76話 フォリーの涙
よろしくお願い致します。
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司祭システィナとの会合を終えた俺とフォリーは、今は宛がわれた部屋にいた。
中央にテーブルと椅子がふたつ、そしてその左右にベッドがそれぞれひとつずつ置かれただけの簡単な造りの部屋だ。
その中央の椅子に座り、テーブルに地図を広げ、俺達ふたりは次の目的地、ノースデイ王国への事で打ち合わせを行っている。
「確か、今回の戦いに参加していたノースデイの援軍は途中で戦場放棄したんだよね?」
俺の問いにフォリーは頷く。
「ああ、元々、同盟国として形だけの参戦だったようだからな。聖都に火の手が上がったのと同時に、早々と撤退したらしい」
フォリーはテーブル上で腕を組み、地図に表記されているノースデイ王国の方へと目をやる。
「このノースデイ王国という国は、本来はアストレイア王国と同一国なのだ。その昔、反乱を起こして独立国となった。言わばアストレイア王国とは姉妹国となる国だ。ちなみに現国王ラウリィはアストレイア国王、リオス王の叔父に当たる人物だそうだ。それと猜疑心が強く、自虐的な思考を持つ人物だとも……王としての風評はあまり良くない」
彼女は地図に目を向けたまま、話を続ける。
「それとこれは噂を耳にしただけで、真実かは定かではないが、世継ぎ問題で何やら不穏な動きがあるらしい。取りあえず、私達に用がある火の寺院は王国とは無関係な独立勢力だ。よって今回は王国とは関係を持たず、直接寺院の方へと向かおうと考えているのだが……」
そう言いながら、フォリーは地図から目を外し、俺の方へと顔を向けた。どうやら俺の意見を求めてるようだ。
「勿論、私もその考えでいいと思うよ。でも、フォリーも気になってるんだろう? 例のノースデイ王国へと姿をくらましたミッドガ・ダル軍の残党の事が……もしかしたら、奴も……」
するとフォリーは目を閉じ、呟いた。
「……黒の魔導士、アノニムか」
「………」
少し間が空き、彼女は目を開く。そして──
「確かに黒の魔導士の動向は気になるが、やはり今回は直接、寺院に向かう事にしよう。今はまず精霊石の方が最優先事項だからな。それに、私と火の大精霊を『守護する者』とは既に面識がある人物だ。デュオ、それで良いか?」
「うん、異論はないよ。え~っと、フォリーと火の大精霊を『守護する者』とは知り合いなんだ?」
すると、フォリーは少し考え込むような仕草をする。
「う~ん、友人かな? まあ、会ってみれば分かる。中々個性的で面白い奴だよ」
フォリーが言う個性的で面白い友人?……何それ、すっごく興味が湧くんですけどっ!
俺と同じ事を考えていたのだろう。ノエルの声が頭の中に響いてくる。
『へぇ~、フォリーさんの友達かぁ~。多分、とっても綺麗な人なんだろうなぁ……綺麗な女の人の旧友同士が久しぶりに再会し、そして込み上げてくる禁断の愛情!……きゃあぁーっ! ダメだよ、女の人同士なのにぃ、そ、そんなのダメなんだってば! うっきゃあああぁぁーーっ!!』
『………』
……誰もその友人が女性とは言ってないだろう。まあいいや、放っておこう……。
俺は壊れた妄想に耽っている彼女を、自分の頭の中の隅へとぶん投げ、しばらくの間、放置する事を決定するのだった。
俺は前から気になっていたひとつの事を、フォリーに問い掛ける。
「フォリー、もしかして、精霊石の欠片を四つ集めたら与えられる力って、前に言ってた審判の決戦の代表者に与えられるという、え~っと、罪枷の審器だっけ? それの事じゃないの?」
「……確かにその通りだ。それを四つ集める事によって、その力は与えられる」
彼女は真剣な眼差しを俺に向ける。
「罪の枷という審判の武器、『贖罪』──罪枷の審器。その名もエクスピアシオン」
……贖罪。
「……やっぱりそうなんだ」
フォリーはそのまま続ける。
「……だが、前に言ったように今回、審判の決戦が行われた形跡がない。すなわち、罪枷の審器が与えられる事がなかったと言える……しかし、現に今、黒の精霊と化したそれは、『滅ぼす者』の尖兵を生み出し、『滅びの時』は既に始まっている」
「………」
「もう、私には分からないのだ……今、大精霊達が精霊石の欠片を集めさせ、罪枷の審器を与えようとする。その意味が……」
フォリーは再びうつ向き、視線を下に落とす。
「フォリー?」
俺の呼び掛けに彼女はうつ向いたまま、目を閉じ話し始めた。
「デュオ、今から私が口にする事は、審判の決戦についての話だ。今回、罪枷の審器が与えられる事によってそれが発生するのかは分からない……だが、その時の覚悟も必要だ」
「……覚悟?」
「代表者に選ばれた者は罪枷の審器を手にし、審判の決戦に挑む事となる。その相手は正の感情を一切持たない、負の感情のみの自らの分身。そしてその戦いに勝利を納めても、敗北を喫しても待ち受けるのは自らの死。いや、存在その物の消失……」
