36話 掲げた目的
よろしくお願い致します。
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またも額に感じる、じっとりとした冷たい汗の感触。
──身体に戦慄が走る。
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「私の名前はデュオ・エタニティ。漆黒の魔剣、その使い手だ……そして私の『目的』は……」
俺は魔剣を構えながら、横目でフォリー達、三人の様子を伺った。
気を失い、地面に伏せているフォリーに、ミナとミオが必死で治癒魔法を施している。
次に脳裏に思い浮かぶ、千年樹トレントやリオス王の言葉──
俺が探している、この世界で生きる為の自身の目的……彼らはそれが、この世界の脅威となるものに関わりを持つ事を望む。
そのような事を言っていたけれど──
今はその事が、ただの伝説なのか、実際に起こりうる真実なのか。未だに明確ではない……が、今、俺は目の前で『滅ぼす者』、その尖兵と称している者とこうやって現に対峙している。
そしてそんな存在と対峙している俺は、強力な力を持つ『魔剣』!
俺のこの世界での『存在意義』はきっと、この為にある!
……それなら……だったら!!
そうだ! 俺の探している目的が、『滅ぼす者』、『滅びの時』、そのものと関わりを持つように望むんじゃない!
俺の方から関わりを持つ為に向かって行けばいいんだ!
それを達成する事によって、この世界が消滅するという事を阻止できるのなら──
……いや、そうじゃない。そんな、大層なもんじゃないだろ?
俺の、本当の思いは……。
俺は……気付いてから出会った、様々な者達の存在。そして今、俺と一緒にいてくれているノエルと言う名の女の子。
ただ、単純に俺は……俺は、それを失いたくないだけなんだっ!!
─────
今、心の中で決めた、この世界での自分自身の目的。それは俺にとって、不相応で、かなりの困難を要する事となるだろう。むしろ達成させる事が可能かどうかさえ、やってみなければ分からない。だけど、せっかく目的を持つなら──
どうせなら、とっびきりでかいほうがいいっ!
はははっ、そうだ。大きな『目的』を自分の中に掲げる!
──それが『冒険者』ってやつだ!
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俺は右手に持つ魔剣で、黒い巨人を差しながら、声を上げて宣言する!
「私の……俺の『目的』は、『滅びの時』を止める事! そしてお前ら、『滅ぼす者』を討ち滅ぼす事だっ!!」
───
──ミシッ、ミシッ──
黒い巨人の真っ赤な目が、大きく見開かれる。
『カハッ、承知! 汝が目的、確かに我が承った! なれば、その決意。己が力にて、示してみせよ! 見事、我を止めてみせよ!』
黒い巨人は雄叫びの声を上げながら、ゆっくりと手にした得物をそれぞれ構える。
黒い異形の巨人が放つ膨大な圧。
その強大な重圧に、身体に再び戦慄が走る──またも、額から頬へと伝う冷や汗。
『……アル、いつものように、カッコつけた台詞は言わないの?』
ノエルの少し強張った声が頭の中に響いてくる。彼女も緊張しているようだ。
『悪いな、ノエル。今回はさすがにそんな余裕はない……』
俺は苦笑を浮かべながら、それに答えた。
すると、ノエルは無理に作り出したような元気な声で、明るく言う。
『大丈夫だよ、アルなら絶対に大丈夫……だって、あなたは今まで求めていた自分の『目的』を、さっき見付けたじゃない。そして真っ直ぐなあなたは、きっとその目的に向かって、ひたすらに突き進む……だから、絶対に──私、信じてるから……』
………。
俺は魔剣を持つ手に、ギュッと力を込めて握り締める。
『そうだな、そうだった……さすが俺の頼りになる相棒。ありがとう、ノエル』
『い~え、どういたしまして。えっへん!!……そうだ、だったらアル、お礼に今夜、何か美味しい物、食べようよ。勿論フォリーさん達、三人と一緒で!』
『それって、確かにナイスアイディアだな……だけど、気になる点がひとつ……』
『ふふっ、心配しなくていいよ。トマトはしばらくの間、禁止なんでしょ?』
『へへっ、了解! だったら、もう迷いはないっ!!』
魔剣を構え、再び巨人へと意識を集中させる……これから俺は、この黒い巨人と激闘を繰り広げる事になるだろう。
だが、絶対に負けはしない。必ず、打ち破ってやる!
