66話 三つの願い事
よろしくお願い致します。
俺は怪物の巨大な剣を止めてくれているカレンら、三人に礼の言葉を叫ぶ。
「ありがとう。三人共、助かった!」
「いや~、お礼だなんて、何か照れるなぁ~。にゃはは、もっと言って……」
「──カレン! ふざけるのは後だっ、くるぞ!!」
ソニアがそう言い終えるのと同時に、打ち止められていた怪物の剣に力が込められているようだった。
「おわっ、こりゃあ、ちょっとやべーぞ!!」
ダンが慌てた声を上げる。
「大丈夫!」
俺は軽く後ろに跳び、地面を蹴り上げ、跳躍の勢いで怪物の持つ二本の剣に向かい、魔剣の一撃を放った!
激しい金属音と共に小さな刃こぼれの金属片を飛び散らせながら、怪物の二本の剣がそれぞれ弾き返される!
「油断さえしてなければ無問題!─ってね!!」
地面に着地した俺は、立ち上がりながら魔剣を振り払い、少しカッコつけてみせる。
「おおっ、すっげ!」
「さすが、デュオ!」
────
……またやってしまった……呆れ顔でジト目を向けるノエルの顔が思い浮かぶ。
……我ながら激しく大後悔……ぐふっ。
『……アル、カッコいい!』
へ?……カッコいい……のか?
『良く分からん。ノエルはやっぱり、ちょっと天然─って、おっと……』
『……ん、何か言った? 少しバカにされたような気がするんですけどっ!』
『いいっ、言ってないぞっ。ノエルのお腹の音じゃないのか?』
『うん。そうなんだよね、もう、お腹すいちゃっててさ。ぐきゅるるる~って──そんな訳あるかぁーーっ!』
『いや、今まであんな事くらいでさ、カッコいいなんて絶対に言わなかっただろ? お前にとってのカッコいい定義ってのは、一体どんなだよ』
『そんなの時と場合によるに決まってるじゃない!……もう、仕方ないなあ、これから特別にカッコいいに対しての講義をアルにしてあげるね。そもそも真のカッコいいとはだね───』
……ダメだこりゃ、多分、これは彼女の話が長くなるパターン。
俺は頭の中でカッコいいに対する講義とやらをしているノエルを、しばらくの間、放置する事を決定するのだった。
─────
さて、気持ちを引き締め、改めて意識を周囲に集中させる。カレンら三人はそれぞれの武器を構えながら、臨戦態勢に入っていた。
怪物セクンドゥスは、無言で赤い目をこちらに向けて俺達を睨み付けている。
……どうしたんだ? 平常心を取り戻した筈なのに、何故、動き出さないんだ?
そう考えながら怪物を見上げていると、こちらへとフォリーとバルバトスが駆け寄ってきた。
「デュオ、無事か?」
「フォリーの方こそ、大丈夫だった?」
俺とフォリーがそう言葉を交わしていると、バルバトスが突然、大声を上げる。
「──バルドゥ!」
その声を受け、一体の隻眼の白い虎の獣人がバルバトスの元に駆け寄り、畏まった。
「我が忠臣、バルドゥよ。お前は今からファビオ、ガスパーと共にこの祭壇に残っている全ての者を守れ。そして無事に外へと連れ出せ」
「はっ、御意!……して、その後王はどうなさるおつもりか?」
獣王バルバトスは、怪物セクンドゥスを見上げながら言う。
「私はそこのデュオ・エタニティと共に、この『滅ぼす者』を討ち滅ぼす!」
そしてバルバトスは手に持つ大剣を構えながら、俺の横へと歩を進め、肩を並べた。
「それが王のご意志ならば──ではご武運を!」
そう言葉を残し、バルドゥは後方へと下がって行った。
「ありがとう、バルバトス王」
横に並び立つ獣王に俺は声を掛ける。
「礼を言う必要などない。先程の戦いでデュオ、お前は今あるこの世界の未来を作っていくと言った……そして見た奇跡となるあの光景……成る程、デュオ。お前であれば……ならば、私は水の大精霊を『守護する者』、エリゴルとしてその役目を果たすまでの事だ」
そして次にフォリーが俺の横へと並び、レイピアを構える。
「デュオ、私も共に戦うぞ。今度こそは精霊石を!」
「うん、ありがとう。フォリー、守ろう精霊石を!」
最後にカレン、ソニア、ダンら三人が動き、示し合わせたように俺達の後ろへと並び立った。
バルバトスが怪物を見据えたまま、カレン達に呟くように言う。
「お前達は……ふっ、言っても無駄か」
ダンが槍を肩に担ぎ、準備運動のように首を回しながら答える。
「さっすが俺達の王様、良く分かってらっしゃる。デュオの為にがんばりますんで、どうぞよろしく!」
「─ったく、いい加減にしろっ!」
「──い、痛ってぇーっ、な、何すんだ、ソニア!」
ダンの頭をポカリと殴りながら、ソニアがバルバトスに対して一礼をする。
「王、バルバトス様。白狼のカレン、ソニア両名。そしてこのダン三名をこの戦いに参加させて頂きたい! お願い致します!……どうか」
「私からもお願い致します! 私達、姉妹は自らの目的を見出しました。でも何ひとつ成していません。少しでも達成感が欲しい……何かの力になりたいんですっ!!」
カレン、ソニアが頭を下げ、懇願するような声を上げる。後ろに振り向かずそれに答えるバルバトス。
「……お前達の覚悟は充分に分かった。ならば、この戦いでお前達の目的となるものを示してみせろ。そして自らの力でそれを達成させてみるがいい」
