69話 精霊降ろしの儀
よろしくお願い致します。
歓喜の声が沸き上がる中、俺は周囲を見渡した。
共に戦った五人の姿も確認できる。バルバトスを始めとする獣人達は戦いが終わり、人の姿と戻っていた。
ダンの頭を両腕で締め上げながら、満面の笑みで何やら喜びの声を上げているカレン。それを苦しそうな顔で耐えながら、彼女の背中を叩き、必死に抵抗しているダン。そしてそんなふたりの様子を見て、やれやれといった表情で両手を上げているソニア。
バルバトスはバルドゥ達と腕を打ち合い、互いの健闘を称え合っているようだった。
最後に神官戦士に治癒魔法を施されているフォリーと目が合った。彼女は俺に対して笑顔で拳を振り上げてくる。
“良くやり遂げたな!”
そう言ってる気がした。俺もそれに応え、彼女に対し拳を振り上げる。
─────
『ノエル、願い事叶えてやったぞ。これでもう機嫌直してくれよな?』
『だから、もう怒ってなんてないってば!……でも、ほんとに良かったね。みんな何か凄くいい雰囲気だよ~』
彼女の言葉に、俺はもう一度辺りを見渡す。
獣人の戦士達に治癒魔法を施す神官戦士。傷付いた教国戦士に手を貸し、肩を抱きながら歩く獣人……確かにそこには先程まで憎しみ争い合っていた、そんな負となる感情の光景は全く消え失せ、一種の連帯感さえも感じさせた。
『……そうだな、確かにノエルの言う通りだ──』
俺はふと思い出すかのように、横に立つレオンハルトに視線を戻す。
彼は無表情のまま、頭上にある女神像の腕の中で輝く精霊石を見つめていた。それを追うように俺も精霊石を見上げる。
俺の目に青く輝く水晶の姿が映った……水の精霊石。それを守れたという実感が込み上げてくる。
………。
俺は隣に立つレオンハルトに声を掛けた。
「さっきは力を貸してくれてありがとう、レオンハルト王。でも、何故あんたが……?」
「レオンと略せと言った筈だが?」
そう言いながら、レオンハルトは切れ長の目を俺に向ける。しばらくの間が空き、そして──
「……そうだな、漆黒の剣を持つ剣士が突如として俺の前に現れた。その者はこの世界にはあり得ぬ強大な力を持っている。俺はそう確信した。『滅ぼす者』を討ち滅ぼし、『滅びの時』を阻止する事を成し得るやも知れぬその力。この世界の理さえ干渉せぬ者の存在。その存在を知った俺は、自分の中に掲げた自身の『目的』、それを成そうとする道筋を変更する事と決めた……まあ、そんな所だ」
「という事は、私達の味方となって協力してくれる。そう考えていいのかな?」
すると、レオンハルトは踵を返し、俺に背を向けた。
「王というものは思ったよりも中々、厄介なものでな。まあ、俺が望んでそうなった訳ではないのだが……取りあえずは身軽となる為、まずはその厄介事を片付けてくるさ……」
そしてこの場から立ち去る為に歩き出す。
「いずれまた会おう。デュオ・エタニティ──」
………。
レオンハルトの姿が消えるまで、俺はその場に立ち尽くしていた。
─────
『行っちゃったね。あの人って結局、私達の味方なのかな?』
『さあ、どうだろうな……でも、どっか昔に出会った事があるような……って、まさかそんな筈は……な?……』
『??』
──「デュオさんっ!!」
