52話 デュオ・エタニティの演説
よろしくお願い致します。
神殿内の長い廊下をユーリィの後にセシルが続き、さらにその後を、俺とフォリーが付いて歩いて行く。
神殿の中、その周囲には立ち並ぶ複数の神官戦士達の姿が見受けられた。過剰とも思えるその数と厳重そうな光景に、思わず目を奪われる。
戦時中なので当然の事なのだが、それ以前に何でも数日前に、この神殿に突如として姿を現した魔獣の襲撃を受けたとの事だった。
その時は、この神殿に常在している水の大精霊を『守護する者』例の、エリゴルという人物の活躍によって、事なきを得たと聞いていた。
やがて、ユーリィの後を付いていった俺達は、大きな扉の前に辿り着いた。
部屋の両脇には、護衛の神官戦士の立つ姿が確認できる。その大きな扉をユーリィが両手で押し開く。
「どうぞ、こちらへ、奥で司祭様とエリゴル様がお待ちです」
そう言いながら、俺達を中へと招き入れる。その言葉に応じ、中へと足を踏み入れる俺達。
かなりの広い空間となる大部屋だ。天井も驚く程に高い。そして部屋の中央奥に、大きな神々しい姿の女神像がそびえ立っていた。
その像の腕に、抱かれているように宙を浮く、小さな青く輝く水晶のような石の姿が確認できる。
あれが水の精霊石なのだろうか?
その女神像の前に立つ、ふたりの人物。白い法衣を纏った女性と、かなり背が高い屈強そうな体躯の金髪の男。
双方共に、齢を重ねた年配者に見えた。そしてそのふたりを守るようにして、数人の神官戦士達が両脇に整列している。
「システィナ様!」
セシルが突然声を上げながら、法衣姿の女性の元へと走り出した。
「セシル、お帰りなさい。良く無事で……ご苦労様でした」
その女性は両手を広げ、彼女を受け止める。
「……はい」
セシルも腕を回して抱き返す。その声は既に涙声となっていた。
「ユーリィ、あなたも本当に無事で何よりでした。セシルの事、良く守ってくれましたね」
「はい、ありがとうございます。システィナ司祭様」
そう答えながら、ユーリィもシスティナ司祭と呼んだ女性の元に行く。その様子を見ていたフォリーが、俺に小声で声を掛けてきた。
「デュオ、ちょっといいか?」
目で付いてこいと合図をしながら、彼女は金髪の男へと近付いて行く。俺も慌ててその後を追う。
「貴方は水の大精霊を『守護する者』エリゴル殿ですね?」
フォリーの呼び掛けに、金髪の男は無表情のまま答える。
「如何にもその通りだが、そなた達は?」
「失礼しました。私は風の大精霊を『守護する者』名をフォステリアと申します。そして彼女がデュオ・エタニティ。『滅ぼす者』と対峙し得る力を持つ者です」
「!!……『滅ぼす者』と対峙し得る者?」
フォリーにエリゴルと呼ばれた男は、そう声を漏らしながら、俺の方へと視線を向ける。
色の濃い金色の髪を後ろへと撫で付けた初老の男。屈強そうな身体に、革製の鎧を身に付け、その上から神官戦士達と同様の短めの法衣のような衣服を纏っていた。そして背には、一際目立つ彼の背丈をも超える黒鉄色をした、巨大な大剣を取り付けている。
その姿は、まさに百戦錬磨の戦士。そう思わさせた。
その男が、俺の方へと向けるふたつの双眸は、まるで獲物を狙う猛獣のような眼光を連想させる。何故だか、俺にはそんな風に感じた。
そんな男へと、フォリーが再び、小声で問い掛ける。
「エリゴル殿、貴方は獣人ではないのですか……?」
その言葉に、エリゴルは変わらず無表情の顔で答える。
「如何にもそなたの言う通り私は獣人だ。しかし、この教国が誕生して以来、水の大精霊を『守護する者』は代々、獣人である我々種族の者が選ばれる。ただ、それだけの事、今この俗世にある獣人の一族と私は、何ら関わりを持たない。そう、今の私は獣人である以前に、水の大精霊を護る一個人に過ぎんのだよ」
