6話 得るものと失うもの
よろしくお願い致します。
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──“滅ぼす者”──
確かに奴はそう言った。
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“滅ぼす”──即ち、何らかの存在を根絶やしに消失させる行為。
俺の目の前にいる異様のゴブリンが、今のこのゴブリンの軍勢の中にある。
その奴の存在意義は、俺達。パグゾウのコボルト一族を滅亡させる事。
奴はその為の存在なのか──?
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俺は魔剣を構えながら、奴の姿をじっくりと観察する。
重装備を身に纏い、その両手に魔法の剣と槍とをそれぞれ手にして構えている。
そして頭全体を覆い隠すフルフェイスの冑の隙間から、放たれる黄色の鋭い眼光。
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どう見ても異様だ。とてもじゃないが、ただの……いや、最早ゴブリンという存在とさえ思えない。まるで別の何かが取り憑いた存在──
─って、まるっきり俺と同じじゃねぇか! やっぱりこいつは……?
……という事はだ、こいつが言葉として発した“滅ぼす”。それはこのコボルトの一族の事を滅ぼす。そんな次元での“滅ぼす”って意味何かじゃないんじゃないのか!?
だとしたら、こいつの存在はメチャクチャ危険だ!
是非ともここで打ち倒しておきたいが──
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奴と対峙しながら、周囲の様子を伺う。
そんな俺の目に飛び込んでくる。次々に倒されていくコボルト達の姿が。
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……ダメだ! 今の俺の力でこいつを倒すのはそんな容易な事じゃない。多分、相当な時間を費やしてしまう。
そうだ……俺の今の目的は、クロトやクリボー、シロナ。そしてコボルト一族達を助ける事だって、自分の中でそう決めたじゃないか。
この目の前で対峙している、ゴブリンを倒す事じゃない!
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俺は魔剣を大きく振りかぶり、異様のゴブリンに向けて、跳びながらの斬撃を放った。
俺の予想通り、奴はその攻撃を右手にした魔法の剣で受け止める。
剣と剣がぶつかり合った瞬間。俺は魔剣に渾身の力を込めて、その反動で奴の上空を大きく飛び越えた。
次に離れたゴブリンの王がいる方向の地面へと触手を突てる。そしてその触手を引き寄せる引力によって異様のゴブリンから離れ、同時にゴブリンの王との距離を詰めたのだった。
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そうなのだ。俺はもう、あの異様のゴブリンを倒すことを諦め、ゴブリンの王を討ち取る方を優先させたのだ……。
だが、俺がこの選択をしたという事は、多分奴も──
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俺はゴブリンの王へと跳んでいる空中から振り向き、奴の姿を探した。
そこには俺の遥か後方で、俺を追いかける事が、最早不可能だと見切ったのか、上空の俺に向かい奴は一瞥すると、急に振り返り、ある場所に向かって駆け出して行く。
奴が目指す場所。その先はおそらく──
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………。
「……ごめん。じっちゃん」
俺は心の中でコボルトの族長、じっちゃんに謝罪した。
その命を守れなかった事に対して──
やがて足元にいるゴブリン達を魔剣で蹴散らしながら、俺は地面に足を着ける。
ゴブリンの王との距離は目と鼻の先だ!
「だけど、じっちゃん。あんたの死は絶対に無駄にはしない!」
着地樣、ゴブリンの王に向かい全力で駆け出す。途中、自らの王を守ろうと多数のゴブリン達が俺の前に立ち塞がってくる。
それらに向かい、俺は容赦なく魔剣を振るった。
放たれる黒い斬撃に、複数のゴブリン達が切り裂かれ、鮮血を撒き散らし、吹き飛ぶ。
その間にも魔剣は吸収を続け、俺という存在が強化されていくのが実感できる。
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──足りない。もっとだ、もっと寄越せ! お前らの王を討ち取る為に! あの異様のゴブリンを打ち倒す為に! その力。全て俺に寄越せ──!!
