43話 接触
よろしくお願い致します。
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魔剣を手にした俺は、背の高い雑草の生い茂る草原の中。遠くに見える馬車目掛けて馬を駆って突っ込んで行く。
すると、その行く先を遮るように、数体の魔獣が近付いて来た。
地を駆ける大きな鶏の身体に蛇の尾を持つ魔獣、毒吐瀉鳥。そして空からは上半身が鷲、下半身が獅子の魔獣、鷲獅子が飛翔しながら、それぞれ、襲い掛かって来る。
俺は、まず空から繰り出されるグリフォンの前足の爪をかわし、振り向き様にその身体に向かい魔剣の触手を突き立てた。
──ギュアエエエェェッ!
グリフォンは悲鳴を上げながら、空中へ逃れようと大きく羽ばたく。その身体に突き刺さった触手を手繰り寄せ、俺の身体は馬上から空へと飛ぶ。
次に空中でそのグリフォンの背に跨がり、首に魔剣を突き立てた。
断末魔の声を漏らしながら、グリフォンは地面へと落下していく。その落ちていく背から、下方に見える地面を駆る一体のコカトリスに向かい、再度、触手を伸ばす。
ザシュっと突き刺さる音を、耳で確認しながら触手を引き寄せる。
その反動で一瞬にしてコカトリスの頭上へと移動した俺は、そのままその首を魔剣で切り飛ばし、地面へと着地した。
ふと前方に目をやると、こちらへと迫って来る、一体のコカトリスの姿が──
そしてそれは、俺へと向けて白い霧状の吐息を吹き付けてきた。
これは──石化の吐息か!?
俺は左手のひらを前へと突き出す。
「──光の防御壁!」
手のひらから浮かび上がる白い魔法陣。同時に光輝く透明な壁が現れ、それが守るようにして俺の身体全体を包んでいく。
そしてそれは不可視となり、見えない防御の壁となった。
それにより防がれるコカトリスの吐息。
俺はその状態で、次に右手に持つ魔剣の剣先を、コカトリスへと向けた。
「──暗黒の重力弾!」
剣先に浮かぶ黒い魔法陣と共に、発生した黒い球体が異音を上げながらコカトリスに向かって飛んでいく。
そしてその身体に触れた途端、爆発するかのように魔獣の身体が弾け飛んだ。
次に空から迫りくる、グリフォンの気配を感じ取った俺は、それに向けて地上から魔剣の触手を伸ばし、その身体に突き立てた。
そして力任せに触手に繋がったままのそれを、振り降ろし地面へと叩き付け、素早くその首元に止めの一撃を突き立てる。
次に魔獣の首元から剣を引き抜き様、視界に入ってきた一体の魔獣、コカトリスにも魔剣の斬撃を見舞う。
俺の目の前で血飛沫を上げて魔獣コカトリスの身体が、真っ二つに切り裂かれた。
右手の魔剣は、相変わらず鈍い紅い光を発光させ、その力を吸収し続けている。
ここで一度、俺はフォリーの方へと目をやった。
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「風の精霊シルフよ。我が呼び掛けに応え、我らに守護の力を貸し与えよ!」
静かに目を閉じ、馬上で精霊魔法を詠唱するフォリー。次の瞬間、彼女と俺の前に、宙に浮かぶ緑色に輝く風の精霊が現れた。
『はい、主様。その御心のままに──』
そして俺達ふたりの身体が、緑色の目映い光に包まれていく。急に身体が軽く感じられ、次に高揚感が沸き上がってくる。
「ありがとう、フォリー!」
俺は大声で礼の言葉を叫びながら、お返しとばかりに彼女に防御魔法を施した。
「──光の防御壁!」
フォリーの周囲に光の壁が現れ、彼女の身体を包んだそれは、再び不可視化する。
「デュオ、こちらこそありがとう。礼を言う!」
彼女も大きな声で返してきた。
フォリーはさらに馬上で、精霊魔法の詠唱を続ける。
「気高き風の乙女、エアリアル! 我が前に姿を現し、その力を以て我が敵となる者を討ち滅ぼせ!」
すると、突然、数個の小型の竜巻が発生し、それらが交わるように重なった。そしてそこに現れる白銀の鎧を身に纏った、緑青色の長髪を持つ麗しき女騎士──
あれは風の上位精霊なのか?……す、凄い!!