「分かりました。そうであるのならば……」
エリゴルの答えに納得がいったのか、フォリーはそう言葉を残し、ユーリィとセシルの元に戻る。先程のやり取りで、エリゴルの事が気掛かりになりながらも、俺はその後に続いた。
そして俺達ふたりを待っていたかのように、司祭システィナが声を掛けてくる。
「初めまして。フォステリア様、デュオ様。私はこの水の神殿の責任者を務めている司祭、名をシスティナと申します。事の成り行きは先程、ふたりから聞き及びました。この度の事は本当に感謝しております。セシルとユーリィ、ふたりの事をお救い頂き、誠にありがとうございました」
その言葉を受け、フォリーは微笑みながら無言で頷く。次に俺へと目配せを送ってきた。それに応じ俺は答える。
「はい。その感謝の御言葉は慎んでお受けします。ですが、今はそれよりも、私達ふたりがこの地にきた目的をお話しても良いでしょうか?……もう、余り時間が残されていません」
「それはミッドガ・ダルの軍勢がこちらに迫ってきている事と、何か関係がある事でしょうか?」
「……はい」
そう俺が返事を返すと、彼女はひとりの神官戦士を呼び寄せ、何か耳打ちをする。その神官戦士が早々にこの大部屋から飛び出し、やがて、ふたりの人物を伴ってこの場所へと戻ってきた。
その人物を見て、ユーリィとセシルが声を上げる。
「クライド様!」
「……良かった。御無事だったんですね」
ふたりの声に、クライドと呼ばれた神官戦士の男が、返事を返す。
「ああ、私ひとりだけが生き恥を晒してしまった……だが、死んでいった部下達の無念は必ず晴らしてみせる。それにセシル殿もユーリィも無事で何よりだ。この事によって、いくらかは彼らも報われる事ができただろう」
そして彼らふたりの人物は、司祭システィナの両脇に並んで立った。
「ご紹介致します。私達、水の神殿、その神官戦士の長を務める神官戦士長のクライドと、教国軍、軍団長のウィリアム様です。ウィリアム様に於かれましては、国王の代理としてこの場にご出席なさって頂いています」
システィナの言葉に、ふたりの男がそれぞれ一歩前へと踏み出す。まずは神官戦士の鎧を身に付けた顎に髭をたくわえた男。
「クライドと申します。貴方達、お二人には、巫女様とユーリィ、ふたりを救って頂き、感謝の言葉を申し述べます」
次に頭を短く剃り、色黒の肌をした重鎧で身を固めた男。
「ウィリアムと申す。私の持てる権限において、国王と最善の協議を計る事を約束しよう」
ふたりはそう言い終えると、再びシスティナの横へとその立ち位置を戻す。それを見計らって俺は声を上げた。
「それでは述べさせて頂きます。私達、デュオ・エタニティとフォステリアのふたりは『滅ぼす者』の手先から、大精霊が消滅される事を防ぐ。それを目的とした旅をしています」
突然の声に、辺りの者達は騒ぎ立てる様子もなく、整然と俺の言葉に耳を傾ける。
「今、私の隣にいる彼女、フォステリアは、風の大精霊を『守護する者』です。先日、私達ふたりは、風の大精霊を守る為に協力し合い、『滅ぼす者』の手先と戦いました。その手先を打ち倒す事はできましたが、力及ばず、残念ながら精霊石を守る事は敵わず、破壊されてしまいました」
その言葉を聞き、ユーリィとセシルが、驚きの表情を浮かべて俺達の事を見つめる。
まあ、無理もない。この件に関しては、何一切話してなかったのだから。
「そしてこの経験を通じて、私達はある事に気付きました。この件に関して黒の魔導士アノニム、その者の姿が垣間見受けられるのです。まだ、憶測に過ぎませんが、アノニムがこの件に関わっていると、私達は考察しています。いや、もしかすれば奴自体が『滅ぼす者』なのかも知れない。そして今、この国に迫ってこようとしているミッドガ・ダルの軍勢に、きっと奴の姿がある。私はそう確信しています……黒の魔導士アノニム。奴の次の目的は、この神殿にある水の精霊石の破壊と、その存在の消滅……」
