68話 思いがけぬ共闘
よろしくお願い致します。
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確かにノエルの言う通り、魔剣の──俺の力はこんな奴に負ける筈がない!
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俺はがんじがらめになりながらも、魔剣を握る右手に力を込めた。
それに呼応した複数の魔剣の触手が、束縛している怪物の触手を食い破るように内側から引き千切っていく。次に俺自身も両手足を大きく広げ、怪物による束縛を打ち破った。
そして俺は地面へと着地する。
それに気付いたセクンドゥスが、怪物の頭上から俺に向けて黒い光線を放ってきた。
その攻撃に対し、左手のひらをかざし、白の精霊魔法、聖なる光で迎撃する。
直に双方の距離は零となった
黒い光線と白い光線がぶつかりせめぎ合う。
俺はその間に魔剣の剣先をセクンドゥスに向け、魔法を放つ。
「──破壊の黒線!」
魔剣の切っ先から黒い光線が放たれ、せめぎ合う黒と白の光の横を、一直線にセクンドゥスに向かって飛んで行く
『──!! 何だとっ!』
セクンドゥスは舌打ちとなる言葉を吐きながら、巨大な怪物の蜘蛛の足をその頭上にいる自身の前に組み合わせ、それを防御する体勢に入る。
そして直撃し、発せられる爆音。
俺はその隙に巨大な怪物の身体の上方に触手を突き立て、空中へと飛ぶ。そしてフォリー達、六人を束縛した怪物の触手をぶった斬った。それを繰り返し、それぞれ仲間達を解放していく。
束縛から解放されたフォリー達は、よろめきながらも無事に地面へと着地するが、例外もいたようで──
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「──ぐおっ! ぐぬぬ、い、痛ってえええぇぇっ!!」
「──きゃんっ! い、痛ったあああぁーいっ!……デュオ、もうちょっと上手に助けなさいよっ!!」
俺は着地しながら、そんなみんなの様子を確認し、取りあえずほっと一息をついた。
「皆、気を抜くな! まだ終わった訳ではない!」
獣王バルバトスが声を上げる。そんな彼は腹部と左肩から血を流していた……どうやら傷を負ってるようだ。
「くっ……デュオ、すまん。不覚を取ってしまった」
フォリーが脇腹を手で押さえながら、辛そうな表情で歩み寄ってくる。彼女も傷を負っているのかも知れない。
「大丈夫、フォリー? もう充分だ。後は任せて下がっていてくれ」
俺の言葉に彼女は頭を振り答える。
「私は平気だ、まだ戦える……私はデュオ、お前の力になりたいんだ……」
「……フォリー」
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『──まさに尋常ならざるその力じゃ。異端なる者、デュオ・エタニティよ!』
セクンドゥスがふわりと怪物の頭上から跳び下り、地面へと足を着ける。
『されど、如何な強力なる力であっても闘争に於いては、妾……否、我ら負の力に勝るなど、決してあらざる事なのじゃ!』
美しい灰色の肌の女が、右手に持つ異形の武器を一度、大きく横へと薙ぎ払う。
『思い返してもみよ! どう足掻いたとて所詮、人なる者は正の力より負の力を選択し、頼る。そして今や大きく負の方へと傾いておる!』
セクンドゥス、その整った造形の顔にある赤い目の金色の瞳が、妖しく輝く光を灯す。
『怒り! 憎しみ! 妬み! 強欲! それらに依存し、偏ってしまったのじゃ。今ある世界の未来を滅亡に導く存在。それが『人間』! ならば──』
セクンドゥスは声高らかに宣言する。
『──全て滅びよ!!』
その声により、巨大な怪物の猛攻が始まった。
多数の巨大な蜘蛛の足が振り上げられ、そして叩き付けられる。
胴体から生えるようにして伸びる無数の触手は、獲物を求めるように蠢き、襲い掛かってくる。
その行為に祭壇は再び音を立てながら崩れ落ちていく。
「くそっ、みんなを守らないと!」
俺は手当たり次第に繰り出される蜘蛛の足を魔剣で斬り捨てながら、怪物に向かって駆け出し、歪な形状へと形を変えた頭部に魔剣を突き立てる為、跳躍した。
そして突き立てる。
しかし、響く金属音と共にその攻撃となる魔剣が受け止められた。
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『うぬが相手はこの妾じゃ!』
「ちっ、邪魔だっ!」
俺の繰り出す魔剣とセクンドゥスが手に持つ異形の武器が、激しく交わり、せめぎ合う。
突如として俺の前に現れたセクンドゥスにより、俺と奴との一騎討ちが始まった。
ギイィィン、ギイィィンと、打ち合う剣撃が鳴り響く中、巨大な怪物に苦戦を強いられているフォリー達の姿が目に入ってきた。
……くっ! どうにかしないと……このままじゃ、みんながっ!
『アル! フォリーさんがっ、みんなが!』
どけっ、化けもん! 今はお前の相手をしている場合じゃねぇんだよっ──!!
