37話 決戦、滅びの先鋒イニティウム
よろしくお願い致します。
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俺の、デュオの右目から、紅い光が漏れ出すのを感じる。それを感じ取りながら、巨人に向かって全力で駆け出した。
駆け出す俺の右目が、紅い光の尾を引く──
「もう恐れはしない!」
オッドアイの右目を光らせながら、イニティウムに向かい、魔剣の連撃を叩き込む。
──より速く、より強力に!
再び、周囲に鳴り響く、打ち合う激しい剣撃音。
しばらくの間、その打ち合いが続く──力は均衡しているかのように見えた。
やがてその内、お互いの身体が打ち合う攻撃によって、徐々に傷付いていく……互いの身体から流れる血。
───
だが、俺の方は魔剣の力によって、その身体はどんどん再生され、傷口が塞がれていく。そして振るう剣がイニティウムに触れる度に、新たな力を吸収していくのを感じ取れた。
「………」
──そうだ、どれだけ相手となる者が強力な力の持ち主でも、俺が戦う事を、魔剣を振るう事を、止めない限り──
「最後に勝つのは俺だっ!!」
俺の右目から発する紅い光が、より一層、その強さを増していく。
『ぬうっ!』
俺の剣撃を受けた黒い巨人の口から、低く唸る声が漏れた。その声を耳にした俺の表情に、ニヤリとした笑みが生じる。
─────
──もっとだ、もっと、もっと……お前の持つ全ての力を、俺に差し出せっ!!──
──いつぞやのゴブリンの軍勢。より強力な力を求めた俺は、それらを大量殺戮した……その時に感じた心が暴走するようにも似たこの感覚。
─────
──はっ!
……い、今のは確か……最初に見た……俺を正気に戻してくれたのか……?
と、とにかく、この状況はまずい……。
危険だ! きっと、これは負の属性となる感情──絶対に取り込まれちゃいけない!!
そう、自覚はありながらも、心が! 身体が! 強烈に力を求め続ける──!!
ダメだっ! 俺にはもう心に決めた、確固とした目的がある。ここで、自分を見失う訳にはいかないんだよっ!!
魔剣の連撃を巨人に対して放ちながら、俺は心の中で葛藤を続けていた。そんな時──
『アル! 私もいるから、ずっと一緒にいるから……だから、ひとりで抱え込まないでね……』
──!?
そのノエルの言葉に、俺の中にあった力を求める衝動が、サッと一瞬、消え失せた。その瞬間、自制心を取り戻す事ができている自分がいた。
───
そうだ! あの頃の俺とは違い、今の俺には、ノエルが一緒にいてくれている!
……契約で一緒にいてやるって、偉そうに言った俺だけど、結局のところ、一緒にいて助けて貰ってるのは俺ばっかじゃないかよ。
『ノエル、ありがとう』
『ううん、お互い様だよ……だって、私達は、一心同体だから……』
……そうだな、確かに、そうだった──
───
自分自身を取り戻した俺は、今度は完全な自分の意思として、巨人に対して魔剣を振るった。
『ぬう……むむうっ!』
再び、イニティウムが、低い唸り声を漏らす。
俺が繰り出す、吸収した巨人の力を、上乗せした強烈な魔剣の連撃。
その攻撃に耐え切れず、巨人が手にしていた巨大な槍が歪にゆがみ、そして折れた。
それを機に力の均衡が崩れる。
俺の高く跳んでからの魔剣が、槍を失った巨人の腕へと振り下ろされる。
その瞬間。切断された巨人の一本の腕が、赤い鮮血を撒き散らしながら宙に飛んだ。
『ぐうっ、ぐぬおっ! カハッ!!』
黒い巨人、イニティウムが、呻き声を上げる。
それと同時に新たな力を吸収し、紅く光る魔剣──
◇◇◇
「す、凄い。デュオさん……」
ミナとミオがフォステリアの治癒を続けながら、部屋の入り口でその戦闘の様子に見入っていた。
「……あいつ、人じゃないよ。絶対に」
「……ううっ、ミナ、ミオ……あの人は……あの御方は一体……」
「「!?」」
