39話 誰も知らない舞台の裏側で
よろしくお願い致します。
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今夜はフォリーの勧めで、この祭壇付近にある、エルフの集落の三人の家に泊めて貰う事となった。
何でもミナが料理上手だとか。
俺達はリオス王から譲り受けた白馬の上で、身体を揺らせながらその場所へと向かっていた。
ちなみにミナとミオのふたりはフォリーと同じ馬上のその腕の中にいる。そんな中、俺とノエルは念話による会話をしていた。
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『へぇ~、何か意外だな、ミナが料理上手だなんて。どっちかっていうとミオの方だと思ってた』
『こらっ、アル、女の子に対してそんな失礼な事を言うもんじゃありません! それにどちらにせよ、お腹が減っているのは紛う事なき事実です!─っという訳で、ごっ飯♪ ごっ飯♪~。楽しみーっ!』
やれやれ、食の狂戦士発動秒読み開始状態ですか……。
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『そういえばノエルってさ、料理とかできるのか?』
『えっ、まあ、簡単な物なら……昔、お世話になってた宿屋の食堂のお手伝いをよくやってたから。これでも中々好評だったんだよ?……あの人も、美味しいって言ってくれてたし……』
『へぇ~、そうなんだ。じゃあ、今度入れ替わった時にでもさ、一度作ってくれよ。ノエルの作った料理、俺も食べてみたいからさ』
『………』
『うん? どうかした?』
『……ねえ………アル……』
『え、なに?』
『………』
『ん? どうした?』
『………ううん……何でもない……』
『何でもないって……おい……』
『さあ、今はそんな事よりも、ご飯、ご飯……ね……?』
──はあ?? 何だってんだ、一体……。
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やがて、俺達はエルフの集落に到着した。
奥深い森の中にひっそりと見受けられる小さな集落だった。木で作られた簡易的な造りの門に、かがり火が取り付けられている。
気付けば日が沈みかけ、辺りはすっかり薄暗くなっていた。
俺達はそれぞれ、二頭の馬から降りようとする。そんな時、この場所へと集落の中からひとつの小さな人影が姿を現した。
それは、ひとりの年老いたエルフの女性だった。
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「フォステリア様、お戻りになられましたか」
「ああ、族長、すまない……私は、主を護る事ができなかった……」
族長と呼ばれた人物に、フォリーは悲痛の声で答える。
「はい。その事はすでに存じ上げております。樹木の精霊を通じて、貴方様を見守っておりました故……」
エルフの族長は、続けてフォリーに対して問い掛ける
「お気付きになられましたか?」
「……ああ、精霊石は消滅してしまったが、主の、風の大精霊様のお力は、まだ失われた訳ではない」
そう言うと、フォリーはおもむろに自身の目の前へと手のひらを差し出した。その手のひらの上に、ポウッと緑色に輝く小さな光が現れる。
「……そのお力は、かなり弱まってしまわれたが……」
緑色に輝く光を見つめながら、フォリーは言葉を続ける。
「主はその際に私に声をお掛けになられた。この世界に直接干渉する事は敵わぬ状態とされてしまったが、存在が失われた訳ではないと……願わくは、“今ある”この世界に再び戻れる時がくる事を切に願うと……」
フォリーの手の上の、緑色の光が揺らめく。
「そして私にお話しになられた。『滅びの時』が始まろうとしている。それは最早、止める事はできない……何も存在せぬ無の世界に戻り、再び創り直される定めだと……」
彼女はここで、少し口調を強める。
「……だが、我が主は、私にひとつのご提案をお託しになられた。この世界の理に干渉する事のない大きな力の存在を……それがデュオ、そなただ」
その言葉と共に、フォリーが俺へ向けて、見据えるような視線を送ってくる。
それに応じ、その目を見返しながら、俺はゆっくりと頷いた。
◇◇◇
ガツガツと俺が立てる咀嚼の音が、部屋に響く。
「……うわああぁぁぁ~~」
ミオが食事の手を止め、感心するように俺の事を眺めている。
「ふふっ……」
一方、フォリーの方は、そんな俺の姿を楽しげな表情を浮かべながら、じっと見つめている。
ガツガツという咀嚼の音はまだ終らない。俺の前に並ぶ兎肉の煮込みや、新鮮な野菜のサラダ。その他、多数の様々な山の幸の絶品料理に、俺の食べるという行為は最早、止まる事を知らなかった。
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「ムシャムシャ、ムグ、モグ……うん、美味い! ミナの料理、全部すっごく美味いよっ!……ゴックン」
『ムゴゴ……うんっ! たひかにとってもおいひい……ムグ、ゴックン』
「こらっ、口に物を入れて話すのは行儀が悪いぞ!……ふふっ」
──おっと、早速、フォリーにダメ出しされちゃった。
「ごめんごめん、あまりにもミナの料理が美味かったからさ」
俺はミナに対して讚美の声を上げ続けていた。
「あはっ、ありがとね。それにしても、あんたって、ホント、すっごく美味しそうにして食べるんだね。あたしもがんばって作ったかいがあったよ」
ミナがさも嬉しそうな声を上げた。そんな彼女に、俺は急に神妙な声で話し掛ける。
「……ところでミナ──」
「な、なに急に!?」
雰囲気が豹変した俺を見て、ミナがぎょっとした声を上げた。
「あのさ、トマトって……ある?」
「へ? 何、あんたトマト食べたいの? しょうがないな。じゃあ、ちょっと待ってて、見てくるから」
そう言いながら、ミナは部屋から出て行った。
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……い、いや、食べたいのは俺じゃないんだけどな。でも、このエルフの集落に帰る途中でノエルに今回、励まして貰ったお礼にって、約束しちゃたからなあぁ~~。
……はああああああ~~っ。
『うっふっふっふっ……よしよし、よくぞ申してくれた。アル、褒めてつかわすぞよ』
ノエルが喜びを押し殺したような声で、ふざけながら言葉を呟く─っていうか、あんた一体誰だよっ!
