5話 ホロボスモノ
よろしくお願い致します。
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俺は今、月の光が煌々と照らし出している夜の草原の中。ゴブリンの軍勢を迎え討つために、両腕を組みながら待ち構えている。
そんな俺の後ろに、続々と集結してくるコボルト達の姿が──
◇◇◇
あれから俺は、ゴブリンの迫り来る軍勢の存在を知らせる為、触手の活用など、自身のもてる全ての手段を使い、全力でコボルトの拠点である洞窟へと戻った。
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「おい! ゴブリンの軍勢が迫って来ている! 死にたくなかったら、皆起きろっ!」
言葉が通じないことはもちろん分かっている。だけど、今はそんなこと言ってられない! 俺も自分なりに必死なんだ!
「起きて武器を持て! そして生き残る為に戦うんだ!」
集落である洞窟内を走り回り、俺は大声を上げ続ける。
その声に気付いたコボルト達が何匹か姿を現すが、俺の発している言葉の意味が理解できないのだろう。
皆一様に不思議そうな視線を俺に向け、ただ、呆然と立ち尽くしているだけだった。
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くそっ、なんで、分かってくれないんだよ! このままじゃ体勢を立てる前に、ここに攻め込まれて、皆やられてしまうぞ!
はっ──そういえば、クロトは何処にいるんだ。クリボーは、シロナは?……は、早くしないと……。
「ええい、お前らいい加減にしろ! 俺が何のために帰って来たと思ってるんだ! 頼む、分かってくれ、戦え! 戦うんだよ!!」
がむしゃらに叫ぶ俺の前に突然、ある者が姿を現した。
二匹の屈強そうなコボルトを両脇に従えて立つその姿は、あの二色の毛色を持つ年老いたコボルト──
”じっちゃん”だった。
じっちゃん自身も、その手に自身の丈を超える長槍を手にしている。
こうやって見ると宴の時、隣に座り込んでいたので気付かなかったが、年老いながらもなかなかの偉丈夫だ。
もしかすれば、槍の達人なのかも知れない。
さすがにこのコボルト一族の長っていうのは伊達じゃないってか? 何にせよ頼もしい限りだ!
もしかしたら、何らかの異変を感じて飛び出して来たのか?
……そ、そうだ! 族長であるじっちゃんなら、俺が言いたいことが分かってくれるかも!
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「じっちゃん、聞いてくれ。今、この集落にゴブリンの軍勢が迫って来ている! 奴らがここに辿り着く前に、早急に戦闘体制を整えて、集落前の草原にコボルト達を繰り出してくれ!」
「バフゥ、ゴフゥ?」
キョトンと、首を傾げるじっちゃん……。
「だああああああああーーっ!! だから、ゴブリンの軍勢がここに迫って来てるんだってば! 頼む、早くそれに対して向かい討つんだよ!」
「ババフゥ?……ゴフウゥゥ??」
………。
ダメだ。全然通じてねええええぇぇーーっ!! こ、こうなったら……。
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俺は背中にある魔剣を手に取る。そしてそれを振りかざしながら真横へと走った。
次に剣を振り下ろす動作をする。瞬間、素早く振り返り、その振り下ろした攻撃を魔剣で受け止めるようなポーズを決めて見せた。
そして最後に俺は、族長であるじっちゃんに向けて、自信満々の顔を向ける。
どやああああああぁぁ! この俺の見事なゼスチャーによる解説は!?
「バフゥ?……ゴフウウゥゥム……」
………。
……え~っと、あ、あの……ご理解して頂けたでしょうか?