突然、発せられた声に驚き、ふたりがフォステリアの方に目を向ける。
彼女は片腕を抱き抱えながら、上半身を起こしていた。だが、その表情はまだ辛そうだ。
「フォリー様!!」
「良かった。お気付きになられたんですね!!」
ミナとミオが、フォステリアの身体を支えるように、その傍らへと行く。
「すまん、ミナ、ミオ。心配かけた……本当にすまない……」
フォステリアがふたりを抱き寄せ、そっと目を閉じながら言った。
「ぐすっ、良かった、フォリー様……本当に……」
「ううっ、うわああん! フォリー様に何かあったら、あたし、あたしっ……」
ふたりは彼女の腕の中で、ただ泣きじゃくる。
「本当にすまなかった……」
フォステリアはふたりが泣き止むのを待ち、そして問い掛ける。
「ところで巨人と戦っているあの御方は一体、何者だ? あの化け物相手に押し勝っている……とてもじゃないが信じられん」
ミオが答える。
「あの人はデュオさんって言います。ただの人間って訳じゃなさそうですけど……だけど、彼女のおかげで僕達ふたりはここに、フォリー様の元へと来る事ができました」
彼女はその答えに頷きながら、呟きの声を漏らす。
「そうか、あの御方が……それに比べて、私はなんて弱い存在なんだ……」
「……フォリー様?」
ミナが心配そうな表情で、その顔を覗き込む。
「私が……己の力を慢心していたせいで、幼い頃からの、大切な友を失ってしまった……私が弱いせいで……許してくれ。カイ、イルマ……」
フォステリアがうつ向きながら、悔しそうな呻き声を上げた。
「フォリー様、ではイルマも……」
ミオが力ない声で問い掛ける。
「私の事を庇って、奴の灼熱の炎によって死んだ……もう弔ってやる骨も残ってない。そしてカイも……私に、もっと力があれば……」
「フォリー様……」
ミナが涙声で、小さく呟いた。
フォステリアは、今一度、黒い巨人と戦っている女剣士の方へと目をやる。
───
デュオと言う名の少女は、漆黒の異形の剣を巧みに扱い、目にも見えない速さの剣の斬撃を、次々に繰り出していた。
彼女の身体が大きく動く度に、そのオッドアイの右目が、妖しい紅い光の残像を残す──
一方、それを受けている巨人は満身創痍になりながら、ジリジリと後退を続けている。そしてこうやって見ている間にも、巨人の大きな身体が切り裂かれ、辺りに鮮血が飛び散っていた。
───
「私はあの巨人を、カイとイルマ、三体掛かりでも止める事すらできなかった……だが、あの御方なら、あの剣士ならば、我が主を……風の精霊石を、護る事ができるやも知れない……」
すると、フォステリアは急に立ち上がり、ふらつきながらもデュオへと向かって叫んだ。
「頼むっ、剣士殿、我が主を護ってくれ! 貴方の後方の宙に浮いている、緑色の水晶がその精霊石だ! 黒い巨人の、奴の狙いは、その破壊だ!」
そう叫び声を上げて、フォステリアは再び、膝から地面に倒れそうになる。しかし、その身体をミナとミオのふたりが受け止めていた。
◇◇◇
俺が魔剣を振るう度に、イニティウムの力が削がれていく。
───
『カハッ! 見事だ。如何に魔人といえど、人の身で在りながら、我を、ここまで追い詰めるとは──』
そんな時、不意に聞こえてくる、凛とした大きな叫び声。
俺は横目でフォリー達、三人の方へと視線を送る──フォリーは地面に崩れかけようとしていたが、どうやらミナ、ミオ。ふたりが受け止めてくれたらしい。
とにかく、三人の無事な姿を確認する事ができた。
良かった。フォリーさん無事で……。
そして言葉通り、それを確認する為、チラリと自分の後方へと振り返った。即座に目を動かし、宙に浮いているという、それを探る。
「!!」
あった! 確かにフォリーが言った通り、緑色に輝く水晶のような石が! この場所の後方、宙高くに浮いている姿が、俺の目に飛び込んできた。
よし! 取りあえずは、あれを守ればいいんだな!
