41話 挿話 駆け抜ける破滅の鼓動
よろしくお願い致します。
◇◇◇
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大陸北方に位置する辺境の地。
かつて、この地にはザナック王国と呼ばれた国が存在した。その国の王であったガルシア・ジ・ザナックと言う名の人物は、勇猛果敢で決断力に富んだ有能な王であったが、逆にその裏では国の宝である自国民を、まるで塵のように扱う圧政を虐げた冷酷無比な心の持ち主でもあった。
彼は自らが行う悪政を省みず、己が欲する戦うという欲望をただ満たすが為だけに、その晩年に至るまで自国の背後に位置する存在。北の蛮族との戦いに明け暮れた。
それに伴い、ザナック国中に広がる国民の慈悲を求める声と怨嗟の声──だが、しかし、彼の王は、それすらも情け容赦なかった。
やがて、北の蛮族との戦いは膠着状態に陥る事となり、それとの決着を大いに焦ったザナック王は、自らの国にひとつの傭兵団を雇い、招き入れた──それが己が国を滅ぼす存在になる事も察せずに。
所属する兵士全員が漆黒の鎧で統一されたその傭兵団の名は──
『ミッドガ・ダル戦団』
彼らの長たる精悍な美丈夫は、猛禽類を彷彿とさせる鋭い目でそう名乗った。
やがて、いくらかの時の後、ザナック王国の暴君は彼の振るう白銀に輝く剣によって討ち取られ、ザナックと言う名の国は滅び、その国の名を『ミッドガ・ダル戦国』 そう、新に称される事になるのであった。
◇◇◇
かつてのザナック王の居城、ノースパレス。
国の名は変わっても、未だその城の名称は変わらない。変化があったところといえば、玉座の間に置かれていたその部屋の象徴たる玉座が取り除かれ、代わりに部屋の中央に簡素な造りの大きなテーブルが置かれている。
そしてそれを取り囲むように、四つのソファーが並び置かれているのが見受けられた。
そのソファーのひとつに漆黒の鎧を身に纏い、これもまた黒い色のマントを上から羽織った人物が、ひとり腰掛けていた。
黒い長髪を持つ精悍な顔付きの壮年者──
彼は静かに目を閉じながら、両腕を組み、背中を深くソファーへと預けている。
──コンコン
この部屋の扉を軽く叩く音に、ソファーの上に身を預けていた人物が、ゆっくりと目を開く。
切れ長の鋭い目、その瞳がジロリと扉の方へと向けられた。
───
「──誰だ?」
「ストラトスです。陛下」
「そうか、入れ」
「はっ、では失礼致します」
その言葉と共に、重い扉がギギッと音を立てながら押し開かれる。
やがて、中へと入ってくるひとりの男の姿。
ストラトスと呼ばれたその男も、黒い鎧を身に付けていた。彼の背中には、ふたつに折り畳まれた長槍を武器として取り付けているのが確認できる。
少し細身の背の高い男だ。
銀髪で面長のその容姿からは、知性の優れるような雰囲気を醸し出している。
そして再び閉じられる扉。
「我が王、レオンハルト陛下。どうかされましたか。何か、考え事をされていたようでしたが?」
「いや、何。それよりもだ、今はこの場には俺達ふたりしかいない。いい加減、その堅苦しい物言いは止さないか」
ストラトスは、レオンハルトと呼んだ人物の元へと近付いて行く。
「いえ、そういう訳には参りません。なにせ今や貴方はミッドガ・ダル戦団の団長ではなく、我らが国、ミッドガ・ダル戦国の王たる立場の御方なのですから。それに、この提案を始め出したのも元はと言えば私が提示した事案による物。なので、元となった私からそれを否定する訳には参りません。どうか、もうお諦めになって下さい」
そのストラトスの言葉に、苦笑いを浮かべるこの国、ミッドガ・ダル戦国の王たる人物、レオンハルト。
「ふっ、相変わらず生真面目な男だな、お前は。エドガーならば、こういう場面では少しは機転を利かしてくれるのだがな」
「それはあまり感心できない御言葉ですね、承知致しました。我らが愚義弟エドガーには私から、今一度、きつく言い伝えておく事としましょう」
