2話 魔犬?(剣)士 爆誕!
よろしくお願い致します。
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◇◇◇
…………。
………。
……。
───
急に頭の中が暗転して我に返った。
何だ、さっきのは。夢だったのか?
ぼんやりとした意識の中、目覚めようと瞼を開く。
……!?
瞼を開いたつもりだったが、目の前は変わらずの真っ暗闇だった。
なんで!? 何かおかしいぞ!!
身体を起こそうとしたが、身体が起こせない。そもそも身体、いや、腕とか足の感覚がない。
なんだ、これは? やばいっ、混乱してきた! 落ち着け! こういう時こそ、とにかく落ち着くんだ!
えーっと、それから今、なにができて、なにができないかを見極めるんだ!
深呼吸をして一度、心を落ち着かせる。
そもそも深呼吸できたかどうかさえ怪しいのだが──
取りあえず、平常心は取り戻せたようだ。
さてと──
───
まず、視覚、聴覚、嗅覚は、確実に無くなっているな。後は触覚だけど、何故だか足だったであろう箇所にひんやりとした感覚があるんだけど……何なんだろな、これ?
──はっ、それよりも記憶だ!
えーっと名前は──ダメだ、やっぱり思い出せない!
そもそも俺は一体、何なんだ? 人間なのか? い、いや、今、生きている者ですらどうかさえも分からない! も、もしかして既に死んでいるのでは……?
と……とにかくだ、考えろ! そして思い出せ! 何でもいい、何か思い出すんだ!
う、う~~ん……。
─────
いくらかの後。真っ暗だった視界が急に開け、そして真っ白になった。
次に何か歪なシルエットが思い浮かぶ。それは黒光りしていて細長く、先端部が緩やかに湾曲していた。
まさに“漆黒の魔性の剣”──そうとしか形容しようがない物。
そして──
──っ!?
その傍らに見慣れない奇妙な黒い服装をした美しい女性が直立していた。彼女自身も艶やかな長い漆黒の髪の持ち主だ。
何だかその姿は、蜃気楼のようにユラユラと揺らめいていて、まるで実体がない者のようにも見える。
そんな彼女の口が、静かに動く。
──『触手』 『突き刺す』 『身体を支配する』 『精神を消滅させる』 『吸収する』 『強化する』──
頭に直接流れてくる簡素な“説明”となる言葉。
─────
………。
そうか、思い出した。
─っていうか、自覚した。この黒い剣が今の俺だ。それとその使用方法も。
そしてこのふたつの事だけが、今の俺の中に残る唯一の記憶。
───
一体、こうなる以前の俺は、何だったんだろうな、思考の感じからして人間なんだろうけど。
───
復讐を誓って魔剣に魂を売り渡した剣士。
不老不死を求めて魔導の武具を鍛え上げ、それに転生した魔導師。
あるいは強大な魔なる存在に敗れて、その姿を呪われた物へと変えられた英君。
う~ん、どれも違うような気がする。もしかすれば、この世界の者ではないのかも知れない。今の世界以外の別世界からの来訪者。
いや、剣の姿になってるんだから、これはどう言ったらいいんだろう? 異なる世界からの生まれ変わり?
ま、まあ……何となくだけど、これが一番しっくりするような気がするな。
もういいや、取りあえずはそういう事にしておこう。どう考えても無駄な気がして、何だかもう面倒くさくなってきちゃった。
さて、肝心なのはこれからの事なんだけど。人間、後ろ向きに考えるのは、やっぱ極力ダメだよな。せっかくその使用方法も分かったんだし、前向きに考えなきゃ。
まずは何か生きて動き回れる者に憑りついて、その身体を支配しなきゃ、できればやっぱり人間がいいな。
今はその獲物が掛かるのをずっと待とう。
……そう。
ただ、ひたすらに──
ずっと、ずっと──
◇◇◇
──!?
掛かった!
あれからどれくらい時間が経ったんだろう? 二日、いや、三日くらいかな。
気が遠くなる程の、真っ暗闇の無の時間。
俺はその世界の中でひたすら待った。そして今、明らかに感じる、常に感じていた下方から感じるひんやりとした感覚とは別の、上から感じる何か生暖かい物が俺に触れているこの感覚!