そう俺が疑問に思った瞬間。じっちゃんの垂れ下がった瞼によって、隠れて見えてない目が光ったように感じ取れた。
「バフゥ! ババフゥ! ゴフゥ!!」
じっちゃんの勇ましい声が、洞窟内に響く。
それを受けた両脇に立っていた二匹のコボルトが畏まり、早急に洞窟内にその姿を消していった。
どうやら俺が言いたい事が、上手く伝わってくれたようだ。
「ババフゥ、バフッ、バゴフゥ!!」
続いて発せられるじっちゃんの声に、呆然と立ち尽くしていただけのコボルト達が突然、武装し始め、その元に集結してくる。
その中にクロト達、あの三匹の姿もあった。
「バフゥ、ゴゴフゥ?」
そしてじっちゃんが、俺の肩に手を掛けてきた。
そう、まるで俺に出撃の号令を出すことを示唆させるように。だから、俺は大声で叫ぶ。
「──いくぞ! いざ、出陣だ!!」
◇◇◇
「バフゥ、ババフッ!」
俺の横に並び立つじっちゃんが、前方を手に持つ長槍で指し示す。
その方向に目をやると、確認できる進軍してくるゴブリンの軍勢の姿。
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それにしても凄い数だ。それに比べ、こちら側コボルト達の数は全数を以てしても、おそらくはその半数にも及ばないだろう。
さて、この状況をどうやって覆すかだが……。
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さておき、取りあえずはまだ、こちら側の戦闘体勢が整っていない。だから、まずはその為の時間を稼がさせてもらう。
俺は背中にある魔剣を手にし、剣先を敵軍勢の方向へと向けた。
そして前回同様、頭の中で魔法の詠唱を連続で行う。
「──火球!──電撃!」
その声に応じるように、同時に剣先から浮かび上がる二色の魔法陣。それと共に敵軍勢に向けて、雷の渦を纏った炎の礫が放たれた。
飛翔する二属性の魔法の弾が敵軍勢に直撃し、爆音と共に発せられる赤い炎の光が、辺りを明るく照らし出す。
その魔法による攻撃を五回繰り返したところで、俺は魔剣の中にある魔力が感じられなくなった事に気付いた。
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今の俺の力では、これで打ち止めか……。
まあ、昼間に倒したゴブリンメイジ程度の魔力じゃあな。
魔法を持続的に使用する為には、もっと高い魔力を持つ敵を倒して、その力を吸収する必要があるな。
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前方を確認すると、ゴブリンの軍勢、五箇所で炎の手が上がっていた。そしてその事態に大いに混乱している様子が伺える。
俺が行った魔法の先制攻撃、それによって作り出された敵の進軍を止める時間は、味方のコボルト達の戦闘体勢を整えるのには充分の時間だった。
未だ敵は混乱している。
よし、今が絶好の好機だ!
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後ろを振り返ると、それぞれの武器を構えたコボルト達の姿が確認できる。もう皆、いつでも動き出せる状態のようだ。
後はこの戦いの作戦だが──
このままぶつかり合っても、おそらくはその数によって俺達、コボルトの集団は、最後はその数の多さで押し潰される事になるだろう。
即ち、コボルト側の敗北は、戦う前からほぼ確定している。
ただ、ひとつだけ俺達が勝利を納める方法が残っている。
無勢が多勢に勝つ方法。それは相手側の王、あるいは頭となる“存在”を敵よりも早く討ち取り、その首を掲げ、勝利の宣言を打ち立てる事。
そして、その事を行える強力な力を持つ存在が、幸いにもこの陣営にはいる。
そう俺、“魔剣”の存在だ。
──そうだ。意識を取り戻した時から、この世界に対しても、自分の事も、何ひとつ分かっちゃいない俺だけど。少なくとも俺という存在は多分、今はその為にあるんだ!
俺の“存在意義”が、今。ここにある!
だったら、俺は持てる力を以て、それに対して全力で当たるのみ!!
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俺は横に並び立つじっちゃんに向けて、声を上げる。
「じっちゃん、いや、族長! 今こそ号令の声を上げる時! さあ、皆に向かって、突撃の雄叫びを上げてくれ!!」
俺の声に意味が通じたのか定かではなかったが、今度は躊躇なく、一族の長である老コボルトが、果敢なる雄叫びの声を上げた!
──バフオオオォォーーンッ!!
その雄叫びに、後ろに控えていたコボルト達が、敵であるゴブリンの軍勢に向け、それぞれ突撃を開始するために駆け出して行く。
俺は駆け出しながら、目でクロト達、三匹の姿を探した。そしてそれぞれに、視線で自分の意思を伝える。
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クリボー。お前、怪我してんだからあまり無茶はするなよ。シロナも女の子なんだからキツくなったら直ぐに後方に下がれ。そしてクロト、お前もがんばれよ。ただ三匹とも絶対に死ぬな!
生きてまた会おう!!
「ガウッ!」
「バウッ!」
「キャンキャン!」
俺の心の声を感じ取ってくれたのか、応えるように返ってくる元気な吠えが、言葉は通じなくても、心では通じ合っている仲間のように思えて……その事が、すごく嬉しいと感じる。
俺はそれを振りきるように前方に向き直り、全力で駆け出して行く。
誰よりも早く敵の軍勢に突っ込み、それを打ち倒す。その為に──
──目的はゴブリンの王、その首だ!!
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「さあ、行くぞ! パグゾウ──突貫だ!!」
俺を先頭にしたコボルト達は、一丸となってゴブリンの軍勢に激突する。
それぞれが手にした武器を振るい、懸命に戦うコボルト達。俺も魔剣で周囲のゴブリンを次々に薙ぎ払っていく。
自分の視界に入ってくるゴブリンを、ことごとく魔剣によってその身を切り裂いて命を奪い、その都度、彼らから力を吸収していった。
ふと前方に目をやると、複数のゴブリン達に担がれた櫓の玉座で、何やら手を上げて指事を出しているゴブリンの王の姿が、遠く離れた場所で確認できた。
俺の目的は──
視覚が標的を明確に捉える。
──あそこか!!
それを確認した俺は、魔剣の触手にも心の中で指示を出す。
──敵であるゴブリンどもを殲滅せよ!