ストラトスはレオンハルトの座するソファーのテーブルの元へと辿り着く。
「まあ、取りあえずは座れ、それから話を聞く事としよう。何か、俺に伝える事があって来たのだろう?」
「はっ、では、御言葉に甘えまして、失礼致します」
軽く頭を下げて、ストラトスは、レオンハルトと対面となってソファーに腰掛ける。
「で、伝えたい要件とは何だ?」
「はっ、先程、北方からの早馬により伝達が届きました。北の蛮族討伐に赴き、出陣したキリア将軍からの報告です」
「フンッ……」
ストラトスの言葉に、さも興味を失ったように、レオンハルトが軽く鼻を鳴らした。
「報告を御確認なさらないので?」
「出向いたのはあのキリアだろう。ならば、聞くまでもない」
その言葉を耳にし、ストラトスも少し表情を和らげ、僅かに笑みを浮かべる。
「ははは、確かに無用の報告でしたね。蛮族討伐に出陣したのは彼の名高き『粉砕皇女』──キリア・ジ・アストレイア……もう、報告するまでもないでしょうが、一応その内容は、北の蛮族、三つの小国を三日で全て殲滅し、その首領となる王、三つの首級を、全て自らの手で挙げたとの報告です」
「そうなるだろうな、あれであれば、な……まあ、これで後顧の憂いは完全になくなった訳だ。俺自身は、まずはティーシーズ教国と交戦中のエドガーの所へと赴き、彼の国を、我らが領土として貰い受けようと考えているのだが……」
ここで一旦言葉が途切れる。そこにストラトスが口を挟んだ。
「そこで先程の、何か考え事をしておられた事がお気になるので?」
その言葉に、レオンハルトは切れ長の目の鋭い視線をストラトスへと送る。
「『奴』の事だ。少し時間が欲しい、俺が動き出す前までには必ず戻る。そう言って数日前、奴は姿をくらました。やはり今考えれば、手放すべきではなかったのかも知れん」
「『黒の魔導士』ですか……」
「ストラトス」
「はい」
「これから話す話は、俺がぼやく独り言として聞いてくれ」
「はっ、承知致しました」
レオンハルトは腕を組み、背をソファーに預けた状態のまま、静かに目を閉じた。
「俺は……あの時、いつぞやの真夜中の雨が降り頻る街道の中、ひとりの裸身でさ迷い歩く若者の姿を見掛けた。普段の俺ならば不審に感じても、そんな事自体、歯牙にも掛けないのだが。だが、その若者の顔を見てしまった俺は、そいつを連れ帰って来てしまっていた。何故ならば、それは以前に見知った事のある顔だったからだ」
レオンハルトは言葉を続ける。その様子を、神妙な面持ちで聞き入るストラトス。
「連れ帰って来た若者は、以前に会った者とはまるで別人のようだった。記憶の全てを失い、自分の名前さえ思い出せない有り様だった。いや、違うな。あれは……あれはもう、自我を持たぬ何かに初めて自我を与えたかのような……例えるのなら、まるで生まれたばかりの赤子のような、そんな存在となっていた。だが、驚くべきはその翌日、その若者は何処から出現させたのか、漆黒の鉄仮面で頭を覆い隠し、漆黒の黒衣をその身に纏い、そして俺に向かって初めて言葉を発した」
レオンハルトはここで一旦途切った。
ストラトスは食い入るように次の言葉を待つ。
「俺に自身の『存在意義』を教えて欲しいと。そして、自身の『目的』となるものに導いていて欲しいと。そう求める言葉を発してきた」
「………」
「俺はそんな奴の欲求を汲み、側へと置く事を決めたのだ。俺が目指す目的の為の行動が、奴の求める目的と結び繋がる事になるのか、その事に関しては全く検討も付かなかったのだが、とにかく、この不安定な得体の知れない存在を手放す訳にはいかない。俺の身近にと置き、その動向を監視すべきだと考えた。そしてもしかすれば奴の存在自体が、俺の目指す目的と同等の存在に成り得るかも知れない……当時の俺はそう考えた。だが……」
不意にこの玉座の間の扉が、突然、無言のままに開かれた。