そう呼ばれる声に気付き、振り向くと、ユーリィとセシルが並んで小走りでこちらへと向かってきている。その後ろには、後に続いて司祭システィナと神官戦士長のクライド、ふたりが歩いてくる姿も確認できた。
「ユーリィ、身体の方はもう大丈夫なのか?」
「はい、おかげ様で……あなたは一度死んだ僕に、再び命を与えてくれた……そして『滅びの時』の怪物を打ち倒し、女神アクアヴィテ様を、水の大精霊を守ってくれた……本当にあなたはには何とお礼を言っいて良いのか……」
俺の前へとやって来たユーリィがうつ向き、目に涙を浮かべながら、俺に訴え掛けるように言う。
「ユーリィ……」
セシルも目に涙を滲ませながら、そっと隣に立つユーリィの背中に手を伸ばす。
「──や、やめてくれっ! 俺。い、いや私、そういうの、すっごく苦手なんだ。それにあの怪物を倒したのだって、ここにいる皆、全員が力を合わせて成し遂げた事だし……」
俺は少し顔が赤くなっているのを自覚しながら、慌てて顔の前で両手を振った。
「はい、それは分かっています。でも、あなたがいなければ今回の事は成し得なかった。だから、まず私達はデュオさん。あなたにお礼を言いたいのです!」
次はセシルが続いて懇願するように声を上げてくる。
……困ったな。それじゃあ──
俺は右手に持つ魔剣を地面に突き立てた。そして
「それじゃ、ユーリィ、セシル。ふたり共、お礼を言うならこの剣に言ってやってくれよ。何もかもこの剣の力のおかげだからさ」
ふたりは少しキョトンとして答える。
「……この剣にですか?」
「ああ、この剣には私も助けられてばっかりだからさ。この際、私もお礼を言うから、三人で一緒に言おうよ」
その俺の言葉を聞き、ユーリィとセシル、ふたりは顔を見合わせた。
「くすっ、ふふっ、それは良いですね。それでは、一、二の三で、三人合わせて一言。“ありがとう”とお礼を言いましょうか?」
ユーリィが笑顔で提案をする。
「了解!」
「はいっ」
「それではいきますよ── 一、二、三、はいっ!」
「私の魔剣、今までありがとう。そしてこれからもよろしく!」
「デュオさんの剣さん。再びセシルと生きる未来を僕にくださり、本当にありがとうございました!」
「偉大なる黒い剣様。ユーリィを、女神アクアヴィテ様を、そして皆を救って頂き、誠にありがとうございました。お礼の言葉を申し述べます」
『魔剣のアル。いつも美味しいご飯と安らかな睡眠のご提供、ありがとう! お世話になってます。な~んて……えへへ』
………。
「──だーーっ! 一、二の三で合わせるって言っときながら、みんなバラバラじゃないかっ! 言ってる事もバラバラだしっ!」
『それにノエル! お前は検討違いなお礼を言っているっ!』
『えーーっ、別にいいじゃない。ほんとに感謝してるんだからっ、それに食べる事と眠る事は生きて行く為に最も大切な事だよ~』
『……まあ、言ってる事は全くの正論なんだが、ノエルが言うと、ただ食い意地が張ってるだけに思えてくるんだよなあ……』
『……お、乙女に向かって何ていう事をっ!』
『いや、腹が減った時のノエルってさ、バカみたいに餌をねだる雛鳥とあんま変わんないだろ?』
──ゴゴゴゴゴゴッ─!!
