34話 エルフの双子、その決意
よろしくお願い致します。
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そうだな、まずは話し掛けてみるか。
俺は階段上へと移動し、その場所から、祭壇の下で俺の事をずっと睨み続けている、ふたりに声を掛けた。
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「こんにちは、私はデュオ。デュオ・エタニティ。旅の冒険者だ。ここには四大精霊のひとつ、風の大精霊に会う為に来た」
「「!!」」
「何か、勇み立っているところ申し訳ないけど、私が君達に襲われている、その理由を教えてくれるかな?」
ふたり共、俺を睨み付けたまま、黙っている。
「大丈夫、安心して欲しい。私は君達に危害を加えるような事は絶対にしない」
俺の声に、男の子の方が声を発してきた。
「……デュオって言ったね。あなたが風の大精霊に会う、その『目的』は一体、何?」
えっと、確かこの男の子はミオって、呼ばれてたっけ。
俺はその男の子、ミオに答える。
「私が風の大精霊に会う目的は、正確に言えばまだない。う~ん、何て言ったらいいのかな、今はその『目的』を知るのが目的かな?」
「……??」
俺の言葉に、キョトンとする男の子、ミオ。
あらら、混乱させてしまったか。
「えーっと、取りあえず、私は仮の目的として伝説上の『滅びの時』、『滅ぼす者』、その事について調べている。そしてそれが真実ならば、できればそれを止めたい。その為に風の大精霊に会いたいんだ」
「………」
ふたり共、言葉なく沈黙する──しばらくして、女の子の方、ミナが突然声を上げた。
「『滅ぼす者』を止める? そ、それなら、だったら……あたし達に力を貸してっ! お願い! フォリー様を助けてっ!!」
すると、慌てて、ミオが割って入る。
「えっ、それはさすがに無理があるんじゃないの? ミナ、僕はまだこの人の事、信用した訳じゃないし……」
ミナがミオをキッと、睨み付けながら言う。
「もうそんな事言ってられないっ! フォリー様が祭壇の中に入ってから、丸一日経つんだよ?……きっと、何かあったに違いない!」
ミナの表情が、思い詰めたものへと変わる。
「は、早くしないと、フォリー様が……」
「……ミナ」
ふたり共、力なくうつ向いてしまっていた。そんなふたりに、俺はできるだけやさしく声を掛ける。
「良かったら事情を聞かせてくれる? もしかすれば、力になってあげられるかも知れない」
俺のその声に、ミオは無言で頷く。ミナの方は、うつ向いたままで微動だにしなかった。俺は階段を降り、ふたりに近付いて行く。
そんな俺の事を、見上げるように顔を上げるミナとミオ。
遠目からでも綺麗な顔だなって、思ってはいたけど──
間近で見るミナとミオは、幼いながらも完璧な美少女、美少年だった。
───
『うわああぁ~、この子達、すっごく綺麗な顔をしてるね~。まるで可愛いお人形さんみたい……』
『いえいえ、ノエルさんだって負けてやしませんよ?』
『……アル、殴っていい?』
『……ごめんなさい。ぐふっ』
─ってか、殴れるんだ……。
まあ、コホン、でも何だ、そこはさすがに森の妖精、エルフといったところか。
───
祭壇の下へと降り終えた俺は、そのまま階段の上に腰掛けた。その俺の横に並ぶようにして、ミオとその隣にミナが、階段の上にそれぞれ座り込む。
ミナの方は、座るなり再び頭を下げ、両膝を腕で抱えながら、うつ向いてしまった。
しばらくの沈黙の後、ミオの方が呟くように声を発してくる。
「不思議な瞳ですね……」
「……?」
ああ、このオッドアイの事か。
「あの、その……とっても、綺麗です……」
ミオが目を泳がせながら、真っ赤な顔で小さくそう呟く──やっぱり、目の事を綺麗だと言ってくれるのは、素直に嬉しい。
「ありがとう」
───
「あの、デュオさんって、僕達よりも大分お姉さんなんですね。今はいくつ何ですか?」
はて──ノエルの年齢……そういえば、まだ知らないや。
『私はアルと出会った時に、17になったばかりだよ』
………。
『そ、そうなんだ……』
17か、正直、もうちょっと下かと思ってた。いや、主に精神的年齢って、意味で……。
『─って、さっきのその間は何?……何か、悪意を感じるんだけど?』
『い、いや、今が一番いい時だなって。何となく』
『……そ、そんな、今の私が一番麗しい乙女だなんて!……もう、アルったら照れるじゃない! 嫌だなあぁ~、もう、くふふっ、いやああ~んっ!!』
『………』
だから、そういうところがだよっ! ってか、俺はそんな事は、一言も申してはおりませんっ!
