4話 俺の目的とパグゾウの目的
よろしくお願い致します。
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その夜、コボルトの集落で盛大な勝利の宴が行われた。
何故か一番の上座に座らされている俺は、今は目の前に置かれた数々の料理らしき食い物に、ひたすらかぶり付いている。
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ええい! くそ、腹が減り過ぎちゃって、最早両手を使うことすらもどかしいっ!
食い物にダイレクトに食い付く俺。これぞ真なる犬食い……な~んちゃって。
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うん、なんの肉か分かんないけど、美味いなこれ。美味しいと感じる物を腹一杯に食べられる幸せ。
食欲があるっていう事も素晴らしい!
「バフゥ、バフゥ、ゴフゥ?」
俺と同じく上座に並んで座っている一匹のコボルトが、俺に顔を向け、吠え掛けてくる。
白地に赤の体毛を持つ、瞼が垂れ下がり、目の位置が確認できなくなってしまっている、年老いた老犬ならぬ老コボルト。
おそらくはこのコボルト一族の王、あるいは族長の立場にある者なのだろう。取りあえずはこのコボルトの事を、俺は“じっちゃん”と呼ぶ事とする。
ところでじっちゃん。俺に向かってなんて言ってるんだろうな? 例えば食べ物は美味しいか? とか、楽しんでいるか? そんな類いの問い掛けをしてきたのかな?
「え~っと、食べ物はすっごく美味いし、充分に楽しませて貰ってますよ─って言っても通じないか」
「バフゥ、ゴフッ、ゴフッ」
俺の発した言葉の意味が、通じたのかどうかは分からないけど、じっちゃんは俺に吠え掛けながら、次に何かの液体が並々と注がれた椀を、俺に差し出してきた。
………。
多分、この液体の正体は“酒”、それをなぜか口にすることに躊躇を感じながらも、俺はそれを受け取り、口の中へと流し込んだ。
「!? ブッ、ブッフオオオオォォーーッ!!」
予想通り、盛大にそれを吹き出しぶちまける俺。
げげっ、ま、不味い!……ゲホッ、ゲホッ! い、いや、何となく予測はしてたよ。だって俺、酒っていうその言葉に、なんの魅力も感じなかったんだから。多分、以前の俺も、酒は苦手で飲めなかったんだろうな。
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こんなアクシデントがありつつも、ささやかながら、穏やかと感じる時間が流れていく。
洞窟を改装したと思われる、このコボルトの集落は、今とても賑わっていた。
「キャン、キャン、クウゥゥ~ン……」
気が付けばいつの間にいたのか、俺の隣でシロナが尻尾を激しく振りながら、寄り掛かってきている。
も、もしかして、これって、求愛されているのか?
「──クウウゥゥ~~ン? ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……!」
い、いや、求められても、俺にはその対応に非常に困るのですがっ!
目を泳がせながら、情熱的な視線から逃れるように、周囲を見回す。
ふと、黒毛のコボルト、クロトと目が合った。彼はポッチャリ栗毛、クリボーと肩を組みながら、楽しそうに酒らしき物を飲んでいる。
どうやらあの様子だと、クリボーが受けた怪我も大した事はなさそうだな。こちらのコボルト達にもそれなりに被害があったみたいだけど、取りあえずはこの三匹が無事で良かった。
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そしてなんだかんだでそれなりに楽しく感じた宴も終わりを迎え、皆、それぞれの寝床にその姿を消して行った。
しばらくの後、俺は特にあのシロナに見つからないようにし、集落である洞窟をこっそりと抜け出して、今は元々、俺自身が突き刺さっていたあの森の湖畔に来ていた。
背中には例の魔剣、そして左肩には大きな麻袋を肩に掛けている。
その中身は、集落からくすねた何日か分の食料。
そう、俺は今からこの場所から去ろうとしているのだ。
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「まあ、ちょっとくらいなら、いいよな?」
ゴロンと湖の畔に仰向けに寝転がる。
そして夜空を見上げた。
今夜は満月で、真夜中といえど周囲は非常に明るく感じ、勿論、夜空には綺麗な星が煌めいている。
「月並みだけど、ホント、すっごく綺麗だなあ……」
………。
何故だか分からないけど、こうやって夜空を見上げてると、すごく心が落ち着く。それとは別に感じる沸き上がるような好奇心。
多分、こうなる以前の俺も、こんな感じで夜の星空を見上げるのが好きだったのかな?
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さて、これからの事だけど、取りあえず人がいる村か街を目指さなきゃ。
問題はその時に、この身体をどうするか?