『………逆鱗に触れるって、こういうのなのかな……!?』
『ご、ごめんなさい……』
………。
「ぷっ、くすっ、あははははっ!」
『あ~、もう可笑しい。あは、あははははっ!』
「はは、あははははっ!」
「うふっ、あはははっ!」
そして俺達、四人は笑い合った。
───
天井を見上げると、壊れた屋根から見える曇天の空が──
その分厚い黒い雲が割れ、澄み渡った青い空が覗いている。そこから差し込まれた一筋の日の光が傾いた女神像へと伸びていった。
それを受け、女神像の腕の中で青い光を放つ精霊石が、更に目映く放つ光を強くさせた。
─────
「………」
「セ、セシル?」
困惑したユーリィの声に俺は目を向ける。そこには、セシルが虚ろな目で呆然としながら女神像へ歩き出す姿が見て取れた。
その彼女に手を伸ばそうとするユーリィを、制止する司祭システィナ。
「……システィナ様?」
ユーリィの呟く声に、無言で頭を振る彼女。
やがて、セシルは傾いた女神の前にたどり着き、振り返った。
セシルは虚ろな目に不思議な色の輝きを宿し、口を開く。
─────
『──私は水を司る精霊となる存在……』
音ではなく直接心の中に響いてくるような、そんな言葉となる声が発せられた。
「これは『精霊降ろしの儀』となるもの……巫女であるセシル。彼女の身体に今、女神アクアヴィテ様が、水の大精霊様が憑依なさっています」
水の大精霊を女神と崇めるシスティナが、そう説明をする。
その水の大精霊から発せられる神秘的な声に導かれるように、皆、女神像の前へと続々と集まってきた。
─────
『──『滅びの時』、その脅威となる者は一時的ですが、滅び去りました。これはあなた方による正となる力によって成された事です』
虚ろな目で両手を大きく広げながら、セシルは話し続ける。
『──白を黒へと変色させ、零の精霊を黒の精霊へと変化させた。これもあなた方、人間が行った所業によるものです。そしてそれは『滅ぼす者』を創造し、生み出す。もう既に『滅びの時』は始まっています。これはこの世界の理となるもの……如何なる者でも最早、それを止める事は敵いません』
『──ですが、今回の戦いに於いて、あなた方は過去の互いの怒りや憎悪。その負となる感情を捨て去り、立場や種族の隔たりを越え、大切な者を守る為、又は自身の信念を貫く為に身を投げ出し、戦いました。そして勝利を納めた──』
『──それこそ、その感情こそが、『滅ぼす者』に対抗できる力。正の感情となるものなのです。その事をどうか、忘れないで下さい』
『──そして、異端の力を持つこの世界には存在し得ぬ者……今はデュオとお呼びしましょうか? 最早、この世界は滅び、消えて無くなる定め。ですが、デュオ。私達、世界を司るそれぞれの精霊は異端なる者、あなたに一縷の望みとして、あるものを託します』
その言葉に女神像の腕の中で浮いている精霊石が一瞬、目映い閃光を放つ。そして俺の目の前にゆっくりと青く光る小さな宝石のようなものがフワリと降りてきた。
それを手のひらで受け止める。
『──水の精霊石の欠片です。全ての大精霊と会い、精霊石の欠片を受け取り、集めて下さい。四つが揃ったその時、あなたの大きな力となる事でしょう』
そしてそれは前回の風の精霊石の欠片と同様、俺の手のひらに徐々に埋まっていき、最後になくなった。
『──そろそろ時間のようです。私、水の精霊も風と同じく力を奪われ、しばらくの間、この世界とは直接、干渉できない事となるでしょう』
水の大精霊を憑依させたセシルは、最後となる言葉を語り続ける。
『──私達、世界を司る精霊はいつもあなた達を見守っています。そして願います──再び今ある『この世界』に舞い戻れる事を──』
女神像の腕の中の精霊石の放つ光が弱くなっていく……そして、光の輝きは全て失われた。
『──自らの未来は自らの手で切り開くのです……また、いつか会える時を待ち望んでいます。愛しい我が子、『人間』達──』
その言葉を最後に、セシルが意識を失うようにして倒れそうになった。それを咄嗟にやさしく受け止めるユーリィ。
「セシル、大丈夫?」
「……うん、ありがとう。ユーリィ」
いつの間にか暗かった曇天の空は清々しく晴れ渡り、崩れて廃墟となった祭壇へと日の光が後光となって降り注いできた……遠くの空には虹が架かっている美しい姿も目に入ってくる。
そんな神秘的な空間の中、女神像の前でユーリィとセシル。ふたりの男女が手を取り合い、見つめ合っている。
そのふたりの姿に、この場所に集まった者達全員が、心を奪われたかのようにして見入っていた。
そんな周囲の様子を確認した俺は、ひとつの妙案を思い付く。そしてそれを言葉にして声を上げた。
─────
「そうだ。ユーリィ、もう今ここでセシルと結婚しちゃいなよ!」
俺の突然の提案に、ふたりの驚きの声が重なった。
「「えっ……??」」