51話 ユーリィとセシル
よろしくお願い致します。
「精霊石が奉納されている祭壇への入場許可が下りました。デュオさん、フォステリアさん。お待たせ致しました。それでは中へと参りましょうか?」
先に神殿内へと入っていたユーリィが外へ姿を現し、神殿前で待機していた、俺達ふたりにそう声を掛けてきた。
その言葉を受け、俺とフォリーは、ユーリィの後に付いて神殿内へと入って行く。
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あれから、約二日間の時間を掛けて、ようやく昨日、ティーシーズ教国の王城と、水の神殿がある聖都クラリティに到着する事ができた。
普段は巫女としての務めを果たす為、神殿内での寝食を常としていたセシルが、昨晩は特別に自宅へと戻る事を許された。そんな彼女の勧めで、俺とフォリーは、ユーリィとセシルがふたりで生活している彼らの自宅に宿泊させて貰う事となった。
ユーリィとセシルは、ふたりが得意という手料理を、共同作業で手際良く作って、俺達に振る舞ってくれた。その料理に俺達は舌鼓を打ち、絶賛の声をふたりに対して上げる。その言葉にユーリィとセシルは少し照れながら、ふたり顔を見合わせていた。
とても仲の良い初々しい夫婦。どことなくそんな風に感じる微笑ましいふたりの姿に、見ている俺まで何だか気分が和やかになっていくのを感じる。
そして食事の後、ふたりは自分達の身の上話を、俺達に聞かせてくれた。
「僕とセシルが知り合ったのは、今から10年程前の事です」
そうユーリィが話を切り出す。
「僕達は、ある事件で共に両親と家族を失い、神殿にある孤児施設で育ちました。そしてその生活の中で僕は……その、彼女……セシルにどんどん惹かれていきました……その僕の想いに、彼女も応えてくれた。それでその……気付けば、いつの間にか恋仲になっていたんです……」
そう言いながら、ユーリィは顔を真っ赤に赤らめ、恥ずかしそうに目を泳がしている。
……まあ、ふたりきりで住んでいる家に俺達を招待してるんだ。今さら変に隠すよりは、いっその事、開き直って打ち明けて話した方がいいと判断したんだろう。色恋沙汰に疎いさすがの俺でも、雰囲気で何となくふたりが恋人同士だって、分かっちゃうくらいだしな。
一方のセシルの方はというと。
ユーリィの隣の席で、顔を真っ赤にしながらうつ向いてしまっている。そして余程恥ずかしいのか、「うう~っ」と言う可愛らしい小さな唸り声を、その口から漏らしていた。
『ふふっ、ふたり共、とっても幸せそうだね……ちょっぴり羨ましいかな……』
ノエルがポツリとそう呟く。
………。
その呟き声を耳にして、俺は前に自分の中で決めた事を、改めて決意する。
『……ノエル、いつか、きっと見つけ出してやるから、お前がずっと探して、その帰りを待っている『アル』っていう人の事をさ……』
『えっ……アル、それは違うよ、そんなんじゃない……でも……うん、そうだね。ありがとう……』
何だか寂しそうな彼女の声。なんで、そんな声で答えてくるのか、俺には分からなかった。
『……ノエル?』
『……アル、あのね。私……』
ノエルが何かを言い掛けようとしたその時、隣にいたフォリーが、不意に俺に微笑みながら声を掛けてくる。
「うん、若いという事は実に素晴らしいものだ。恋愛。それは基本、正の感情に属するものだが、時と場合によっては負の感情も生じる難しいもの。だが、やはり恋愛とは良いものだと、このふたりを見ていると思えてくる……時にデュオ、そなたには恋人とか、もしくは想い人、そんな者がいるのか? 良い恋愛というものをしているか?」
フォリーの突然の質問に、キョトンとした俺は、頭の中で考える。
へ? 俺に恋人? そんな事、考えた事もないや……そういえば、剣となってしまった以前の俺に、果たして、そんな存在の人がいたのだろうか?