「………」
「代表者となる者は、選ばれた地点で消え去る運命となる……この世界の負の感情が産み出した、罪という枷を一身に受け止めて……誰も知る事のないまま、ただひとり……」
「フォリー……」
彼女は上を向き、そして俺を見つめた。その顔は苦し気な悲しみに表情を曇らせている。
「私は怖いんだ……お前が代表者に選ばれてしまうかも知れない事が……そんな業を、お前に背負わさせたくはない……」
『……フォリーさん……』
悲し気なノエルの声。
………。
「フォリー」
俺はフォリーの肩にそっと手を乗せた。そしてやさしく語り掛ける。
「ありがとう。私の事をそんなに思っててくれて……でも、心配しないでくれ、きっと大丈夫さ。だって私はこの世界にはない強力な力を持ってるんだから……だろ?」
彼女は無言で頷く。心なしかその目には涙が浮かんでいるようだった。
既にノエルから、俺がいない時にデュオはふたりいるという事を、フォリーに伝えたというのは聞いている。
だったらこんな時、掛ける言葉は……。
「だから私、いや私達、ふたりのデュオは絶対に負けない! 必ず生き残るよ。だから、安心して……」
ミナやミオ。そして目の前にいるフォリー。彼女達は俺達デュオの事を、家族として暖かく向かい受けてくれた。
この世界に何の接点もない魔剣を……だから──
「……お母さん」
俺の言葉にフォリーは目に涙を浮かべたまま、にっこりと微笑んだ。
「そうだな……確かにお前の言う通りだ。私はお前達を、ふたりのデュオを信じる……」
しばらくの間、そのまま無言の時が続いたが、フォリーが不意に涙を拭い、悪戯っぽい微笑みを浮かべる。
「しかし……ふふっ、ミナやミオですら、お母さんと呼ばれるのに抵抗があるのに、お前にそう呼ばれると正直、精神的に辛い……が、まあ、嬉しいよ。ひとりは女の子で、もうひとりはおそらく男だろ?」
……さすがは風の大精霊を『守護する者』、その洞察力、恐ろしい。
「……ご想像にお任せ致します……」
「ふふふっ、私は別にどっちでもいいのだがな。どちらにせよ、ふたり共に私の大切な家族だ。これからもよろしく頼む。デュオちゃんに、デュオくん……だっけか? あはははっ」
そしてついに笑い出すフォリー。
──ああ、フォリーさん。貴女には敵いません。
『なあ、ノエル。なんで俺が男だってバレたんだろ? お前に言われた通りに一人称を、『俺』から『私』に変えたのも、自分的にかなりの努力だったんだけどなぁ~』
それに対してノエルは、少し呆れたような声で答えてきた。
『……まあ、自分の事を『私』って言うだけで、後はまんま『男』だから……アルって、しっかりしてるようで案外、ぬけてるとこあるよね』
………。
『目くそ鼻くそを笑う。ってか……』
『──イラッ、何か言葉の意味分かんないけど、とにかくイラッ!』
『いや~、ノエルは可愛いからさ、そんな目くそや鼻くそなんて物は無縁なんだろうなーって、そう思ったんだけど?』
『いやだぁ~、アルったら、可愛いだなんて─って、騙されるかぁぁーーっ!』
『──あわわっ』
ひとりでわたわたと慌てている俺の姿を、フォリーが目を細めながら笑顔で眺めていた。
あ~あ、もうこれが不審行動だとは、もう、フォリーは思ってないんだろうな。
──トントン──
そんな事を考えていると突然、部屋の戸をノックする音が聞こえてきた。
それに応じ、戸に近いフォリーが立ち上がり、声を掛ける。
「誰か? 名と用件を」
直ぐに部屋の外から声が響いてくる。聞き覚えのある声だ。
「あの~、すみません。フォステリアさんですよね? 私、獣人族のカレンって言います。デュオはいますか?」
「ああ、何だ、お前か。デュオはいるが、何か急用か?」
フォリーは答えながら戸の施錠を外し、手を掛ける。ガチャリと音が鳴り、戸が開いた。
───
赤髪の活発そうな女の子が、チョコンとフォリーにお辞儀をしている。そして中にいる俺を見付けた彼女は、片目を瞑り、合図をしてきた。
それに応じ、俺は軽く手を上げ答える。
「あの、フォステリアさん。少しの間、デュオをお借りしてもいいですか?」
「えっ、ああ、私は別に構わないが──」
その返事を聞き、カレンはズカズカと部屋の中、俺に向かい突進してきた。
「ありがとうございまーーすっ! フォステリアさん。また返却にお伺い致しまーーすっ!」
「ちょっと待て、カレン! 私に拒否権はないのかっ、まだ会話すらしてませんけどっ!?」
「脚下しますっ! それに、これで一応会話は成立したよ~」
そして腕を捕まれ、半ば強制的に部屋の外へと連れ出される俺。
「……そういう訳で、ちょっと出掛けてきます」
『……私も同じく』
「ああ、まあ、程々にな」
フォリーは笑っている。どうやら俺を見捨てるようだ。
──ぐふっ。