70話 麗しき花嫁
よろしくお願い致します
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驚いた表情で俺の方へと視線を向けてくる、ユーリィとセシルのふたり。
「だから、今からこの場所で結婚しちゃったら? 私はさっきそう思ったんだけど」
『おっ、いい事言うね。アルは普段は鈍感なくせに、こういう時は気が利くんだ?』
『一言多いつーっの!』
そんな俺の言葉にふたりは慌てて手を離し、互いに恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「そ、そんな結婚だなんて……」
「わ、私達にはまだ早いっていうか……」
すると、その提案に賛同するようにシスティナが声を上げる。
「それは良い考えです。ユーリィ、セシル。今、あなた達の周りにはこれからこの国を立て直す為に、力を貸してくれるであろう沢山の人達が集まっています」
司祭システィナは、女神像の前に集まった周囲の者達に向け、両手を広げる。
「お互いに争ってきたふたつの勢力が今、ひとつに……それはあなた達ふたりが結ばれる事によって、より大きく確かな絆となる事でしょう。どうか受けてはくれませんか?」
「それでも……システィナ様、今は戦いにより犠牲者も多数出ております。こんな状況では……」
ユーリィがうつ向き、申し訳なさそうに小さな声で答える。
「こんな状況だからこそだ。お前達ふたりが、今ここで結ばれる事によって、この国を再び盛り上げる為の大きな象徴となるだろう。そしてそれにより、この戦いに於いて犠牲になった者の死も無駄ではなくなる」
そう声を掛けたのはフォリーだった。
「それでも僕達は……」
すると、フォリーはユーリィの手を取り、そして再びセシルの手と重ね合わせた。
「だが、一番大事な事は別にある。ユーリィ、セシル。お前達は互いに愛し合っているのだろう?」
「「はい」」
「これからも生涯、片時といえど、離れたくはないのだろう?」
「「はい!」」
「ならば、何も迷う事はない筈だ。違うか?」
フォリーのその言葉にふたりは顔を見合わせ、力強く頷いた。
「分かりました。僕とセシル、ふたりは今、ここで結婚します!」
『わわっ、言っちゃった……ユーリィ、カッコいい!』
ノエルが何か言ってる……まあ、とにかくそうと決まれば。
俺は振り返り、皆に向かって大声で叫んだ。
「皆さーーんっ、重大発表があります! 今からユーリィとセシル、ふたりの結婚式を執り行います! 手早く準備を致しますので、しばらくお待ちください!」
そんな俺の声に反応し、辺りから歓喜の声が上がる。
「おおっ、それは何とめでたいっ!」
「盛大にお祝いせねばならんな!」
──“うおおおーーっ!!”──
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そんな大反響の中、カレンも声を上げていた。
「きゃああーーっ! 結婚だって、やだぁーっ、うれし恥ずかしーーっ!!」
彼女は横に立っているダンの背中を、バシッバシッと叩いている。
「──痛てっ、痛ててっ! なんでお前が恥ずかしがってんだよっ! 訳分かんねーわっ!!」
そのダンの隣に立つソニアが、ボソッと呟く。
「……羨ましい……」
「!!……え?」
驚愕の表情でソニアの方へと振り向くダン。
「お前でもそんな事思うんだ─っていうか、もしかして気でも触れたか??」
そんなダンをソニアが殺気だった目で睨み付け、そして囁くように言う。
「──貴様。命がいらんようだな……」
「──怖っ!!」
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そんな中、フォリーはユーリィとセシルを見ながら、何やら思案を巡らしているようだった。
「う~ん、そうだな。こんな状況だから、花嫁衣装はどうしようもないし……せめて……そうだ! ちょっと待っていてくれ」
そう言うと彼女は精霊魔法の詠唱を始める。そして現れる三体の樹木の精霊の少女。その可愛らしい姿に、俺はまた孤島で出会ったひとりのドライアドの女の子を思い出す。
「……元気にしてるかな、ロッティのやつ」
思わず口にしたその言葉に反応し、ノエルが声を掛けてきた。
『……アル、そのロッティっていうの誰? 明らかに女の子の名前だよね?』
──なんでそんなに機嫌が悪そうな声なんだ?