「馬鹿な! 滅ぼす者などと、そんなもの、ただの言い伝えられた伝説に過ぎぬ! とてもじゃないがそのような戯れ言、私には到底信じられん!」
突然大声を上げて、否定の言葉を口にする教国軍団長ウィリアム。
それを嗜めるように、俺の隣にいたフォリーが声を上げる。
「残念だが、事実です。大精霊を『守護する者』のひとりとして、私がこの場にて宣言する。古き時代からおとぎ話として言い伝えられている伝説、『審判の決戦』や『滅びの時』それらは全て、真実の事だ。そして今、実際に『滅びの時』それは、既に始まっている」
「……むぅ」
絶句し沈黙するウィリアム。それに代わり、今度は神官戦士長クライドが、その口を開く。
「もし仮にそれが現実としてだ。ミッドガ・ダルと獣人の方はともかく、我々、人間の力で滅ぼす者。そんな存在の者をどうにかできるのか? もう、言い伝えられた伝説通りに、全てが滅び、消え去る運命だというのか……?」
クライドが苦しそうな声で、そう呟くような声を上げる。
「いえ、まだそう決まった訳ではない。我々には、まだ抵抗の手段が残されている。『滅ぼす者』を打ち倒し、『滅びの時』を止める。それを可能とするかも知れない強大な力を持つ者。それが──」
「──それが、その漆黒の剣を持つ少女、デュオ・エタニティというのだな?」
フォリーの言葉に、割って入るようにして声を上げる『守護する者』エリゴル。そして次に、この場にいる全員の視線が俺に集まる。
──よし。
『さあ、アル、ここからが本番。ビシッとカッコいい所、ちゃんと私に見せてね? がんばって、アル!』
『ああ、任せとけ!』
俺はマントを翻し、右手を前へと突き出す。次にその手を開き、自身の胸にそっと押し当てた。
─────
「私は『滅びの時』に対して、自分ができる限りの事をやり尽くすつもりです。本来ならば、ミッドガ・ダル戦国や獣人達を含め、この世界に存在する者達が、互いに争っている場合じゃない! お互いに助け合い、協力して、それに立ち向かわねばならないんです! これから始まってしまう戦争という名の人間同士の殺し合い。今となっては、もう私ひとりでは止める事はできない──だけど!」
俺は皆を見渡し、言葉を続ける。
「人と人が殺し合う、そんな忌まわしい愚かな行為。それによって、生じる怒りや憎悪、復讐。そういった負の感情が、今の私達が滅んでいく状況を生み出した。言い換えれば、私達人間自身が、自らそれを作り出して『滅びの時』を迎えようとしているんです! その事を一度、考えてみて下さい。そして考え直してみて下さい。最後に辿り着いた答えとなるその思いを、絶対に忘れないで下さい!」
俺の上げる声に、皆一同に静まり返っている。
ぐふっ……何かこの雰囲気……俺自身が居たたまれない
──だぁーーっ!! こうなったら、もういつもの俺の調子で!
「──な~んて、何か偉そうな事、私、言っちゃいましたけど、自分でも良く分かってないんですよねーっ、だって、難しい事ですからね? それに向こう側は本気でこちらへと殺意の力を振るってくる。それが戦争、それに抗うなっていうのはさすがに無茶ってもんです。でも、今回に限っては、ある者を倒せばおそらく、一先ず今回の戦いは終わらせる事ができると私は考えてます。なるべく早く見つけ出し、私がそいつをやっつけちゃいます。ですので皆さん。しばらくの間、自分自身の身を守っていて下さい。防御に徹して下さい。なるべく人を殺めずに……無理にとは言いません。だって、死んじゃったら元も子もないですもんね。でも、これだけは約束して下さい。負の感情に取り込まれず、自分の強い意思を、大切な思いを、絶対に見失わないで下さい!」
えーっと、後ひと押し!