そんな俺の頭に、不意によぎるミナ、ミオ達、三人の姿……。
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……駄目だ。今のままじゃミナ、ミオ達、フォリー、三人が戦闘の邪魔になる。
俺は黒い巨人と向き合った状態で、後方のミオに向かい、声を上げた。
「ミオ、頼む! ミナと協力して、フォリーさんと共に、どうにか、この部屋の入り口の扉の所まで移動してくれっ! もう、ここは安全じゃなくなる!」
ミオとミナは頷くと、フォリーをふたり掛りで担いで、少しずつ移動を始める。俺は魔剣を構え、黒い巨人を見据えながら、それをじっと待つ。
やがて──
「デュオ、大丈夫! 三人共、無事に部屋の入り口まで辿り着いたよ!」
ミナの大きく叫ぶ声が、聞こえてくる。
ほっ……取りあえずは、これでひと安心。
「分かった! いつでも逃げ出せれるよう心掛けながら、フォリーさんの回復作業の方、頼んだ!」
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よし、これで完全に後顧の憂いは絶った! 後は全力の力を以て、立ち向かうのみ!!
再び魔剣の握る手に力を込め、黒い巨人、イニティウムに対して構えた。
『汝が迷いとなる雑念は滅したか?──なれば、存分に推して参れ!』
黒い巨人、イニティウムが吠える。
……成る程、わざわざ待っててくれてたって訳かよ。
奴の身体からは、変わらず重圧な気のようなものを発し続けている。そしてそれが俺の手に持つ魔剣の発する紅い光と交じり合い、辺りが異常な空気に包まれる。
互いに動かず、無言の対峙が続く……。
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……何も考えなしで、奴に突っ込んで行くのは、さすがにやばいか……?
それなら──
俺は巨人に対し、魔剣を持たない左手のひらを前へと突き出した。
「──火球!」
赤く浮かび上がる魔法陣と共に、巨人に向かって灼熱の火炎弾が音を立てて飛んでいく。更に俺はその放った魔法の後を追うように、奴に向かって、魔剣の触手を鋭く打ち伸ばした。
まず、巨人は向かってきた火球を、事も無げに手にした大剣で打ち払う。
『!!』
そこへ追撃となる黒い触手の鋭い尖端が、巨人に向かってのたうつように伸び、襲い掛かる!
ギィィィン──と響く金属音。
……しかし、その触手の攻撃も奴には届かず、もう一組の腕に持つ槍で、薙ぎ払われてしまう。
「……ちっ!」
舌を鳴らしながら、既に触手の後を追って駆け出していた俺は、大きく跳び上がり、巨人に向けて魔剣を振り下ろした。
だめ押しの三撃目、これなら、どうだっ!!
──ギイィン!
!?──
「……くっ!」
だが、放った魔剣の斬撃は、振り下ろされる事なく、その途中で巨人の持つ長い尻尾の強固な尖端によって、弾かれる事になってしまった。
地面へと着地し、俺は再び魔剣を構え直す。
「……さすがに隙がないな……」
黒い巨人、イニティウムの赤い目が、妖しく光る。
『汝の連撃、実に見事也! なれば、次に我が攻めによって、それに応じよう。見事、凌いでみせよ!』
咆哮の声と共に突進して来る巨人。
次にその二組の腕から、繰り出される異なるふたつの武器の攻撃。
巨大な身体から放たれるそれは、どれもが変則的で速く、そして予想以上に重かった。
俺は必死でその攻撃を次々に魔剣で受け流す。そんな中、不意に足元に目掛けて突き立てられる、巨人のしなやかな尻尾の尖端。
「!!……ちっ、くそっ!」
それを紙一重で身体を捻ってかわす。その直後、またも迫ってくる、巨人の巨大な剣と槍による連続攻撃。
俺はただひたすらに、それを魔剣で弾き受け流す。
想像以上の巨人の脅威的な猛攻……俺は最早、剣で防ぐのが精一杯だった。
「……くっ、くそっ!」
ずっと鳴り響き続ける、打ち合う剣撃音……しかし、やがてその律動が徐々に変化を生じ始める。
……ま、まずいっ、防ぎ切れない!!
黒い巨人、イニティウムの放つ圧倒的な攻撃に押され、防御のタイミングが少しずつ狂い始めてきた。
俺は一度、体勢を仕切り直す為に、後方へと大きく跳び離れる。
するとそれに反応するかのように、巨人の四つある内のひとつの手に、黒い魔法陣が浮かび上がった。
俺の着地を狙い、イニティウムが魔法を放つ。
『カハッ──追え! 暗黒の重力弾!』
巨人の黒い指先から発生した漆黒の球体が、異音を発生させながら、空中にいる俺へと向かって来た。
「──しまった!」
これはかわせないっ!!