───
『ぬんっ──暗黒の重力弾!』
意識が逸がれた俺に向けて、イニティウムが再び、黒い球体を放ってきた。
それに反応し、俺は魔剣の触手を打ち伸ばす。
伸びていった触手の鋭い尖端が、黒い球体を刺し貫く。同時に触手が一瞬、紅い光を鮮烈に発光させる。
そして──
刺し貫かれた球体は、今度は音も立てずに消滅していった。
『何!?』
巨人が疑問の声で、短く吠える。
俺はその隙を突いて、壁を一気に駆け上がり、イニティウム目掛けて勢いよく跳躍した。
『カハッ! なれば、我の渾身の力。受けてみよ!!』
巨人は、三本の腕を胸の前にかざし、魔法の詠唱を始める。
『消し飛ぶがよい!── 暗黒の亜空間!!』
巨人の胸の前に、ビキッビキッと音を立てながら、一回り大きい黒光りを放つ球体が出現する。そしてそれは、みるみる膨張していった。
そこへ俺が放つ、空中からの、空を斬るような魔剣の一撃。
『!?……カッ、カハッ!!』
魔剣の斬撃を受けて、大きく脹れ上がった真っ黒な球体は真っ二つに両断される。
そして何事もなかったかのように、それは、消えてなくなった。
地面に着地した俺に、イニティウムが発する驚愕の声が届いてくる。
『カハッ、馬鹿な! 重力場の亜空間を、実剣で両断などと──あり得ぬ!!』
自身もその身に魔剣の一撃を受け、胸から血を吹き出しながら、黒い巨人が雄叫びの声を上げた。
俺はゆっくりとイニティウムへと振り返る。
───
『ぐうおおおおおおおおお! カハッ! ははははっ、実に見事也! まさに汝こそ戦いの化身! 我が力を以てしても及ばぬとは──なれど!!』
巨人がしなやかに唸る尻尾の薙ぎ払いを放ってきた──それを真上に跳躍し、かわしながら、手に持つ魔剣で十文字に斬り下ろす。
切断された尻尾が四つの肉片と変わり、ビチャビチャと音を立てながら、血しぶきと共に飛散した。
『カハッ、それもまた見事也! なれど!!』
俺が地面に足を着くのと同時に、次にイニティウムは大きく開いた顎を向けてくる……奥に青白い炎が揺らめく。
──『炎の吐息!』
それを確認した俺は、二本の指を口元に当てる。そしてその青い炎に対して、ふうっと、息を吹きかけた。
『──竜の吐息!』
俺の口元から赤い灼熱の炎が、イニティウムの顎から青い灼熱の炎が、それぞれ同時に放たれた。
色の異なる二つの炎は激しくぶつかり合い、その交点で強烈な白い光の熱が発生する。
──やがてそれは、臨界点を迎えた。
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激しい轟音と共に発生する、この祭壇地下空間をも揺るがす大爆発。
俺は瞬間的に、遥か後方の壁に触手を打ち込み、その反動で大きく後ろに跳んで、それをかわした。
だが、黒い巨人は回避する事ができず、己の身をその爆炎の炎によって焼かれる。
灼熱の炎に包まれたイニティウムが吠える。
『カハッ、ふははははははは! 実に見事也! 最早、賞賛しかない!──なれど!!』
満身創痍の黒い巨人が、不意にフォリー達の方へと、視線を向けた。
「ま、まさかっ!」
俺は急いで三人のいる方へと走り出す。
そんな俺を嘲笑うかのように、巨人は手に持つ巨大な大剣を、槍投げのようにしてフォリー達、三人目掛けて投げ付けた──
◇◇◇
「え……う、嘘でしょ……」
「そんな、まさかっ!」
「ミナっ、ミオっ! 早く、私の後ろに!!」
その光景を目の当たりにした、ミナとミオは、信じられないと言ったばかりに、その場所で固まっていた。
そんなふたりの事を何とか守ろうと、フォステリアが重い身体に鞭打って、ふたりの前へと身を乗り出す。
「フォリー様……」
「フォリー様ぁ~、ぐすっ……」
迫り来る巨人が放った大剣に、フォステリアはふたりの前で身を翻し、その両腕にそれぞれ、ふたりを抱き込んだ。そして抱き締める力を強める。
「私は、私は……もうこれ以上、大切なものを、失いたくはないっ!!」
フォステリアは祈りを込めて、そっと目を閉じた。
──迫る投擲された大剣。
「「フォリー様」」
「……ミナ、ミオ……」
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──ガギイィィィンッ!!
