35話 滅びの時の尖兵
よろしくお願い致します。
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ミオは祭壇の裏側に向かって歩き出す。
その後に俺とミナが続いた。
やがて見えてくる祭壇の入り口らしき石造りの大きな扉。そしてそれは、案の定開く事はできなかった。
ミナとミオは、扉の前で呆然としながら声を上げる。
「どどど、どうしよう、これ、押しても引いてもびくともしないっ! ちょ、ちょっとデュオ、あんたもボサッと見てないで、手伝ってよっ!!」
「ダメだよミナ、そんな力任せにやっても……これは、何かの魔法でも掛かっているのかな?」
「えーーっ!! そ、そんなあああぁぁ……」
………。
「ふたり共、少し下がっててくれ」
俺はふたりを後ろに下がらせて、扉の前に立った。
「ちょっと、デュオ。あんた、一体どうするつもり?」
俺は背中の魔剣に、手をポンポンっと添えながら、振り向き、ふたりに対して片目を閉じ、得意気に答える。
「こういう場合は、困った時の神頼み……ならぬ、『剣』頼みっ──なんてなっ!」
───
『……アル、それも、あんまりカッコ良くない……』
──ぐ、ぐふっ!
……い、いや、何となくそう突っ込まれる覚悟はしてたさっ!……やっぱ、やめときゃよかった─って、今はそんなの考えている場合じゃない!
俺は背の魔剣を手に取り力を込めた。
──それに呼応するかのように、刀身を包む紅い光が、より鮮烈にその輝きを増してくる。
「はあああああぁぁーーっ!!」
大きく宙に跳び上がり、石の扉に向けて、魔剣の渾身の一撃を叩き込む。
──その瞬間、雷が轟くような轟音が辺りに鳴り響いた。
次に、俺達三人の目の前で、真っ二つに両断される石の分厚い扉。そしてそれはふたつに分かれ、音を立てながら地面に倒れた。
その様子をエルフの姉弟は、驚愕の表情で見入っている。
「……う、嘘……石の扉を、剣で真っ二つだなんて……」
「デュオさん、その力。あなたは本当に人間? それとも……一体、何者なんですか?」
───
なんたって、俺は──
……ふっ、やれやれ、またカッコいい台詞を思い付いてしまったじゃないか。
「なんたって、私は……」
「「私は?」」
双子の声が重なる。
「なんたって、私は……」
『“わ・た・し・は”?』
………。
「私は……ご想像にお任せ致します……」
───
……もうこれ以上、自分に対して、精神的苦痛を与える事になるのはやめておこう。どうせ、突っ込まれる事になるのは目に見えている……。
──ぐふっ!
『ん? 何か言ったアル?』
「いいや、何も言ってないよ……さあ、行くぞ、ミナ、ミオ!」
「「??」」
ふたりとも少し呆けたようにしていたが、俺のその声に慌てて付いて来た。
そして俺を先頭に祭壇の中へと入って行く。直ぐに下へと続く階段が見付かったが、その先は真っ暗闇だ。
……さて、どうする?
「僕に任せて下さい!」
ミオがそう言って、魔法の詠唱を始める。
「出でよっ、白の精霊ウィルオー・ウィプス!」
その声に応じ、目の前に強烈な閃光を放つ光球が出現した。
「白の精霊、僕達の行く道の先を照らして!」
宙に浮く光り輝く丸い球が、俺達を先導するように前へと進んで行く──それにより、周囲が明るく照らし出された。
「さすがミオ、ありがとう」
「い、いいえ、とんでもないですっ」
俺の礼の言葉に、ミオが照れて顔を赤らめる。
照らし出されたその先は──地下に向かって、螺旋状に階段が続いているのが確認できた。
───
「私が先に行く。ふたり共、離れずに後から付いて来てくれ」
白の精霊によって照らし出された階段を、ゆっくりと降りて行く。
気のせいか、空気がどんどん重苦しくなって……澱んでいってる。そんな気がする……。
そんな気配を感じながらも、ゆっくりと降り進んで行く。だが、何かが近付いて来るとか、襲ってくるという気配は今のところ、感じ取る事はなかった。
階段の先は未だ見えない──
「……何か、嫌な予感がする……」
──ミナが小声で呟いた。
─────
やがて、階段が終わり、少し広めの空間に出た。
───
……あれは……何だ?