「まあ、ぶっちゃけ言えば、暗い考えを持つなって事です! 何事も可能な限りは、前向きに向かって行きましょう! そうだな、今回の戦争を終わらせる為に、私が倒すべき相手。そいつの事も私は自分の大嫌いな食べ物、トマトに見立てて奮闘致しますので、皆さんもそんな感じでがんばって下さい! 見てろっ、私の生涯の宿敵、赤い食物魔王トマトよ! 必ず目にもの見せてやるぞ!!」
そう声を上げて、胸に当てていた手を、大きく上方へと突き上げた!
やべっ、最後の方は俺のホンネが出ちゃってた……。
周りの者は少し呆気に取られて静まり返っていたが、やがて、不意に誰かが思い出すかのように笑い声を漏らした。
「ぷっ、ははははっ」
それに釣られて、周りの皆が、それぞれ思い思いの笑い声をその口から上げている。
緊張の糸が切れて、穏やかな雰囲気の時が流れる。そんな時、ノエルが頭の中で話し掛けてきた。
『カッコ良かったよ、アル……ちょっと最後の方に棘があったけど』
『だろっ? へへん、俺だって、決める時はちゃんと決めれる男なんだよ。ちなみにノエルの中で、さっきの採点はいか程に?』
『う~ん、そうだな……53点って、とこかな?』
『……おいっ、53って何だよ、何だ、その微妙な数値は? 3っていうのはどっから出てきたんだよ! 大体点数低すぎっ!─ったく、お前のカッコいいっていう定義の偏差値って、どんだけ高いんだよっ!』
『それはアル、あんたがトマト様の事をバカにしたからに決まってんでしょ? 大体、トマトは魔王なんかじゃないんだからっ! 全ての食物の頂点に君臨する至高の宝石。別名、野菜界の『アレキサンドライト』それが、トマト様なのよっ!』
『はいはい。野菜界の『あれ食うから三度くれ』ね。もう正直、聞き飽きたよ……』
『違う違う、アレキサンドライト! もう、バカにして……こうなったら今度、私が身体支配権の食事の時に、三度って言ったからトマト三個、無理にでも食べてやる!』
『げげっ、な、なんでそうなるんだよ! 勘弁してくれっノエル! い、いや、ノエル様っ!』
『ト~マト、トマト、ト~マトさんこーっ♪ う~ん、最高ーーっ!』
こいつ、全然聞いちゃいねえ……ぐふっ。
そんな精神的ダメージを受けた俺に対し、追い討ちとなる言葉をフォリーが掛けてきた。
「そういえばデュオ、そなた、トマトは好物じゃなかったか?」
………。
「ええ、そうですよ、メチャクチャに最早、病んでしまいそうなくらい大好物ですともっ!!」
ヤケクソになった俺はフォリーにそう叫ぶ。彼女は顔をひきつらせて少し引いているようだった。
「ああ、良く分かったが……何故、涙目で、しかも悔しそうな顔で嘆くんだ?」
ごめん、フォリー。それには凄く深い事情があるのさ……ぐすん。
─────
「ウィリアム様!!」
突然、教国軍団長の名を呼ぶ大声が、部屋の中へと響き渡った。見ればひとりの兵士が、息を切らせながらウィリアムの元へと走り寄ってきた。そして彼の前で跪く。
「先程、城塞都市ヨルダムからの早馬が……」
「!? 何事だ!」
ウィリアムの問い掛けに、その兵士は俺達を見回しながら、口に出すのを躊躇しているように思われた。
「構わぬっ、申せ!」
「はっ、では申し上げます! ミッドガ・ダルの軍勢が、この聖都クラリティに向けて進軍を開始したとの由。その数、およそ五千弱、率いるのは王、レオンハルト自らとの事! 現在はヨルダム城塞都市にまで迫っており、既に我が軍もそれに応じて交戦中との事です!!」