48話 ふたりの誓い
よろしくお願い致します。
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「………」
ユーリィが話終えた後、少しの間、静まり返る一同。
『すぅーー、すぅーー、う、う~ん……』
そんな静寂の中、俺の頭の中に聞こえてくる、ノエルの気持ち良さそうな寝息。
……くすっ、やっぱノエルには少し退屈な話だったか。
しばらくして、フォリーがユーリィに問い掛ける。
「そなたの話した伝承によれば、獣人なる者は封印されたのではなかったのか? 今に獣人達が現れているのは何故だ? まさか、その封印が解かれたとでも?」
「それについては、僕は何も分かりません。ただし、現状、当時に封印を逃れた一部の獣人の一族が、この国に存在しているのも紛れもない事実です。あまりその姿を現さないので、他国には知られてませんが。でも、現に奴らは僕達の直ぐ傍にいる……そしてあいつらは、いつも僕達人間に対して命を奪おうと、何処か闇に紛れてその牙を研いでいる……そうなんだ、あいつらは奪っていく。何もかも……僕の大切な者達まで……」
「……ユーリィ」
少し我を忘れて話し出すユーリィに対し、心配そうな表情を浮かべたセシルが、そっとその手を引く。
「……ごめん、セシル」
ユーリィはそう呟き、自分の席に着く。
「すみません、少し取り乱してしまいました。獣人の事ですが、このティーシーズ教国に獣人の一族が確かに存在します。そしてそれは今、この国を攻めているミッドガ・ダル戦国軍勢の中にある、ある人物が姿を現してから、獣人の一族の集団は、その数を増やすようになりました」
「それは、黒の魔導士と呼ばれている者ではないのか!」
その言葉に、フォリーが身を乗り出すようにして声を上げた。
「はい、黒の魔導士。直接目にした事はありませんが、その名を『アノニム』そう名乗っているそうです」
「アノニム……『仮名』とは、正体が知れん黒の魔導士らしいその名だな……」
険しい目付きで、そう呟くフォリー。
黒の魔導士、アノニム。やっぱりその言葉の響きに、凄く嫌な胸騒ぎがする……なんで俺はそう感じるんだ? くそっ、一体、何だってんだ。
俺は思わず、顔をしかめてしまっていた。
ユーリィは話を続ける。
「その点で、もうひとつ気になる事が、あの時、僕達に迫ってきた獣人の女は『王の御命により』そう言ってました。もしかすれば、伝承上の獅子の姿を持つ獣人の王。それは封印を解いて、この国の何処かで存在しているのかも知れません……」
◇◇◇
俺は今、皆より少し遅れて、宛がわれた部屋へと戻っている。ちなみに部屋はふたつ取っていた。部屋割りは、俺とフォリーが同室となる人部屋、そしてもう人部屋はユーリィとセシルだ……それはさておき。
うえっ、未だに気色悪い……。
それはユーリィの話が終わり、今夜はもう部屋に戻って休もうと、フォリーが言い出した時の事だった。
─────
『う、う~~ん、ふあぁ──あっ、いっけない! 私、眠ちゃってた!』
『何を今さら、いつもの事だろ?』
『……むむっ』
今まで居眠りを決め込んでいたノエルが目を覚まし、次に俺にとんでもない凶悪的発言を、頭の中で発してきた。
──眠気覚ましにトマトジュースが飲みたいと、とんでもない事を言ってきやがったんだ!
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『ノエル、た、頼む! かんべんしてくれーーっ!』
運ばれきた不気味な赤い色の液体に、思わず、身を仰け反らす俺……。
『大丈夫、平気平気! 食べる訳じゃないんだから、ささっ、腰に手を当てて、そのままグイッといっちゃって!』
『風呂上がりのミルクかよっ!』
『何なら、今回は特別に鼻をつまんで飲んでもいいよ。ただし、ちゃんと『味わって』飲んでね』
……ぐふっ、ええい、ままよっ!!
