44話 獣人という名の魔人
よろしくお願い致します。
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すぐ前方に見える、馬を駆るカレンとソニアの後を追う。
俺は後方からその動きを止める為に、一方には魔法を、そしてもう一方には触手による攻撃をそれぞれ放った。
「──暗黒の重力弾!」
俺の左手から放たれた黒い球体が、赤髮の短い方、カレンの駆る馬の手前に着弾し、地面が爆発を起こす。
それにより馬から放り出されるカレン。
「──うっひゃあああぁぁーーっ!!」
一方、伸ばされた触手の尖端の方は、長い赤髮を後ろに高く束ねた方の、ソニアの走る馬の進路上の地面に突き刺さった。
「ちっ! やはり、そう簡単には行かせてはくれないか!」
そう呻きながら、ソニアが驚いて暴れる馬を必死でなだめている。
俺はその隙にふたりの前方へと回り込み、馬車の方に背を向け、進路を塞ぐようにして馬の足を止め、待ち構えた。
──さて、どうするよ?
様子を伺っていると、馬上へと戻ったカレンが、ソニアの方へと近付いて行くのが見て取れた。
◇◇◇
「私があいつを止める。だから、ソニアちゃんはその間に馬車に行って姫様を──」
「で、でも、それではカレン、お前が……」
「大丈夫、何とかしてみせるよ。あの黒い剣士、女だてらに想像以上の化け物みたいだけど。何とかやってみせる。邪魔はさせない。だから、ソニアちゃんは行って! 私達の任務はあの黒い剣士を倒す事じゃないでしょ! 早く!」
「……分かった、必ず姫様を連れて戻って来る。それまで絶対に死ぬなよ、生きてまた会おう。カレン、約束だ!」
「合点承知、約束するよ。ソニアちゃん!」
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そしてソニアは馬車に向かって馬を走らせた。
残ったカレンの方は馬上でその姿を一瞥すると、決意を新にするように一度、自分の両頬をパチンと両手で軽く叩いた。
「それじゃあ、行くとしますか!」
◇◇◇
ソニアを馬車の方へと向かわせたカレンが、手に持つシミターを振りかざしながら、俺の方に馬ごと突撃して来る。
「へへ~~ん! 黒い剣士。一族の中でも名高き、この白狼のカレン様がお相手つかまつるよーーっ!!」
俺はそれを無視し、馬車の方へと向かうソニアを追う為に馬を走らせようとするが、それより早く俺の所に突っ込んで来るカレン。
「邪悪なる黒の剣士! 天をも揺るがす私の正義の剣、見事受けてみよ! な~んて言ってみたりして──とりゃああ~~っ!!」
そう叫びながら、シミターを振り下ろしてきた。
ギイィィン、と音を立て、俺はその斬撃を魔剣で受け止める。
「お見事! お主。やはり、なかなかできるな!」
カレンはニヤリと笑みを浮かべながら、再びシミターを振り上げる。
「うしし、じゃあ、お次は私の激情の怒り攻撃バージョン! いっくよおおおーーっ!!」
そして彼女のシミターによる連続攻撃が始まった。
───
──な~んか調子狂うよなぁ……。
その剣撃全てを魔剣で受け流しながら、彼女の底抜けに明るいテンションに、半ば大いに呆れてしまう。
そんな最中、突然カレンが攻撃を中断し、少し後方へと下がる。そして苦しそうに自身の左肩をシミターを持つ右手で押さえた。
「ぐはあぁっ! 私に傷を付けるとは!……やりおるな、さすがは黒い剣士。私の宿命のライバル──」
「──何もしてねぇよっ!!」
思わずそう突っ込む。
『アル、もしかしてこの女の人、かなり危ない人なのでは。いや、主に違う意味で。なはは……』
さすがのノエルも呆れ返っているようだ。そう呟く声が頭の中に聞こえてくる。
『確かにそうかもな──だけど、もう遊んでいる暇はない!』
カレンが繰り出すシミターの攻撃も人間離れして速く、そして中々に強力だ。だが、前に戦った吸血鬼王のロゼッタには遠く及ばない。
「ぬぬっ、こうなったら、とっておきの私の深い哀しみ攻撃ボリューム!! とあああぁぁーーっ!!」
──ガァイィィンッ!
俺はカレンから放たれたシミターの攻撃を魔剣で受け止め、直ぐに返さず、しばらくそのまま受け止めた状態で力を溜める。
「!?……」
そして次に、シミターごと力いっぱいに魔剣を横へと薙ぎ払った。
「──ひゃうっ!」
カレンはシミターを持つ右腕に強烈な衝撃を受け、大きく後ろにその身をのけ反らされる。次に俺は、カレンの乗る馬の横腹に足蹴りを入れた。
ヒヒィィンと馬が前足を上げて嘶く。それにより地面へと放り出されるカレンの姿を確認した俺は、踵を返し、ソニアの後を追おうとする。
その時だった。
───
「──待ちなよっ!!」
その声に反応し、俺は振り返る。
そこには俺を睨み付けながら、立ち上がるカレンの姿があった。その表情に先程までのふざけた様子は、もう微塵も見当たらない。
「もうやめよう。お前に私を止める事はできないよ」
彼女は俺を睨み付けたまま、声を上げる。
「まだ終わった訳じゃない! 私はソニアに何とかするって言った。だから、死ぬまで私は諦めない。必ずお前を止めてみせる!!」
彼女はそう叫んだと同時に、急にシミターを口に咥えると、次に下へとうつ向き、両拳を握り締めて力を奮い起こすように少し腰を落とした。
「な、何だ……?」
カレンの口から、獣のような低い唸り声が漏れてくる。
「……グルルルゥゥ……」
やがてその顔と身体は徐々に変化し始めた。
彼女の首元まで伸びた赤毛が真っ白な色へと変わり、顔の形状も前へと突き出し、歪にゆがんでいく。そして剥き出しの肌の部分が真っ白な獣の体毛で覆われていった。
「これは──人狼か!!」
──アオオオォォォーーンッ!