剣になる以前の記憶を、全て失っている俺に、そんな事は当然分かる筈もなく……ただ、今の俺には彼女のその質問に、何故だか分かんないけど、ひとりの見慣れた女の子の姿が、頭の中に思い浮かんできた……。
………ぐふっ
俺は急に恥ずかしくなり、手を前に突き出してぶんぶんと振り払う。多分、今の俺の顔は、真っ赤に染まっている事だろう。
『ふ、ふええっ……私は私は……ううっ、うっきゃーーっ!』
ノエルも俺と同様に恥ずかしがっているようだ。
そんな俺の様子を見て、フォリーが楽しそうな笑顔で再び声を掛けてくる。
「ははっ、さすがの強大な魔剣の使い手も、色恋沙汰に関しては全くの素人か。うん、デュオらしいといえばデュオらしいな。はははっ」
そんな彼女の声に、俺とノエルは恨めしそうな声で、ほぼ同時に声を上げる。
『「ひ、酷い、フォリー!」フォリーさん!』
「ふふっ」
そしてそんな俺達をはぐらかすように、フォリーはユーリィに話し掛ける。
「巫女となる者は精霊降ろしという技法を用いて、その身に大精霊を宿し、お言葉を賜るそんな職だと聞き及んでいる。その為の日々の修練も相当なものだろう。中々、気苦労も多いのではないか?」
すると、今度はセシルがそれに答える。
「はい……ちょうど孤児施設から出て、私達ふたりが暮らし始めてから一年経った頃でしょうか、前巫女に代わり私が次の水の巫女。そのように水の大精霊、女神アクアヴィテ様によって、そう選ばれたのは……」
少し遠い目でそう話す彼女。そして
「……水の巫女に選ばれる事は、教国の国民にとって、とても幸福で名誉な事とされています。でも、当時の私にとって、そんな事はどうでもよかった。私はただ、ユーリィと一緒にいたかっただけ……だから」
そのセシルの言葉の続きを、今度はユーリィが引き継ぐ。
「だから、セシルは水の巫女となる条件として、僕を彼女の傍にいさせる事を認めさせた。その事は水の大精霊の『守護する者』エリゴル様の口添えもあって、実現させる事ができました。あの御方にはとても感謝致しております。そして今、僕は新米の神官戦士として務めています……そう、僕はセシルを守り、絶対に彼女の事を幸せにすると、心に誓っています!」
そう力強く声を上げるユーリィの表情に迷いはなく、何かを決意したような精悍な面持ちだった。
そして彼は話を続ける。
将来を誓い合ったユーリィとセシルが、孤児施設から離れ、ふたり同居を始めた事、そしてセシルが巫女としての務めをしている時は、可能な限り片時もその傍を離れず、護衛の戦士としてその任に全ての己を捧げている事、最後に、やがて夫婦になるというその決意も……。
そう話し終えたユーリィに、自然と俺とフォリーが、静かに手を叩き、拍手を送る。
「がんばりなよ、ユーリィ。君ならきっと、セシルの事を幸せにできるよ」
「ああ、デュオの言う通りだ。どんな理由でもいい。強い信念を持つ者こそ、本当の意味での強者なのだから」
『……うん、そうだね。ユーリィとセシルなら、きっと、絶対に大丈夫』
その俺達の拍手と言葉を受け、ユーリィとセシル、ふたりはお互い顔を見合わせ、そしてまた再びその顔を赤く染めるのだった。
しばらく流れる穏やかな空気。やがて、フォリーが思い出したかのように口を開く。
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「ところでユーリィ、先程、水の大精霊を『守護する者』エリゴル殿だったか、その御方はどのようなお人なのだ?」
「誠実で心おやさしい御方ですよ。寡黙で多くを語られませんが……そしてとても、お強い御方です」
「そうか。それで、そのエリゴル殿はどういった種族の方だ?」
「えっ、それは、どういう……?」
フォリーのその問いに、ユーリィは少し怪訝そうに問い返す。
「ああ、いや、少し気になったのでな。本来、各大精霊の『守護する者』には人間在らざる者が選ばれる。人間を監視するという意味合いでだ。風の大精霊の『守護する者』にハイエルフである、この私が選ばれたようにな……」
「……そうなのですか、いいえ、僕には分かりません。普通の人間のように思われますが……また、明日にお引き合わせ致します。それでよろしいでしょうか?」
「ああ、勿論それで構わない。すまないな、余計な気を使わせてしまって」
そう答えるフォリーの姿を見ながら、俺は、俺達のここにきた目的を思い出す。
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いずれ黒の魔導士アノニム。奴は水の大精霊、その存在を抹消する為に、水の精霊石を破壊しにこの場所へとやってくるだろう。しかも今回は、ミッドガ・ダル戦国という強大な軍隊と、獣人という名の集団と共に。
それを防ぐには最早、ティーシーズ教国と、水の大精霊を『守護する者』エリゴル。それ達の協力が必要不可欠だ。そしてその事により、最も負の感情が入り乱れる忌まわしい戦争という行為に発展する事になる。何とかそれを防ぐ手段はないものか?
その模索は、今後の大きな課題となるだろう。
でも、取りあえずは──
俺とフォリーはお互い顔を見合わせ、力強く頷く。
今度は、今度こそは必ず、水の大精霊を守り抜く!
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そう昨晩の事を、俺は振り返っていた。
『それじゃ行くぞ、準備はいいか。ノエル』
『うん。アルこそ準備は万端?』
『ああ、まあ、がんばれるだけ、がんばってみるさ』
そして俺達はユーリィに案内され、神殿の中を進んで行った。