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魔剣の持つ強力な力に。俺は再び魅了されていった──
ゴブリンの王の周囲に群がるゴブリンの軍勢を、俺はひたすらに蹴散らしていく。
怪しい紅い光を発光させながら、血の雨を降らせる魔剣の斬撃!
自らの意思で獲物を求めるようにして、宙をのたうつように伸びる複数の触手の攻撃!
それを受けた者はただ、その命と力を奪われていく。
攻撃をひたすら繰り返し、俺はゴブリンの王に向かい駆け寄って行った。
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やがてその時はついにやってきた。
ゴブリンの飛び散る身体や血飛沫の中、確認できるゴブリンの王の元に向けて開けた道が──
俺はそこに一気に駆け出し、手前で大きく跳躍する。
ゴブリンの王──その上空で魔剣を両手で振り上げ、そのまま地面目掛けて渾身の力で振り下ろした!
──ガギイイィィンッ!
激しい斬撃音が、辺りに鳴り響き、ゴブリンの王は俺が放った魔剣の一撃により、自身が座していた玉座とそれを担いでいたゴブリン共々、一刀両断される事となった。
その様を、まばらになった周囲のゴブリンが、呆然とした様子で立ち尽くしながら見ている。
そんな中。俺はゴブリンの王の首を切り離し、それをその場所で大きく天に向かいかざした。
「ゴブリンの王を、今。コボルトのパグゾウが討ち取った! この戦い。俺達、コボルトの勝利だ!!」
ゴブリンの王の首を掲げ、俺は勝利の宣言を声高らかに大声で叫んだ!
そんな様子を目の当たりにしていた残ったゴブリン達は、暫し、呆然としているだけだったが、ようやく己の主である王が撃ち取られたことを理解したのか、散り散りになって逃げ出して行く。
やがて辺りから、味方であるコボルト達の勝利の喜びと、喝采の遠吠えの声が上がった。
そうだ。俺達コボルトは勝利したのだ!
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だが、それとほぼ同時に俺の遠く離れた後方から、どよめきの声が上がった。
今度は逆に、ゴブリン達が上げる勝どきの声。
俺はその方向へと、ゆっくり振り返る。
俺の目に入ってきた光景。
それは遠く離れた場所で、あの異様のゴブリンが、右手に持つ魔法の剣を上方へと突きかざしていた。
その剣先にはひとつのコボルトらしき首が突き刺さっているのが確認できる。おそらくあの首は、俺達コボルト族長の首──
「……じっちゃん」
その姿を目にしたコボルト達が、ゴブリンと同様にうろたえ、逃げ出して行く。
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コボルトの族長とゴブリンの王。
それぞれの“頭”であったその存在が、互いに失われる事によって今、この戦場は逃げ惑うコボルトとゴブリンの姿しかなかった。
二種族共、亜人種といえど所詮は魔物。その統率力の源は強者に対する絶対服従。
──それのみ。
そして強者である頭、その存在に他ならない。
今、その二種族の頭がそれぞれに討ち取られた。
統率力を失った自我を持たない者達の選択は、ただ逃げる事。
それだけ──
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味方であるコボルトの族長を失ったのは大きな誤算だったが、ともかく、コボルト達を全滅させる事なく、戦いを終わらせることができた。
「ガウッ、グガウッ!」
聞き覚えのある吼え声に、俺は振り返る。
それはクロトだった。その後ろには並んで立つクリボー、シロナの姿も確認できた。
三匹とも満身創痍だったが、何とか生き残ってくれたようだ。
三匹の生存を確認し、取りあえずはパグゾウとして打ち立てた、俺の目的は達成された事となった。そしてこの戦いも幕を閉じる事となり、このまま俺もこの戦場を去る事になるのだろう。
だが、相手側。ゴブリン達には奴が──
──あの異様のゴブリンが、まだ健在だ。
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時が過ぎ、いずれ奴は、次のゴブリンの王となるだろう。
その時のゴブリンの軍勢の力は、以前の王の時よりも遥かに強大になるのは目に見えている。しかし、俺はコボルトとしてここに留まるつもりはない。
奴が王となって再び、コボルト達を討ち滅ぼそうとした時。その時は、おそらくその強大な力によって、容易く討ち滅ぼされる事となるだろう。
だったら、俺の、パグゾウとしての目的は、まだ完全には達成されてはいない。
──やり残した事がある!
