63話 悲劇、揺らぐ存在意義
よろしくお願い致します。
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──セシル。僕、君に言いたい事があるんだ──
──うん。何? ユーリィ──
──君の事が大好きだ、愛してる。きっと、幸せにするから、将来一緒になってくれないかな──
──うん、とっても嬉しい……私もユーリィの事、大好きだよ。愛してる──
──ありがとう。僕、一生懸命にがんばって稼いで、君の事、目いっぱいに幸せにしてみせるから──
──ううん、それは違うよ……無理にがんばらなくたっていい。例え、貧しくたって、私はユーリィ、あなたとふたりで生きて行けるのなら、それだけで幸せなの……だから、昔に誓ってくれたあの誓い。あれだけは必ず守ってね──
──うん。そうだったね、改めて誓うよ──
──僕達は──
──私達は──
──ずっと一緒にこれからをふたりで、『生きて』行こう──
………。
ふたりで『生きて』行こう。
『生きて』
……でも、ユーリィ、彼はもう──
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「……ユーリィ……?」
セシルが呆然とその姿を見上げる。
「──がはっ!!」
ユーリィが何か言葉を発しようとして、その口から大量の血を吐いた。下へと降り注ぐユーリィの血を浴びながら、セシルは次第に獣の姿を元の美しい娘の姿へと戻していく。
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「ぐうっ、がはっ……セシル、ごめんよ。いくら負の感情に取り込まれていたとはいえ……ぐふっ、がはっ……はあ、はあ……まさか……君を殺そうとしてたなんて……」
美しい人間の娘となったセシルの透き通った水色の髪と白い肌が、ユーリィの吐き出す血を浴び、真っ赤に染められる。
「……ユーリィ、なんで、ど、どうしてこんな……」
「……はあ、はあ……こうするしかなかったんだ。あの君の瞳を見た時……ほんの一瞬だけでも君の事を思い出す事ができた……ぐっ、がはっ!……はあ、はあ……」
「──ユーリィ!!」
「……だ、だから、あの時。僕は自分自身を殺さないと……直ぐにまた自分を見失い……ぐうっ……負の虜となって君の事を殺そうとしていただろう……だから……ぐうう、ごほっ!」
「──嫌っ!! ユーリィ、私を置いていかないでっ! お願い!!」
セシルは止めどなく涙を流し続ける。それにより、その顔は血と涙にまみれてしまっていた。そんな中、自身の胸に剣を突き立てたままのユーリィが、最後の言葉を振り絞る。
「──ごほっ、がはっ!……はあ、はあ……セシル、君が獣人だとか、僕が何者かなんて、もうそんなの、どうだっていい……ぐほっ、ぐうう……はあ、はあ……今でもずっと君の事を愛してる……でも、ごめん。『君の事を幸せにする』……その誓いはもう……果たせそうにない……本当にごめん……」
セシルはユーリィのその言葉に、聞き分けのない駄々っ子のように頭を振りながら、それを否定する言葉を泣きじゃくりながら言う。
「いいよ、そんな事で謝らないで、そんな事より私、いつも言ってたじゃない! ふたりで一緒に生きてくれる事が幸せにしてくれる事だって!……だから──だからぁぁーーっ!!」
「……ごめん……よ……セシル……愛……して……る……」
やがて、静かに目を閉じたユーリィは力尽き、ゆっくりと足元から崩れ落ちていった。そんな彼をセシルは両腕で受け止め、胸の中へと抱き締める。
「……ユーリィ、ユーリィ……ねぇ、何か言ってよ……」
力なくセシルに寄り掛かるように抱き締められているユーリィの身体は、ピクリとも動かない。
そう、自分の最も大切な最愛の人、ユーリィが死んだ。その事実が彼女の頭の中で認知される。
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「嫌だああぁぁーーっ!! ユーリィ、うわあああぁぁっ!!」
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セシルの泣き叫ぶ絶叫を耳にし、俺は彼女の方へと目をやる。
「そ、そんな……そんな事って……」
『えっ……ユ、ユーリィ!?』
俺の視線の先には、自身の胸に剣を突き立てたユーリィを抱き締めながら、泣き叫ぶセシルの姿が……。
「ユーリィ、お前はセシルを守る為に自分の命を……」
俺は軽く目眩を感じながら、周囲を見回した。
そこには負の感情に取り込まれ、自我を失った教国戦士達と獣人の集団が狂ったように殺し合っていた。
その足元には、数多くの血溜まりができ、既に動かぬ屍となった者達が無数に床に転がっている。
それは、まさに狂った血の狂乱。忌むべき負となる情景だった。
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「……何なんだ。これは……」
そんな光景に目を奪われ、呆然としていた俺の口から無意識にそう呟きが漏れる。そんな時、こちらへと近付いてくる者の気配が……。
俺はゆっくりと顔を振り向かせる。それは獣王バルバトスだった。
彼は非常に落ち着いた状態で、その目を見ても負の感情を克服したのか、どうやら、正常さを取り戻した様子だった。
そんなバルバトスが、俺に大声を上げてくる。
「見よ! この狂った光景を! これは我々獣人を含め、この場にいる感情の持つ者、全ての者が自ら作り出しているのだ! 先程の黒の魔導士の行為は我々が本来持つ負の感情に、少しばかりの刺激を与えただけに過ぎぬ……やはり我々、感情を持つ者は滅ぶべきなのだ。次に創造される新たな世界の為に……」
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一体、俺は……俺の本当の『存在意義』は一体、何なんだ──!?