……うわあああああああああーーっ、食いたくねえええーーっ! ミナ頼む!! どうかトマト、ありませんようにーーっ!!!
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しばらくしてミナが部屋に戻ってくる。その手には……赤い丸い物体が。
──詰んだ……ぐふっ。
「ほらほら、運良く見付かったよ、あんたってトマト、好物なんだ。たまたまあって良かったね、待ってて。今から切って装ってくるから」
嬉しそうな声で言いながら、再び部屋から出て行くミナ。
『……うふっ、うふっ、うふっ──うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふっ♪』
ノエルが低く、呪詛のような声を漏らす。
……うわああああああああ!! 怖ええええぇぇーーっ!! それにトマトも食いたくねえええええぇぇーーっ!!!
俺は思わず頭をかきむしりながら、大きく天を仰いだ!
その様子をフォリーとミオが、怪訝そうな表情で凝視している。
「「………」」
「─!?」
わわっ、おっと、まずいまずい!
俺は慌てて平静を装う。すると、フォリーが軽く咳払いをし、俺に話し掛けてきた。
「コホン……ところでデュオ、そなたに話しておきたい事があるのだ。少し長くなるかも知れないが……」
それを聞き、ミオが席を立った。
「それじゃ僕、お茶でもご用意致しますね」
「ああ、ミオ、頼むよ」
フォリーがそれに答える。ミオはニッコリと笑みを浮かべると、ミナのいる台所へと向かって行った。
俺へと視線を戻した彼女は、再び話し出す。
「デュオ、そなたは『審判の決戦』を知っているか?」
審判の決戦。はて、何処かで聞いたような……。
俺は頭を振りながら答える。
「以前にその言葉を耳にしたような気がするけど、その内容までは知らない」
フォリーは無言で頷き、ゆっくりと目を閉じる。そして俺に語り始めた。
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「──白が黒に変わりし時、四霊より選ばれし代表なる者、罪枷の審器を用いて、黒き己が身と戦わん。それを以て審議と成す──」
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彼女は目を開き、俺へと視線を向ける。
「昔から伝わる伝承だ……だが、しかし、現にそれは実際に行われている……遥か昔、この世界が誕生してから今日に至るまで。繰り返し、何度も何度も……誰も知られる事のない代表者となった誰かが、誰も知る事のない何処かの場所で……」
「………」
俺は無言で彼女を見つめ続け、次の言葉を待った。
フォリーは両手を組み、その上にあごを乗せながら言葉を続け出す。
「この世界には知っての通り、世界を創造した四大精霊と、生命あるものを創り出した白、いや、白と黒、『零』の精霊が存在している。そしてその零の精霊は人間のある行為によって、その姿を変化させる……生と死を司る『黒』の精霊へと……」
「確か、人間の邪な思考、負の感情。その正と負の感情の均衡が、大きく負に傾いた時だっけ……」
俺は思い出しながら答えた。
「ああ、その通りだ。黒の精霊という存在に姿を変えたその時、四つの大精霊からひとりの人間が選び出される。その者は人間の代表者として四大精霊からそれぞれ試練を与えられ、それに打ち勝った者に『罪枷の審器』が授けられる」
フォリーは真っ直ぐに俺の目を見据える。
「それを手にした代表者が、最後に四大精霊の『守護する者』が見定める中、世界の存亡を賭けた戦いが執り行われる……それが、『審判の決戦』!」