65話 二番手の尖兵、セクンドゥス
よろしくお願い致します。
『この世界と干渉せざる者、デュオ・エタニティ。まさか、その様な力までも有していようとは』
現れた黒の魔導士アノニムは、無機質な声で呟くように話始める。
『祖なる四大精霊の力を以てしても、新たな生命を創造する事はその範疇となるものだが、一度失われた命を蘇生する事は敵わぬ。だが、お前はそれをやってのけた。お前はこの世界ではあり得ない力を持っている……フフッ、まさに異世界の存在となる者という訳だ──』
そしてアノニムは語調を強める。
『感慨深いな、デュオ。そんな力を有するお前が、この世界と干渉する。その事によって、どのような可能性を見出してくれるのか。さあ、私にその可能性となるものを示して見せよ!──その先にこの世界の未来が、私が求めている理想となる答えが見付かる事になるのかも知れない』
次にアノニムは開いた右手のひらを頭上に掲げる。それと同時に、この祭壇の入り口となる開いた扉の方から、何かが打ち付けられるような轟音が鳴り響いた!
その音に反応し、入り口の方へと目を向ける。
「!?……あれは!」
それは異様となる光景だった。
─────
祭壇の入り口に外側から中へとめり込んでいる、灰色の肌の巨大な美しい女性の顔……そしてその頭を左右に大きく振りながら、この祭壇の中へと無理矢理に入り込もうとして足掻いている。
ミシッミシッと壁が軋む音を立て、やがて、入り口の扉と壁が破壊された。そこから巨大な灰色の怪物が、まるで地面をのたうつ蛇のように這いずりながら祭壇内へと侵入し、そしてアノニムの元へと向かって行った。
黒の魔導士の元へと辿り着いた怪物は、ゆっくりとその身体を起こす。
そこには灰色の巨大な怪物がそびえ立っていた。城塞都市ヨルダムを壊滅し、消滅させた『滅びの時』、その二番手となる尖兵。
セクンドゥスだ!
白い髪の美しい女性の上半身に、それぞれ異形状の六本の腕と蛇のような下半身を持つ異形の怪物。
そして六本の腕の内、五本の指を持つ中央の左右の両腕に、対となる二本の剣が出現する。それを手にし構えながら、残る四本の鎌のような形状の腕を振り上げ、俺の姿を見下ろして瞳のない赤い目で睨み付けていた!
アノニムが声を発する。
『さて、始めようか──?』
─────
その声を確認した瞬間、セクンドゥスの振り上げられた全ての攻撃となる刃が、俺に向けて放たれた!
俺はまず、鎌の形状の腕の斬撃をかわし、怪物に向かって跳躍する。次に左右から手に持つ剣の攻撃が迫ってきた!
一方を空中で身体を捻ってかわし、もう一方を魔剣で受け止め、無理矢理に力任せに弾き返す! そして怪物の身体に足を着け、そのまま怪物の身体の上へと駆け上がって行った!
最後に繰り出される、残った二本の鎌の腕の攻撃をそれぞれかわしながら、一気に上方目掛けて走る!やがて、見えてきた怪物の頭を蹴り上げ、その頭上へと舞い上がった!
空中で宙返りをしながら、地面に立つアノニムの姿を見定める。
「──そこかっ!」
地面にいるアノニム目掛けて魔剣の触手を伸ばし、突き立てた! しかし、触手によるその攻撃は、奴の瞬間移動よってかわされ、そのまま空振りとなって地面に突き刺さった。
俺は魔剣を振り上げながら、空中から触手を手繰り寄せ、一瞬にして奴との間合いを詰め、アノニムに向けて魔剣を振り下ろし、奴を両断する!
そして俺は地面に着地した。
──確かに両断した筈だが、魔剣を持つ右手にその感触はない。
振り返ると、真っ二つに分かれた黒の魔導士……そのアノニムの姿がゆらゆらと揺らめき、そして消えていく。
──ちっ! くそっ、急に現れたり、消えたり、宙に浮いたりとか……瞬間移動に幻影だって! 一体どんだけ反則級な奴なんだ!
