59話 猛る猛獣、獣王バルバトス
よろしくお願い致します。
「それにより彼が語る事に嘘、偽りはありません。全て真実となるものです」
「そ、そんな馬鹿な……」
システィナの衝撃の告白に、クライドを含め、獣人以外の全ての者が、驚愕の表情をその顔に浮かべた。そんな中、さらにエリゴルは続けて話し始める。
「我々獣人の一族は次元の狭間へと封印されたが、私と姫は新しい命を得て、転生として全ての記憶をなくし、再びこの世界へと舞い戻った。お互いの関係、そしてその目的も知り得ぬまま時は過ぎ、世代だけが代わっていく……何度も、何度も。そしてようやくその時がきた。黒の魔導士アノニム。その名の者の手によって、我が一族に施された忌まわしき封印が解かれたのだ……私は直ぐに記憶を取り戻し、自身の立場と目的も思い出す事ができた。同時に姫が転生者として既に存在している事実も知り得た。それを知った私はまず、我が姫の生まれ変わりとなる者を捜し、そして見つけ出した……」
そしてエリゴルは、セシルの方へと目を向ける。
「それがセシル。お前だ──」
その言葉に周囲の者に、再び驚きの声が漏れる。
「……そ、そんな、私、知らない。そんな事……」
セシル自身も小さく身を震わせながら、そう呟く。
「嘘だ! セシルが獣人の生まれ変わりだなんて、そんな事ある筈がない! いつも傍にいた僕が一番良く知っている!」
ユーリィが大声で叫んだ。そんなふたりの様子を見ていたエリゴルが、再び話し始める。
「やはり記憶は戻っておらぬか……それが故にだ。私が直ぐに行動を起こし、この国を滅ばさなかったのは……私はまずお前の身を確保し、その記憶を取り戻してから、自らの意思で共に復讐を遂げよう。そう考えて、事前に我が一族をティーシーズ国民や神官戦士に成り済ませ、潜伏させておいたのだが……もう良い。お前はそこで見ておけ! 私が今からこの国の全てを滅ぼす様を!!」
エリゴルが声高らかに叫ぶ。その言葉が終わるのを待っていたかのように、ひとりの女性の声が上がった。
「エリゴル!」
それは彼の傍に立つ、システィナだった。
「……貴方も既に知っての通り、今、この国の現国王は、数日前に病にて崩御なされており、王となる存在は空席となっています。そしてその事実は秘匿され、公にはされていません。何故なら、その国王の死によって、長年続いてきた王家直系の血筋が途絶えたからです。今この国に貴方が復讐を誓った祖なる王の直系の血族は、既にこの世界に存在しません……そう唯一、私を除いては……」
エリゴルは表情を変えず、無言で彼女の言葉に耳を傾ける。
「私は数十年前に水の巫女に選ばれ、そして王家を捨てました。でもその本当の理由は……水の大精霊を『守護する者』として、この水の神殿に滞在していたエリゴル。貴方をお慕いし、その傍にいたかった。けれど……そう、貴方が獣人の王としてこのティーシーズ教国を滅ぼすつもりならば、それを止める資格が私にはありません。ですが、それを始めるのなら、まず私から殺しなさい。いいえ、そうすべきなのです!」
そう叫ぶシスティナに、エリゴルは目を細めながら答える。
「システィナ……どの道、過去も現在も、そして未来でさえも血塗られた私だ……お前が望む通りとしよう。だが、もうひとり奴の、王家の血を引き継ぐ者が残っている──ユーリィ、お前だ」
そう言いながら、エリゴルはユーリィを指で差した。
「え?……僕が王家の血を引く者……」
「そうだ。ユーリィ、お前は、私とこのシスティナとの間に、敵同士となる者の間から生まれた。言わば呪われた我が息子なのだ」
エリゴルのその言葉を耳にしたユーリィは、呆然とただその場に立ち尽くす。そして狂ったような叫び声を上げた。
「嘘だ! 僕の両親と姉は、僕がまだ幼い頃、突然襲ってきた獣人達の襲撃。その時に僕の事を庇って獣人共によって、僕の目の前で殺された! 幼い僕を必死に守ろうとして死んでいったあの人達が僕の家族だ! そんな事、信じられるか!」
悲痛なユーリィの叫び声を聞き、システィナの目から、涙が下へと伝う。
「……ごめんなさい。ユーリィ、私の過去の過ちのせいで、あなたに辛い思いをさせてしまって……本当にごめんなさい……」