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「クロト、お前達は先にこの場所から撤退してくれ。俺はやり残したことがある。だから、ちょっと行ってくるよ」
「ガウン? ガウッ、ガウッ!」
俺は一応、そうクロトに声を掛けると、返事が返ってきたのを確認して振り返った。
そして駆け出す。
俺の、パグゾウとして、やり残した目的──それをやり遂げる為に!
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敵、味方共々、逃げ出して無人となった戦場を駆け抜け、やがて俺は異様のゴブリンを見付け出した。
奴もこの戦場から去るつもりだったのか、背を向けて、この場所から移動を始めていた。そして近付く俺の気配に気付き、奴はゆっくりと振り返る。
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「よう、ゴブリンの英雄さん。まずは、お前らの王様の首。それをお前に返すよ」
俺は右手に持つゴブリンの王の首を、奴に向けて全力で投げ付けた。その首を、奴は左に持つ槍で薙ぎ払う。
──よし、今だ!
俺はその瞬間、触手による攻撃を奴に向かい、放つと同時に宙を跳ぶ。
槍を振り抜いてしまった奴は、触手の攻撃を防ぐため、背にある魔法の剣を抜き様、それを打ち払った。
そこに間髪入れずに俺は、跳躍してからの魔剣の斬撃を奴に叩き込む。
その攻撃を奴は、もはや魔法の剣で防ぐことができず、左に持つ槍で防ぐ事となる。
甲高い金属音と共に、ふたつに破壊された槍と、奴の切断された左手が宙に吹き飛んだ。
それと同時に奴の力が、魔剣によって吸収されるのが感じ取れた。
どうやら剣で相手に傷を負わす。即ち、命を絶たずとも、切り付けるだけでその力を吸収する事ができるらしい。
その事も新しい発見なのだが──
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やっぱりそうか、俺の魔剣の攻撃を意図的に魔法の剣で対応していたのは、それ以外の武器じゃ破壊されてしまうからだったんだな。
それでこの魔剣に対応できる武器が、その魔法の剣っていう訳か。
だけどな──
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左手を失いながらも、右手に持つ魔法の剣で向かってくる異様のゴブリン。
俺もそれに魔剣で迎え撃つ。
再び俺達は互いに持つ剣で、激しく打ち合った。
辺りに剣と剣が激しくぶつかり、打ち合う剣撃音だけが鳴り響く。
だが、やがてその音に変化が生じてきた。
「確かに俺とお前は、特殊な異様の存在だ! だが、大きな違いがひとつある! それは──」
激しくぶつかり合う剣撃音の変化が大きくなる。おそらく、奴の持つ魔法の剣に亀裂が走っているのだろう。
「俺の“魔剣”は力を吸収し、その力をより強くする!──それが俺とお前との大きな違いだ!!」
放つ声と同時に、俺は渾身の力で魔剣を振り下ろした。
その一撃を受け止めた異様のゴブリンが、魔法の剣共々、魔剣の斬撃によって、身体を真っ二つに切り裂かれる。
音を立てながら地面に崩れ落ちる、ふたつに切り裂かれた異様のゴブリン。
その衝撃で頭を覆っていたフルフェイスの冑が外れる。
「………」
奴の素顔は、至ってごく平凡なゴブリンの風貌だった。
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「滅ぼす者。結局、こいつは一体、何者だったんだろう?」
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ふと目をやると、地面に転がっているひとつの年老いたコボルトの首が目に入った。
……まあ、取りあえずはこれで、俺の中のパグゾウの目的。それは果たせた。
だから──
「じっちゃんも、一緒に帰ろう。俺達、コボルトの集落へ──」
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俺は地面に転がるコボルトの首を拾い上げ、この戦場を後にするのだった。