ギギッという音が再び、部屋の中に響く。
部屋の中へと姿を現したその者は、漆黒の鉄仮面に漆黒の黒衣──
“黒の魔導士”
そしてその名は──
───
「仮名、帰ったか……」
レオンハルトの声に『アノニム』と名を呼ばれた黒の魔導士の仮面から、言葉が発せられる。
それは複数の声と雑音が入り交じった、男とも女とも見分けが付かない声。そしてそれが声として聴覚と感じると共に、頭の中に直接響いてくる音のようにも感じ取れた。
『今、帰還した。レオンハルト王』
音も立てずに、レオンハルトの元へと忍び寄る漆黒の姿。
「アノニム、貴様は……」
小さく声を上げながら、レオンハルトが立ち上がる。
それに合わせるようにして、立つストラトス。彼は自身の背に取り付けている長槍へと手を掛けた。
レオンハルトが横目で合図を送り、それを止める。
黒の魔導士アノニムは再び漆黒の仮面から、無機質な声で言葉を発してきた。
『私に時と機会を与えてくれた事、礼を言う。我が恩人、レオンハルト王よ』
「貴様、まさか……」
『察しの通り、私は、ようやくより明確に自身の『存在意義』そしてその『目的』を自覚知り得る事ができた。そしてこれが、その存在たる『証』』
アノニムは漆黒の黒衣から自身の前へと手を突き出し、そして手のひらを広げる。その手のひらの上に周囲から渦を巻くように、黒い輝きを放つ光がボウッと浮かび上がった。
黒の魔導士アノニムの手のひらの上で、揺らめく黒い光が、得体の知れない波動を醸し出す。
『レオンハルト王、貴方であれば感じ取る事ができるだろう? この脈打つ律動が。『滅びの時』『滅ぼす者』 それが始動を始める、鼓動の音が……』
──“ドクンッ”──
次の瞬間、その音を明確に感じ取れるレオンハルトがいた。
(この鼓動は一体……やはりアノニム。こやつは……)
レオンハルトの頬に、一筋の冷たい汗が伝う。
「レオンハルト様、如何がされましたか!?」
ストラトスが問い掛けるその声に、レオンハルトはアノニムを見据えながら、自身にも言い聞かせるように言葉を呟いた。
「……俺はどうやら、やはり、見誤っていたようだ……」
黒の魔導士、アノニムの放った黒い波動は、この世界の大陸中に瞬間的に伝い、迸っていく
──それにより、感じ取れる者には感じられる事になる『破滅の鼓動』
その黒い波動が今、世界に広がる──
◇◇◇
大陸西部に位置するロッズ・デイク自治国。
その領土内にある誰も知る事のない未開の地。伝説上では桃源郷。そう言い伝えられる木々が生い茂る深い樹海の奥、その場所に、山のような巨体の金色に輝く鱗を持つ一体の竜が横たわっていた。
まるで活動を停止しているかのように見受けられるその姿。そして眠っているように目を閉じた金色の大きな頭に、寄り添うようにして身体を預けている、ひとりの少女の姿が──
翡翠色の足元まで届く長い髪を両耳の上で結わえていた。飾り気のない素朴なワンピースをその身に纏っている。
何故かこの場所が樹海であるにも関わらず、その少女は足に何も着けず、素足のままだった。
彼女もまた同じく、眠るようにしてその目を閉じていた。
──“ドクンッ”──
鈍く響く滅びの鼓動。それにより、金色の竜の目が開かれる。
『この鼓動の音は……よもや、審判の決戦で敗北したか……審判の時。それは即ち『滅びの時』……』
───
「ウィルも聞こえた?」
『おお、テラや、目を覚ましたか……そうか、そなたは感じ取る事ができるのであったな。地の大精霊を『守護する者』テラマテルや……おお、そうかそうか……』
金色の竜のあやすような、やわらかい口調の言葉に、目を開けた少女は不思議そうに小首を傾げる。だが、その表情は凍り付いたかのように全く変わる様子はない。
「そっか、さっきのあの音の主がテラの、地の大精霊の邪魔となる排除すべき存在。でも、大丈夫」
『テラや……』
「テラが必ずそいつを八つ裂きにして、その身体の欠片、一片残さず、この世界から抹消してあげるから」
