82話 火の寺院との交渉戦
よろしくお願い致します。
◇◇◇
───
「たのもう~!」
──ドンッドンッ─
「たのもう~!」
──ドンッドンッ─
「た・の・も・うーーっっ!!!」
──ドンッドンッ! ミシッ──
扉を叩く音が、ひたすら辺りに響く。
『……何も反応がないね』
ノエルの少し落胆したような声が、頭の中に聞こえてきた。
─────
今。俺デュオとフォリー、ふたりはティーシーズ教国から出発し、丸三日間掛けて、ようやく目的地である隣国ノースデイ王国領内の火の寺院に到着したのだった。
その間、付近に街となるものが所在してなかったので、ほとんどの夜を野宿で過ごすのを余儀なくされた。よって簡易的な携帯食ばかりでまともな食事をとってない。今となってはティーシーズ教国から発つ際にその件に関して思慮を失念していた事が大いに悔やまれる。今後は満足できる食糧を吟味するのも大きな課題となるだろう
……いや、ホントにこれ大事。
その上、少々睡眠不足でもある。やっとの思いで目的地の寺院に辿り着き、久しぶりに美味しい食事と暖かいベッドにありつける。そんな期待に胸を膨らませながら、俺は深い外堀に囲まれた寺院の外壁の大扉をひたすら叩いていた。
しかし、いくら叩いて呼び出しても全く反応がなく、そもそも人の気配すら感じない。俺とノエルは美味しい食事と暖かいベッド。そんな二大巨頭の大きな夢が儚く崩れ落ちる現実に軽く絶望を感じていた。
そしてそれは苛立ちへと変わっていく。
───
「たのもうっ!─って、だーーっ! ホント誰かいないのかよっ!!」
──ドンッダンッダンッ……ミシッ─
『その通りよ~! 私達に、ご飯とベッドを与えてやって下さーいっ!!』
──ダンッダンッ─ミシッ、ギシシッ─
俺の扉を叩く音が明らかに変わり、扉が悲鳴を上げ始めた。
「──ちょっと待てっ、デュオ、取りあえず一旦落ち着け! 扉を破壊するつもりかっ!?」
最初はそれを黙って伺っていたフォリーが、扉を叩く音が変化した事に急に慌て出し、俺の腕を掴み、その行為を阻止する。
「まあ、お前のその気持ちは分からん訳ではないが……それにしても少し大人げないぞ。ここは少しばかり腹が減っていてもだな、冷静に対応するものだ」
フォリーのその正論の言葉に全く反論できず、俺は泣き言を言ってしまう。
「だけどフォリー、私、もう腹が減って気がおかしくなりそうだ」
『私もっ! もうお腹と背中がくっ付いちゃってなくなちゃってるよ! 見てよ、そのおかげで三頭身になっちゃった私の身体を!』
……いや、腹が減ったくらいで身体が小さくなる訳ないし、そもそもノエルの身体は、今はデュオだろ……。
そう声を上げる俺を、なだめるようにフォリーは言う。
「まあまあ、少しの空腹など……」
──キュルルル~─
言葉を続ける途中で、フォリーのお腹が悲鳴を上げた……。
………。
『………』
「………」
言葉を発するのを止めたフォリーがうつ向き、そしてその顔がどんどん赤くなっていく……。
すると、彼女は不意に後ろへと飛び跳ねた。そして顔を隠すように伏せたまま、腰のレイピアに手を掛ける。
「──何も聞いてないな?」
低い声が、彼女の口から漏れる。
「はい──?」
「もう一度聞く──何も聞いてないな?」
彼女の手に添えられたレイピアが、青白い光を放ち始める。
「答えろ! 何も聞いてないな?──でないと私の精霊の刺突剣グロリアスが、その真の力を解放する事となる!!」
「──はっ、はいいいぃぃーーっ! 全く何も聞いてませんっ!!」
『──わ、私もですーっ! フォリーさんのお腹の音なんて、全然聞いてませんっ!……でも、キュルルル~。結構可愛かった。てへっ』
わわっ、バカ! ノエル。お前、それはダメだろっ!!─って、あっ良かった。フォリーには聞こえないんだった──はあ~、助かった。
それにしても怒ったフォリーは、まさに神の化身!!