金属と金属が、激しくぶつかり合う。
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「デュオ!!」
「デュオさんっ!!」
ミナとミオが声を上げる──そこには三人を守るように、漆黒の魔剣士、デュオがその前へと立っていた。
次に彼女の手によって魔剣で弾き返された巨人の大剣が、音を立てながら横の石壁に突き刺さる。
──ドガッ!!
◇◇◇
「ミナ、ミオ、大丈夫か? 良かった。間に合った……」
俺はふたりにそう声を掛けた──直ぐ様、振り返り、巨人の姿を目で追う。
あ、あれは……?
そこには、イニティウムが、俺に背を向けて反対方向へと向かう姿が。その先に見えるのは──
天井付近で高く宙に浮く、緑色の輝く水晶。
──風の精霊石。
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「し、しまった! これは陽動か? ちっくしょう!!」
俺は風の精霊石の元へ、全力で駆け出した。
イニティウムは跳躍して、精霊石を破壊しようとその拳を天高く伸ばす。
『我の身は、魔人の黒き剣によりて滅する──なれど! 我の使命は是を以て、達成される!!』
俺は風の精霊石が浮いている背後の壁に触手を伸ばし、突き立てる。
引き寄せる反動で一気に巨人との距離を詰めた。
そして魔剣を構える──
「させるかよっ!」
空中でイニティウムに追い付き、背後から首に向かって思いっきり魔剣を振り抜いた。
血を吹き出しながら、巨人の首が飛ぶ──
胴体から切り離された、イニティウムの竜のような頭が、最後に雄叫びの声を上げる──
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『……カハッ……我の──我の勝利だ!!』
首の失った身体の大きく伸ばされた巨人の拳が、そのまま精霊石へと向かって行く。
……だが、それを止める手段が俺にはもう無かった──やがて、耳に届いてくる音。
──“パリイィィン”──
巨人の拳によってバラバラに砕け、破壊された緑色の輝く石──その欠片が、辺りに飛散して地面に煌めきながら落ちていく。
そしてそれは消滅した。
………。
俺はしばらくの間、呆然とただ、その場に立ち尽くしていた。
地面に倒れた首のない黒い巨人、イニティウムの身体が、蒸発するように黒い蒸気のようになって、宙に舞い上がる。
やがてそれも消滅し、無くなった。
───
「……フォリーさんに、頼まれたのに……風の精霊石を守ってくれって……」
俺はうつ向きながら、拳をギュッと握り締める。
『アル……』
「俺は精霊石を。風の大精霊を守る事ができなかった……くそっ!」
『……アル、そんなに自分を責めないで……』
ノエルが、やさしい声で囁き掛けてくる。
「………」
『だって、ほら、後ろを見てみて……』
ノエルに言われて、俺は後ろに振り返る。
すると、ミナとミオ、そしてフォリー。三人が、こちらに向かって歩いてくる姿が見受けられた。
ミナが俺に向けて、ブンブンっと元気良く手を振っている。
「みんな……」
ノエルは、やさしい声で続ける。
『アル、あなたは、間違った選択をしてないよ。少なく共、私はそう思うんだ……だって、ミナとミオ、それにフォリーさんが無事で、また、ああやって会える事ができている。その事が、私はとっても嬉しく感じるの。だから、元気出して……ね?』
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ノエルの俺を思いやってくれる気持ちが正直、凄く嬉しかった……今の俺にとって、彼女の存在が如何に大きいかを、思い知らされる。
『うん、いつもありがとう。ノエル』
『もう~、アルったら最近、私に対して、礼の言葉か、謝ってばかりじゃない。もっとしっかりしてよ。大丈夫、アルは充分に強いし、カッコいいんだから。くすっ……』
『ぐふっ、コホン……その何だ、まあ、俺は剣だからな……』
『はいはい。そう、あなたは『剣』だったね─ってもう、このやり取りも前にやったよね? もう……くすっ、あはははっ!』
『え? だって、ホントにそうじゃないかよ─って、まあ、いいか……ぷっ、くすっ、あは、あはははっ!』
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うん、やっぱりこういうのって悪くない。この時間がとても楽しい。
そう感じる、魔剣がいるのだった。