俺は消えていったアノニムに向けて呟いた。
「また逃げるのか……」
それに答えるかのように、頭の中に奴の無機質な声が響いてくる。
『まだ、お前と直接に対峙するつもりはない。言った筈だ。私は今、この世界を考察しているのだと──新たなる可能性、そして、それによって導き出される答えとなる未来の姿を思い描いているのだと──』
………。
『──フフッ、また相見えるとしよう。異端なる者、デュオ・エタニティよ』
完全に消えていく黒の魔導士の気配……俺は奴が立っていた場所を睨み付けていた。
─────
『……ぬぬっ、むっかぁぁぁーっ! 一体何なのあいつ、上から目線で、何もかも知ってますぅーっ的な感じが、ホントにやな奴だーっ!』
『………』
『ねぇ、アルもそう思うでしょ?』
『………』
『ねぇってばっ!……アル、どうかしたの?』
『……うん。いや、どうだろう。もしかしたらアノニム……奴にも自分なりの信念みたいなものがあるのかな……なんてさ……』
『だからって、あいつがやっている事は、絶対に許される事じゃないよ?』
『それは分かってるよ。絶対に許される事じゃない、倒すべき相手だ……だけど──』
─────
──おのれ! 小賢しい小娘めがっ!!──
突然、割って入ってくる、怒りに満ちた聞き覚えのない女のような声。
その声がする方向に振り返ると、巨大な蛇の下半身が目に入った。
『この妾の顔を足蹴にするなど、どこまで愚弄するつもりじゃ! 挙げ句に妾を無視して、ひとりで呆けおって……最早、許さぬ! 絶対に許さぬぞ!!』
そして俺とノエルのふたり、デュオはゆっくりと、狂ったような怒りの声を上げるその元へと見上げる。
そこには、怒りに満ちた瞳のない目で鋭く見据えた、巨大な美しい女の顔が、俺達の事を見下ろしていた──
──あっ
「忘れてた……」
『忘れてた……』
俺とノエルの言葉が重なる。
『─っていうか、喋れるんだ……』
『……だーーっ!! ノエル、お前は一言多い! 見ろっ、余計に怒ってんじゃないかよっ!!』
『ええっ、だって、聞こえてる訳ないじゃないっ』
巨大な怪物、セクンドゥスは怒りの形相で、それぞれ六本の腕を大きく振り上げる!
『──こうなれば、精霊石よりもまず、小娘! うぬを先に血祭りに八つ裂きとしてやろうぞ!!』
狂った雄叫びと共に、連続で振り下ろされるそれぞれの腕の攻撃をかわしながら、最後に宙返りをして大きく後方に跳ぶ!
着地した俺は体勢を立て直し、一度、真横へと魔剣を薙ぎ払った!
『でも、まあ、良くやったノエル』
『……ほへ?』
この怪物、セクンドゥスは、『まず俺の事を八つ裂きにする』そう言った……なら、それはこっちにとっても好都合。願ったり叶ったりってもんだ。
そんじゃあ、もっとその効果を上げさせて頂こうかな。
俺は魔剣の剣先をセクンドゥスに向けながら、わざとらしく大袈裟に叫んだ。
「精霊石よりも私を優先してくれるなんて、とっても光栄です! 嬉しく思いますよ、よろしくお願いしますね? でっかいだけの木偶。自称、『妾』のおばちゃん!!」
俺の言葉を耳にし、怪物は一瞬、その身を強ばらせる。
『!!……何……だとっ……』
しばらくの沈黙の後、やがて、怪物セクンドゥスが溢れ出す怒りでその身を震わせ始めた。
──ゴゴゴゴゴゴッ!!
それに呼応するように祭壇内──いや、神殿内の壁や床が軋むような悲鳴を上げる。そして
『グゥオオオオォォォウッ!! 殺す殺す殺す! 細切れにバラバラに引き裂いて、虫けらの如く潰し、最後にうぬを喰らってやるっ!!』
怒りに狂った赤い目で、俺を睨み付けながら、絶叫となる雄叫びを上げた!
『──ひえぇぇ~~っ、ど、ど、どうするのよアル! すっごい怒ちゃってるじゃないっ!!』
ノエルのそれには答えず、俺は言葉を続ける。
「やってみろよ! 逆に俺がこの魔剣でお前を喰ってやるっ!!」
『ちょ、ちょっと、やり過ぎだってばっ! アル!!……あわわわ……』
──グゥガアアアァァッ、グオオオォォォウッ!!!
セクンドゥスはもう一度、怒りとなる雄叫びを上げ、その身を震わせる!
よし! 後は──
周囲を見回すと、教国の戦士や神官戦士達、それに獣人達、共に皆、巨大な異形の怪物に目を奪われ、動きを封じらたようにその場に立ち尽くしていた。
そんな状況の中、フォリーの凛とした声が辺りに響く。
「皆、動け! 死にたくなければ、今直ぐに祭壇の、神殿の外へと向かうのだ!──クライド殿、先導の方を頼む!」
「うん?……あ、ああ、承知致した。うむ! 皆、迅速に退路を確保しつつ、怪我で動けぬ者を優先にこの場から撤退せよっ!」
フォリーの声を受け、神官戦士長のクライドが、手を上げながら教国の者達に指示を出す。
『……さすがフォリー、俺がやりたい事、分かってくれている。やっぱり頼りになる!』
『──だね!』
クライドの指示によって、動き出す皆の姿を確認した俺は、セクンドゥスの方へと意識を集中させた!
それと同時に俺の目に飛び込んでくる、怪物の怒り狂った剣や鎌の腕による連続攻撃! それを跳んでかわしながら、隙を突き、魔剣で斬り付け反撃する!