……ただ、ただ怖かった。身がすくむ程に──
───
やがて、色々ありながらも、落ち着きを取り戻した俺達。今度はフォリーが大扉の前に立つ。
「私は風の大精霊を『守護する者』、名をフォステリアと言う。この寺院の主、火の大精霊を『守護する者』と私は古い友人だ」
そう声を上げるフォリー。その声に反応するように僅かだが、扉の奥から人の気配のようなものを感じた気がした。
「私と彼女、デュオ・エタニティふたりは、風と水の大精霊の導きを受け、火の大精霊と会う為にこの場所へとやってきた。誰かいないのか? 答えてくれ」
二度目の問い掛けにも反応がない──かと思われたが、しばらくの静寂の後、扉の内側から、しわがれた老人のような声が聞こえてきた。
「──我が主は今は不在。後、主より帰還するまでの間、全ての部外者からの接触を禁ずる事との厳命を受けている。以上であるが故、この扉を開き、貴方がたを招き入れる事はできぬ」
「願いを乞うているのが大精霊の『守護する者』……いや、そなた達、主の友人の願い事だとしてもか?」
フォリーが低い声でそう問い返す。
「申し訳ございませぬ。残念ですが、如何なる者でも中に入れる事は敵いませぬ」
「……そなた達の主は何処に向かったのだ? その理由は? 今、この国で何が起こっているというのだ?」
フォリーは尚も食い下がる。
「申し訳ございませぬが、その問いに関してもお答えする事、敵いませぬ」
扉の内側から返ってくる返事の言葉に、フォリーもついにその場に立ち尽くしたまま、絶句する。
「………」
もうこの場所で、これ以上の押し問答は無駄のようだな。さて、これからどうしようか……。
そう考えているとフォリーが、今度は俺に小声で話し掛けてきた。
「……すまん、デュオ。交渉決裂だ。私の力が及ばなかった……」
「フォリーのせいじゃないよ。そんな事くらいで私に気を使わなくてもいい」
俺はそう答えながら、続けて問い掛ける。
「それよりこれからどうしようか? まず、何か食事をとっておかないと……う~ん、しょうがないから山にでも狩りに行く?」
『え~っ、私、何かヤだな~』
予測通りノエルがさっそく愚痴を漏らした。それに対してフォリーは何か思案をしているのか、生返事を返してくる。
「う~ん、そうだな……」
すると、彼女は再び大扉に向かい声を上げる。
「火の寺院の者達よ。私達はそなたらの忠告に従い、これよりこの場から去る。しかし、すまないが少しばかり食糧を分けて貰えないだろうか? 金ならば支払う」
──返事はない。
「私達ふたりは、ほとんどまともな食事をとってないのだ。どうかよろしく頼む」
──またも返事はない。
「緊急事態なのだ。このままでは私とデュオは、飢餓状態に陥り、身動きができぬ身となってしまう。今ならば、まだ間に合う。どうかそうなる前に……」
──またしても返事は─っていうか、フォリー。さすがにそれは大袈裟に言い過ぎだろう。
そう思った俺は、彼女に声を掛けた。
「いや、フォリー。私はまだ、そこまでは……大丈夫だ。全然動けるよ」
『う、うん。確かに……でもアル、もしかしたら……』
ノエルの言葉に、俺はある事に気付き、それを思わず声に出してしまう。
その一言が俺達ふたりにとって、とてつもなく大きな恐怖を生み出してしまう事も知らずに──
───
「もしかしてフォリー、動けないほどお腹減ってたんだ……ごめん、気が付かなかったよ。またお腹鳴ったらカッコ悪いもんな……」
───
突然、フォリーの背中がビクッと痙攣するように一瞬だけ震えた……そして幻覚だろうか? 彼女の身体から、何か気の揺らぎのようなものが生じている。
そしてうつ向いていた彼女の顔が、ゆっくりと俺の方へと向けられる……。