そう涙を流しながら、自分に対して謝り続けるシスティナの姿を見て、その事が事実なのだとユーリィは気付く。
「……僕は……僕は……」
身体を小刻みに打ち震わせていたユーリィが、不意に思い出すかのように、取り囲まれた中のセシルの方に目を向ける。
そこには先程の会話を聞き、涙を流している彼女の姿があった。重なり合うふたりの視線。やがてユーリィは本来の自身の誓いを思い出し、そして取り戻す。
「……僕とセシルが何者かなんて、もうどうだっていい。肝心な事は今、僕はセシルの事を愛している! そして彼女も僕と同じ気持ちでいてくれている! だから、今の僕がすべき事はただひとつ!」
ユーリィは声を大にして叫ぶ。
「セシルを守る事、それだけだ!!」
そう言い放ち、迷いを断ち切るように手に持つ剣を構える。その姿にセシルも応えるように大きな声で叫ぶ。
「ユーリィ、私もあなたを信じてる! あなたの事、ずっと愛しているからっ!!」
その間、その突然の状況により、しばらく辺りは静まり返っていた……だが、その静寂の時は破られる。
─────
突如として祭壇の入り口から、新たな獣人と思われる集団が姿を現し、中へと進入してきた。先頭に立つのは隻眼の男、バルドゥ。後に続くその中には、ファビオ、ガスパーの姿も見受けられた。
それを追うようにして、教国戦士の兵士達も祭壇の中へと入ってきた。こちら側の先頭に立つのは、ヨルダム城塞都市でミッドガ・ダル戦国と対峙しているであろう筈の教国軍、軍団長ウィリアムだった。
そんな彼の姿を見受けたフォステリアが不審に思い、ウィリアムの元へと近付く。
「ウィリアム殿、如何された? ミッドガ・ダル軍勢と対峙されていたのでは?」
「ああ、フォステリア殿、少し事態に変化が生じましてな。詳しくは後にて、取りあえず今は……」
「……ああ、その通りだ」
やがて、エリゴルらを取り囲んだ所に、近付いてきた双方、それぞれから声が飛び交う。
「システィナ様、セシル殿、ご無事か!」
ウィリアムが声を上げ、
「我が王よ、今こそ我らが復讐を果たす時!」
バルドゥがそう声を上げた。
そんな状況の中、エリゴルは静かに肩を揺らしながら、笑い声を上げ始める。
「──ふふふ、ははははははっ!! 全ての役者は揃ったようだ。さあ、今、この時こそ我が念願の復讐を遂げる時……最早、何も語るまい。この国にある全てのものを討ち滅ぼし、無きものとしてくれる!!」
そう叫びながら、エリゴルは上に羽織っていた神官服を手で剥ぎ取った。局部だけを覆った革製の鎧を身に付けた彼の見事な肉体が、顕となる。
次に彼は両拳を握り締め、少し腰を落としながら、力を溜め込むような素振りをみせた。
──グォルルル……
バチッバチッと何かが爆ぜる音と、身体から発生する、迸るような青い電撃のようなもの。やがて、その身体が変化し始める。
上半身の剥き出しとなった見事な筋肉が、さらに盛り上がり、元々長身だった身体も一回り大きくなっていく。そして身体中が黄金の体毛によって覆われ、その頭は荘厳な金色の輝きを放つ鬣を持つ、雄々しい獅子の姿へと変えていった。
──グォルルル……──グゥルガアアアアアッ!!
最後に放つ獣の咆哮! そしてその後、その場には獣人化を終えたエリゴルが立っていた。
そんな獅子の獣人の姿は、まさに獣人の王と称されるのに相応しい、猛々しく、そして威厳に満ち溢れた姿だった。
それに続き、後からやってきたバルドゥを始めとする獣人達も、その身を獣人化させる。
その様子を見届けたエリゴルが、おもむろに自身の背に取り付けていた大剣を手に取った。それを両手で持ち、ゆっくりと身構える。
獣人化したエリゴルより長い丈の巨大な大剣。それも何か特別な力を持つ名のある武器なのだろうか? その刀身には、何やら見慣れぬ文字のようなものが彫り込まれているのが確認できる。そして微かな光を帯びていた。
獅子の姿をしたエリゴルは、その大剣を胸に掲げ、雄叫びを上げた。
「これより我が名は、水の大精霊を『守護する者』エリゴルではなくなる!」
猛々しい獅子が吠える!