俺は覚悟を決め、トマトの果肉をすり潰した、少しとろみのある赤い液体を、一気に喉に流し込もうとした。
「うげぇ……むぐぐっ……」
その醜悪な味に、思わず吹き出しそうになったが、辛うじて口を両手で押さえ付けて、何とか耐える事に成功したのだった。
……うえっぷ。ふぅ~、やれやれ……。
『アル、なんで一気に飲んじゃったの? おかげで私、全然『味わえ』なかったじゃない! こうなったら、さあ、もう一杯リトライよっっ!!!』
『いや、お腹がもう、チャップンチャップンで、とてもじゃないけど、もう無理っす……』
『ええぇぇーーっ!』
─────
─って、いうようなやり取りがあり、俺はひとり遅れて部屋の中へと入った。
「うん? ああ、デュオ、お帰り。今まで何をしていたんだ?」
見るとフォリーがベッドの上に腰掛けて、大弓の弦の調整を行っていた。
「えっ、う、うん。そのちょっと、赤い液体と格闘の方など……はああああぁぁ~~っ」
「はあ? 何の事だ?」
少し怪訝そうな顔をするフォリー。
「あ、ああ、何でもない、こっちの事。えーっと、それよりもユーリィとセシルは? もう部屋にいるの?」
「ああ、あのふたりなら、散歩に出て行ったぞ。まあ、何かあったら直ぐに分かるよう風の精霊を呼び出して、傍に付けてあるので大丈夫だろう。あまり遠くに離れるなとも言ってあるし、な?」
「そっか、じゃあ、私もふたりの所に行こうかな。今夜は良く晴れているから、星空も綺麗に見れそうだし」
すると、弦の調整を止めたフォリーが、少し呆れたような顔を俺に向けてきた。
「デュオ、さすがにそれは野暮というものだぞ」
そう口元に人差し指を立てながら、言った。そして意味ありげな笑みを浮かべる。
「??」
『……アルって、ホントに鈍感だよね。そのおかげで、今までどんだけ私がヤキモキした事か……これじゃあ、これから先も思いやられるよ……はあ~~』
深い溜め息をつくノエル。
『はあ? これから先って、お前、一体、何の事を言ってんだよ』
『えっ、あ、あああう……う、うん。その、何でもないよっ! あはは、嫌だな~、アル君、あはははっ』
一体、何の事やら……。
俺はそんな風に考えながら、自分に宛がわれたベッドへと腰かけた。
◇◇◇
街の外れにある小さな広場のベンチに、ふたりは並んで腰掛けていた。
夜の空は満天の星空。そんな夜空をふたりして見上げていた。そんな中、セシルがそっと口を開く。
「ユーリィ、あの獣人の、ソニアっていう女の人の事なんだけど……」
「……うん」
「あの人は私に向かって、王に言われて迎えにきたって言っていた。そして私の事を姫って……身に覚えは全くないけれど……ただ、昔話に語られてる獣人の王は、娘を連れていたっていう事になっている……その事がただの偶然じゃないような気がして、私、怖いの……」
「……セシル」
ユーリィは隣にいる彼女の手を、ギュッと握り締める。
「そして私の事を守る為に、ニコライさんとゴルドーさんは亡くなった。とても、悲しくて辛かった……怖いの……私、その姿があなたと重なる時がくるような、そんな気がして……だからお願い。もう一度、誓って、『私を幸せにしてくれる』って……」
ユーリィとセシルは、手を握り締めたまま、互いに見つめ合う。
「勿論、もう一度誓うよ。君の事を幸せにするって」
そのユーリィの言葉を聞いたセシルは、涙で目を潤わせながら、ユーリィの胸の中へとその身を委ねた。
ユーリィも、手をやさしく彼女の背中へと回す。
「絶対に……絶対にいなくならないでね。私と一緒に生きてくれる事が、『私を幸せにしてくれる』っていう事だから……」
「うん、絶対にだ」
やがて、見つめ合ったままのお互いの顔が近付いていく。
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そしてそれは、ゆっくりと重なり合った。