74話 私 VS アル。壮絶なる痴話?喧嘩
よろしくお願い致します。
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私は今、大浴場の出口に設置されているテーブルの椅子に座り、トマトジュースを味わっている。
一口、口に含み、テーブルの上へとジュースが入ったグラスを置く。そしてまた手に取り、もう一口。……そう私は今、予告通りの飲み方を実践し、ゆっくりと味わっているのだ。
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「ふぅ~、いい湯だった……おっ、デュオ。何を飲んでいるんだ?」
ちょうど浴場から出てきたフォリーさんが、私を見付け、声を掛けてきた。
「そんなの決まってるじゃないですか、トマトジュースですよ」
フォリーさんは少し呆れたような笑顔で答えてくる。
「ふふっ、本当にお前はトマトが好きだな。どうだ、美味しいか?」
「もう最高ですっ!!……でも、もうひとりのデュオの方は今、私の中で悶絶してますけど──」
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『うえっぷ……ご、拷問だ。一体、俺が何をしたっていうんだ……いっそ、もうひと思いに楽にしてくれ……う、うぷっ……おえっ……』
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「成る程、トマトが好物なのはお前の方なのか、いつものデュオの方は?」
私はニッコリと笑顔でフォリーさんに答えた。
「最大級の大苦手ですっ!!」
「……そ、それはいいのか?」
「その件に関しては今回に限り、全く気にしてません、むしろ、全然大オッケーです。それよりもフォリーさんもお風呂上がりに一杯どうです? 冷たくてとっても美味しいですよ。私、貰ってきましょうか?」
「そうだな、せっかくだからお願いしようか」
その声に私は立ち上がる。
「分かりました。今から取りに行ってきますね。ちょっと待っていて下さい」
そして私はフォリーさんに向けて人指し指を口に当て、ウインクをしながら悪戯っぽく笑う。
「それじゃあ、私も、もう一杯おかわりの方を──えへへ」
『!!……本気か……う、嘘だろ……』
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そして両手にトマトジュースのグラスを手にした私は、フォリーさんの所に戻り、彼女にそのひとつのグラスを手渡した。
「は~い、お待たせっ、フォリーさん。無理を言って特別サービスで作って貰いました~っ! トマト1.5倍!! 濃度増し増しの特注品ですっ!!」
『ノエル……お前、本気か……本気でそれを……もう俺は余裕で逝ける……もしも再び会えるのなら……また再会しよう……俺……ぐふっ……』
◇◇◇
「──って言うんですよ、可笑しいですよね?」
「あははっ、確かにそれは面白いな」
私とフォリーさんはしばらくの間、おしゃべりを楽しんでいた。トマトジュースのグラスは、もうふたつ共空になっている。
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「おっと、大分時間が経ってしまったな。すまないが、私はシスティナ殿とこれから会う約束をしているんだ。それではデュオ、また後で」
「あっ、はい。また後で」
フォリーさんは立ち上がり背を向けて歩き出したが、急に立ち止まり、振り返りながら笑顔を見せてきた。
「良かったな、もうひとりのデュオが帰ってきて。いつものオッドアイに戻っているぞ。それと……ふふっ、あんまり苛めてやるなよ。それではな──」
手を上げ、そう言いながらフォリーさんは行ってしまった。
……確かにちょっとやり過ぎちゃったかな……。
私は少し申し訳なくなり、アルに向かって声を掛ける。
『あの~アル、ちょっとやり過ぎちゃってごめんなさい。やっぱり怒ってる?』
『………』
『私もその~、何ていうか……裸を見られて恥ずかしくなっちゃって……頭に血が昇って、ちょっとテンションがおかしくなってたのかも……だから、本当にごめんね』
『………』
『何か言って欲しいんだけど……』
『……怒っふっふっふっ……それがし、今は全くの平常心。全然、激怒なんてしてないでこざるヨ~。だから、至極安心して頂いて宜しいでござるヨ~──憤怒っ!』
……いや、明らかに怒ってるじゃないっ! ふんぬっていう掛け声が、どうも嫌な字に聞こて仕方ないんだけど!─っていうか、あんた一体誰だよっ!
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その時だった。急に雰囲気が変わり、緊張したアルの声が頭の中に響いてくる。
『──剣を手に取れ、ノエルっ、早く!!』
アルの声に異変を感じた私は、剣を手に取り、握り締めた。
『どうしたのっ! アル!!』
『危険だっ、何かが迫って来ている! ノエル、交替だ!!』
『うん、分かった!』
そして私達は入れ替わる。入れ替わってデュオとなったアルは、無言のまま剣を握り締めていた。
私は堪らなくなり、彼に声を掛ける。
『危険って……一体、何が迫って来てるの?』
その私の問い掛けにアルは……。
『それは……な? ノエルにとって危険な、俺の『仕返し』が迫って来てるのさ……』
そう、彼は冷静な声で答えてきた──
『アル……騙したな……』
アルは無言で立っている。やがて言葉を発する事なく、剣を自らの背に装着した。
『仕返しって、一体何をするつもり?』
私は何か凄く嫌な悪寒を感じ、そう問い掛けた。それに対し、アルは不意に何かを宣言するように大きな念話の声を上げる。
『今からこのまま、浴場の男湯の方に突撃を敢行するっ!!』
『──ええっ?』
『そして中にいるであろう、むさ苦しい男兵士達の裸体を、嫌という程にこの目に焼き付けてやるっ!!』
──え……?
