38話 家族
よろしくお願い致します。
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戦いを終えた俺の元へと、三人が近付いてきた。
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「デュオ~!」
「デュオさん!」
目を輝かせながら、ミナとミオが俺の前に駆け寄ってくる。そしてその後にゆっくりと付いてきたフォリーが、ミナとミオの間に入って俺に声を掛けてきた。
「剣士、デュオ殿……」
俺は初めて彼女を間近に目にし、そのあまりの美しさに、思わず息を呑んだ。
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金色に輝く腰まで伸びた滑らかな髮。額には精巧な装飾が施された小型のサークレットを付けている。
少し切れ長の凛々しい目、その瞳は若葉を透かしたような黄緑色をしていた。エルフの証である特徴的な大きく先の尖った耳。
そして例えようのない程に整った、美しい顔立ち。
女性にしては比較的長身だが、華奢なその身体には緑色のチュニックの上に、特殊な色の光沢を放っている胸当てを身に付け、その上から紺色のマントを羽織っていた。
腰にレイピア、背中には大弓を、それぞれ武器として取り付けている。
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ミナ達ふたりもそうだけど、特にこれは……。
これがハイエルフか……それにしても、なんて綺麗な顔をしてるんだ!
これは最早……反則級!!!
『アル?……アルっ!……返事がない。だだのしかば──って、違う違うっ! これって絶対に見とれてるよね!』
「………」
『アルっ!……でも、まあ、無理もないか。だって、フォリーさん、女の私だって見とれてしまうもんね……うん、確かに本当、ものすっごく綺麗……』
「デュオ殿??」
フォリーが俺が呆けているのを気にしてか、不思議そうな表情をその顔に浮かべていた。それを見て俺は、はっと我へと帰る。
──おっと、いかんいかん、見とれてる場合じゃない!
「えーっと、私はデュオ・エタニティって言います。冒険者です。この場所には風の大精霊に会う為にやってきました……それでフォリー、いえ、フォステリアさん。私はあなたに頼まれたのに、風の精霊石を守る事ができなかった。何とお詫びすれば良いか……」
込み上がってくる悔しい感情に思わず声が震えてしまう。俺はその謝罪の言葉と共に、フォリーに対して深く頭を下げた。
すると、フォリーは俺の手を取りながら口を開く。
「デュオ殿、どうか、お顔を上げて頂きたい」
その言葉を受け、顔を上げると、目の前に再び飛び込んでくる彼女の美しい顔。その顔は少し寂しそうな微笑みの表情を浮かべていた。
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「確かに我が主シルフィーヌ、いや、風の大精霊が失われたのは、悲しく辛い事。『守護する者』としては、それは己が死と値する……だが──」
フォリーは俺から手を離し、そしてその手を自分の胸に当て、そっと目を閉じながら続ける。
「……ふっ、私はやはり『守護する者』失格だな。その事実よりこうして今、ミナとミオ、共に無事で一緒にいる事ができている。その喜びの方が遥かに大きいとは──私はまだ未熟者だ。精進が足りぬ……」
弱々しい声で、そう呟くように言った。
ミナとミオがそれに対し、否定の声を上げる。
「フォリー様! そんな事ない、あたしも同じ事考えてた。フォリー様とあたし達、三人が無事で一緒にいられるなら、他の事なんてどうなってもいいって……ごめんなさい……」
「僕もミナと同じ気持ちです……フォリー様。それが、その気持ちこそが、本来、本当に大切にすべきものなんじゃないでしょうか?」
フォリーはゆっくりと目を開け、俺を見つめながら答えた。
「……そうだな。その通りなのかも知れない……」
そして俺に頭を下げながら、彼女は礼の言葉を言う。
「デュオ殿、此度はミナとミオ、そして私の命を救って頂き、誠にありがとうございました。どうか、この感謝の気持ちを受けて欲しい」
それに対して俺は、大袈裟に両手を振って答える。
「そ、そんな、とんでもないですっ!」
そんな俺にフォリーは柔らかい微笑みを浮かべると、次に振り返り、ミナ、ミオふたりに声を掛けた。
「そしてミナとミオ、お前達にも助けて貰ったな。治癒魔法の処置、とても世話になった。ふたり共こんなに立派になって……来てくれてありがとう。感謝している」