白の精霊によって、照らし出された石垣の部屋の片隅……そこに、一頭の薄い青色の体毛を持つ大きな獣が、血を流して横たわっている姿が確認できた。
「!! あ、あれは……ま、まさかっ!」
ミナとミオが、倒れている獣の所へと走り出す。
「ああぁ、そ、そんな……カイ!!」
「ううっ、な、なんで……なんで、こんな……」
ふたりはカイと呼んだ獣に、抱き付きながら泣き出した。
「うぅっ……うぇっ、うあっ、うあああぁっ!!」
「ううっ、ひっく、うええぇっ!……ひっく……」
「………」
『ミナ、ミオ……』
俺達はふたりが泣き止むのをずっと待った……。
そして──
「ミオ、これは?」
ミオが俺の声に気付き、振り返る。その目は泣き腫らして赤くなっていた。
「ご、ごめんなさい……この大きな獣は神狼で、名前をカイと言います……フォリー様の幼い頃からの親友なんです」
「………」
「カイが雄で、そのつがいのもう一頭の雌がイルマって言います。彼らはフォリー様と共に、この祭壇の中へと入って行った筈なんですが……な、何故、こんな事に……」
ミナはぼろぼろと涙を溢しながら、繰り返すように呟き続けている。
「カイ……なんで、なんで……こんな酷い。嫌だ……怖い、怖いよ……フォリー様……」
……ミナ。
「……フォリーお母さん……」
…………。
ふたり共、倒れているフェンリルに抱き付きたまま、動こうとはしない。
『ミナ……アル、先を急ごう! フォリーさん、どうか、無事でいてっ!』
ノエルが俺を促した。
「ああ……ミナ、ミオ。お前達の『目的』は何だ? フォリーさんを助け出す事だろう。こんな所で立ち止まってていいのか?」
俺はうずくまっているふたりの背後から、そう声を掛けた。
「……そ、そんな訳ないじゃないっ!」
「……そうだっ、僕達は先に進まないと!」
ふたりとも立ち上がり、俺の方へと振り返った。その表情は涙の跡こそまだ残ってはいたが、決意を決めたようにキュッと、引き締まったものへと変わっていた。
「ごめんね、カイ。必ず後で迎えに来るから……それまで待っててね……」
ミナが振り返り、事切れたフェンリルにそっと呟く。それを最後に、俺達はこの場を離れ、先へと進んで行った。
─────
俺が先頭を、ミナとミオがその後に続いて進む。
広い廊下のような空間が、一直線にずっと続いている。白の精霊によって照らし出されているその先は未だ、見えないままだった。
俺達はその中を無言のまま、ただ歩き進める。
………。
重苦しく感じていた空気が、より一層強いものとなっているように感じられる。
──ミシッ、ミシッと、まるで、空気が軋めいているような気が……。
「何だか、凄く息苦しい……」
ミオが小さく声を漏らす。
………。
確かに今までに感じた事のない、この重苦しい異様な雰囲気……この先にフォリーという人物以外の『何か』がいるのは、最早間違いない!
俺の、デュオの額に流れる冷たい汗の感触……。
……もしかして、『滅ぼす者』……なのか?
──俺は魔剣を握る右手にギュッと力を込めた。
─────
やがて俺達の視界の先に、扉らしき物が小さく見えてきた……だが、それはすでに開いているようだった。
「待って! デュオ、何か聞こえるっ!!」
ミナが突然立ち止まり、大声で叫んだ。
──!?
俺達三人は動きを止め、視線の先の開いている扉の様子を伺う。
「……!! 聞こえる、確かに聞こえるっ! これは……」
先の開いた扉の奥から、微かに漏れてくる、激しく打ち合うような金属音。
それと、これは──女の人の声……?
───
「フォリー様っ!!」
不意にミナが、開いている扉に向かって駆け出した。
「フォリー様、待ってて! 今直ぐに行くから!!」
「バカッ! ミナ、先走るなって言っただろうがっ!!」
「ミナっ、駄目だ!!」
俺とミオが、慌ててその後を追う。
開いている扉に近付くにつれ、打ち合う打撃音が大きくなってくる。
フォリーさんが戦っているのか?
という事は、まだ無事なんだな。良かった、取りあえずは何とか間に合ったか!