──ギイイィィン!
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『フフッ、行かせぬわ!』
響く剣撃音と手に掛かる重圧──セクンドゥスが嘲笑うかの様に口元を歪める。
「──ちっくしょうっ!!」
──「今だ! 第一列弓隊、一斉射撃!」
──!?
「──放ていっ!!」
放たれた号令の声と共に、怪物に向かって降り注ぐ雨のような弓矢が放たれ、怪物の巨大な身体に次々に突き刺さる。
声がする方に目をやると、半壊した祭壇の外で整列した教国戦士達の姿が確認できた。指揮を取っているのはクライド神官兵士長のようだ。
「第二列隊、続けて一斉射撃だ!」
クライドが再び、そう声を上げるのと同時に異なる声が聞こえてくる。
「よし! 我らは第二射に合わせて突撃を敢行する! ファビオ、ガスパー、それに他の者も出遅れるな!!」
「──応!!」
あの隻眼の獣人は確か、獣人達の隊長バルドゥだ。
「第二、一斉射撃! 放てっ!!」
「今だ!──突貫!!」
複数の雄叫びと共に、怪物に再び弓矢の雨が降り注ぎ、その後にバルドゥを先頭とした獣人勢が怪物に向かい突撃して行く。
全身に無数の弓矢を突き立てた巨大な怪物が、血を流しながら暴れまわる。その隙を突き、バルドゥ達、屈強な獣人の戦士達が、それぞれ手に持つ武器を果敢に振るう。
混戦となったその場へ、更に教国戦士達も武器を手に参戦している。見ればカレン達、三人。そして体勢を立て直した獣王バルバトス、フォリーらも傷付いたその身を奮い立たせ、怪物との戦いに立ち向かおうとしている姿も見て取れた。
「みんな……」
『うん、みんな凄いよ……』
バルバトスの大剣が! フォリーの精霊魔法が! カレン達、三人の攻撃が! そして教国の兵達、獣人の戦士達の力が!
その力の前に徐々に、しかし、確実に自身の生命力を削がれていく巨大な怪物。
セクンドゥスと剣を斬り結びながら、横目でその様子を確認していた俺は、奴へと声を掛けた。
「形勢逆転ってやつだな」
魔剣とセクンドゥスが持つ武器が打ち合う音が響く。
「あの力は『戦う』、その行為に於いては、確かに負の感情から発せられる力よりも脆弱なものなのかも知れない」
『……アル』
「……だけど、大切な何かを守ろうとする力、為し遂げようとする力。それは紛れもなく正の感情の力だ! そしてその力が今、まさに負となる力を討ち滅ぼそうとしている!」
俺の言葉にセクンドゥスの口元が緩み、それに応じる声を発する。
『成る程、それが可能性となる『答え』という訳か……』
剣を打ち合いながら、奴は言葉を続ける。
『ならば、もう仕上げとしようか。あの巨大な者、あの者は所詮、妾の身体の欠片、一部に過ぎぬ……妾こそ真なる尖兵セクンドゥス! 妾達の戦いにて雌雄を決しようではないか!』
俺はそれに答える。
「了解した! 望む所だ!」
俺の魔剣とセクンドゥスの手に持つ武器が激しくぶつかり合う。
地上から上方へと跳んでの斬撃! あるいは上方へ跳躍してから下方に向けて振り下ろす斬撃! そして互いの武器が激しくぶつかり合うつばぜり合い!
その最中にも双方から放たれる魔法による攻撃も織り交ぜ、より激しく! 速く! 俺達が繰り広げる一騎討ちとなる戦いは更に凄烈さを増していった。
ずっと鳴り止まぬ金属音!
切り裂かれ、互いの身体から迸る鮮血!
そして揺らめく紅い光を鈍く発光させながら、力を吸収し続ける漆黒の魔剣!