もちろん、このままコボルトでいるつもりは毛頭ない。最終的には人に憑き、その身体を奪い、“人間”になるつもりだ。
幸い、このパグゾウの姿なら、四足歩行でそれなりに振る舞えば、可愛らしい少し大きめの小型犬に見えなくもない。
──たが。
その時。俺にそんな覚悟があるのか? それをするという事は、即ち、人を殺すという事とほぼ同じ行為となる。
………。
何となく寝返りを打ち、湖の方へと顔を向ける。
「!?」
何か異様なものを目にした気がして、起き上がり、再び、湖に自分の姿を映してみた。
前に映して見た何処か、愛嬌のあるブサイクで可愛い顔。ただ、以前と違っていたのは──
あのつぶらな瞳が、真紅に染まっていた。
まるで血の色を思わせる“紅い色”……。
それは、ユラユラと燃えるように、蠢いているようにも感じ取れる。
………。
───
……ははっ、そうか、俺がコボルトだとか、人を殺すかだなんて……もう、俺は充分に化け物じゃないか。
今回の戦いだってそうだ。たまたま剣である俺のことを引き抜いたのが、このコボルトであるパグゾウだったってだけで、もしも、引き抜いてたのが相手側のゴブリンだったら?
俺はなんの躊躇もなく、コボルトという魔物であるあの黒毛を、栗毛を、白毛のメスを殺していただろう。
でも、それでも……この強大な力を持つ魔剣。
その姿の今の俺は、自分の意思でそうなったのか、そう変えられたのか、今となっては知る由もないが。
“なぜそうなったか”。そのことに必ず意味がある筈だ。そして知りたい。そうなってしまった今の俺の“存在意義”を──だから、まずは人間の姿になる。
──その事を、これからの俺の“目的”としよう!
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そう心の中で決意した俺は、勢いよく飛び起きる。左肩に麻袋を掛け直し、背中にある魔剣の柄を握り、その感触を確かめた。その時。
──ザワッ──
魔剣に触れた時に感じた、以前と同じようなざわめくこの感覚。その瞬間、魔剣が感じ取る気配が俺の中に流れ込んでくる。
──なんだ、この気配は?
その感じる気配に向けて、俺は走り出した。
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やがて先が途切れた崖へと辿り着く。
その崖下に広がる広大な草原の先に気配の元はいた。月明かりの光によって、それは容易に確認できる。
目に飛び込んできたのは、ゴブリンの集団。いや、もはやその数は集団ではなく、軍勢だった。昼間に戦った何倍もの数のゴブリンの軍勢。
それが整然とこちらに向かい、進軍している。
その中央に確認できる、ゴブリン達に担がれた櫓の玉座に座する、頭に大きな羽飾りを付けたゴブリンの姿。
どうやらあれが、このゴブリン族の王のようだ。
そしてその軍勢を率いる、ひとつの突出した姿──
狼の摩獣を駆る重装備に身を包んだその姿は、昼間に互いに睨み合った、あの異様さを感じさせた例のゴブリンだった。
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「こいつらが向かっている先は、間違いなくコボルト達の集落だな。目的は昼間の戦闘の報復か? いや、この数からして、おそらくはコボルト達の殲滅。奴らはあのコボルト達のことを根絶やしにするつもりなのか?」
先頭を駆るフルプレートのゴブリンからは、やはり何か、ただならぬ異様な気配を感じ取っている、“魔剣”の俺がいる。
どうする? 今の俺の目的は人間になる事。
このまま放って行ってしまっても極端に言ってしまえば、その事に関して、俺にはもう何も関係のない事だ。所詮はコボルトとゴブリンという二種族の魔物が互いに争い、殺し合うだけのこと。
だけど……どうした俺? 何をそんなに気に病む必要がある?
──俺は……俺は、一体何がしたい?
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今、コボルト達は、自らの拠点であるあの洞窟の中で、ゴブリンの軍勢による夜襲が迫っている事実も気付かずに眠りこけてしまっている事だろう。
そしておそらくその状態のままで、ゴブリンのあの数の軍勢に襲い掛かれたのなら、一方的に蹂躙されるのは明らかだ。
醜悪なゴブリン達に、次々に殺されていくコボルト達。
その中に、俺の言うことに胸を張っての敬礼で応えてくれたクロトの姿が──
傷付きながらも懸命にがんばっていたポッチャリ顔のクリボーの姿が──
俺のことを心配して迎えに来てくれた可愛らしいシロナの姿が──
……ちっ! やっぱダメだ! そんなの許せる筈がない!!
彼らの事を死なせたくない! そうだ、それが今の俺の身体、パグゾウのしたいこと! いや、するべき“目的”だ!
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俺は先頭を走る異様のゴブリンに一瞥を送ると、そのまま振り返り、コボルト達の集落である拠点に向かって全力で駆け出していた。