俺達三人は、開いた扉の先の、金属音が鳴り響いていた部屋の中へ。
その場所に──
─────
──ミシッ、ミシッ─と、空気が、軋む。
そこに『黒い異形の巨人』がいた。
大きな顎を持つ、竜のような形状の頭。隆々と盛り上がった大胸筋を持つ赤黒い色の上半身。その背中から前へと伸びるように生えているもう一組の腕、計四本の腕によって、それぞれ剣と槍のような得物を手にしている。
強靭そうな下半身の足のその形状は、猛禽類の鋭い爪を彷彿とさせた。
今までに目にした事のない。いや、その知識すら一切ない、未知なる怪物──
もしも、この世界の架空の存在である『悪魔』を、具現化させたのならば、きっと、このような姿になるのだろう。そんな連想を抱かされる程に、その姿は凶悪な禍々しさを醸し出していた。
───
「……こいつは、一体……何なんだ──」
思わず唾を飲み込む、俺がいた。
ふと俺の視界の中に、その巨人と少し離れた場所で、うずくまっている金色の長い髪の女性の姿が──
あれが、フォリーさん?
───
「!?──フォリー様ああぁっ!!」
「ああっ、フォ、フォリー様!!」
俺は彼女の元へと駆け出そうとしたふたりを、それぞれ腕で抱え込み、無理矢理に止めに入る。
「ちょっと、デュオ! お願いっ、離してっ!!」
「僕達をフォリー様の所に行かせて下さいっ!!」
「………」
俺は無言でミナとミオの身体を、左右の腕でそれぞれ抱き抱えた。そしてそのまま天上に向かって跳び上がる。
身体を捻って反転し、足で天上を蹴り上げ、その反動を使って、フォリーがうずくまっている地点へと着地した。
それにより上手い具合に、黒い巨人とフォリーの間に割って入った形となる。
俺は両脇にふたりの身体を抱え込んだ状態のまま、地面に前のめりにうずくまっている、フォリーへと声を上げた。
「フォリーさん! 聞こえてます? 無事ですかっ!」
その声に反応して、フォリーの身体が僅かながら、ピクリと動いた。
「……ぐっ、ううっ……」
そしてその口から漏れる小さな声。
「「フォリー様!!」」
俺の腕の中で、ミナとミオが大声で同時に叫ぶ。
……良かった。何とか、意識はあるみたいだ。
俺はミオに声を掛ける。
「ミオ、癒しの魔法は使える?」
「はいっ、勿論!」
「癒しの魔法はあたしも大得意! だから、早くっ!!」
ふたり共、早く降ろせと言わんばかりに、手足をバタバタとさせる。俺はふたりを地面に降ろしながら言った。
「じゃあ、ふたり共、全力でフォリーさんの回復の方、頼む!」
「そんな事、あんたに言われるまでもない! フォリー様っ!!」
ミナが早速、フォリーの所に向かう。
「はいっ、デュオさん。回復の方は僕達に任せて下さいっ!」
ミオがペコリと頭を下げ、ミナの後に続く。
フォリーがそれに気付き、僅かに顔を上げた。
「……ミナ、ミオ……ど、どう……して……?」
ふたりは、治癒魔法の詠唱を始めながら、フォリーにそっと声を掛ける。
「フォリー様、僕達が癒しの魔法を施します……少し、お休みになって下さい。きっと、大丈夫。デュオさんは強い……」
「うん、ちょっと悔しいけど、デュオなら必ず──」
「……デュ……オ?……」
そう呟きながら、フォリーは虚ろな目をそっと閉じた。
「!?」
その様子に驚くミナ。
「大丈夫、心配しないで、ミナ。フォリー様、眠られたみたい……」
「……うん、ぐすっ……良かった」
「さあ、僕達は治癒魔法に集中しよう」
「うんっ!!」
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そのやり取りを耳にしながら、魔剣を構えた俺は、黒い巨人とずっと睨み合ったまま、対峙していた。
ジリジリとフォリー達、三人との距離を取るように誘導するよう試みる。
そんな時、突然そいつは大きな顎を開き、言葉を発した。
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『我の名は『イニティウム』、黒き精霊によって創り出され、『滅ぼす者』として遣わされた『滅びの時』の尖兵也!』
──ミシッ、ミシッ──
再び、空気が軋む。
黒い巨人の発する強大な圧が、この空間の空気と共鳴し、低く唸る地鳴りとなって、共振の音と変化する。
『我の目的は、風の大精霊の消滅。それのみ! その我の使命の邪魔を企てる、汝は何者だ! その目的とは何か! 我の問いに応えてみせよ!!』
──ミシッ、ミシッ──
空気が悲鳴の声を上げ続ける。
───
俺の……。
俺の『目的』は──!!