54話 クロスオーバー
よろしくお願い致します。
魔剣を振り上げながら、馬を駆る俺に対し、エドガーも手に持つ巨大な槍斧を真横へと振りかざしながら、突撃してきた!
そしてそれは激突し、交差する!
──ギイィン、ギイィン、ギイィィィン!
鳴り響く激しい金属音!
俺と敵のエドガーは、そのまま互いに反対方向へと走り抜けた!
─────
「──ぐ、ぐおおっ!」
苦悶の声を上げ、エドガーが血の吹き出る右腕を押さえ付ける。それと同時に、宙を舞っていた柄の部分が三つに切断され、刃を破壊されたハルバードの残骸が、音を立てて地面へと叩き付けるように落下してきた。
その様子を顔を少し振り向かせ、横目で見ていた俺は、馬の踵を返し、ゆっくりと奴に近付いて行く。
馬上で血が流れる腕を押さえながら、エドガーが、苦々しげな険しい表情の顔を俺へと向けている。その黒い重鎧の腹の部分も傷を負ったのか、切り裂かれ、少しの血が流れていた。
─────
すれ違い様、奴の放つハルバードの攻撃を避け、その武器に対して魔剣の斬撃を三連続で叩き込んだつもりだったんだけど。少し勢いが余ってしまったか……強力な相手の手加減って、やっぱり難しいな。
「少しやり過ぎたか……痛そうだな」
『ううん、アルはがんばってる。やっぱり凄いよ、アルは……』
ノエルがそう呟く。
『大丈夫か、ノエル。怖くないか?』
『うん。怖くないって言えば嘘になるけど……アルがしようとしている事、私もしっかりと見ておきたいから』
『……そうか』
エドガーの前へとやってきた俺は、奴に対し魔剣を突き付けた。
「将軍のあんただったら、知ってるんだろう? 黒の魔導士は、今、何処にいる!」
馬上で傷付いた右腕を押さえ付けていたエドガーが、俺に睨み付けるような視線を向けてくる。そして答えてきた。
「黒の魔導士アノニム。奴の居場所を知った所でどうする? あ奴を倒したとて、この戦いは終わらぬぞ。何も変わる事はない」
奴の言葉に、俺は声を上げた。
「そうかも知れないな。でも、少なく共、今回のこの戦い。あんた達ミッドガ・ダルや獣人達も含め、敵味方関係なく、黒の魔導士アノニム。奴が何かを企てて始めた事だと私は思ってる。きっと、その事により考えも及ばないような驚異が起こり得る。私はそんな気がするんだ。だから、その元凶の奴さえ倒せば、こちら側もあんた達も被害は抑えられる。最悪の事態は避ける事ができる筈だ! だから、頼む!」
その俺の言葉に、巨漢の男、エドガーは口を開き静かに答える。
「……黒の魔導士アノニムは、まだ、ヨルダム城内に留まっている筈だ……俺も奴の事は前から気に入らぬからな。まあ、何も聞かなかったし、言わなかった事としておく。精々、足掻いてみせるがいい」
「恩に着るよ、ありがとう。ミッドガ・ダルの将軍さん」
俺は軽く微笑みながら、エドガーに対して礼を言う。そして馬の踵を返し、フォリーの姿を見付ける為、辺りを見回した。
「デュオ!」
俺がその姿を見付けるより先に、彼女が名を呼びながら、馬を走らせ近付いてきた。
「無事か? しかしデュオ、やはりその力さすがだな。そなたの活躍あってティーシーズ軍の方が僅かながら押している。ただ、その中に獣人達の姿が、かなり少ないのが気掛かりなのだが……」
獣人達の姿が? アノニムの企てと何か関係があるのか。
そう考えながらも、俺はフォリーに説明をする。
「フォリー、黒の魔導士は、まだヨルダムにいるらしい。これから私は、奴を倒しにヨルダム城塞内に侵入するつもり。フォリーはここに残って、ティーシーズ軍の力になってあげてくれ。それとできるなら……」
その言葉に、彼女は笑みを浮かべながら返事を返してくる。
「ふふっ、ああ、分かっている。全く、そなたは結構な無理難題を、口にするのもやってのけるのも得意だな。まあ、なるべく期待に沿うよう努力はする。命は奪わず敵の無力化だな? 任せておけ。デュオの方こそ無理はするなよ。後でまた会おう!」
「うん、ありがとう。フォリーも気を付けて!」
俺はフォリーと別れ、まだ残るミッドガ・ダルの兵を殴り蹴散らしながら、ヨルダム城塞都市に向けて馬を走らせた。
振り向き確認すると、フォリーもその場を離れ、周囲の味方の兵達に声を掛け、次の攻撃に備える為の体勢を整えている様子だった。
そんな時、目に入ってきたひとり残されたミッドガ・ダルのエドガーと言う名の男の元へと、近付くひとりの馬上の男の姿が──
黒い長髪に漆黒の鎧と黒いマント。その男も、遠目ながら只者ではない雰囲気を漂わさせていた。
あいつもエドガーが言っていたミッドガ・ダル三将軍の内のひとりなのだろうか?