その双眸は、今まで目にした事がない程の鋭い眼光となる光を宿していた──
「──何……だとっ……!!?」
──ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!──
───
「──ぎぃやあああああぁぁーーっ!!」
『──うっきゃあああああぁぁーーっ!!』
◇◇◇
「あっ、でもこの干し肉、思ってたより味があって美味い。このパンもすっごく柔らかいし……でも、このトマトはいらないや─って、なんでこんな時にまでトマトなんだ?」
『……ちょっと、やめてよアル。せっかく分けて貰った食糧にトマトが入ってたのに、罰当たりな事を言うのはやめて』
「デュオ、食物の嗜好の多くは人生を損するひとつの要因となるぞ……まあ、でも空腹時に食する食事は、全ての物が素晴らしく美味しいと感じるものだな──」
───
今は俺達三人、それぞれ思い思いの言葉を口にしながら、久しぶりとなる真っ当な食事をとっている最中だ。
場所は寺院付近の平原。辺りはとても静かで、穏やかと感じる時が流れている。
結局、最後は寺院側が折れて、結構な量の食糧を大扉の小口から俺達へと分け与えてくれた。とてもありがたい事だ。相応の料金を受け取って貰おうと申し出たが、その件に関しては先方は頑なに断り続けたので、少し申し訳なく感じながらも、ここはその心遣いに甘える事とした。
あっ、もしかしたら扉越しに、フォリーのあの狂気となる気の流れを感じ取ったのかも……なーんて。
───
「さて、でもフォリー。ホントにこれからどうする?」
その俺の問い掛けに応じ、彼女は腰に取り付けてある自身の小型のカバンの中から地図を取り出し、俺にも見えるようにして広げた。
「う~ん、そうだな。取りあえずはあいつがここを留守にしてまで何の理由で何処へ向かったのか。まずはその情報を集める必要があるな……そこでだ」
そう言いながら、フォリーは地図のある地点を指で指した。
「ここより南西の位置に大きな街があるな。王家一族ロベルト公が治める街と地図に記してある。まずはそこに向かい、情報を集めるとしようか? どう思うデュオ」
「勿論、私はフォリーの提案に異論はないよ」
その返事に彼女は無言で頷きながら、地図をカバンにしまい込む。そんな様子を何気なく眺めていた俺は、フォリーに対して問い掛けてみた。
「そう言えばさ、そのフォリーの友人だっけ。具体的にはどんな人?」
すると、フォリーはおもむろに両手を後ろに着き、視線を空へと向ける。そして少し穏やかな表情で話し出した。
「そうだな、前にも言ったが、とにかく愉快で変わった奴だよ」
「だから、もっと具体的にだってば」
『うんうんっ!』
俺達は先を急かせる。
「……まず性格が明るくて、とにかくいつも元気だ。それでいて、ああ見えて結構しっかりした所もある。まあ、基本、おっちょこちょいだが……」
「うんうんっ!」
『うんうんっ!』
「見た目はまだ子供だな。それと辺境の出身らしく訛りがかなり酷い。そして最大の特徴は……」
「うんうんっ!」
『うんうんっ!』
「ここ近年の世に存在する、どの美形なる少女よりも優れた美形の少女の容姿を持つ──そして且つ、大の女好きだ」
「うんうん─って、かなり特殊なご友人ですな……」
『た、確かに……』
フォリーは空に向けていた視線を俺へと向けた。
「だから、変わった奴だと言っただろう。名はクリスティーナと言う」
「へえ~、またずいぶんと可愛らしい名前だな」
『本当、凄く女の子っぽい名前だね』
俺の返事を聞き、フォリーはくすっと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ふふっ、女の子らしい可愛い名だろう──?」