「「ありがとうございます!!」」
バルバトスの言葉にふたりの返事が重なる。
「良かったな、カレン、ソニア、それにダンも。この戦い、私達で成し遂げよう! そしてそれぞれ自分の中で決めた目的に対して、少しずつでいい。それを達成させていくんだ!」
俺は三人に向けて、激励の言葉を大声で上げた。
「うんっ!」
「ああっ!」
「おうよっ!」
この場にいる六人全員がそれぞれ臨戦態勢に入り、そして少しの静寂ができた。
『滅びの時』の怪物、セクンドゥスが静かに言葉を発する。
『どうじゃ、馴れ合いはもう済んだか?』
その問い掛けに俺は答える。
「おかげさまで、あんたが大人しく待っててくれたから、私達は目的を同じとし、一致団結する事ができた。全く負ける気がしない。本当にあんたのおかげだ」
セクンドゥスは俺達を見下ろしたまま、不敵な笑みを浮かべる。怪物とはいえ美しいその笑みは、巨大さ故にかえって異様さに拍車を掛ける。
『フフッ、礼には及ばぬよ。妾も少しばかり怒りで醜態を晒してしまった。妾が授かった使命は、うぬらの力を最大限に引き出し、そして苦痛と絶望を与え、もがき苦しむ。その足掻く過程の中で生じるやも知れぬ可能性を見出す事──』
「………」
怪物セクンドゥスは、祭壇の奥にそびえ立つ女神像に目をやった。
『──それと水の精霊石の破壊とその存在の消滅』
セクンドゥスが発する言葉に最早、怒りや憎しみなどの感情は一切見当たらない。
完全に覚醒したか……だったらもう、言葉による交渉は無用。後は気合いを入れて全力の力で戦うのみ!
俺は魔剣を構え、握る手に力を込めた。
─────
『──いくぞ!! ノエル!』
『………』
ん? 返事がない。
『……ノエル?』
『ん~? 何かおっしゃいましたか? アルくん』
『……はい?』
『ほんと、酷いですよねーっ、わたくしの親切からの講義をぶん投げてねーっ、それをそのまま今まで放置なんてねーっ』
げげっ、しまった。すっかり忘れてた!
冷めた声での丁寧口調に恐怖を感じる……。
『あ、あの……ノエルさん?』
『はい。何かご用でしょうか?』
──ひいぃっ! 本気で怖いんですけどっ!!
『あの、やっぱり激怒ってらっしゃいます……よね?』
『勿論、激怒ってらっしゃいますよ~って、ふふっ、冗談。もういいよ……』
『えっと……何かごめん……』
『だから、もういいってば、みんなで盛り上がってて、一人ぼっちに置いてけぼりにされたような気がして……少し寂しい気持ちになっただけだから……』
……本当にごめん。俺、あの時契約したのにな。ノエルの傍にいるって、家族でいるって──なのに。
『身体が私で中身がアル。それが今の私達、デュオ・エタニティ。その事は良く理解しているつもり。こんな事もあるよ、しょうがない……だから、もう気にしないで』
一人ぼっち……また寂しい思いをさせちまった……今は凄く反省しています。
──よしっ!!
俺は心に話し掛ける念話ではなく、直接言葉を声に出して言う。
「じゃあ、ノエル。お詫びに、お前の願い事叶えてやるよ。勿論、俺にできる事だけど」
『えっ? アル、声に出して言ってしまってるんじゃ……』
突然、独り言を言い始めた俺に対し、フォリーやカレン達はキョトンとしたり、怪訝そうな視線を向けてくる。
でも、今だけはそんなの構いやしない!
俺とノエル。それがデュオ・エタニティなんだから!
「このままじゃ俺の気が済まないんだよ、だからさ」
『アル……うん、分かった。代わりに前のトマトの件はなしにしてあげるね』
「ええっ、ほんとにっ! それじゃあ、トマト三つだったから、三つ願い事聞いてやるよ」
『三つ……じゃあ、まず水の精霊石を守る事!』
「──ああっ!」
『次に目の前の大きな怪物を、ズバッとビッシャンって、やっつけちゃう事!』
「──分かった!」
『最後にこれが一番肝心……みんな全員無事でこの戦いを終らせる事! どうアル、私の願い事、叶えられそう?』
「アルとノエル、俺達ふたりを一体誰だと思ってるんだ。その願い事聞き届けた!──任せてくれ!!」
俺は気合いを入れ直して戦闘態勢を取った。そして魔剣を振り上げ、上段に構える。
「それじゃ改めて、いくぞっ! ノエル!!」
『うんっ! いこう、アル!!』
─────
──ミシッ、ミシッ
以前、風の祭壇でも感じた事がある、空気が重く軋むような音。
俺達の目の前にそびえ立つ怪物。白い髪を振り乱し、その巨大ながらも美しい顔から、言葉が発せられる!
『妾は黒の精霊より創造され、生み出されし『滅びの時』、その二番手となる尖兵、セクンドゥス!』
──ミシッ、ミシッ
空気が軋み、祭壇の壁が、床が、天井が、小刻みに、そして静かに悲鳴を上げる!
やがて、巨大な灰色の怪物は、中央の手に持つ二本の剣、そして背中から盛り上がるように生えているそれぞれ形の異なる鎌のような腕四本、その数、計六本の鋭い刃を振り上げた!
─────
『妾が黒の君の崇高なる思索の為、うぬら、戦え! 狂え! 足掻け! そして新たな可能性を指し示せ!──さあ、妾と共に参ろうぞ、いざ、狂乱なる負の宴へと!!』