もしくはミッドガ・ダルの王──確か、レオンハルトだっけ。
俺はそんな事を考えながら、ヨルダム城塞都市に向かうのだった。
──────────
一騎討ちに破れたエドガーが、傷口を押さえ付けながら、しばらく馬上で呆然としていた。
やがて、この状態ではどうする事もできない。そのように悟った彼は、ようやく自軍に戻る為、馬の踵を返した。
そこにひとりの男の姿が、目に飛び込んでくる。
─────
「思いの外、こっぴどくやられたようだな。エドガー」
そう声を上げながら近付いてきたのは、自分の主、ミッドガ・ダル戦国の王。レオンハルトだった。
「俺は今まで遠目で見ていたが、あの者はアノニムを追っていた。そうだな?」
「はっ、仰せの通りです」
その問い掛けに、素直に答えたエドガーは、そのままレオンハルトに対して言葉を続けた。
「ははは、面目ないと言った所ですが、あれはもう、人が及ぼす領域の力ではない。言うなれば人在らざる『魔人』と言った所か……これでも、俺は人間の戦士として、それなりに腕に覚えがある方だったのですがな」
それを聞いたレオンハルトが、皮肉の笑みを浮かべる。
「ほう、エドガーにしては上手く例えたものだな。成る程、人在らざる『魔人』か」
「義長兄、い、いや、レオンハルト陛下。またそのような事を言いなさる。俺を、いや私の事を何と思っているのか、い、いや思ってらっしゃるのか……ぐ、ぐぬぬ」
「はははっ、無理はしなくていいぞ、エドガー。この場にストラトスはいないのだからな」
悔しそうに歯噛みをするエドガーを横目に、レオンハルトは言葉を続ける。
「ふっ、それにしても、百戦常勝の猛者とまで称されたお前が、まるで赤子のようだったな……まあ、あれが相手では、例え、俺が出て行った所でどうにもなるまいよ」
「ほう、これはまた奇特な心掛けですな。謙遜しておられるようですが、手を合わせてみたいのでは? 陛下ならば食い下がれるやも知れませぬぞ」
その言葉に、苦笑を浮かべるレオンハルト。
「俺とて所詮人に過ぎん。人の領域を超えた『魔人』に敵うべくもないさ……まあ、機会があれば人としての限界を知る為に一度、手合わせを願ってみたいものではあるがな」
そしてレオンハルトはヨルダム城塞都市の方へと目をやる。それを見たエドガーが、思い出すかのように呟きの声を漏らした。
「そういえば、あの女剣士。手に持つ漆黒の剣といい、羽織った黒のマント姿といい、そして異様な強大な力といい。何やら、あのアノニムに近い存在と感じさせましたな?」
レオンハルトは、エドガーの方に顔を向けず、ヨルダムの方に目をやったまま答える。
「ほう、お前にはそう感じたか? 俺はアノニムよりも、もっと異質な。近いというよりは寧ろ真逆の、対となる存在に感じた得たのだがな」
「?……」
「あの異質を感じさせる強大な力を持つ、漆黒の剣の魔人。その出現により、そうだな……俺がその時の為に今までやってきた事が、最早、必要がない事になるかも知れんな」
レオンハルトは、独り言を呟くように言葉を続ける。
「まあ、今は取りあえず、乱れた陣形を一旦整え直すとしよう。そして敵軍勢の攻撃を適当に往なし、しばしの間、様子見を決め込む事としよう」
レオンハルトはヨルダムに向かっているであろう、漆黒の剣を持った少女の姿を思い浮かべる。
─────
「そして『魔人』と『魔導士』奴ら、ふたつの存在が対峙し合う。その時を待つとするか──」
◇◇◇
ヨルダム城塞都市内に侵入した俺は、場内を駆け足で進みながら、黒の魔導士の姿を懸命になって探している。
幸いにも城内の兵士は手払い、全くといっていい程に出くわす事はなかった。そんな中、ひたすら黒の魔導士アノニムの姿を追い求め、城内を突き進んで行く。
すると、ある大部屋で待ち構えていたミッドガ・ダル兵士、十数人とバッタリ出くわした。
俺は直ぐに行動を開始し、その元へと駆け寄る!
