆黒の鎧を纏っている。
顔はアノニムと同じく仮面によって覆われていたが、奴のように頭全体をすっぽりと被るような鉄仮面ではなく、顔前面部分だけに取り付けているような感じの物だった。
そして口元だけその素顔の部分が覗いていた。頭は赤黒い色の髪を後ろに撫で付けている。
「……お前は誰だ?」
「………」
俺の問いに仮面の男は、無言のまま返事は返してこない。その代わりに手に持つ槍を振り上げ、俺に向かい突き立ててくる! その一撃を魔剣で打ち払った!
それと同時に──
「──デュオ!!」
後方からフォリーの叫ぶ声が上がった。その声に反応し、後ろへと振り向く。
「──!!」
そこには俺の直ぐ後方に突然湧いてきたかのように、数十体のミッドガ・ダル兵士の集団が姿を現していた!
「しまった!」
これで完全に俺とフォリーが分断される状態となる。しかも、俺自身は断崖絶壁に追い込まれる形となって──
……くっ、これは不味いな! それにしても、この兵士達は何だ? どいつもこいつもまるで生気がないような……。
そう。今、後方を取り囲むミッドガ・ダル兵士達は、仮面こそ付けてはなかったが、その表情は虚ろで無機質のようなものに感じた。とても感情がある人とは思えない。それが一層この場に漂う異常感を深めている。
やがて、その異常な兵士達は、後方から一斉に俺に向かい、襲い掛かってきた!
前方からは例の仮面の男が槍を振るってくる!
俺は次々に繰り出される敵の攻撃を魔剣で往なしながら、反撃を試みる。が、しかし、相手となる敵は人間……やはり俺は手に掛ける事ができない!
彼らだって人間である以上は自らの意思、そして自分以外の大切な者がきっといる筈だから──
そんな事を考えながら、俺は敵の攻撃を魔剣で打ち返し続ける……そして剣を打ち合わせる度に気付く違和感。
──何だ、この兵士達の強力な力は? この力は普通の人間が出せる膂力じゃない! こいつらは人間じゃないのか!?
「待て! 貴様ら、デュオひとりを狙うつもりかっ、卑怯な!!」
そうフォリーが声を上げながら戦闘に加わっているようだった。だが、それを確認する余裕など、今の俺にはなかった。
そして仮面の男が、真横からえぐり込むような角度で鋭い槍の一撃を叩き込んできた!
俺は上体を反らしながら前方に馬を走らせ、何とかそれをかわす。しかし、それにより、完全に俺ひとりだけが崖っぷちの上へと追い込まれる事となってしまった!
『ア、アル……』
聞こえくるノエルの声。
「……くっ!」
──くそっ! どうする? もう手加減なしで一気にやってしまうか? だけど、こいつらは異常でも一応は人間だ……人を殺す。俺にそれができるのか!?……殺してしまってもいいのか!? この今ある感情がある人間の世界。その事を守ろうとする者にとって、それは許される事なのか!?
──と思った瞬間! 再び仮面の男から、今度は下方から上方へと薙ぎ払うような、槍の一撃を放ってきた!
俺はそれを魔剣で受け止めた!──筈だった! だが、その一撃は、俺の予想を遥かに上回る強烈な力の一撃だった!
「──ぐっ! 何だっ、この力はっ!!」
その強力な力に耐え切れず、槍を魔剣で受け止めた俺の身体は、馬上から浮き上がり、崖の方の空中へと放り飛ばされた!
「くそっ!」
俺は崖下へと転落するのを防ぐ為、地面に魔剣の触手を突き立てる!
そこへ不意に槍を持つ仮面の男とは別の、顔に仮面を付けた男がこっちに向かい、疾走してきた!
両手にそれぞれ一本の剣を手にしているのが確認できる。その男は地面と繋がった魔剣の触手を手に持つ一本の剣で切断し、そのまま空中の俺に向かい跳躍する!
そしてもう一本の剣を、崖の上へと放り飛ばされている俺に向けて振り下ろした!
「──ヒャッハーーッ!!」
俺は何とか、その体勢のままそれを魔剣で防ごうとするが、その仮面を付けた男の奇声を上げながら放つ剣の斬撃も、予想以上の恐ろしく速い一撃だった。そして──
男の剣が振り下ろされる!
どうにか身を捻り、直撃を凌いだが、その振り下ろされた剣は、デュオと魔剣とを繋ぐ触手を次々と斬り裂いていく!
──ああ……。
頭にブチブチッと金属が引き千切られるような音が届き、同時に視界がぼやけ、意識が遠退いていく自分が自覚できた──
そんな中、俺は無意識に大声で叫び掛けていた。
『──ノエルっ!!』
──もうその声は、デュオの口から発せられたものなのか、俺の心の念話の声なのかは分からない。
ただ……。
───
「──アルっ、アルーーうぅっ!!──」
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彼女のその悲痛な声を感じ取りながら、俺という意識はなくなった──
───
──最後に目にしたのは、崖下の激流へと落下して行く、さっきまでデュオと言う名だった驚きに見開かれた両目が青い瞳の女の子。ノエルと──
──そんな彼女の姿を、第二者として客観的に捉えながら、同じく崖下の別方向へとゆっくりと回転し、落ちて行く俺自身でもある魔剣。
──その鋭く尖った漆黒の切っ先だった。
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──ノエル──
………………。
…………。
………。
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それを最後に全てが真っ暗となった。