47話 獣人の王
よろしくお願い致します。
「さて、これからどうするかだが……」
傾いた馬車の前に、俺とフォリー、そしてユーリィと治療を終えたセシル。四人が集まっていた。その中でフォリーがそう話を切り出し始める。
「ユーリィの話だと、追っ手となる獣人は全部で六体、内、三体は先程撃退したので、残る追っ手はあと三体、だが、その対応に既に数十人の護衛の戦士が向かった。にも拘らず、その戦士達も追っ手となる獣人も未だにこの馬車へと姿を現さない。という事はおそらくは……」
「残酷だけど、戦士達の方は全滅している可能性が高いね。獣人の方は、自分達の思惑が失敗して、撤退といった所か……」
フォリーの説明の言葉に、俺がそう付け足した。それに対して彼女は無言で頷く。
「ま、まさか、そんな……」
ユーリィが苦悶の表情で呟いた。その様子を横目で見ながら、フォリーは続ける。
「どちらにせよ、魔獣達は全滅してしまっているので、追っ手はもうこないと考えていいだろう。それにセシルの脚の事もまだ気掛かりだ。そこでだ、私の方からひとつ提案がある。何処か付近の街に寄り、一晩、宿を取ろうと考えているのだが……」
「いいえ、私は大丈夫です! 私は一刻も早く聖都クラリティに戻らねばなりません!」
フォリーの言葉を遮るようにして、毅然とした声を上げるセシル。
しかし、隣にいたユーリィが横から彼女の肩を掴む。そして横へと頭を振った。
「駄目だ。脚の怪我の事もあるけど、セシル。今の君は、旅の疲れを含めてかなり体力を消耗してしまっている。今はフォステリアさんの言う通りに、その身体を休めるべきだよ」
「だけど……」
そのふたりのやり取りを見て、俺が声を掛ける。
「セシルもそうだけど、私に言わせればユーリィ、君の方が疲れているように見えるけどね。という訳でセシル、取りあえずは、ユーリィの事を少し休ませてやってくれないかな? ついでにその時に、君達の事情を詳しく説明して貰えれば嬉しいかなって、私はそう考えてるんだけど?」
俺のその言葉に、セシルは申し訳なさそうにして頭を下げた。
「……すみません。私が少し焦り過ぎていました……ごめんね、ユーリィ」
ユーリィの方に目を向けながら、セシルが謝る。
「謝る必要なんてないよ……」
涙を滲ませた彼女に、ユーリィはやさしく微笑む。
そんな様子を見ていたフォリーが声を上げる。
「それでは決まりだな。では、出発するとしようか」
とは言うものの現状、馬は俺達が乗っていた二頭の馬しかなかったので、セシルがフォリーの馬に、ユーリィが俺の馬に、それぞれ二人ずつ乗る事に決まった。
ふと見れば、フォリーの腕の中に抱かれるようにして、その前へと乗るセシルの姿が。
─────
『絶世の美女の腕に抱かれる儚げな美しい少女……なんて凄い光景なんだ─っていうかフォリー、カッコ良すぎっ!』
『うわぁ~、フォリーさん。美女だけじゃ飽き足らず、イケメンまで兼ね備えるなんて、凄過ぎます!……はあ~、カッコいい……』
──と、相変わらず、くだらないやり取りをする俺とノエル。
一方のユーリィの方はというと……。
「ユーリィ、一体どうしたんだ? もっとしっかり掴まらないと、馬から振り落とされてしまうぞ!」
モタモタとしているユーリィに、俺は声を掛ける。