それにしても17かぁ~。
そういえば、俺って、一体いくつ何だろう? って……おっと、少し話が逸れてしまったな。
「えっと、私は、17かな。君達はいくつ? 見たところエルフみたいだから、もしかして、まさかそれで30とか40とか?」
その答えにミオは、くすっと笑って答える。
「いいえ、僕達はふたり共、11歳です。エルフって、勘違いされがちですけど、成人までは人間と成長速度は同じなんですよ」
「あっ、そうなんだ」
俺も笑顔で、それに返した。
これでちょっとは打ち解けた感じになったか?
「それじゃ、話してくれるかな?」
「はい」
ミオがコクンと頷きながら答える。
「あっ、僕、ミオって言います。それで隣の彼女が双子の姉で、ミナ……あの、さっきはいきなり襲い掛かったりして、本当に申し訳ありませんでした」
「ああ、いいよ、別に気にしなくていい。あれくらいなら、たいした事ないしさ」
その言葉に、階段の上でうずくまっているミナの身体が、一瞬反応し、ピクリと動いた。
「……やっぱり、デュオさんって凄いんですね。あれをたいした事ないだなんて……ミナの疾風の鏃を、防御系の魔法で、防ぐじゃなくて、かわすだなんて……僕、あんなの初めて見ました」
ミオは続ける。
「あなたなら、もしかすれば、フォステリア様の助けになるのかも知れない」
……フォステリア。ああ、さっきから、フォリーって言ってた人の事か。
「フォリー、いや、フォステリアさんって、君達の大切な人?」
すると、今まで黙って無言だったミナが、突然、その口を開いた。
「……フォステリア様。偉大なる賢者であり、風の大精霊シルフィーヌ様の『守護する者』でもある御方。そしてあたし達ふたりの、唯一の大切な家族……」
それだけ言うと、ミナは再び沈黙する──それを察したミオが、代わりに話し出した。
「ごめんなさい。僕が説明します。この国には風の大精霊を、悠久の時の始祖、その名を『シルフィーヌ』として崇め、信仰しているエルフの一族が存在しています。それが僕達です」
『悠久の時の始祖……』
ノエルが、そっと呟く。
「もう、ご存知かも知れませんが、我らが風の大精霊、シルフィーヌ様は、悠久の風たる故にその御身を一箇所に留める事はありません。この国の四つの祭壇を、お気の向くままにお移りになられます。その為に僕達エルフの一族は、四つの祭壇近くにそれぞれ小さな集落を作り、そこで生活を営んでいます」
ミオが淡々と話し続ける。一方のミナは、未だに黙って、うつ向いたままだった。
「ちょうど、三日前の事でした。今、僕達がいるこの祭壇近くの集落、つまりは僕達、ふたりが暮らしている所に、フォリー様がいらしたんです。フォリー様の幼馴染みとなる二頭の神狼と共に……久しぶりの再会でした」
すると、ここでミナがうつ向いたまま、再び言葉を発した。
「そう、とても嬉しかった。あたし達、家族三人が共に暮らす家。その場所に、フォリー様が帰ってらしてくれた。けれど……フォリー様。ううん、フォステリア様は、私達、エルフの中でも特別な存在、上位種のハイエルフ。そしてシルフィーヌ様より選ばれた『守護する者』。だから……あたし達、ふたりはずっとフォリー様の傍にいたいのに、いる事が許されない……」
ミナの発する声が、涙声と変わる。
「あたし達ふたりは、まだ小さい時に人間達に襲われ、両親を奪われた。奴隷商に捕らえられ、絶望に打ちひしがれていた……そんな時にフォリー様が現れて、あたし達の事を救い出してくれた。そして身寄りのなくなったあたし達ふたりを引き取ってくれて、しかも家族になってくれるって……でも、あのお人は『守護する者』。常に風の大精霊シルフィーヌ様と共に在られる身……あたし達ふたりは、集落のひとつに暮らし始め、フォリー様が帰って来る三人の家族の場所として、その帰りを待つようになった……三日前にあたし達の所に帰って来てくれたのは、何ヵ月ぶりだったっけ? その度に、お話になってくれるあたし達の知らない世界のお話、色々な体験談……そしてあたし達に向けられるやさしい眼差し……あたし達は、フォリー様が……フォリー様がいてくれるから生きてこられたんだ!」
最後は大声で叫び、そしてミナは再び抱えている膝の間へと顔を埋める。
その身体は嗚咽によって小刻みに震えていた。そんな彼女の方へと、心配そうな視線を送りながら、今度はミオが話し出す。