『別に、昔の知り合いだよ』
『ふ~ん、そうなんだ』
何だ、見える訳ないのに、ノエルの突き刺さるような視線を感じるんですけどっ!
そんなやり取りをしている間にもフォリーの指示を受け、三人の小さなドライアド達は、一生懸命に作業を続けている。
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『……うんしょ、うんしょ』
ひとりがどんどん種から急速に色鮮やかな花に成長させ、残りのふたりが共同でその花を編み込んでいく。
『うわぁ、可愛い! みんながんばれ~』
ノエルが俺の頭の中で声援を送る。やがて、立派なふたつの花冠とブーケが完成した。そしてふたりのドライアドの少女が、それぞれユーリィとセシルの元へ飛んで行き、その頭に花冠を被せる。
「ありがとう」
『どういたしまして。ですぅ~』
ユーリィ、セシルのふたりが礼を言い、少女達が可愛らしい返事を返している。そしてフォリーの元へと集まる三人のドライアドの少女達。
『主様、まだ、ご命令はおありですか?』
「そうだな、それでは──」
フォリーは声を潜め、何やら彼女達に耳打ちをしているようだ。
『承知致しました主様。では後程』
そう言いながら彼女達は飛び上がり、空中でフワフワと浮きながら待機中の様子。何かフォリーから頼まれたのだろう。
「それではデュオ。式の後でお前の手からセシルにこれを渡してやってくれ」
そして彼女は俺にブーケを手渡してきた。
「なんで私が?」
「この結婚式の火付け役はお前だろう?」
悪戯っぽく笑みを浮かべるフォリー。
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女神像の前に司祭システィナが立ち、さらにその前に花冠を頭に被ったユーリィとセシルが向き合うようにして立つ。
さあ、結婚式が始まるようだ。
システィナが声を上げる。
「今から水の大精霊、女神アクアヴィテの名の元。ユーリィ、セシル両名の結婚の儀を執り行います」
ふたりに向かい静かに声を掛ける。
「さあ、ふたり共に互いの目を見つめ合いなさい」
その声を受け、ユーリィとセシルが見つめ合う。
「ユーリィ、あなたはこの女性を生涯愛し、そして護り、幸せにする事を誓いますか?」
「はい、誓います」
「では次にセシル、あなたはこの男性を生涯愛し、支え、助けとなり、幸せにする事を誓いますか?」
「はい、誓います」
「それではあなた方ふたりはお互いを夫と妻と認め、夫婦となる事を誓いますか?」
「「はい、誓います!」」
最後に力強く、ふたり同時に誓いの言葉を立てる。
「それでは誓いの口付けを──」
その言葉にユーリィは静かにセシルの両肩へと手を添える……そして交わされる誓いの口付け。
……うっわ~、キ、キスしてる。あのユーリィとセシルが。
『うう、あうう……ユーリィとセシルが、チューしてる……』
顔を両手で覆い隠しながらも、その隙間からガッツリとふたりの姿を見ている俺とノエル。
やがて、それを終え、離れたふたりは互いに恥ずかしさで顔を赤く染め、慌ててうつ向く。
「あの……セシル、大丈夫?」
「う、うん。ちょっと恥ずかしかっただけ……でも──」
そう言いながらセシルは顔を上げ、溢れるような満面の笑顔をユーリィに向けた。そして──
「さあ、誓い。必ず守ってよ。きっと私の事、幸せにしてね? ユーリィ」
久しぶりに自分に向けられる彼女の心からの笑顔……そんな彼女にユーリィも笑顔で答える。
「うん。その誓い必ず、ずっと守り続ける。ふたりで幸せになろう、セシル」
再び手を取り合い、見つめ合うユーリィとセシルのふたり。すると、その隣へと人の姿となっているバルバトスが近付いてきた。そして声高々に言葉を発する。
「今、ここに我々、過去の確執を取り除く象徴となるべき婚儀が成された。新たに夫婦となったふたりはまだ若いが、私はこのふたりの成長を見守っていこうと考えている。まだ教国、獣人の関係を完全に改善するのには時間が必要だろう。だが、少しずつでいい。このふたりを育てるように我々も力を合わせ、共に進んで行こうではないか!」