それにより宙をのたうつように得物を求めて駆け巡る触手。
そして自身が放つ魔剣の斬撃により、俺の周囲一帯のゴブリンが次々に倒れ、地に突っ伏し、その命を散らしていった。
攻撃の手を止めず、繰り出しながら、俺は確実にゴブリンの王の元へと近付いて行く。
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──少しだ。後、もう少しで、この魔剣があのゴブリンの王に届く!
そのままゴブリンを蹴散らし、その元へと突っ込んで行く。
「──!!」
そんな時、不意に俺の行く手を塞ぐ何者かの姿が現れた。
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狼のような魔獣に跨がった重装備に身を包むゴブリン。それは、あの異様さを感じさせた例のゴブリンだった。
……俺の事を止めるつもりか。
だが、こっちも都合があるんだ。ゆっくりとお前の相手をするつもりはない。
一瞬で片を付けてやる!
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俺は魔剣を振り上げながら、駆け出し、奴の手前で上方へと跳躍した。
次にその足下に触手を突き立て、空中から一気に襲い掛かる──魔剣を振り抜き、その時に何かを切り裂く手応えを、確かに魔剣に感じながら、俺は地面に着地した。
そして奴がいた元へと振り返る。
「!?……」
だが、そこに奴の姿はなかった。
代わりにあったのは身体を真っ二つに裂かれて、地面に転がっている血塗れの狼の魔獣の姿が──
「!?──はっ! う、上かっ!!」
突如、上方から襲い掛かってくる気配を感じ、俺は魔剣を振り抜き、その攻撃を弾き返した。
ガギイィンと甲高い金属音が鳴り響き、例の異様のゴブリンが地面に着地する。
その左手には一本の槍。
そしてフルフェイスから覗く黄色の目をぎらつかせながら、次に奴は背中に取り付けている剣を、右手で引き抜いた。
その剣は何かの魔法の力を帯びているのか、僅かな光を発光させている。
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右手に魔法の剣、左手に槍。二種の武器の使い手か?
しかもさっきの俺の剣の一撃を、あんな重装備を身に纏っていながら、かわすどころか、逆に跳んで空中から襲い掛かってくるなんて、こいつは一体何者なんだ? こんな力、絶対にゴブリンじゃあり得ない!
そう考えている間にも、奴は両手に持つそれぞれの武器を構えながら、ジリジリとその間合いを詰めてくる。
それに対して、俺も魔剣を振り上げ構えた。
互いに駆け寄り、それぞれの武器を打ち付け合う。
ガギイィン、ガギイィンと渇いた金属音が、辺りに鳴り続ける。
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くそっ! 正直、こいつがこんなすごい力を持つ強者だなんて、まるっきりの想定外だった!
どうする? こんなところで俺は留まっている訳にはいかない。
一刻も早くゴブリンの王の所に辿り着き、その首を討ち取らないと、味方のコボルト達がやられちまう!
俺はこんな奴に手間取っている訳にはいかないんだ!
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「ええい、どけっ! 俺の邪魔をするなああああっ!」
間合いを一気に詰め、渾身となる魔剣の一撃を叩き込む。
だが、それは奴の魔法を帯びた剣によって防がれてしまった──その合間を縫うように繰り出される左手に持つ槍の突き。
俺はそれを身を捻りながらかわし、後方へとバク転する。そしてそのまま後方に跳び上がり、奴に向かって複数の触手による攻撃を仕掛けた。
しかし、その攻撃も今度は槍によって打ち払われてしまう──奴は次に俺の着地地点を狙って、突っ込んでくる。
その攻撃を奴の身体に触手を当てることによって、なんとか回避し、着地した俺は、奴と真正面からぶつかり合った。
俺が放つ魔剣と触手の攻撃! 奴が繰り出す魔法の剣と槍の攻撃! それが激しく打ち合い、互いにぶつかり合う。
辺りに鳴り響く、更に激しい金属音!
だが、こうやっている間にも俺の周りのコボルト達は、数が多いゴブリンの軍勢の前に倒れていく。
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ちっくしょう! こんなところで手間取ってる訳はいかねぇんだ!! 早くしないとコボルト達が、皆やられちまうっ!!
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正直、俺は焦っていた。そして大いに疑問を感じていた。この魔剣の力を以てしても容易に倒せない、今も目の前で打ち合っているこのゴブリンらしき者は一体、“何”なのだと──
「お前は一体、何者……? い、いや、一体、“何”なんだ……?」
その俺の声に、奴の攻撃が一旦、止んだ。
俺の問い掛けに、奴は武器をそれぞれ両手に構えながら、俺に向けて鋭い黄色の眼光を放っている。
そして奴は声を発した。
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「──ワレハ……ワレハ、ホロボスモノ──」
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え──?
──“ホロボスモノ”
………。
──“滅ぼす者”?
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その声となるものが、俺が自分という自我を認識した意識が、初めて耳にするいわゆる人間の“言葉”だった。