そしてニコリと笑みの表情をその顔に象る。だが、その瞳に光はなく、感情というものが全く感じられなかった。
「もしも、ママが失われる事になっても、世界が無くなろうとしても、テラは絶対にウィルとあの子、『イオ』のふたりだけは、何があっても必ず守ってあげるから。だから、そんな寂しそうな目、しなくていい」
『………』
「だからウィル、もうしばらくこのままで眠らせて。テラはまだ眠い」
そう呟くと、少女は一度、虚ろな瞳で空を見上げた。
そして再び金色の竜の頭に、そっと身体をもたれ掛かるように預け、静かに目を閉じる。
───
少女の寝顔を横目で眺めていた竜も、やがて、ゆっくりとその目を閉じた。
◇◇◇
大陸中央の東部、ノースデイ王国。
王国領土内に現存する火の大精霊を奉る寺院の城門の扉前。その場所に、ひとりの不審な人影が見受けられた。
縁に特殊な装飾が施された純白の法衣を身に纏い、フードを目深に被る事によって、その顔を隠しているようだ。
そしてその不審者は、こっそりと忍び足で城門の方へと近付いていた。
そろりそろり。一歩、また一歩と、確実に扉へと近付いて行く。
その姿はかなりの小柄だ。もしかすれば、まだ子供なのかも知れない。
やがて、扉に到着しようかというその時、不審者の背後から不意に大きな声が上げられた。
「クリス様! もしやと思って来てみれば、やっぱり……本当に、貴方という御方は……」
その声に白い法衣の人物は、後ろへと振り返る──
それは、ふたりの修道女だった。
「毎度毎度、全くもう! クリス様。本日は午後に各村の村長の方々と収穫祭の会合が御予定されております。そしてその後には決算会議も控えております。逃げ出そうとしてもそうは行きませんよ! さあ、もう潔く観念なさって下さいな──あなたは右へと回り込みなさい!」
「はい、お姉さま。さあ、もう逃げられませんよ、クリス様!」
「そうです。もっと御自覚なさって下さい。貴方はこの火の寺院の主、そして火の大精霊を『守護する者』でもあらせられる御方なのですよ。その事、良く分かっておいでですか? クリス様! いえ、クリスティーナ様!」
ふたりの修道女は、ジリジリと、クリスと呼んだ法衣姿の人物へと詰め寄る。
「う、うええぇぇ~~っ!」
追い詰められた人物のフードから覗く口から、そう呻く声が漏れる……その時。
──“ドクンッ”──
次の瞬間、クリスと呼ばれた人物が胸を押さえながら、地面へと片膝を着き、うずくまった。
「「クリス様っ!!」」
その元へとふたりの修道女が駆け寄る。そしてその人物の身体へと手を掛けた。その時に、するりと目深に被っていたフードが下へとずり落ち、クリスと呼ばれた人物の顔が明確になる。
綺麗に首元で切り揃えられた藍色の髪、そしてその容姿は彼のエルフにも劣らぬ美貌を持つ少女だった。
その少女が、修道女達の手を振り払いながら、苦々しげに声を上げる。
「大丈夫や、心配せんでええ、ちょっと、目眩がしただけや」
何処かの方言なのだろうか、大分癖の強い言葉遣いでそう言いながら、彼女は立ち上がった。そして意識をはっきりとさせるかのように小さく頭を振る。
「クリス様……?」
修道女のそれには答えず、クリスティーナと言う名の少女は頭を上に上げ、空を睨み上げた。
(さっきの息が詰まりそうな感覚。地面の底から響いてくるような鼓動の音……)
少女は自身の胸に手を当て、押し当てる手にギュッと力を込める。
(……そうか、そうなんやな。やっぱりもう、始まってしもうてたんやな。『滅びの時』が……)
少女クリスティーナは、自分の事を心配そうにしているふたりの修道女の方へと目をやった。
(……え、えらいこっちゃ……そ、そやけど、取りあえず、今は……)
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「あの~、お願いやねんけど……今回は見逃してくれへん?」