「今回フォリー様が、僕達の所にいらしたのは今、この祭壇に風の大精霊シルフィーヌ様がおられになっているからです。シルフィーヌ様に呼び出されたフォリー様は、この祭壇へと向かう事となりました。何か異変をお感じになられていたようでした……そしてフォリー様がこの祭壇へ向かう時に、無理を言って僕達、ふたりの同行をお願いしたんです。フォリー様はそれをお許しになってくれました。その為にふたり共、魔法の訓練を励んで、がんばっていたのだからって──その言葉が、とても嬉しかった。そしてこの祭壇に到着しました。フォリー様は、二頭のフェンリルと共に祭壇の中へ……その同行は、予想通り、お許しになっては貰えませんでした。フォリー様は、僕達、ふたりに外で待っているように、そして安全な場所に隠れて、絶対に動かないように、直ぐに帰って来るからと……」
ミオの話す声も、涙混じりのものへと変わっていく。
「だけど、フォリー様はまだ祭壇から出てこられない。もう、丸一日も経った今でも……そして急に風が止んだ。悠久である筈の、止む事のない風が止んでしまった。……僕達は、もういても立ってもいられなくなり、祭壇の中へ向かおうかと話していたところでした。そんな時、デュオさん。あなたが現れたんです」
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……成る程、大体の事情は掴めた。とにかく運が良かった。この場所へと向かって大正解だった。ひとつ目の祭壇で、大当たりだったって訳だ。
すると、顔を上げたミナが突然、俺に訴え掛けてきた。
「これで分かったでしょっ! あたし達は、これからフォリー様を助ける為に、祭壇の中に入る。だから、あんたのその力を貸して! お願いっ!!」
「………」
しばらく考えて、俺はふたりに言った。
「分かった。いいよ、私が中に入ってフォリーさんの事を助け出してくる。だから、君達は外で待っていてくれ」
ミナが驚くように声を上げた。
「そ、そんなの嫌よっ、あたしも行く!」
「駄目だっ!」
「……なんでっ!?」
俺はミナを見ながら言った。
「それは……フォリーさんは、君達に外で待つように言ったんだろ? 動いちゃ駄目だって、それはミナ、ミオ、ふたりを危険な目に遭わせたくなかったからだ。だから、連れて行く訳にはいかない。私ひとりで行く」
「……嫌だ……」
「……?」
「……絶対に嫌だ……あたしも行く……」
ミナは立ち上がり、握り拳を作って歯をくいしばっていた。その目からは涙が溢れ出している。
「絶対に嫌だっ!! ここで何もしないで、じっと待って後悔するより、例え、どんな危険な目に遭ったとしても、行って何かをしてから後悔する方が絶対にいいって決まってるから!!──だから、お願い! あたしも、連れてって……どうか……お願い……」
「……ミナ姉ちゃん……」
ミオの悲しげな呟き声が、聞こえてくる。
確かにこの子の言う通りだ。バカだな俺って、こんなの分かりきってた筈なのに……。
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『アル、あなたの負けだね……』
『うん、分かってるよ、ノエル。俺ってやつは、ホントにバカだ……』
俺は立ち上がり、ミナとミオ、ふたりに向かって手を差し伸べた。
「ごめん、ミナ、ミオ。私が間違ってた。一緒に行こう……フォリーさんの所へ──」
「う、うんっ!!」
「ありがとうございますっ!!」
ふたり共に返事を返しながら、差し伸べた手の元へと駆け寄って来る。
「ただし、ふたりとも中に入ったら、絶対に私の後を離れずに付いてくる事! 特にミナ、君は絶対に先走っちゃ駄目だ! 要注意、この爆走娘っ!!」
その声に、ミナが頬を膨らませる。
「な、何よ、それっ!」
ミオがそれにつられて笑う。
「あはははっ、爆走娘。ミナにぴったり!」
「むむっ、何よっ、さっきから思ってたけど、デュオ、あんたちょっと生意気! 大体さあ──」
俺はふたりに向けて、パンパンと二回、軽く手を打ち鳴らした。
「はいはい、おふざけはここまで! ふたりとも気合いを入れて行くよ。じゃあミオ、入り口を教えてくれ」
その声に、ミオは慌てて返事を返してくる。
「は、はいっ!」
そしてその後に続く俺。そんな俺の耳に、ミナのふてくされた悪態が聞こえてくるのであった。
「……ふんっ、なにさ!」
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うん、この子はやっぱりどっかで暴走しそうだ。
──そう肝に銘じる俺だった。