この好機、絶対に逃がさない!
───
俺は咄嗟に“彼女”から受け取った術を、頭の中で思考を始める。
──『触手』『突き刺す』『身体を支配する』『精神を消滅させる』──
その言葉を叫んだのだか、念じたのだか分からなかった。だが、次の瞬間。心の中で何か空を切るような音と、突き刺さるような鈍い音を感じ取れたような気がした。
──ヒュッン!
──ズゥプッ!
──キャインッ!
キャイン?─って……おい、なんか変な声みたいのが交じってなかったか?
……まあ、いいか。
そして遂に来た。待ち望んでいたその時が!
───
「う、痛っ!」
何だ? 目が痛い。目? も、もしかして、目が見えるのか?
そう認識した瞬間。頭の中に、ものすごい数の視覚の情報量が襲ってきた。そして俺の目の前に広がる澄み渡る青空、荘厳な山脈、足元に生い茂る青々とした草花達──
──無数の自然の大パノラマ!
そうなのだ。俺は今、感動に打ち震えている。物が見える、視覚があることの素晴らしさに!
「綺麗だ!」
まだ目が明るさに慣れるまで時間が掛かったけど、俺は今、何処かの湖畔に立っているようだ
だけど、とてもじゃないが我慢できそうにないので、取りあえず──
「物が見える! 音が聞こえる! 匂いが嗅げる! そして、空気が美味い! 生きてるって素晴らしい!!」
うわっ、恥ずかしっ! 思わず大声で叫んでしまっていた。
え~っと、後は……。
「あーっ、あーっ、言葉が喋れる! そのこともついでに付け足しておく!」
──どやああああああああああ!!
そう大声を上げ、腰に手を当て胸を張りながら、誰もいない前方をドヤ顔で指差す俺。
その直後、俺の目の前で冗談のような一陣のつむじ風が通り去った。
───
──ヒョオオオオォォォウ
「……寒っ!」
……べ、別にボケたつもりじゃなかったんだけどな……。
まあ、いくらテンションが高くなってるとはいえ、悪ノリはもうこれくらいにして……。
「グゥァルルルゥゥ~ッ!」
「バウッ! バウッ!」
……ん?
なにかの気配を感じ、俺は後ろに振り返る。するとそこに。
「キャン、キャン! クゥゥ~~ン」
………へ?
三匹のでっかい犬が、二本の後ろ足で直立していた。
「?? なに……コレ……」
俺は腕を組み、考える。
───
え~っと、亜人の魔物で、確か小狼鬼だっけ? 頭が犬。うん、間違いない─って、あれ? なんで、俺その事を知ってんだ?
俺の世界にもコボルトっていう存在がいた。そういう事でいいのかな?─っていうよりも、そうか。今の俺は、確かに記憶は無くしてしまったが、俺の中にある知識まで失った訳じゃないんだ。
取りあえず、その事が確認できただけでもめっけもんだ。
─っていうか、そんな事より、今は何かとてつもなく嫌な予感がする。
───
そう考えた俺は、ゆっくりと自身の利き腕である右手を確認してみる。
そこには予想通り、先程の記憶の中で見た例の漆黒の剣が握られていた。
直に目にすると、黒い刀身が紅い光を鈍く発光し、想像以上の禍々しさを醸し出している。
そして柄から俺の右肩や背中の方に、黒い触手のような物が三本伸びているのが確認できた。
そんな異様さに目を奪われながらも、本題である手の方を俺は凝視した。
短い体毛がびっしりと生え揃った、太短い完全に人間とは異なるその手。それをそっと開いてみる。
「わあああああああああーーっ! やっぱりあった、予想通りの肉球! はい。俺、今を以てコボルト確定致しました!!」
軽く目眩を覚えながら、ふらつく足取りで、自分の姿を確認する為に湖に近付いて行く。
やがて、辿り着いた俺は、恐る恐る湖に自分の姿を映してみた。そこには──
しわしわの顔に平らにひしゃげた鼻、そしてとても眠そうなつぶらな瞳の、妙に愛嬌のある犬の顔が映し出されていた。
───
「うっ……何かブサイク! だが、しかしカワイイ! これぞ言うなれば、まさにブサカワ……見てると何か癒される。はあ~~、か、可愛い……って──言ってる場合かあああああああああぁぁーーっ!!」
気が付くと後方の三匹のコボルト達が、何やら俺に怯えている様子。
俺が急に大声を上げたのを驚いたのか、またはこの右手にある漆黒の剣の事を怖がっているのか。
─って、うん。考えるまでもなく原因は後者だろう。どう見たって恐いもんこの剣。俺だって未だにおぞましいもんな─ったく、無理もないよ。
はあああぁぁ~~。さて、これからどうしたもんだろう?