その声にふたりの修道女は、クリスへとジットリとした視線を向ける。
「「いいえ、駄目です!」」
少女は両手を合わせ、愛想笑いを振り撒きながら、なおも食い下がる。
「ええやん、お願い。見逃してーな、後の事はヤオ爺ぃに任せたらええから。そやから……ええやろ?」
「「いいえ、絶対に駄目です!」」
「何でやねん! お願いや、お願いやさかい、ホンマ、頼むわ!」
「「いいえ、絶対に許しません!!」」
「うえええぇぇっ、そ、そんな殺生な!!」
───
(あかん、やってもた、業務放棄脱出作戦。見事に大失敗や……)
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クリスティーナ。その名の少女は、がっくりと大地に膝を落とすのであった。
◇◇◇
大陸中央部、ロッズ・デイク自治国とノースデイ王国と隣接する位置するティーシーズ教国と呼ばれる国。
その首都に当たる聖都クラリティ。そこに、水の大精霊を慈愛と祝福の女神として崇める水の神殿があった。
そして現在、その場所はおぞましい魔獣の襲撃を受けていた。舞台となっているのは、神殿前広場。その上空を飛来する四つの黒い影。
それは、鷲の上半身に翼を持つ獅子の下半身、魔獣。鷲獅子だった。
四頭のそれら魔獣は縦横無尽に駆け巡り、対峙している神官戦士達の身体を、鋭い爪と鋭利に尖ったくちばしで切り刻み、その命を次々に奪う。その度に辺りに響く神官戦士、複数の断末魔の叫び声。
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「くそっ! これは獣人共の差し金か! 奴らめ、まさか上空から直接、刺客を放ってくるとは、くっ、なんたる不覚か!」
神官戦士のひとりが剣を構えながら、苦々しげに嘆く、言葉を大きく言い放つ。
「隊長、このままででは……我々は全滅です!」
「くっ、分かっておる! だが、後しばらく持ち堪えよ! さすれば、間もなく彼の御方がお出でなさって下さる」
「た、隊長……え!?──ぎぃ、ぎゃあぁぁーーっ!!」
剣を構えた神官戦士の隣で、もうひとりの若い神官戦士が胸を切り裂かれ、絶叫の声をあげる。
「お、おのれ、獣人共めが! だが、後少しで水の大精霊様を『守護する者』……その御方が……」
その神官戦士へと迫る、一体の魔獣、グリフォン。
上空から襲い掛かる鋭い爪が、彼の身に届くその瞬間、何者かが放つ剣の斬撃によって、魔獣の身体は真っ二つに切り裂かれ、音を立てながら地面に叩き付けられた。
「お、おお……『守護する者』エリゴル様!!」
その声に、水の大精霊を『守護する者』エリゴルは、手に持つ大剣にこびりついた魔獣の血を振り払うように、ビュンッと一度、横へと薙ぎ払う。
金髪の髪を後ろへと撫で付けた、屈強そうな長身の初老の戦士。
──“ドクンッ”──
エリゴルの身体に感じ取れる、地中深くから響くような鼓動の音。
「………」
しかし、彼はそれに動じた様子はなかった。
そのエリゴルへと襲い掛かる新たな影──残り三体の魔獣グリフォンは、鋭い爪を突き立てようと同時に飛び掛かる。
だが、その三体の繰り出す爪は、ついに彼に届く事はなかった。
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代わりにふたつと切断された計、六つとなった身体が、物言わぬ骸となって地面に転がり落ちる事となった。
エリゴルは今一度、魔獣の血を振り払う為に、大剣を大きく振り払う。
そして背中へと取り付けた。
───
(……来たか。その時が──)
エリゴル。彼は心の中でそう呟き、思い耽るような眼差しを、空へと向けていた。
◇◇◇
そして大陸中央部、アストレイア王国とティーシーズ教国との国境に続く街道。
その街道を駆る、二体の騎馬の姿があった。
黒い波動は、その二体の馬上の者の元へにも届く。
──“ドクンッ”──
(……この鼓動は!?)