バルバトスの宣言の言葉に皆、一斉に声を上げて応える。
─“おおうっ!!”─
周囲から響き渡る喝采の声の中、バルバトスはセシルに近付き、彼女と視線を合わせた。そして静かに言葉を発する。
「今度こそ必ず幸せになれ。我が愛しき娘、フィオナ──」
セシルは涙を流し、それに答える。
「……ありがとう。お父様──」
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フォリーが、宙に浮き、楽しそうに雑談をしながらその様子を眺めているドライアドの少女達に、声を掛ける。
「お前達、そろそろ頼む」
『承知致しました。主様』
「デュオもブーケの方、よろしく頼む」
「うん、分かった。渡してくるよ」
そう言いながら、ブーケを手にした俺は、セシルの方へと歩き出した。その時、
『ねぇ、アル。ちょっとだけ、私と入れ替わってくれない?』
『えっ……あ、そっか。ごめん、気付かなかった。ノエルも直接ふたりの事を祝ってやりたいよな、了解。後は頼んだ』
そして俺達は入れ替わる。それと同時に襲ってくる例の身体の浮遊感。
──うぷっ、気持ち悪っ! やっぱ、相変わらずこれには馴れないわ……。
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ノエルが身体の主となったデュオが、セシルにブーケを渡す。
「おめでとう! セシル、それにユーリィも、ふたり共、末長くお幸せにね!」
「デュオさん。ありがとう」
「ありがとうございます。デュオさん」
それを待っていたかのようなタイミングで、ドライアド三人組の少女が、空から色とりどりの美しい花びらの雨をヒラヒラと舞うように降らせてくる。
そんな綺麗な花びらの雨の中、セシルは受け取ったブーケを投げる為に後ろに振り返った。
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そしてそれを狙う狩人達が、目を光らせ待ち構えていた。
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「くふふっ、きたきたきたーっ! 絶対に私が取っちゃうよ~!!」
「──ふっ、悪いなカレン。ブーケは私が頂く!」
「ええっ、なんでーっ! ソニアちゃん、そんなキャラじゃないじゃん!……え~いっ、でもいいや。ライバルは多い方が燃えるっ!!」
「え~っと、ちなみに俺も参加するんで……」
「……なんで? だってダン、あんた男じゃん」
「いや、だってよ。俺も結婚とかしたいし……」
「「キモッ!!」」
──────────
「………」
そんなカレン達の声を耳にしながら、密かにブーケを狙うハンターの姿がここにもひとり。それは──
風の大精霊を『守護する者』、フォステリアその人だった。彼女は心静かにその時を待つ……そして
後ろを向いたセシルが大きく両手を振り上げ、ブーケを天高く放り投げようとする。それを奪取すべく駆け出そうとするそれぞれのハンター達。
しかし、セシルの手から離れたブーケは放物線を描き、落下する事はなかった……。
「──あっ」
「──へっ」
「──な、何だ……」
「──!?」
──────────
セシルが放り投げたブーケは彼女の手から離れ、空高く舞う宙の最頂点に達した時に、ある人物によって奪われる。
驚異的な跳躍力。そんな尋常ではない身体能力の持ち主……すなわち俺、今は精神がノエルのデュオだった。
あまりの突然の出来事に、それを狙っていたハンター達は皆、駆け出そうとしたポーズのまま固まっている。
「ええっ、な、なんでーっ! なんでデュオが参加してるのよっ! 自分でブーケを渡しといてそれを取るなんて、そんなのずるいよ~っ!」
そう悔しそうな声を上げるカレンに向けて、ノエルはブーケを手にしながら、両手を腰に当て足を組み、そして最後に胸を大きく反らしポーズを決める。
「え~っ、だってそんな決まりなんてないよーっ、まっ、どっちにしても私の大勝利! えっへん!!」
ニッコリと笑顔で、二本指を立て、それを前へと突き出した。
──どやああああっ!!──ぶいっ!