その言葉にふたりは、感極まってすでに泣き出している。
「ううっ、ぐすっ、フォリー様……」
「うえぇぇ~ん、フォリー様あぁ~~!」
フォリーは急にしゃがみ込み、ふたりに向けて両腕を広げた。
「……さあ、おいで、ふたり共──」
フォリーの呼び掛けに、ミナとミオは我慢ができない駄々っ子のようにその胸の中へと飛び込んで行った。
「ううっ、うえっ、フォリー様っ、フォリー様っ!」
「ふえぇぇ~ん! フォリー様!……フォリーお母さあぁん……」
フォリーはふたりを抱き締めて、その頭をやさしく撫でながらそっと囁く。
「よしよし……もう、ミナ、その呼び方はやめてくれって、何度言えば……私はまだ未婚だぞ? 旦那もいた試しがない。せめて歳が離れた姉という事にしてくれないか……って、さすがにそれは無理があるか……ふふっ……」
ふたり共にまだフォリーに甘えている。ミナに至っては、その身体にずっと頬擦りを続けていた。
「……お……かあ……さああぁぁん。ぐすっ……」
フォリーはふたりの頭を撫でながら、苦笑を浮かべる。
「くすっ、やれやれ仕方ないな。今回だけだぞ……」
そして彼女は目を瞑りながら、ふたりの頭を愛しそうに撫で続けた。
そう、何度も──
◇◇◇
あれからいくらか時が過ぎ、俺達は全員、祭壇地下から地上へと戻ってきていた。
そして祭壇の隣、林の中に墓石を模した石が置かれている。
──そんな場所にいた。
今、俺達四人は置かれた石に向けて黙祷を捧げている。その石の地中には祭壇から運び出したつがいのフェンリルの内、一体の遺体が葬られていた。
残念だが、もう一体の方は葬るべき身体が一片の欠片さえ、見つけ出す事は敵わなかった。
───
「……カイ、イルマ。長い時の間、私と常に共に在ってくれてありがとう──どうか、安らかに眠ってくれ……」
俺とミナ、ミオ三人が黙祷を終えた後も、フォリーはずっと目を閉じながら祈りを続けていた。
………。
しばらくの間、無言で俺達は、彼女の黙祷が終わるのを待っていた……そんな時だった。
俺達四人が目にしている前で、つがいのフェンリルの墓石となる石の上空から、眩いばかりの緑色に輝く小さな何かが、下方へと降りてきた。
そしてそれは、宙に浮くように途中で留まる。
墓石の少し上の宙を浮く緑色の輝きを放つ小さな物。それは、あの黒い巨人によって破壊され、消滅した風の精霊石の欠片のようにも見える。
「こ、これは……まさか……」
その輝く物に目を釘付けにさせたフォリーが、驚愕の表情で立ち上がった。
「これは……我が主?……え、今、何と仰せに……?」
その輝く物と、何かのやり取りをしているようなフォリーの様子……途中、声を掛けるべきか迷ったが、隣にいるミオがそれを止めるよう、俺に目で合図を送ってきた。
俺達はフォリーの事を、この状態でじっと待つ……しばらくして──
───
「デュオ殿。どうぞこちらに」
フォリーのその声に、俺は前へと踏み出す。
「デュオ殿。その緑色に輝く物体に、手を差し出してくれないか?」
彼女の言葉通りに俺は手を差し出した。それを待ち受けていたかのように、宙に浮かぶ輝く物体が俺の手の元へと降りてきた。
そしてそれは、俺の手のひらへと触れる。
『うわあぁぁ、凄く綺麗……』
頭の中に響くノエルの感嘆の声……その直後、それはまるで、俺の手の中へと入っていくように沈み込み始め、そして完全に手の中へと消えていった。
───
『──えっ、これって、どういう事なの。ねぇ、アル?』
『んな事言ったって、俺が分かる訳ないじゃんか』
『まあ、それもそっか』
とにかくそう、何がなんだかさっぱり訳が分からなかった。
そしてフォリーは俺の方へと顔を向ける。涙でも流したのか、少し目が赤くなってはいたが、何かを吹っ切ったような、そんな毅然とした面持ちだった。
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「さて、デュオ殿。貴方はこれからどうなさるおつもりか?」
フォリーが真剣な眼差しで、俺に問い掛けてくる。
俺は彼女の目を見返しながら答えた。
「私は……私がこの場所へときたのは、自身のこの世界の『存在意義』、そして生きて行く為の『目的』を見つけ出す為でした。その答えを知る為に風の大精霊に会いに……」
俺は続ける。
「悔しい事ですが、知っての通り、会う事は敵いませんでした。でも、もういいんです。私は決めました」
そして自分自身に頷いてみせる。
「私のこの力、魔剣を持つ者としてのその存在意義は、きっと、『滅ぼす者』を倒し、『滅びの時』を止める為にある。だから!」
──そうだ。きっと、そうなんだ!