「──放て! 疾風の刃!」
『御意、我が主の仰せの通りに──』
フォリーの出す指示の言葉に応じ、幻想的な半透明のそれは、大きく右手を天に挙げる。そして次に自身の前方へと振り下ろした。
それと同時に空気に歪みが発生し、音速の風の刃が、空を飛ぶ数体のグリフォンに向けて連続で放たれた。
ヒュンッという音の前に、自身に何が起こったかも理解できぬまま、その身を切り裂かれ、バラバラの肉片となって飛散する複数のグリフォン達。
フォリー自身も馬上から、追撃となる大弓の射撃を行っている。
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『すごい! フォリーさんって、やっぱりすごく強いんだ……』
ノエルが、頭の中でそう呟く。
そうだ……。
──確かにフォリーは強い!
俺は、再び意識を自身の周囲へと集中させる。
視界に入ってくる数体のコカトリス達。一気にその元を走り抜け、魔剣の斬撃と触手の攻撃を、次々に繰り出す。
その俺達ふたりの攻撃に、魔獣達はその数を減らしていき、やがて気が付けば、遠く離れた馬車まで、視界を遮る魔獣の姿は全て消え失せていた。
馬車の方へと目を凝らすと、その前方で守るように剣を構え、仁王立ちした三体の騎馬が確認できる。
どうやら、何かのトラブルでも生じたのか、馬車、騎馬共に、その足を止めている様子だった。
俺は再び白馬に跨がり、その元へと急ごうと馬を走らせる。
すると突然、そこへ行かせまいと遮るかのように、俺の前方に三体の騎馬が姿を現した。
その馬上の者の姿は『人間』、そのように見えた。
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あごに無精髭を生やした褐色の肌の屈強そうな若い男と、後、ふたりはしなやかな体つきの赤髮の女。
ふたりは良く似た容姿をしている。ひとりは首元までの短い髮、もうひとりの方は長い髪をひとつに束ねていた。
そして三人共、動きやすそうな革製の鎧で身を固めている。
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何だ、こいつら。一体、どっから沸いてきやがったんだ!?
すると突然、褐色の男が、無言で馬上から手に持つ長槍を、俺に向かい繰り出してきた。
「!?……なっ!」
俺は不意に突き立てられたその槍を、魔剣で受け止める。
「……くっ!」
強力な力だった。およそ人の膂力とは思えないその力。
そのまま、魔剣と槍によるつばぜり合いが始まった。そんな中、その男はニタッと笑みを浮かべながら口を開く。
「おおっ、すっげー強ぇな! おめぇ、一体何者だぁ? その両違いの目もカッコいいな! 気に入ったぜ!!」
そして手に持つ槍に力を込めてくる。
「ちっ!」
その槍を横へと受け流し、体勢を立て直しながら再び魔剣を構え、対峙する。
「それはこっちの台詞だ! お前達こそ何者なんだ? 何が目的だよっ!」
男はそれには答えず、手に持つ槍を構えながら、ジリジリと俺との距離を詰めてくる。そして詰めながらにして後方の赤髮の女、ふたりに大声を上げた。
「カレン! ソニア! お前達ふたりは先に行け! この嬢ちゃんは俺が引き受けた!」
「ほいほ~い、そんじゃカレン、只今よりこの場を速やかに通過しちゃいまーーすっ!」
「すまん、ダン。後はお前に任せた」
それぞれがそう答えながら、赤髮のカレンとソニア。そう呼ばれたふたりが、馬の踵を変えて馬車の方へと向かおうとする。
「くそっ、行かせるかよ!」
俺はふたりを追おうと試みるが、ダンと呼ばれた褐色の男がそれを阻止する為、俺の行く手を塞ぐようにして前へと競り出して来た。
「へっ、おっと、行かせねぇよ! オッドアイの嬢ちゃん。俺達はこっちでふたりっきり、充分に楽しもうとしようぜっ!」
そして再び、槍の突きを繰り出してきた。
「ちくしょう鬱陶しい! それに気色悪いんだよっ!」
俺はそれを身を捻りながら、かわし、赤髮、カレンとソニアの方へと目をやる。
「ほんじゃお先に~、さいなら~~」
カレンと言う女がふざけながら、馬を走らせる。ソニアもその後に続く。
「──くそっ!」
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俺がその気になれば、こいつら三人なんて片付けるのはおそらく簡単だ。だけど……駄目だ! こいつらは、おそらくは人間。
“人を殺す”──果たして、俺にそれができるのか?