『………』
『うんっ、やっぱり気持ちいい! 我ながら見事に決まっちゃった。ほら見てアル、みんな私に見とれちゃってるよ!』
『……いや、皆、ただ呆れ返っているだけだろ……』
ふとデュオの視界にフォリーの姿が入った。彼女も駆け出そうとするポーズで固まっている……そしてフォリーはデュオの視線に気付き、目を丸くしながら手足を隠すように慌てて、身体を通常の状態に戻した。
その顔は真っ赤に染まっている……。
『も、もしかして、フォリーさんも狙ってたんだ……』
『まあ、そういう事だろうな……』
『こういう場合って……どうするアル?』
『……見てなかった事にしよう。フォリーが色々と可哀想過ぎる……』
『……そ、そうだね』
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──ドドドドッ─
「うおおおおーーっ! さっきのポーズ可愛い過ぎるっ!! 俺は更にお前に惚れ直した! デュオ頼むっ、この場で今直ぐ俺と結婚してくれっ!!」
そう大声を上げながら、ダンがこちらに向かって突進してきた。
「──わわわわっ、クマさんがこっちに迫ってきてるよっ!」
デュオ、いやノエルが悲鳴を上げたその時。
──ドカッ!
──バキッ!
ノエルに近付き、抱き付こうとした瞬間、後ろからカレンとソニアによって殴り倒されるダン。
「ええいっ、いい加減うざいわっ!!」
ソニアが怒声を上げ、
「ほんとに、このドすけべクマめがっ!」
カレンが悪態をつく。
「……だ、だから……クマ言うな……う、うぐっ……」
そして気を失い、うつ向きに倒れたダンの足をふたり掛かりで引っぱり、その身体を引きずりながら、元の位置へと帰って行く……。
「皆さん。どうもお騒がせ致しました~! えへっ」
カレンが舌をペロッと出しながら、周囲に愛想を振り撒いていた。
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『ふぅ~、何とか落ち着いたようだな』
『そうだね』
ふ~む──
『そういえばさ、ノエルって、ブーケなんか欲しかったのか? 結婚願望とか強い方なんだ』
すると、ノエルは少しはぐらかすような口調で言う。
『さあ、どうだろうね?』
『はぁ?』
『まあ、いいじゃないそんな事は。前にも言ってたみたいだけど、今の私達の状態は、既に夫婦みたいなもんでしょ? アルが私の旦那さま。人じゃなくて剣だけど……ふふっ』
ぐふっ……これが通常の男女間なら、とんでもない意味の激白となる言葉……だが、俺は人間の姿を持たない剣という存在だ。だから、今回の彼女の言葉もいつもの冗談で特別、意味なんてないのだろう。
『はんっ、悪かったな。どうせ俺は人じゃなくて剣ですよ! でも、どっちかって言えばノエルの方が旦那様だろ? それもすっごい亭主関白の!』
『あはっ、成る程。そう言われてみればそうかも』
『……いや、そこは肯定するなよっ、俺がすっごく惨めになる!』
『くすっ、アル。私が、がんばって養ってあげるからね~っ』
『くぅ、屈辱的過ぎる!!』
やっぱ、ノエルとこんなやり取りをしてるこの時が凄く楽しい……でも、人としての形を持たない俺っていう存在が、何となく寂しいっていうか、物足りないっていうか。そう思ってしまう自分も確実にいる訳で──
『アル、ユーリィはセシルの事を幸せにするって、そう誓いを立てていたよね?』
『うん? あ、ああ、そうだな……』
『アルも私に対して契約してくれてるよね? 家族でいてくれるって、ずっと一緒にいてくれるって……』
『……ああ』
『今の私も、セシルに負けないくらいに幸せだよ。だって、ずっとアルと一緒だから……』
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………。
『そっか……』
ありがとう、ノエル──
─────
慎ましくも騒がしく、そして楽しかった結婚式は、そうやって幕を閉じたのであった。