──はっ、そうだ! ようやく自分以外の他者に出会えたんだ。ここはぜひとも意思の疎通を図らねば!
俺はその目的の為、後ろのコボルト達に近付いて行く。
背中に剣を帯びた精悍な顔付きの身体の大きい黒毛。手に長槍を持った少しぽっちゃり気味のモフモフした体毛を持つ栗毛。そして背中に弓と矢筒を背負った垂れ下がった耳のかわいらしい顔付きの白毛。この子はメスかな?
そうだ。多分言葉は通じないだろうし、少しでも事を円滑にする為、せめて俺の中で名前をつけよう!
それじゃ、え~っと、まず精悍な黒毛が『クロト』。次にもっさりとした栗毛が『クリボー』。そいで白毛の多分女の子が『シロナ』だ!
へへん! どうだ、俺のこのネーミングセンス。中々のもんだろ?
そうだな、せっかくだから、俺自身にも名前を付けておくか、ん~っと、どうしよっかっな~? これが俺自身の名前となると、中々思い浮かばないもんだな。
え~っと、う~んっと……。
その時。俺の頭の中に何故かひとつの名前が閃いた。
──これぞ神の啓示!
「俺の身体のコボルト、お前の名前は『パグゾウ』、パグゾウだ! 何故そう思い浮かんだかは、全く以て分からん!」
ちなみに、俺の右手に持つ剣の方はややこしくなるので、これからはこの剣の事を『魔剣』と呼称する事を俺の中で決定する。
まあ、こっちの方が本体。つまりはホントの俺なんだけど……。
あーーっ、全くホント、ややこしいな! おいっ!!
─って、いかんいかん。ここは冷静に対処すべきところだ。
気を静めた俺は、三匹のコボルト達に対して早速、意志疎通を試みることにする。
さあ、話し掛けてみよう!
「あの~、クロトさん?」
「グゥルゥ、ガウッ、ガウッ!」
「その~、クリボーくん?」
「バウッ、バウッ!」
「え~っと、シロナちゃん?」
「キャン、キャン、クゥ~~ン」
………。
ダ、ダメだ……意志疎通どころか、喜んでるのか怒ってるのかさえ、全く分かんねええええぇぇーーっ!!
俺は力なく膝からガックリと地面に崩れ落ちる。そして両手を着いて、そのまま三匹のコボルト達から少し離れて行った。
二足歩行ならぬ四足歩行。これぞ本来の犬の在るべき姿だ!
─って、俺は何を言ってんだ?
そうじゃないだろ? 今の俺はもう剣じゃない! コボルトの魔剣士ならぬ、魔犬士。パグゾウだ! そんな存在になれたんだ。
だから──
「俺はこんなことくらいで負けない! 落ち込まない! 諦めない! もうこうなったら犬として、行けるとこまでとことん生きて抜いてやる!」
そう叫び、俺は立ち上がる。手にした漆黒の魔剣を天高く掲げながら──!
………。
何か、少しカッコつけたポーズを取ってしまった。
それと犬じゃなくてコボルトだったな。いきなりの決め台詞から間違えるなんて、何となく先行き不安だな。
大丈夫か? 気合い入れろよ、パグゾウ?
─って、あっ、俺の事か。
──ぐふっ!
ちょうど、その時だった。
─────
──ウオオオオォォォーーン!
「!?」
不意に俺達の右前方の林の中から、犬の遠吠えのような声が響いてきた。