その都度、刀身を紅く発光させながら、巨大な怪物の力を我がものへと吸収し続ける魔剣。
それを繰り返しながら、じりじりと祭壇の出口の反対側へとセクンドゥスを誘導させるように、戦いを繰り広げていった。
やがて、怪物の背後に祭壇の出口が確認できた。歪んだ扉の奥へと、怪我を負った者達が、他の者達に助けられながら脱出していく様子が見て取れる。そして次に教国戦士や神官戦士達と混ざって、脱出するユーリィ、セシル、システィナ三人の姿も──
よし、何とかこのまま……
そう思った時、激しく攻撃を繰り出していたセクンドゥスの攻撃の手が、ピタリと止まった。
─────
……ゾクリ。
俺は少しの戦慄が走るのを感じた。
『……成る程。小娘! うぬは妾を嵌めおったな!!』
ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、巨大な怪物は、俺を睨み付けながら見下ろしていた。そして囁くように言葉を発する。
『──皆殺しじゃ!!』
セクンドゥスは俺と対峙し合ったまま、後ろに振り返らず、巨大な尻尾を振り上げる!
「しまった! ちっくしょう!!」
俺が上げる声を嘲笑うかのように、怪物セクンドゥスは尻尾の鋭利に尖った先端を、出口へと向かうユーリィ達に向けて振り下ろした!
それに気付いたセシルが、今度は自分が身を呈してユーリィの前へと飛び出し、彼の事を守ろうと両手を広げて立つ。
「──セ、セシル!!」
まだ身体が弱って、完全には回復しきってないユーリィが叫ぶ。
その姿を目にした俺は思わず声を上げた!
「だ、誰か! 頼むっ!!」
──────────
怪物の尾の尖った先端が、セシルに向かって襲い掛かる!
だが、それは幸いにも彼女の身体に届く事はなかった──
ギイィィン、と攻撃を防ぐ金属音が響き、ギチギチとそれを受け止め、せめぎ合う音がひしめく。
──獣王バルバトス。その名の者がセシルの前に立ちはだかり、両手に持つ大剣でその攻撃となる巨大な尾の先端を受け止めていた。
「ぬう……!!」
バルバトスの口から声が漏れる。
「あっ……エリゴル様!」
セシルが不安そうな表情で両手を胸に当て、バルバトスに声を掛けた。獣王は振り向かずに答える。
「行け、ユーリィとシスティナ、ふたりを連れて……」
「で、でも、エリゴル様は……」
セシルは心配そうな声で、再びバルバトスに声を掛ける。すると、今度は彼女の上方から声が聞こえてきた。
「──心配無用だ! セシル!」
そう声を放った者は上方から跳躍しながら、バルバトスが受け止めている巨大な尾に向けて、青白く輝くレイピアを突き立てた!
突き立てられたレイピアから、青白い魔力のようなものが怪物の尾に注ぎ込まれる。
「フォステリアさん!」
精霊の刺突剣グロリアスの一撃を受け、怪物の尾の攻撃が一瞬緩んだ。その隙を突き、フォステリアがレイピアを引き抜き、宙返りをしながら地面に着地する。
それと時を同じくしてバルバトスが、渾身の力で両手に持つ大剣を振り下ろした!
ザンッと肉を裂く音と共に、赤い鮮血を撒き散らしながら、怪物の切断された巨大な尻尾が、横殴りに吹き飛んでいく。
「さあ、今の内だ! 三人共、早く祭壇の外へ!」
フォステリアが声を上げる。
「はい! ありがとうございます。フォステリアさん、エリゴル様……どうか、ご無事で……」
セシルはまだ身体が辛そうなユーリィを支えながら、システィナと共に出口の扉へと向かって行く。
そして扉から出る直前、再び振り返り、バルバトスと少しの間見つめ合う……やがて、振りきるように目を逸らし、祭壇の外へと姿を消していった。
──────────
その姿を確認した俺は、安堵の息を漏らす。
「ふう、何とかなったか……」
─────
『──小娘、油断大敵じゃ!!』
!?──しまったっ!
咄嗟にその声に反応する。俺の直前と迫る怪物の鋭い鎌の腕! 全く油断していた! 何とか、それをギリギリの所で回避する!
しかし、次に怪物が持つ二本の剣が同時に迫ってきていた!
くそっ、まだ体勢が取れてない!──これは間に合わないかっ!!
『アルっ!!』
俺は何とか魔剣で防御を試みる!
─────
「待て待て待て~いっ!! 化け物め、そうはさせないよっ!!」
俺の耳に聞き覚えのある元気な声が響き渡った。同時に、ギイィィンと怪物の剣を受け止める音がふたつ、いや、三つ鳴り響いてきた!
続いて、また聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「私には彼女にして貰った借りがある。大きな借りが! まだ返せていない、だから……やらせはしない!!」
「おうよっ! デュオとはデートの約束をしているからなっ、こんな所でやられて貰っちゃあ困るぜ!!」
「──いや、してねえよっ!!」
俺はそう突っ込みながら前方を確認する。
そこには獣人化したカレンとソニア、それとダン三人が、怪物の巨大な二本の剣を、それぞれ手に持つ武器で打ち止めている姿が目に入ってきた!