駆け寄り様、ひとりに蹴りを入れ、ふき飛ばして壁へと打ち付けた! その様子に驚きながらも、剣を抜き取り構える兵士達。
次に俺は魔剣の触手を前回同様、武器を持つ手に目掛けて解き放った! それと同時に走り寄り、兵士達の身体に、拳や蹴りなどの攻撃を叩き込む!
やがて、無力化された複数の兵士達が、その場に崩れるようにうずくまった。俺はその兵士達に怒鳴るように問い掛ける。
「黒の魔導士は何処だ!」
床に崩れるた兵士達が、傷付いた腕などを押さえながら、口々に答える。
「……ぐう……俺は知らない……」
「ううっ……俺も知らん。黒の魔導士、奴が何処にいるのか、そんな事、知った事じゃない……」
くそっ、これじゃ埒があかない。本当にこの城にいるのか!
すると突然、背後から声を掛けられた。
─────
「……よお、久しぶりだな、オッドアイの嬢ちゃん。相変わらず可愛いな。うん、やっぱ、もろ俺好み」
その声に振り返ると、そこに革製の鎧を身に付けた、身体に浅い傷だらけの熊の姿をした獣人が、手に持つ槍を杖代わりにして立っていた。
「……あの~、どなた様でしたっけ?」
『この人は、もしかして、私を笑いの虜にしてくれた、例のあの二足歩行のクマさんじゃ……』
ノエルのその言葉に、俺もそいつの事を思い出す。だが、声を掛けようとする前に、奴の方が先に口を開いた。
「ああ、そうか、この姿じゃ分かんねぇよな」
そう言いながら、熊の獣人は獣人化を解き、人の姿に戻っていく。そして完全に人の姿となったその男は、先日戦ったダンと言う名の男だった。
人の姿に戻ると、身に受けている傷が剥き出しとなり、余計に目立って見える。かなり辛そうな様子だ。
「確かダンだっけ、なんで、お前がこの場所に?」
「……カレンとソニアが、やらかしやがった」
「えっ、それって、どう言う事?」
俺はダンが一体、何の事を言ってるのか、さっぱり分からず聞き返す。
「お前は難攻不落って言われてるヨルダムが、何故、こんなに早く落ちたのか、疑問に思わなかったか?」
「いや、悪い、早く落とされた。その理由までは私には分からない」
すると、ダンは俺の目を見返しながら、話を続けた。
「……俺達を含めたミッドガ・ダルの軍勢が、このヨルダムに攻め寄った時、既に城門には火の手が上がっていた。そして直ぐに俺達を向かい入れるようにして、その城門が開いた。やがて、場内から現れたのは十数人の獣人達だった。その奴らの姿は、全員ティーシーズの神官戦士の鎧を身に付けていたって訳だ……」
「……成る程、既に獣人達が、伏兵に成り済まして潜伏してたっていう事か。そして内側からも攻撃を受けた……簡単に陥落されてしまう訳だ」
その言葉にダンも無言で頷く。そして次に少し視線を落としながら、呟くように言った。
「その時からだ。カレンとソニアの様子がおかしくなったのは……そいつら、神官戦士に扮した獣人達は、俺達、三人はともかく、バルドゥのおっさんにまで顔を見合わせたにも関わらず、頭を下げるどころか、何の挨拶もなく、全くの無反応だったんだよ。そしてアノニムの野郎に付いて行って、無反応のままバルドゥのおっさん達の横を素通りしちまっていた……」
そこまで話終えたダンが、一度、頭を手でクシャクシャとかきむしった
「そしてそいつらがよ、アノニムだけには、まるで自分達の王にでも対するように跪いて礼をしてるのを見ちまったんだ……さすがの俺でも、こいつはやべぇって思った。アノニムの野郎が俺達、何人かの獣人の一族を操ってやがる!」
ダンはかなり興奮した様子で、言葉を捲し立てる。
