72話 破壊の化身
よろしくお願い致します。
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──ここは何処だ? 俺は……何だ──?
意識が遠退き、自我がなくなっていく……ただ、ひたすらに暗い……そう、とにかく暗いのだ……。
暗闇に呑み込まれて……『俺』が消えて……いく……。
……………。
…………。
──アル──
……?
アル?……アルって、何だ?………アル……アル……。
──!!
──そうだ! 『アル』は彼女が、ノエルがくれた俺の名前!!
『──俺はアルだ!』
その瞬間、俺という存在は完全に自我を取り戻した。
『危なかった。またノエルに助けて貰ったな。後でちゃんとお礼を言わなきゃ……』
自我を取り戻し、意識もはっきりとある。だが、相変わらず周囲は真っ暗闇の空間が広がっているだけだ……さて、これからどうする? 取りあえず──
『奥へと進んでみるか……』
そして俺は自分という意識を保ちつつ、広がる闇の中を奥へと進んで行く。
奥へ、さらにその奥深くへと……ただひたすらに進んで行く。
─────
………。
どれ程の時が経ったのだろう。このまま進み続けたとして、果たして、俺は目当ての手懸かりとなるものを見付け出す事ができるのだろうか。
すると、突然光を感じ、視覚という感覚が俺に戻ってくる。そんな俺の視界に飛び込んできた光景──
それは今までに目にした事のない光景だった。
─────
『暗いな、ここは空? いや、空中か……そうか、夜の上空に今俺はいるんだ! 下に見えるのは何だ!?──城? 塔?……それにしても、なんて高さなんだ。それにその数……まるで巨大な建築物の大群が世界を埋め尽くしているようだ……』
はっと気付き、俺は自身の今の姿を確認する。しかし、そこには何も目にする事はできなかった。どうやら今の俺は、意識だけの思念体としてこの場所にいるらしい。
『一体どうなってんだ……』
俺は再び周囲を見渡す。
遥か上空に浮いている俺の足元となる下方には、人工的な巨大なガラス張りの建築物が無数に立ち並び、地表を覆い尽くしている。それ以外の森の木々や河川などの自然物は全く見当たらない。摩天楼となるものに埋め尽くされた、地上の光景が地平線の彼方まで続いていた。
そしてその巨大な建築物の大群が、数え切れない程のきらびやかな光を生み出し、この暗闇の夜空を照らし出している。
まるで、地上に星で煌めく夜空がもうひとつ広がっているような……そんな錯覚に陥る。
まさに異世界──そう思える光景だった。
『この世界が本来、俺がいた世界……なのか……?』
ふと何かを感じ、視線を向ける。
『──あれは何だ……人?』
地上からの光によって照らされた上空の雲の隙間から、何か、人型のシルエットの影が舞い降りてくる。そしてそれは、空中を浮遊し、やがて留まるように静止した。
距離が離れ過ぎていて姿までは良く確認する事ができない……ただ、その姿から放たれる異様な何かを感じた。
影はゆっくりと腕のようなものを地面に向け、前へと突き出す。そしてその先から、青白く輝く光が放たれた!
その光は一筋の光線となり、地面にそびえ立つ巨大な建築物の大群を貫通していく。やがて、地面に到達し、着弾したそれは大爆発を起こした!
激しい爆発と爆風に巻き込まれ、辺りの建築物が薙ぎ倒され、崩れ落ちていく……舞い上がる爆炎が地面を呑み込む。
さらにその影は、突き出す腕から休む事なく光線を放ち続け、周囲の建築物を薙ぎ払うように破壊を続ける。その度に複数の爆発が起こり、辺りは炎に包まれる。そして空に届く程の高さのガラス張りの建築物が音を立て、次々に破壊され崩れ落ちていく。
見る間に辺りは焦土と化していく。それでも影は、一向に攻撃の手を休める事なく、破壊の限りを尽くす!
その姿はまるで──そう、『破壊』の権化!
『何だ、あれは?……あれが『滅ぼす者』なのか……』
尚もその影は手を休める事なく、全てを破壊し続ける!