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「ディオ、『滅ぼす者』に唯一対峙し得る者よ。この光景を目の当たりにしても、己が信念を貫く事を欲するか!?」
「──私は……俺はっ!!」
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この世界と異なる世界から、漆黒の魔剣という形となって転生し、今のこの世界にやってきたと思われる俺という存在。
そんな俺は、強大な力を持っている。そして今、この世界は未曾有の危機に陥ろうとしていた。このタイミングで俺がこの世界に現れた。その俺の『存在意義』は……『滅ぼす者』を討ち倒し、『滅びの時』を阻止する事。ずっとそう思い、その事をこの見知らぬ世界で存在して行く為の自分自身の『目的』とした。
しかし、今、俺の目の前で広がる凄惨な光景を目の当たりにすると、果たしてそれが本当に正しい選択なのか──!?
バルバトスや、黒の魔導士アノニムの言うように、全て滅ばされ、一度無に帰って新しい世界が創造されるのが、本当の正しい選択なのでは?
俺はそんな事を考えながら、再びセシルの方へと目を向ける。
彼女は相変わらず、物言わぬ愛する者の亡骸を両手で抱き締めながら、号泣の声を上げ続けていた。
こんな争いのない世界なら、本来なら愛し合うふたりは将来、幸せに結ばれるべき筈だった……なのに
……この悲しい結末に、俺は胸が張り裂けそうになる。
──そうだ。次に創り出される世界。それにはこんな悲しい出来事がなくなるんじゃないのか? 感情を持つ者同士が憎しみ、争い合う事のないそんな世界が創造される可能性が……だとすれば、俺は──
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すっと静かに目を閉じ、俺はこの世界で漆黒の剣として覚醒してから、これまで出会ってきた様々な人達や、この世界の風景を心に焼き付けるようにして、思い描いていく。
……悲しい事だけど、これは一時的なもの。ミナ、ミオ、フォリー。そして俺自身、例え、この世界からなくなったとしても、その後で憎しみや争いのない。そんな世界が創られるのなら……このタイミングでこの世界にやってきた、強大な力を持つ俺の本来の『存在意義』は今、目の前で殺し合っている者達を滅ぼす事じゃないのか?
全てを滅ぼし、無に帰す──俺という存在が『滅ぼす者』じゃないのか──?
心の底から感じる、何とも言い様のない虚無感に包み込まれた俺は、ゆっくりと右手に持つ魔剣を両手に持ち替え、大きく振り上げた。
そして、魔剣へと力を込めていく──
そんな俺に反応し、紅い光をより鮮烈に放ちながら、漆黒の剣が輝き始めた。
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──さあ、皆、一度全て無くなろう。そしてもう一回やり直すんだ。最初から──
………。
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『──アル』
魔剣を天に掲げ、全てを滅ぼす為の力を溜め込んでいる俺の心の中に、不意に響いてくる声。
ああ、この声は……。
『アル……もし、何もかもなくなったとしても、私はあなたと、ずっと一緒だよ』
『……ノエル』
『……そう、ずっと一緒だから。今までも、そしてこれからも──』
『──あっ』
その彼女の言葉で俺は気付く。
今の俺が持つこの強大な力。その俺の存在意義も、使い方も、全ては──
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ヴゥゥオン──
That's for you to decide
That's at your discretion……My Master
──ヴゥゥゥン。
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余りに身近にいる俺の半身ともいえるノエル。
彼女はいつも俺を明るく励まし、勇気付けてくれた。また、お互い悪口を言って、ふざけながら笑い合った。同じ物を食べ、同じ景色を見て感動を共にした。
俺の最も大切と思える存在。そんな彼女がこの世界から消えて『無くなる』なんて……そんな事! そんな事は絶対に──!
「──許さないっ!!」
俺は咄嗟に振り上げていた魔剣を、下へと下ろした。
『……俺も危うく負の感情に呑み込まれそうになってた……いつもありがとな、ノエル。やっぱお前は、俺の最高の相棒だよ!』
『ぐすっ……良かったアル。それにそんなの当たり前でしょ、だって私達は……』
『『一心同体だから!!』』