60話 対峙しあう者達、それぞれの思い
よろしくお願い致します。
デュオの名前を呼ぶフォリーに対し、俺はニコッと笑顔を返してみせる。
「──よし、そんじゃあ……」
俺は前へと向き直り、打ち合わさった魔剣を、力任せに振り上げた! その力に大剣を弾き返され、獣王バルバトスは自身の体勢を大きく崩す。
その隙に俺は、奴の身体に回し蹴りをお見舞いする!
「うぬっ!」
バルバトスが大きくよろめく。
俺はフォリーの肩を引き寄せ、奴と距離を取る為、彼女と共に後方へと跳んだ。
─────
「すまぬ、ありがとう。助かった、デュオ……今回はかなり危なかった。さすがは同じ『守護する者』そして、それを兼ねる獣人の王だけの事はある」
「ごめん、フォリー。本当はもう少し前にこの場所へと辿り着いてたんだけど、上で少し様子を伺っていた。エリゴルが獣人の王だったんだな、獣王バルバトスか……何だか、色々と大変な事になってるみたいだね」
そんな俺の言葉に、フォリーは何かを思い出したかのように問い掛けてきた。
「そういえばデュオ、黒の魔導士の方はどうなったのだ?」
俺は頭を振りながら、それに答える。
「駄目だった。逃げられてしまった……奴はこの場所へと向かうって言ってたから、上から侵入して、しばらく見張って様子を伺ってたんだけど……今の所、その気配は感じ取れないな。こうなったらとにかく急ごう。奴が現れるその前に、何とか、今のこの状況の収束を図らないと……」
俺は深刻な面持ちで、彼女にそう返す。その様子を少し怪訝に感じたのか、フォリーが俺に聞き返してきた。
「うん? デュオ、一体何があったのだ?」
「……城塞都市ヨルダムが、黒の魔導士アノニムが呼び出した『滅びの時』の手先によって、跡形もなく破壊された……」
「それは本当なのか!?」
フォリーが驚きの声を上げる。
「うん。実際に城塞都市ヨルダムはなくなってしまった。だから、急ごう! 私が獣人の王を倒す。フォリーはその間、教国の兵士達と共に、何とか獣人達の攻撃を凌いでくれ。きっと、大丈夫、心強い助っ人となる援軍三人組を用意してるから!」
彼女にそう言いながら、俺は魔剣を握り締め、獣人の王へと向かって行く。
「援軍三人? 良く分からないが、とにかく、了解した。こちらは何とかやってみせる。デュオ、お前も気を付けろ!」
俺は振り返らずに、駆けながらフォリーに向けて親指を立ててみせた。
「任せなさいっ!」
そして獣人の王、バルバトスと再び対峙する。
─────
「我が剣の一撃が、受け止められるどころか、まさか、弾き返されるなど、初めての事だ……成る程、さすがは『滅ぼす者』と対峙しえる力を持つ者というだけの事はある。それは真のようだな」
獣王バルバトスが大剣を構えながら、そう言葉を切り出し始めた。
俺は魔剣の切っ先を奴に向け、答える。
「私も上から色々と聞かせて貰ったよ。あんたの今からやろうとしている復讐となるものの動機。それには充分過ぎる程の酷い仕打ちを、その身と心に受けていると思う……もしも、私も同じ立場だったなら、もしかすれば、今のあんたのようになっていたかも知れない……」
「……利いた風な口を──」
「でも実際、あんたが今からやろうとしている事は、結局の所、昔にこの国の祖王なる者があんたとその一族にやった事と同じ、何も変わらない。また悲劇が繰り返されて、新たな復讐心を生む、ただそれだけだ。私、あの時に言った筈、良く考え直してくれって……あんただって、本当はもう分かってる筈なんだ。私達は今、敵味方に分かれて争ってる場合じゃない! もう『滅びの時』は始まろうとしているんだ!」
「………」
やがて、獣王バルバトスの口から、答えとなる言葉が静かに発せられる。
「確かにお前の言う通りだ。『滅びの時』、それを止めるにはデュオ、お前を中心として全ての者が一致団結し、それに当たるべきだろう。お前の持つその力を見れば、もしやその事が可能になるやも知れぬ。いや、可能にせねばと……そう思えてくる……」
バルバトスは真っ直ぐに俺の目を見ながら、そう答えてくる。
「だったら、そう思えるのなら、今直ぐにこんな事はやめて、私達に力を貸してくれ! 今からでも間に合う!」
「──否!!」
獣王バルバトスは、急に怒気を含めた声で大きく吠えた!