「その事を私、デュオ・エタニティの目的とします!」
『うん、それでこそアル。私も一緒に付いて行きます!』
「………」
すると突然、フォリーは跪き、胸に手を押し当てて、俺に対して頭を下げながら声を上げた。
「ならば、貴方のその目的となる旅に、私も同行させては貰えぬだろうか?」
「「フォリー様!?」」
フォリーのその言葉にミナとミオが驚く。
「自身の主となる精霊石を護る事ができなかった『守護する者』が言うのもおこがましいが、私は強大な力を持つ貴方のその目的の行き着く先を見届けたい。そして微力ながらその力になりたい……どうか……どうか聞き届けてはくれないだろうか?」
彼女は跪いたまま、懇願の声を上げる。
『……アル?』
『うん、多分この感じじゃ、この人は何を言っても付いてくるだろうな』
『えっ、アル、それじゃあ……』
『ああ、うん』
『わあっ! やったあーーっ!!』
ノエルが無邪気にはしゃぐ。
俺は跪いているフォリーにそっと手を差し出した。
「こちらこそ、よろしくお願い致します。フォステリアさん。とても心強いです」
彼女は俺の手を取り、立ち上がりながら礼を言う。
「あ、ありがとう!」
そしてそのまま握手を交わした。
「本当に、ありがとう……」
俺は口元に人差し指を押し立てながら、彼女に言葉を付け足す。
「ひとつ条件なんですが、私の事はデュオと呼び捨てで呼んでくれませんか? あと、堅苦しい物言いもすっごく苦手なんです」
そしてニコリと笑う。
フォリーもそれに合わせて笑顔で答えてくる。
「それは私も大賛成だ。では、私の事はフォステリアではなく、フォリーと呼び捨てで呼んでくれ。それと敬語もお互いにやめよう。実はというと、私もそれはあまり得意ではないのだ」
そしてふたり笑い合った。
───
ん? 何かを忘れているような……。
『うん、何となくアルが言いたい事は分かるよ。ミナとミオの事でしょ?』
げげっ、しまった! すっかり忘れてた!
俺は恐る恐るふたりの方へと目をやる。そこには予想通りの、ふてくされた表情のミナとミオの姿が目に映った。
フォリーがふたりの元へと近付いて行く。
「フォリー様……」
ミナが寂しそうな声で呟く。
「フォリー様、僕達も一緒に……おそらくそれは、お許しになってはくれないでしょうね……」
ミオも小さな声で囁いた。
「……すまない。ミナ、ミオ。今回ばかりは、お前達を連れて行ける自信が私にはない。お前達まで……お前達、ふたりを失う苦しさに耐えれる程、私は強くはないんだ……だから、待っていてはくれないか……」
ふたりは涙ながらに聞いている。
「わがままを言って申し訳ないと思っている。お前達の気持ちは分かっているつもりなのに……許してくれ。だけど、約束する」
「……フォリー様あぁ~~」
「フォリー様……」
「必ずミナ、ミオの所に帰ってくる」
そしてフォリーがやさしく微笑んだ。
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「……分かりました。僕、待ちます!」
ミオの言葉にミナが慌てて、声を上げる。
「あっ、ずるい! ミオだけいい子ぶって! あ、あたしも……本当は絶対に付いて行きたいっ、でも、フォリー様のご迷惑にはなりたくないから……だから、あたしも待ちます……」
フォリーはそんなふたりの頭に、そっと手を添える。
「ありがとう。ふたり共、さすがは私の自慢の家族だ……」
その様子を見て俺とノエルは、ほっと一息ついた。
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『アル、何とか上手くまとまったみたいだね。めでたしめでたしってやつ?』
『ああ、そうみたいだな─って、あ、あれ?』
気付くと、いつの間にかミナとミオが俺の前にきていた。早速、ミオが俺に声を掛けてくる。
「デュオさん。フォリー様の事、どうかよろしくお願い致します」
うん、相変わらずミオは、とっても良い子だな~。
そして次にミナが話し掛けてくる。
「……デュオ、あんたにお願いがあんだけど、聞いてくれる?─っていうか、聞かない訳ないよねっ!」
……うん、こっちは相変わらずの爆走娘……。
「ええっ、一体何なんだよっ!」
「えーっと、あんたってさ、家族とかいるの……?」
……家族か。
『ノエル……?』
『アル……ううん』
──そうか、確かそうだったな。
………。
「いや、私に家族はいない」
すると、何だか急にそわそわし始めるミナ。
「じゃあさ、あんた、もう私達のお姉さんになってよ……あたし達の家族になって……」
「えっ、何て?」
「──!! だからっ、あーーっ、恥ずかしいんだから、何回も言わせないでよっ!……だから、あたし達の新しい家族になって……」
ミナはそう言いながら、もう、顔を真っ赤にして、うつ向いてしまっている。
『ノエル!』
『うん、勿論!』
「いいよ、私も家族ができて嬉しい。ふたり共、ありがとう」
俺のその言葉に、ふたりの表情がパァーっと明るくなる。
「本当ですか、僕もとっても嬉しいです!」
「へへ~んだ、デュオ、これであんた、絶対に私達のお姉さん決定だからねっ!」
ミナとミオがそれぞれ俺の手を取り、跳び跳ねながらはしゃぎ回る。そんな様子を目にしていたフォリーが少し、困惑の表情を浮かべながら近付いてきた。
「そ、それはちょっと微妙だな。デュオが私の娘……これは素直に喜ぶべき事なのだろうか……?」
俺はからかうように歯を見せながら、ニシシと笑う。
「……にっしし、よろしく。フォリーお母さん!」
額に手を当てながら、苦笑いを浮かべるフォリー。
「ああ、もう何がなんだか……まあ、いいか……」
「……ぷっ、くすっ」
「くすっ、あはははっ」
「ふふっ、あはははっ」
『あはははっ!』
「ははっ、あはははっ!」
そして今度は『五人』で笑い合った。