俺は咄嗟に魔剣を身体の前へと突き出し、それを受け止めようと試みる。
次にそれらが打ち合わさった瞬間、目の前で爆発が起こった。
「──が、がはっ!!」
爆音と共に吹き飛ばされ、石の壁に激しく身体を打ち付けられる。
「ぐうあっ!!……ううっ……」
俺の、デュオの口元から、一筋の鮮血が流れる。
『アルっ! 大丈夫!?』
ノエルの訴えかけてくる声が、頭の中で響く。
「うっ……まあ……な、何とか……な……」
周囲は爆発による煙や、舞い上がる粉塵で、ほとんどの視界が失われていた。
「!?」
不意に前方に何かの気配を感じて、目を凝らす。
………。
目の前に巨人、イニティウムがいた。そして大きな顎が、カッと開く……その喉元の奥に、ちらつく揺らめく青白い炎の姿が──
「……こ、これは炎の吐息!!──やばいっ!」
俺はふらつきながらも、以前の戦闘で不死の高神官から奪った魔法のひとつを発動させる。
「──光の防御壁!」
浮かび上がる白い魔法陣。そして俺の周りに光の壁が包み込むように出現する。その壁に包まれた俺の元へ、それごと押し潰すかのような、凄まじい勢いの灼熱の炎が降り注いできた。
メキッメキッ、と音を立てる光の壁の中で、俺は何とかそれを耐え凌ぐ。
……くっ、まずいな。
だが、やがて光の壁は限界に達し、音を立てて壊れた。
それと同時に、俺は横へと跳び跳ねて、辛うじて難を逃れる。
次の瞬間、炎のブレスが地面へと衝突し、再び起こる前よりも激しい大爆発。
またもやそれに巻き込まる事となった俺の身体は、もう一度、凄まじい勢いで、壁に打ち付けられた。
「──があああぁっ!……ぐ、ぐああああっ!!」
喉の奥から溢れ出る血を吐き出しながら、たまらず、前へとのめり込む……。
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ぐうっ……がはっ……ぐぐっ……まずい……これは、あばら、何本かいって……しまったか……頭も打ち……付けたよう……だな……相当な打撃を……受けてしまった……。
……こ、このまま……では──
──目の前の視界が……ぼやけていく──
『アルっ! アルっ! お願いっ、返事して!!』
……ノエルの必死の声が聞こえる──
感じる血の味と激しい痛みの中、何とか意識を保とうと、足掻く……。
だが……。
……うぅ、目の前が……く、くそっ……だ、駄目だ……ほんと……に……このま……まじゃ……。
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───!!
その時だった!……右手に力を感じた……そう、いつも感じ続けている、身近で強力な『力』!!
その力の源が、魔剣であると認識した瞬間。ぼやけていた視界が、急に鮮明になり、意識もはっきりとしたものへと変わる。
気付けば、口内の吐血も止まり、あれほど激しく感じていた激痛も、全く感じられなくなっていた。
──というよりも、むしろ、力がみなぎってくる気さえする……。
──キイイィィィン──
いつか、何処かで聞いた低い音……。
右手の魔剣へと目をやると、それは鈍い紅い光を、鮮烈な紅へと変化させながら、低い音を立てていた──
こ、これは?
……やっぱりそうなのか。前からずっと感じてた事だけど、もうこれで確信した。絶対に間違いないっ!!
「魔剣は俺の身体を回復……いや、これは『再生』してくれてるんだな!」
俺の魔剣へと向けていた顔に、思わず笑みが溢れる。
そうだ、俺は魔剣だ。そしてそれを持つデュオだ! だったら、何ひとつ絶望する事なんてない!
そう──俺が諦めない限りは!
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『すまん、ノエル、また心配かけちまった。これで何度目だっけ。ホント、ごめん』
『えっ? 何度目か、もう分かんないよ……でも、良かった……』
ノエルが涙声で囁く。
そして立ち上がった俺は、再び、黒い巨人、イニティウムへと魔剣を構えた。
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『ふむう、まだ立ち上がるとは。汝、やはり、人では在らざる存在か?』
黒い巨人の問い掛けに、俺は答える。
「ご明察──俺は魔人。『魔人デュオ』だっ!!」