「もう間に合わぬ! この狂った世界が滅び無に帰り、再び新たに創造される『滅びの時』、もしやすれば、新たに造り出されるその世界は、昔に起こったあの様な悲劇が、二度と起こり得ぬ世界かも知れぬ。実に素晴らしき事ではないか! 何故、それを止める必要がある!?……どちらにせよ、我らにはもう関係のない事だ。我々は……私はあの時の無念を! 復讐を! ただ果たすのみ! 止めたければ見事、私を倒してみせよ!!」
その予想通りのバルバトスの融通の利かない答えに、俺は軽くイラッと癇癪を起こし、自分の頭を手でワシャワシャと掻いてしまっていた。
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『あっちゃ~、やっぱ、こうなっちゃうのか……』
『……仕方ないよアル、だって、この人の心、怒りでいっぱいだもん。それに何となくだけど、何だかとても虚しそう……』
『そっか……だったら、もうしょうがないな』
俺は奴に向けた魔剣を構え直しながら、バルバトスに対して声を放った!
「分かったよ、もうこうなったら、私は力付くであんたを止めてみせる! そしてそのひん曲がった性根叩き直して、もう一度考えを改めてさせてやる! だから、その時は私達と共に『滅びの時』に立ち向かおう──じゃあ、そろそろ行くぞっ!!」
それに応じ、バルバトスも声を上げる。
「──応!!」
やがて、魔剣を振り上げた俺と、大剣を振りかぶったバルバトスが、激しくぶつかり合う!
魔人対獣王の一騎討ちが始まった!
──────────
そんなふたりの様子を横目で見ながら、フォステリアは、教国の戦士達と協力して共に戦っていた。数こそこちらの方が勝ってはいるが、相手となる者は獣の力をその身に宿す魔人。やはり、苦戦は免れなかった。
特にバルドゥと呼ばれている隻眼の白い虎の獣人、それとファビオとガスパーと言う名の虎と黒豹の獣人達が持つ力が強大だった。
そんな中、フォステリアは、何とかセシルとシスティナ、ふたりの身柄を取り戻そうと何度も試みてみるが、獣人達の強力な力の前に上手くいかず、逆にこちら側の教国戦士達が、獣人達の繰り出す攻撃に、じりじりと勢いを押され、既に数人の戦士達が倒され、地面に伏せてしまっていた。
(ちっ! 不味いな、このままでは……)
フォステリアが心の中で舌打ちを打つ。そんな時、突然、天井となる上方から、元気の良い大きな声が響いてきた。
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「じゃじゃじゃじゃ~~んっ! ここで本当の真打ち! カレンとソニア、勇敢で可憐な美人姉妹ふたり。白狼と、後はその他どうでもいい男一名、クマ。計、三名の強力な助っ人の登場だよーーっ!!」
「んだとっ! このくそアマ、誰が、どーでもいい男だっ!!」
「ああ、また始まったか。ふたり共、いい加減にしてくれ……」
「それと……後、クマ言うな……」
そしてその声の主、三人組は地面へと着地する。それは、赤毛の女戦士ふたりと、長槍を両肩に掛けながら、不機嫌そうな顔をしているひとりの無精髭を生やした男の姿だった。
三人の中央に立つ、赤髪の短い方の女が声を上げる。
「我々三名、デュオ・エタニティに恩義があり……え~っと、あと何だっけ? ああ、そうだ。え~、その義により、あんた達に手を貸す……ええいっ、もうめんどくさい! 取りあえずはそういう事! だから、よろしくねーーっ!!」
「やれやれ、カレンにも毎度、本当に困ったものだ……」
「くっそ~、納得いかねぇ。何で俺だけこんな扱いなんだ。ちっくしょうめ!!」
「ちょっと、そこうるさい。黙れクマ!」
「……だから、クマ言うな……」
三人がそれぞれ、思い思いの言葉を口にしながら、自らの身を獣人へと変化させる。
その姿は二体の白い狼の獣人、そして熊の獣人だった。彼女達は獣人化を終えた途端、駆け出し、やがて自分達が相手と決めていた獣人とそれぞれ対峙し合った。
──ギィィン。
白狼と呼ばれるひとり、カレンは隻眼の虎の獣人バルドゥに向けて、跳躍しながら手に持つシミターを振り下ろす。
それを長剣で受け止めるバルドゥ。
「カレン! 一体何があったというのだ! 我ら、一族を裏切るつもりか!?」
「ごめんっ、バルドゥのおじさん。これが私の選んだ答えなんだ……私達が今、本当にすべきなのは復讐何かじゃない! この世界の皆と力を合わせて『滅びの時』を止める! そうなんだ。もう私は、過去のしがらみに惑わされ、取り付かれる事はない! あんた達の身勝手な考えや目的を、関係のない私達に押し付けるなっ!! これからの私達は、自分の意思で生きる。その為にも私は全力で戦う!!」
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もうひとりの白狼ソニアも、虎の獣人であるファビオに対して、両手に持つショートソードによる連撃を浴びせていた。