「我が名は獣人の王、獣人王バルバトス! いざ、推して参る!!」
─────
叫び声を上げながら、獣人王バルバトスは、目にも止まらぬ速さで、自身を取り囲んでいた兵士達の囲いの上を一気に跳躍した。
「まずはこの中で最大の障害となる者、風の大精霊を『守護する者』フォステリア、お前からだ!!」
バルバトスは跳んだ先の壁を蹴り上げ、その反動と全体重の乗せた大剣を振り上げる!
渾身の獣王の一撃が、地に立つフォステリアに向かって、迫ってくる!
「──むっ、あれは受け流せぬ!」
フォステリアは身をかわしながら、精霊に指示を出す。
「──放て、疾風の刃!」
風の上位精霊風の女騎士から空中の獣王に向けて、音速の風の刃が放たれた! しかし、それをバルバトスは手に持つ大剣を振るい、弾き返す!
「何っ、音速の刃を、あんな巨大な得物で弾き返すとはっ!」
予測してなかった事態に一瞬、フォステリアがたじろいだ。そこへ空中から再び振りかぶり、放たれるバルバトスの大剣の斬撃!
「くっ!!」
フォステリアから、思わず苦渋の声が漏れる。
──ギイィィン!
「!?」
バルバトスが大剣を振り下ろそうとする直前、天井から何か黒いものが伸びてき、それが大剣とぶつかり合った。その衝撃により、バルバトスの振り下ろす大剣の軌道が大きく変わり、空振りとなって空を切る。そして着地するバルバトスと共に、空振りとなった大剣の一撃は轟音を立てながら、地面に打ち付けられた。
しかし、バルバトスはそれに構わず、振り向き様、返す剣でもう一度、フォステリアに向けて大剣を振るった!
それも巨大な大剣から繰り出される攻撃とは、思えぬ程に恐ろしく速かった!
「──くっ、速い!」
フォステリアは咄嗟に横へと跳び、それをかわそうとするが、獣王の剣の方が僅かながら速かった。
「むっ!」
しかし、その一撃は彼女自身を狙ったものでなく、風の精霊エアリアルを狙った攻撃だった。実体のない筈の精霊、エアリアルが、真っ二つに両断され、そして消滅していく。
「馬鹿な! 精霊を切り裂くとは……やはり、その剣は、何らかの魔力を帯びたものかっ!」
フォステリアは体勢を立て直し、獣王の方へと振り返った。だが、その視線の先にバルバトスの姿は既になかった。
─────
「──しまった! 上かっ!」
上方へと見上げると、跳び上がったバルバトスが、大きく大剣を振り上げた姿が目に入ってきた。しかも思いの外それは早く、直ぐそこへと差し迫ってきてしまっている。もうかわす事は無理か?──そう考えた彼女は、その一撃を受け止める為、レイピア、グロリアスを目の前に構えた。
(あの巨大な大剣、しかも繰り出すのは獣人の王バルバトス。果たして、このグロリアスで受け止める事ができるのかっ……!?)
「……くっ! ミナ、ミオ──デュオ、私に力を貸してくれっ!!」
そう考えるフォステリアに迫るバルバトスの大剣!
─────
──ガアィィィィンッ!
鳴り響く金属音!
その音と共に、フォステリアの目にひとりの人物の姿が飛び込んでくる……そこには
小柄な少女が、漆黒の歪な形状の長剣で、バルバトスの巨大な大剣を受け止めていた。
その足元の地面には、一気にこの場へと移動した手段の為のものなのか、漆黒の剣から伸びる黒い触手が突き刺さっている。
少女は獣王の大剣を受け止めながら、フォステリアの方へと振り向いた。
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「──お待たせっ、真打ち登場ってね! 遅れてくるのは、お決まりって事で!!」
『もうアルったら、こんなシリアスな場面でふざけ過ぎっ! 不謹慎っていうやつだよ─って、ええ? 本当に獅子の獣人なんだ~……結構カッコいいかも』
『……いや、ノエル。お前の方が、余程不謹慎だと思うけども……』
打ち合わせた剣からは、ギチギチと音が立てられている。そんな中、バルバトスが呟く。
「ぬう、お前は!?」
そしてフォステリアは大きく声を上げた。
「──デュオ!!」