「え?……ええ、は、はいっ!」
『全く何やってんだか─って、あ、そうか、俺は今はノエルの身体なんだ。すっかり忘れてた。それでか、それにしても……くすっ、ユーリィって、見た目通りに奥手っていうか、ウブなんだな』
『おやおや、自分の事を棚に上げて、アル君が何か言ってますよ~、アルだって掴めないくせに……くすっ、ふふっ』
しまった! さっきのは言葉として出してしまっていたか……ぐふっ。
ノエルが笑いながら俺の事をいじってくる。我ながら情けない事だが確かに……。
『はいその通りです。俺も同じ状況なら、おそらくは掴む事は不可能と予測されます─って、だーーっ! へんっ、どうせ俺はヘタレですよ! えっへん!!』
『……いや、アル。それって威張って言う事じゃないでしょっ!─っていうかそれ、私の決め台詞じゃない!』
『てへっ、ノエルさん、やっぱバレました?』
『……さて、殴ろっか?』
『……ごめんなさい─ってか、ホントに殴れるんだ……』
『はい、このノエルさんに不可能はないのです……くすっ、あはははっ!』
相変わらず何なんだ、このやり取り。
『本日も俺達は順調です』
『だねっ、えっへん!!』
◇◇◇
俺達四人は近くの街へと辿り着き、宿を取った。そして今はその宿の食堂で食事をとっている。さすがに皆、気を落としているのか、食が進んでいる様子は見受けられなかった。
ただ一人、俺達というか、デュオの姿を除いては……。
「うん、宿の食堂のご飯って、本当に鉄板! すっげー美味い!」
『うんうん、その意見には激しく同意! ホント、美味しい~!』
食卓となるテーブルで、俺の所だけから、騒がしく音を立てる忙しそうな咀嚼音と、カチャカチャという食器の音。
その俺の様子を、隣の席に座っているフォリーが微笑ましい表情で見ている。一方、俺達と対面となって席に着いていたユーリィとセシルの方は、俺の姿に少し呆気にとられているようだ。
「ふふっ、デュオは食事の時はいつもこうなんだ。本当に美味しそうに、それに無邪気に喜んで食べる。この姿を見ているといつも心が和むんだ……おっと、そうだ。ふたり共、無理にでも食事は充分にとっておいてくれ」
そのフォリーの声を耳にした俺は、口元に付いたパンくずを指で押し込みながら、ふたりへと声を掛ける。
「うん、まさしくフォリーの言う通り。ふたり共、ちゃんと食べとかないと、いざっていう時に身体が動かないよ。何かを成さねばならない時、そんな時に力が出せないのは嫌だろう? だったら、その為にも食べれる時に食っとかなきゃ、な?」
俺の言葉を聞いたユーリィとセシルは、ひどく納得したようにコクコクと何度も無言で頷く。そしてふたり顔を見合わせた。
「「頂きますっ!」」
ユーリィとセシルは、同時に勢い良く食べ始める。
そんなふたりの姿を見て、フォリーが俺に向け、良くやったと言わんばかりに親指を立ててみせる。
その彼女に俺はおどけて片目を瞑り、二本指を開きながら前へと突き出した。
「ぶいっ!」
──どやあぁぁ!!
「……デュオ、頬にパンくずが付いているぞ……」
………ぐふっ。
『くっ、さすがアル。て、手強い……』
……いや、あのノエルさんや、あなたと何かを争ってるつもりは、俺には毛頭ありませんが?