その事に躊躇してしまっている俺がいた。
「ちっくしょう! 一体どうすりゃいいんだよっ!」
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そんな時、不意に赤髮ふたりの乗る馬の鼻先をかすめるようにして、地面に弓矢が突き刺さった。
ふたりの乗る馬が驚き、前足を上げながら大きく嘶く。
「うひゃあっ! もう、一体何なのよ~~っ!」
「!?……新手か!」
カレンが大袈裟に声を上げ、ソニアが呻きながら、弓矢が飛んできた方向を睨み付ける。
それは大弓を構えながら、馬で駆けて来るフォリーだった。
「すまない、デュオ。待たせたな」
そう俺に声を掛けながら、彼女はレイピアへと武器をその手に持ち替えた。そして俺と対峙していたダンとの間に割って入る。
ギイィィン、と音を立て、フォリーが放つレイピアの突きを、ダンが槍で受け止めた。
槍と打ち合わさっている彼女の持つレイピアは、青白い光を僅かに放っている。何かの魔法の付与がある特殊な武器のようだ。
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「デュオ、この男は私に任せてくれ。そなたは、あの赤髮のふたりの方を頼む!」
「分かった。フォリー、気を付けて!」
「ああ、デュオ、そなたもな!」
俺はフォリーにこの場を任せ、赤髮、カレンとソニアの後を追う為に馬を走らせた。
◇◇◇
ダンが手に持つ槍をグルグルと風車のように回し、そして構える。
「あ~あ、あのオッドアイの嬢ちゃん。もろに俺の直球ど真ん中の好みだったんだがなぁ~~。まあ、いいぜ、あんたも物凄え別嬪だもんな。くくっ、さあ、俺を充分に楽しませてくれよ?」
フォステリアはその言葉に、目を細めて軽蔑の視線をダンに向けて送る。
「やれやれ、絵に描いたような愚者の台詞だな。そういう軽率な発言は、あまり簡単に口に出すものではないと言い添えておいてやろう。己が死を早める事になるからな」
ダンを睨み付けるフォステリアの眼光が、鋭さを増す。それに呼応するように彼女の右手に持つレイピアの放つ青白い光が色濃く、鮮やかになっていく。
「はははっ、いいぜ! 綺麗な薔薇には棘があるってか! へっ、おっと、この台詞もあんたを怒らせちまうな──ド定番だってよっ!!」
ダンはそう言い放ち、目にも止まらぬ素早い槍の連続突きを、フォステリアに向かって繰り出してきた。
繰り出されるそれを、彼女は次々に馬上でかわし、時にはレイピアで打ち払う。
そして最後に──
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──ピィキィィィン──
「……な、何だと!」
ダンの槍の穂先がフォステリアのレイピアの先端、その細い点によって、打ち止められていた。
「……マ、本気か……!?」
信じられないと驚愕の表情を浮かべ、ゴクリと生唾を飲み込むダン。その眉間には複数の流れる冷たい汗が。
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「私は風の大精霊を『守護する者』、ハイエルフのフォステリア──フォステリア・ラエティティア! 我が主を護る事は敵わなかったが、私の守護する者たるこの力、まだ侮って貰っては困る。この右手にある精霊の刺突剣、『グロリアス』が共に相手をしよう!」
彼女は青白く輝くレイピアを、胸の前に大きく掲げた。
「さあ、己が天寿を全うするのを望むのならば、それ相応の覚悟で掛かってくるがいい!!」