……え、え~っと……へ??
──な、何ですとおおおぉぉーーっ!
『ちょ、ちょっと……冗談……でしょ?』
すると突然、アルは浴場の方に向かって歩き出した。
『見てやるっ! じっくりと見てやるっ! ガン見してやるーーっ!! 特に下半身とか、主に下半身とか、極端に下半身だけとかああああぁぁーーっ!!』
『やだあああぁーっ、やめてえええぇーっ! それにそんな凶悪な事を、三度も復唱しないでええええぇーーっ!!』
──ううっ、冗談じゃない! ど、ど、どうしよう?─って、ちょ、ちょっと待って!
……ふむ。
私は彼を止める、ある妙案を思い付く。
『アルって、今はデュオだよね?』
『はあ? なに当たり前の事言ってんだよ』
『いや、女の子であるデュオが、アルが今から実行しようとする事をしちゃえば、それは即ち『変態』だよね?』
『……うっ』
『いいのかなぁ~アル。それ以降、デュオは変態さんになっちゃうよ?』
『……ぐう、ぬぐぐっ……』
──ふふっ、勝った。えっへん!!
私は心の中で大きくガッツポーズを決めた。
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しばらく間が空き
『……ノエルの嫌いな食いもんって、何だっけ……?』
……アル。こやつめ、まだ諦めてないのか──しかし、まだ甘い!!
『ふっふっふっ、私は生まれながらにして特殊能力。『全食物美味覚化』を所持している。よって、私に食べ物の好き嫌いなど存在しないのだよ、残念だったなアルくん……えっへん!!』
『……いや、それって、ただ単なる長所ってやつだろ。しかもすっごく平凡な……』
アルの声の勢いが落ちてきてる……もう諦めてくれたのかな?
『アル、本当にごめんなさい。もう仕返しなんて諦めて、仲直りしよっ、ね?』
その私の言葉にようやくアルは足を止め、その場に立ち尽くす……ほっとひと安心する私。
しかし、彼は立ち止まったまま、ポツリと一言呟いた。
『──狩りに行く』
『ほへっ?』
意味が分からず、私はすっとんきょうな念話の声を溢してしまう。
『腹が減った……ので、今から狩りに出る! そして蛙や蛇を乱獲しまくって、腹いっぱいになるまで食いまくってやるっ!!』
アルの大きな声の内容を聞き取り、私は驚きの声を上げた。
『うええええええぇぇーーっ!!』
『心配すんな、俺が調理してやる。ちゃんと料理すれば中々に美味いもんだぞ? ああ、でもそうだなーっ、丸焼きも捨てがたいよな~、うん。何か楽しみになってきた!』
……カエル? ヘビ??……まる焼き……???
──えっ?
『──嫌だああああぁぁーっ! 許してええええぇぇーっ!!』
アルは踵を返し、浴場とは逆の方向へと向かい足早に歩き始めた。
『──わはははははははっ! ノエル! 俺はもう止まらんぞっ!!』
いつもは比較的、冷静なアルが怒り狂ってる……さすがは偉大なる食物の王様、別名アレキサンドライト(私が勝手に言ってるだけだけど……)の異名を持つトマト様。そのお力、恐るべし!──って、バカな事言ってる場合じゃない!!
『アル、ごめんなさああああぁぁーーいっ!!』
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その時、私にとって救世主となる、ある人の声が響いてきた。
「デュオ、まだここにいたのか」
それはフォリーさんだった。彼女は私達、デュオに近付き声を掛けてきた。
「さっきから、同じ場所を行ったりきたり、お前は一体何をしてるのだ?」
アルは慌てて誤魔化すように答える。
「あっ、もしかしてフォリー、見てた? こ、これは。え~っと、何というか。その……そ、そう。トマトジュースを飲み過ぎちゃって、ちょっとお腹を小慣らす為に、散歩などを──べ、別に怪しい事なんて何もしてないぞ!」
……うわあぁ、わざとらしい。アルって、相変わらず誤魔化すの下手だなぁ~。
すると、フォリーさんはこっちに向かい軽く微笑んだ。
「ふふっ、そうか。今はいつものデュオって訳だ」
「……へっ?」
もちろん、今のアルには何の事を言ってるのか、さっぱり分からないだろう。後でアルにもちゃんと説明しないとね。
「まあ、ちょうどいい。私はデュオ、お前を呼びにきたんだ。何でもシスティナ殿が、これからの事で私達に話があるそうだ。バルバトス。いや、今はもうエリゴル殿か。後、ウィリアム軍団長とクライド殿も既に待っている。さあ、行こうか?」
「あっ……うん、分かった。行こう、フォリー」
そう答えるアルの声は、もう既にいつもの冷静さを取り戻していた。
はあ~~、良かった。フォリーさん、助かりました──そしてアル、本当にごめんね。
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こうやって私とアルとの、とっても幼稚で青くさい大喧嘩は、幕を閉じました。
ちょっとやり過ぎた感は拭えませんが、でも実はと言うと──
アルがまた私の所に帰ってきてくれた事が実感できて、ちょっぴり楽しかったのは秘密です!!
○ まるっ。 ちゃん、ちゃんっ♪