彼女だった者から放たれる、狼のような遠吠えを合図に、カレンの姿は驚きの変貌を遂げていた。
白い狼の獣人。それが今の彼女の姿だった。
───
「さあ、この姿を見せたからには、私も全力でいかせて貰うよ! 覚悟しなっ! 黒い剣士!!」
そう言い放ちながら、獣人となったカレンが、馬上の俺に向かって飛び蹴りを見舞ってきた。
くっ──馬上でこの速さはかわせない!
咄嗟に魔剣でその身を防ぐ。だが、予想以上の蹴りの衝撃に、デュオの軽い体重では耐えきれず、馬から投げ出されてしまった。
俺は宙返りをしながら、地面へと着地する。
その着地を狙って再び繰り出されるカレンの飛び蹴り。
今度はそれを横へと跳んでかわす。しかし、すでに俺の目の前に待ち構えているカレンの姿があった。
間髪入れずに彼女は攻撃を仕掛けてきた。
両手に鋭く伸びた爪の斬撃。それに加えて前へと突き出た狼の長い口にくわえられたシミターによる斬撃。
言わば、その三刀流となる連続攻撃の全ては速く、そして鋭かった。
その劇的に変化を遂げた猛攻撃に、俺はしばらくの間、防戦の一手となった。
やがて何度か浅い傷をその身に受けてしまう。
「この力。これはただのワーウルフじゃないなっ!」
カレンは言葉を口にする為、口に咥えていたシミターを手に取る。
「ふふっ、そうだよ、私達は魔人。獣の力をその身に宿す魔人、獣人だ! ワーウルフなんかと一緒にするなっ!!」
カレンは跳躍し、渾身の一撃となる攻撃を俺に向かって放つ──砂塵が舞い上がり一瞬、周囲の視界が失われた。
そして──
───
「!?……は……外した?……い、いないっ! 一体、何処へ……」
高く跳んでそれをかわした俺は、そっと背後から声を掛けた。
「後ろだよ──」
その声に気付き、ゆっくりと振り返るカレン。
「確かにお前は強い。さすがに魔人って自負するだけの事はある。でも、やっぱりお前じゃ私を止められないよ」
「な、何を! そんな強がり、誰が信じるものかっ!!」
俺は少し微笑しながら彼女に言う。
「嘘じゃない。何ならもう一度試してみる? 今ので確信した。私には見えるんだ。お前の攻撃、その全ての動きが──」
「そ、そんな訳ある筈がない! たかが人間如きに、この獣人の私が負ける筈がないんだ! でたらめを言うなっ!!」
そう雄叫びを上げて、彼女は再び攻撃を繰り出してきた。
俺はその攻撃を受け止めるのではなく、全て避け、わざと紙一重でかわしてみせる。
「な、なんで! なんで当たらないんだっ!!」
「だから、言っただろ? 全て見えてるって」
だが、カレンは必死でそれを否定するように叫ぶ。
「そんな筈があるか! 私は諦める事はできないんだ! 私はソニアに言ったんだ! 絶対にお前をここで止めてみせるって、邪魔はさせないって、生きてまた会おうって約束した……だから……だから! ここで倒れる訳にはっ!!」
何かに懇願するように、叫び声を上げるカレン。
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『アル、ダメだよ。だってこの人、凄く可哀想なんだもん……』
『ああ、分かってるよノエル』
『……ごめん、そうだったね、余計な心配だった……だって、アルだもんね』
カレンに俺はそっと言葉を告げる。
「悪い、時間がないんだ。もう終わりにしよう。邪魔をするなって言っても、多分、その様子じゃ聞いてくれそうにないから、お前を動けないようにする……痛いだろうけど我慢してくれよ?」
そう言って彼女に近付き、そのみぞおちに気絶するよう、狙って拳を叩き込んだ。
それを受けた彼女が、ガクッと地面に倒れそうになるのを、俺はその身体を抱え込み、そっと支えた。
カレンの獣人化が解け、人間の姿に戻る──赤毛の髮、顕になる思い詰めたかのような、辛そうな彼女の表情。
意識がなくなり掛けているのだろうか、虚ろになっているその目からは涙が溢れ出ていた。
「……お願い……ソニアを……殺さ……ないで……」
「ああ、分かった、約束するよ。後でソニアに、ここに迎えに来させるから。だから、それまでここで眠っていてくれ」
「……う……ん……」
そして彼女は俺の腕の中で気を失う。俺はその身体をそっと地面に降ろし、仰向けに寝かせた。
立ち上がり、馬車の方を確認する。
もうひとりの赤毛、ソニアがふたりの馬上の戦士によって、足止めされているのが見て取れた。馬車を守る戦士はふたり共、中々の手練れのようだ。
だが、ソニアもおそらくはカレンと同じ獣人。長くはもたないだろう。急がないと──
肝心の馬車の方は、良く目を凝らすと車軸が破損し、横転しているようだった。魔獣の生き残りにでも襲われたのだろうか?
ひとりの人物が必死になって、その歪んだ馬車に向かって何かの作業をしている様子が伺える。
まるで馬車の中から誰かを助け出すように、その奥へと手を伸ばして──
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『アル、急ごう!』
「ああ、直ぐに行く。待ってろよ!」
俺は馬に跨がり、その場所へと急いで向かって行った。