「とにかくだ! 色々あって、カレンとソニアは今、アノニムの野郎を追っている。俺もその後へと付いて行ったんだが、その途中で……今思えば、あいつらもそうだったんだろう。アノニムに操られている獣人達と出くわして戦闘になった。その時に俺はカレンとソニアを先に向かわせたおかげで、今はこのざまって訳だ。はははっ、ったく、カッコ悪いったりゃありゃしねえ……」
「そんな事ない。ダン、あんたは充分にカッコいいよ」
すると、ダンは力なく笑みを浮かべる。
「……ありがとよ、嬢ちゃん。そういえば、名前、まだ聞いてなかったよな?」
「私はデュオ・エタニティ。ちょっと待って、直ぐに治癒魔法を──」
それを聞き、ダンが頭を横に振りながら、声を上げる。
「俺の事はいい。こんな傷、俺達獣人にとっちゃあ、何て事はねえ、少し休んでほっときゃその内治る。それよりもデュオ、カレンとソニアの事を頼む! その先を進んだ突き当たりの大部屋、そこにアノニムの野郎がいる筈だ! ふたりをどうか助けてやってくれ!」
苦し気な表情で、ダンは俺に頭を下げてきた。
「よし、引き受けた! このデュオさんに任せなさい!」
俺はニコッと笑いながら答え、ダンに向けて左手のひらを突き出した。
「──治癒」
手のひらに浮かぶ白い魔法陣と共に、ダンの身体が、ほのかな輝きの白い光によって包まれる。
「そんじゃ行ってくるから、ダンは回復するまで、しばらくそこでジッとしてなよ!」
そんな俺の姿を見て、何故か顔を赤くするダン。
「おう、頼む……デュオ、やっぱ、お前、最高に可愛いわ」
何か一言多かった気もするが……とにかく、俺はカレンとソニアが向かったという場所に向けて、駆け出した。
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『うん。間違いなくあのクマさん、アルの事、好きになっちゃってるね?』
『げげっ、気持ち悪りぃ事、言うなよ、ノエル! 俺って、一応男のつもりなんだぜ? それに好かれても嬉しくも何ともない!』
『違うでしょ、今のアルはデュオ。そしてデュオは可愛い女の子なんだよ?』
『……そういえば、そうだったな。ってか、何気なく自分の事、可愛いって言ってますよね? それにどっちにしたって、好かれている事自体、微妙なのは何ら変わりないしさ!』
『あ~あ、あのクマさん可哀想に』
『……クマって言わないであげて……』
最後に俺は何故かそう言ってしまうのだった。
─────
先を急ぎ駆けて行く。やがて、行き止まりとなった所に、既に開いていた広間へと俺は飛び込んだ。
その空間に奴はいた──黒の魔導士、アノニム。
黒い異形の鉄仮面で顔全体を覆い隠し、漆黒の黒衣を身に纏った者。そんな存在が、その場所に立っていた。そしてアノニムが上方へと大きく右手を突き出し、その見えない力によって、縛られ締め上げられるように宙に浮かび、もがき苦しんでる二体の白い狼の獣人の姿があった。
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「……うぐっ、ああ」
二体の獣人から、苦悶の声が漏れる。
おそらく、あれはカレンとソニア!
「カレン、ソニア! やめろっ、ふたりを離せ!」
俺は魔剣を構え、アノニムを睨み付けながら叫んだ。
その声に反応し、黒い鉄仮面が、初めてこちらへと正面に向く。続いてそこから声が発せられてきた。
それは、複数の声色と雑音が織り交ざった無機質な声。最早、男か女、性別の判断。いや、人が発する声といっていいものなのかさえも分からなかった。
─────
『ようやく私の元へと現れたか。異質な力を持つ、この世界の理と干渉せざる者──』