………。
終わる事がないかと思われる戦闘の中で、やがて──
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──ズブリ──
セクンドゥス。その灰色の肌の胸に深々と漆黒の剣が突き立てられた。
同時に貫通した魔剣の切っ先が奴の背中から姿を覗かす──
『──ぐっ、ぐうおおおおおおおぉぉぉ……!!』
背から赤い血が吹き出し、セクンドゥスの絶叫が響き渡る。
俺は突き刺さった魔剣に直接、負とは対極となる魔法、聖なる光を発動し、その正なる魔力を注ぎ込んだ。
魔剣から青白い炎が発生し、それによりセクンドゥスの身体が焼き爛れていく。
『──がああああああぁぁっ!』
美しい顔を醜く歪め、苦痛となる絶叫を再び上げるセクンドゥス。
やがて、炎の勢いが弱まると、セクンドゥスはゆっくりとした動きで自らの胸に突き立てられた魔剣を掴み、一気に引き抜いた。
『滅びの時』その尖兵、セクンドゥスの焼き爛れた胸から、背中から、再び吹き出す真っ赤な鮮血。
『……見事じゃ。異端の力を持つ者よ。最早、妾が身が滅びるのは必然。ならば、もうひとつの使命、水の精霊石は破壊させて頂くぞ』
その言葉と共に不敵な笑みを浮かべるセクンドゥス。
「そうはさせるかよ!」
俺がそう声を発するのと同時に、奴は右手に持つ異形の武器を投げ付けてきた。
「!!……くっ」
それを魔剣で弾き返そうとしたその時、その武器となるものは、大きな顎を持つ黒い物体へと姿を変える! 俺はそれに対し、魔剣を突き立てるが、その大きく広げられた顎に噛み付かれ、身体の自由を奪われてしまう。
ギリギリと身体が締め付けられ、激痛が走り、それと同じくして右手に持つ魔剣が低い音を立て、俺の身体を修復させていく。
そんな中、俺の視界の中に、水の精霊がある大きく傾いた女神像へと、疾走するセクンドゥスの姿が入ってきた。その右手には再び出現させた異形な武器の姿が──
「──くっ、また守る事ができないのか……?」
『そ、そんな! アル……』
セクンドゥスが女神像の前に辿り着き、精霊石の場所を確認するように見上げている。
そのセクンドゥスへ向かい、駆け寄ってくるひとつの黒い影──
それは銀色に煌めく長剣を手にしていた。そして無言で剣を振り上げ、セクンドゥスに向け斬撃を叩き込む! その剣の一撃をセクンドゥスは受け止め、振り払った。
それに対し後方に跳び、奴と距離を取る黒い影。
その姿は黒い重鎧を身に付け、漆黒のマントを纏った長身の男だった。
黒い長髪に鋭い切れ長の目。手には身の丈に及ぶ片刃の細身の剣を手にしている。
「………」
男は無言でセクンドゥスを見据えていた。
──あいつは一体何者なんだ……?
俺はその場面に見入ってしまっていたが、身に走る激痛を感じるのと共に、今の自身が陥っている状態に気付く。
「くそっ、いい加減にしろっ!!」
魔剣に力を込め、複数の触手による攻撃を一斉に内側から放った。
俺を束縛していた黒い巨大な顎がバラバラに打ち砕け、辺りに飛散する。
俺は急ぎ女神像の元へと駆け出した。
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俺がそこに辿り着いた時、漆黒の鎧の男とセクンドゥスは既に手にした剣で打ち合い、戦闘を始めていた。そしてそちらへとくる俺の姿に気付いた男が、戦闘を中断し、再度、後方へと跳びセクンドゥスとの距離を取る。
俺は魔剣を構えながら、その男へと近付いて行った。
「あんたは一体誰だ?」
そう問い掛けてみる。
「──俺はミッドガ・ダルの名をレオンハルトと言う」
男はセクンドゥスを見据えたまま、そう答えた。
「何だって!?」
レオンハルト。そいつは確か、今回の戦争の元凶となったミッドガ・ダル戦国の国王の筈……。
俺は驚きの表情で言葉を続ける。
「何故、敵であるミッドガ・ダルの王が俺達を助けるんだ! 一体、何故?」
その問いにも男は、俺の事を見ずに答える。
「理由は今はどうでもいい。まずはこいつを倒す。そうではないのか? 黒い剣士」
男が言う返事の言葉を聞きながら、俺は目の前に立つ『滅びの時』の尖兵、セクンドゥスの姿を見た。異形の武器を手にし、構えているその頭上には、傾く女神像の腕の中で青く光り輝く水の精霊石の姿が──
確かにこの男の言う通りだ。今、成すべき事はただひとつ!
「力を貸してくれるのか? レオンハルト王」
「言いにくいだろう、レオンと略してくれていい。時にお前の名は?」
「私はデュオ・エタニティ、デュオって呼んでくれ」
「了承した」
俺は魔剣を構え、セクンドゥスに向かって跳躍した。
「奴を討ち滅ぼす! 協力してくれ、レオン!」
そう言い放ち、セクンドゥスに向かい、上空から魔剣を振り下ろす!
「了承した、デュオ──」
レオンハルトは跳び、下方からセクンドゥスに向けて、銀色に輝く長剣を振り上げる!
──斬!
斬──!
セクンドゥスの身体で、剣を振り切った俺とレオンハルトが交差する。
それぞれが地に足を着け、そして互いに同じように剣を勢い良く真横へと振り払う動作を取った。それと同時にXの字にセクンドゥスの身体は切り裂かれ、四つの血塗れの肉片となって、地面に音を立てて崩れ落ちていく。
『──『滅ぼす者』を滅ぼす……か……見事じゃ……』
最後に落下した首がそう言葉を残す。そして地面に落ちたセクンドゥスの肉片が全て塵となり、消し飛んでいった。
それと時を同じくして、セクンドゥスの分身となる巨大な怪物の身体も、塵となって消えていく。
やがて静寂となった場所に、戦いに勝利した戦士達の歓喜の声が辺りに轟いた。
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──“うおおおおおおおおおおおおおおっ!!”──