─────
そして食事を終えた俺達は、給仕の女の子に声を掛けて、特別に食べ終えた食器を片付けて貰う。今からこの場所でユーリィ達、ふたりの話を聞くつもりだからだ。
やがて給仕の女の子が追加注文した飲み物を、それぞれの前に配り終えたのを見計らって、ユーリィが話し出した。
「それでは改めて、デュオさん、フォステリアさん。今回は僕達、ふたりの事を救って頂き、本当にありがとうございました。もしもあの時、あなた方がきて下さらなかったら、おそらく僕は殺され、セシルはあの者に連れ拐われた事でしょう」
その言葉に、フォリーが怪訝そうな表情で問い掛ける。
「セシルが拐われる? その格好を見て、もしやと思ったが……そうか、やはりセシル、そなたは水の巫女なのだな? とすると、あの獣人なる者達はそなた達、ティーシーズ教国と交戦中のミッドガ・ダル戦国の手の内となる者という事か」
ユーリィはフォリーに目を向けながら、返事を返す。
「ええ、正確には獣人達が、彼らミッドガ・ダル戦国に力を貸している……いや、共同戦線を張っていると言っていいでしょう。僕達は今回、同じくミッドガ・ダル戦国に攻撃を受けている隣国のノースデイ王国に援軍の交渉に向かって行って、その帰りでした」
俺は少し疑問に感じた事を、ユーリィに対して訊ねた。
「何故、そんな軍事交渉の場にセシルが?」
「それは……ノースデイ王国の王が、とても猜疑心が強い人物だからです。彼の王は交渉に赴く使者として僕達、ティーシーズ教国の重要人物である水の巫女を指名してきた……おそらく、僕達ティーシーズ教国の事を信用しておられなかったのでしょう」
「……成る程」
「そしてその交渉からの帰路の途中で、獣人達の襲撃を受ける事になってしまった訳です……ただひとつ、気になる事が……」
「……気になる事?」
そのユーリィの言葉に、フォリーが聞き返す。
「はい。ニコライさんとゴルドーさんが倒され、あの獣人の女が僕とセシルに迫ってきた時、彼女はセシルの前で跪き、セシルの事を迎えにきたと言っていました……そしてセシルの事を姫様とも……」
そのユーリィの言葉に、セシルは僅かに顔を下に向け、うつ向いた。
「……その言動に何か、心当たりは?」
「いいえ、僕には分かりません。セシル、彼女もこの件に関しては何も知らないと……」
フォリーの問い掛けに、ユーリィは頭を振って答えた……少し間が空き、再びフォリーがユーリィに問い掛ける。
「そもそも獣人とは一体、如何なる存在の者達なのだ? 私もその昔、この国において小耳に挟んだ事があるのだが……」
すると、ユーリィは立ち上がり一度、全員を見渡すようにして目を巡らした。
「今からする話は、僕達、ティーシーズ教国に古くから伝わる伝承話となります」
そして彼は語り出した。
──────────
まだこの地にティーシーズ教国なる国が存在していなかった時にまで遡る。
凶悪な魔物が闊歩する、不毛な未開なる大地。この土地で水の大精霊に導かれるように、ひとりの人間の英雄と、美しい娘を連れた猛々しい獅子の姿をした獣人の王が、運命的な出会いを果たす。
彼らは互いに盟約を結んだ。そして水の大精霊の力を借り受け、協力し合い、この地に住み憑く強大な魔物達を討ち滅ぼし、そこに自らの水の大精霊を象徴とする国を作った。
初代国王は人間の英雄が就き、獣人の王は、その右腕として自らの一族と国の軍勢を率い、その国土を次々と拡大させていく。
だが、ある遠征の折り、獣人の王は、突如として自国の首都に向かい、軍勢の矛先を向けてきた。国を独占したいが為の反乱を企てたとも、または長期の戦闘に於いて、乱心したとも伝えられている。
王である人間の英雄は、水の大精霊の恩恵の力を授かり、その反乱となる獣人の王の軍勢を見事打ち破った。ただ、獣人達の持つ力はとても強大で、水の大精霊の力を借りてでも、滅ぼす事は敵わず、彼の忘れ去られた地に封印するのが精一杯だったという。
斯くして獣人達の反乱は鎮められ、その国は水の大精霊の力を大いに讃えて、慈愛と祝福の女神、アクアヴィテとして奉り、その国の名を新たにティーシーズ教国と変えた。
そして今に至る。
ただひとつ、その争乱の折り、獣人の王の元にはおらず、ひとりその国の都に残っていた獣人の王の美しい娘。彼女の姿は、いつの間にか掻き消すようにしてその姿を晦ましたという。
──────────
「以上が、ティーシーズ教国に伝えられている、獣人に関する伝承になります」