それを手に持つ戦斧で受け止めながら、ファビオが声を上げる。
「まさか、何事に対しても冷静で忠実無比なソニア。お前がこんな暴挙に身を委ねるとは!」
「……私は幼い頃から、一族の呪われた復讐という名の呪縛により、この身を捕らわれていた。そんな呪縛から解き放ってくれたのは、あの黒い剣士、デュオと我が姉、カレン。そして私は我が姉上カレンと常に共に在る! 私が正しいと思える自身のこの思いは、きっと、カレンと同じもの! ならば、私はその意志を貫くのみ!!」
─────
そんなふたりの様子を見ていた、熊の獣人であるダンが、最後に空中に跳び上がりながらの長槍の一撃を、黒い豹の獣人ガスパーに向けて放つ。
それを横に跳んでかわしながら、ガスパーは、冷ややかな口調でダンに声を掛ける。
「ふん、最早、お前に至っては、その理由は簡単に予想がつくな……」
「はははっ、そうさ、お察しの通り、このダン様にとっちゃ、一族の復讐だの怨念だの、そんなもん、元々どうでも良かったのさ。俺は自分が楽しく、可笑しく生きていられりゃそれでいい。そうだな、今回に関してもあんた達の側に付くより、カレンとソニアの方に付いた方が楽しそうだったから。まあ、そんな訳──でもよ、こんな中途半端な俺にでも、最近になって分かった明確になるものが、ひとつだけあんだよ……ガキの頃からずっと一緒にいる幼馴染みふたり。その存在が、俺ん中で占めてる割合が大きなもんなんだってな。あいつらは、やっとこ自分の意思と志しを見出だしたんだ。だから俺は思った……そんなあいつらの背中を押してやるのも悪かねえってなっ──!!」
─────
カレン達、三人はそれぞれの決意を言葉にして叫びながら、本来の自身の持つ以上の力を発揮させる。その思い掛けない力の前に、バルドゥ達、三人は押され気味になっていた。
その様子を見て、フォステリアは呟く。
「ふっ、デュオの言う通り、確かに心強い援軍達だ……」
そして皆に向けて大きな声を上げた。
「さあ、皆、今こそ奮起せよ! デュオが獣人の王を倒すまで、その間、獣人達の猛攻を耐え凌ぐのだ! こんな虚しい戦いで、誰ひとりも命を落とす必要はない!」
次に一度、セシルの方へと目をやりながら、ユーリィへと声を掛ける。
「ユーリィ、私が突破口を開き、システィナ殿を助け出す。そなたはその間にセシルの方を頼む!」
フォステリアの声に、ユーリィは力強く返事を返した。
「はいっ!」
「そなたの愛する者を、その腕の中に再び取り戻せ! そしてもう二度と離すな!」
そう言い放ち、手に持つレイピアを構えながら、セシルとシスティナが捕らえられている元へとフォステリアは駆け出す。
「そうだ、セシルを必ずこの手に取り戻す! そして絶対に二度と手放さない!!」
その後に続くユーリィ。
そんな中、バルドゥやファビオといった強力な力を持つ獣人が、身動きが取れない今、『守護する者』である、フォステリアの力に対抗できる者は、残された獣人達の中で、最早、皆無だった。
彼女は宙を舞うような華麗な動きで、獣人達の繰り出す攻撃を、ことごとくかわしながら、反撃となる攻撃を、的確にその武器を持つ腕や、動きを封じる為に足を狙って、右手に持つ精霊の刺突剣グロリアスを突き立てていく。
その後からユーリィが、フォステリアによって戦闘不能に陥った獣人達を、力任せに突き飛ばしながら追っていった。
やがて、フォステリアはその元に辿り着き、システィナの身柄を確保した。
「──ユーリィ、今だ!」
後に続いていたユーリィが、剣を振り上げながら、セシルの腕を掴む獣人に向かって突っ込んでいく!
「うおおおっ!!」
気合いの雄叫びと共に、ユーリィは獣人に対して自身の渾身の攻撃を放った。その気迫の剣の一撃を受け、獣人は肩を切り裂かれ、地面に崩れ落ちる。
身体が自由になったセシルが、ユーリィの胸の中へと飛び込んでいった。
「ユーリィ!!」
「セシル!!」
ユーリィは彼女の身体を受け止め、やさしく、そして強く抱き締めた。
「──ううっ、うう……ユーリィ、ユーリィっ!」
泣きじゃくりながら、セシルは彼の胸の中で顔を埋めている。
「……セシル、僕はこれから例え、何があっても、もう絶対に君を離さない」
そう彼女に囁きながら、抱き締める力を強める──もう絶対に、二度と離れないように。
そんなふたりの様子を、フォステリアは安堵の表情を浮かべながら見守っていた。そして不意に思い出すかのようにデュオ、彼女が戦っているであろうその場所を探すようにして振り返った。
やがて、その姿は彼女の目に飛び込んできた。
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魔剣を持つ魔人デュオ・エタニティと、獣人の王、獣王バルバトスとの、一騎討ちとなる壮絶な戦いの光景が!