『……いや、違う。あれは多分、『滅ぼす者』なんかじゃない。もっと異質で圧倒的な──』
そうなのだ。その証拠に、俺は今までに感じた事がない程の恐怖と絶望に押し潰されそうなっていた。
滅びの尖兵、イニティウムという巨人や、セクンドゥスという名の怪物は自らの意思、そして与えられた使命に基づいて行動を起こしていた。
だが、今の俺が目にしている影。その存在にそれは全く感じられない。
自我もなく、目的も持たない。ただ『破壊』する。その為だけの存在。
感じるのはただ、恐怖と絶望のみ。
そんな何者も抗う事ができない絶対的な『破壊』の力を目の当たりにした俺の口から、絞り出すような声が漏れる。
『──う、ああぁぁぁ……』
そして破壊が繰り広げられる中、更なる絶望が俺を襲う。
暗闇の上空から新たな影が舞い降りてきた。
一体、二体。いや、三体か……!?──えっ
『そ、そんな……』
─────
俺は天空を見て凍り付く……今、この暗闇の上空には、数え切れない程の影が舞い降り、空中を覆い尽くすように浮遊していた。
やがて、その影の集団は、一斉に地上に向けて腕を伸ばし、突き出す。そして放たれる雨のような複数の閃光の光線!
『──う、うあああああああーーっ!!』
俺は絶叫を上げていた。
─────
………。
地上は跡形もなく全て消し飛び、無の焦土となっていた。
呆然としている俺の前に新たな影が降りてくる。
『──!!』
初めて目の当たりにするその姿……人の形状は一応は象り、形成してはいるが、頭も手足も、そして身体もいびつに醜く歪み、およそ人のそれとは大きく異なっていた。
赤黒い剥き出しの体皮からは、何やらヌラヌラとした体液のようなものを垂らしている。
やがて、俺の目の前で、異形状の頭部にある大きな顎が、大きく割れるように開かれた。その口から目も眩むような青白い閃光が放たれ、直撃を受けた俺という思念体は一瞬にして消し飛ぶ!
そして再び意識を失った──
──────────
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───
『………』
次に気付くと、また暗い空間が目の前に広がっていた。
俺は軽く目眩のようなものを感じながら、ゆっくりと周囲を見回す。すると暗闇の中、遠くに一箇所だけ光が差している場所が確認できた。
それを目指し、俺はゆっくりとその場所へと近付いて行く。
やがて辿り着き、光の差し込んでいる目映い箇所に目を向けた。そこには──
──ひとりの裸体の男性が仰向けになって宙に浮いていた──
まだ、大分若そうだ。もしかしたら青年というより、まだ少年なのかも知れない。ただ頭は俺と反対の方に向いているので、顔までは確認できなかった。
『……もしかして、これが『俺』!?』
俺はその顔を確認する為、さらに近付こうとする。すると突然、それを遮るかのように足元から光が競り上がり、差し出てきた。
──ヴゥォンッ。
浮かび上がる強烈な閃光。やがて、それは人の形を象る。
目の前に現れたのは、例の黒髪の美しい女性だった。
彼女は前に見た時と同じく、目にした事のない形状の衣服を身に纏っている。不思議な光沢の輝きを放つ紺色。そしてその身体も前回同様、ユラユラと揺らめき、相変わらず実体がない者のように感じる。
彼女は俺と向かい合わせて立ってはいるが、これも前回と同じく顔を伏せ、目を合わせようとはしない。
やがて、その女性が言葉となるものを発する。
──『さすがです。まさかこの場にいらっしゃるとは、全くの想定外でした』
彼女の伏せられた顔が、ゆっくりと動き出す。
──『さすがは私が選んだ──』
そして彼女の顔が上を向き、目がゆっくりと開かれる。
──『しかし残念ですが、まだその時ではありません。ですが、近くそれは訪れるでしょう。さあ、今はお戻りになって下さい』
開いた彼女の目と合う……それも前に見た、吸い込まれそうな感覚に陥る『紅』の瞳だった。
それと同時に再び、俺は意識が遠ざかっていく──
──また……お迎えに……上がり……ます。私の……マ……スター──
………?
─────
──Be strong courageous and always believe in yourself
……え……何だっ……て……。
──See you next time……My master
…………。
ヴゥゥンッ──
─────
そして俺は完全に意識を失った──