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ヒヒィィンと馬が嘶く声と共に、風の大精霊を『守護する者』、ハイエルフのフォステリアが、馬の足を突然止めた。
その横を並走していた少女、デュオ・エタニティも、合わせるように馬の足を止める。
「デュオ、やはりそなたも感じたか?」
「うん、私にも感じ取れた。地面から響くような命の鼓動。今のは一体……?」
『ん? どうかした? 何かあったの、アル』
デュオの身体の中にいるもうひとつの精神、ノエル。彼女のそう問い掛ける念話の声に、今の身体の主、アルが念話で返す。
───
『ノエル、お前は何も感じなかったのか?』
『うん、私は別に、特には何も』
(という事は魔剣という存在が感じ取ったのか……)
───
デュオは、フォステリアへと声を上げる。
「フォリー、急ごう。水の大精霊がいるティーシーズ教国へ!」
「分かった。馬の足に負担が掛からぬよう、気を付けて少し速度を早めるとしようか。では行くぞ、デュオ!」
「おう!」
二つの騎馬の姿は街道の先へと突き進んで行く。
次なる目的地、ティーシーズ教国へと──
◇◇◇
黒の魔導士、アノニムは、黒い光が発せられる手のひらをゆっくりと閉じる。
次に頭を覆い隠した鉄仮面から発せられる、複数の声色の歪な声。
『では、行こうか。次の目的地、ティーシーズ教国へと。我が同胞なる者、レオンハルト王よ』
「………」
その声に応じ、アノニムの元へと足を向けるレオンハルト。そして背後にいるストラトスへと声を掛ける。
「俺は行く。ストラトス、お前の方は事前に決定した通り、キリアが戻り次第、行動を起こせ」
「はっ、されど陛下、アノニム。奴は……」
レオンハルトは、ストラトスの方へと振り向く。
「何、案じる事はない。俺を誰だと思っているのだ?」
「……はは、そうでしたね。貴方はかつて、人に於いて最強と称された傭兵王レオンハルト。どうぞ、そのお力、存分にお振るいなさって下さい。御武運を……我らが偉大なる義長兄」
「ああ、お前もな」
レオンハルトはストラトスに向けて静かに笑みを浮かべ答えた。そして再び前へと向き直り、アノニムの姿を鋭い視線で見据える。
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(アノニム、こやつの存在は確かに見誤ったかも知れんが、俺の中で掲げた己が『目的』それだけは決して見誤らぬ!)
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レオンハルトは、バサッと黒いマントを翻す。
「さあ、行こうか。俺の主、アノニムよ──」
◇◇◇
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何も無い。暗い闇の『無』の空間。
そこに、黒の魔導士が自らの手のひらに黒い光を灯したその時。波動と共に感じる事になった鼓動。
その発する元となった存在が、この空間に確かにあった。
それは、存在だけが認められた、まだ象が具現化されていない存在。
そしてそれは、黒い光が消滅すると共に、象がない瞳をゆっくりと静かに閉じた。
再び目覚めるその時まで──
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───
──ヴゥォン
It was detected powerful force
Migrate with more alert level it to the rank A
System start―up
……You wish you good luck ……My master……
ヴゥゥン──