33話 途切れた悠久の風
よろしくお願い致します。
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さて、取りあえずカッコ良く決め台詞を決めて、王都から出たものの、これから何処へ向かおうか?
─っと、その前に前言撤回。あの台詞をしばらくの間、カッコいいと形容するのはよそう。
……また、ノエルに突っ込まれる事になる。
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『アル、これからどうするの?』
大地を蹴る馬に揺られている、俺の頭の中に、ノエルの話し掛ける声が響いてきた。
その声に、俺は馬上でリオス王から譲り受けた地図を広げてみせる。
『うん、リオス王が言った通りに、所在が明確な、火か水の大精霊を目指すか。一番近いのはノースデイ王国の火の精霊石があるっていう寺院になるけど……』
……だけど──
ずっと感じ続けている、頬を撫でる穏やかな風──
──悠久の風──
やっぱり気になる。
無性に気になる。
ずっと吹き続ける穏やかな風が、まるで俺達の事を呼んでいるような……いや、むしろ今から速急にその場所へと向かわねばならないと、焦りさえ感じてしまう自分がいた。
リオス王は場所は定かではないが、このアストレイア王国に風の大精霊が存在するって言っていた。
昔に使用されていた古い祭壇か……。
えーっと、地図にはそれらしき印が四つあるな。
『ノエル、取りあえず、この国にある風の祭壇っていうのを見に行っていいかな? ここから一番近い場所のやつでいいからさ』
『うん、私はそれで構わないよ……そっか、風の大精霊に会えるかも知れないんだね?』
『まあ、何たって四つもあるからな。余程、運が良くなけりゃ、そう簡単には会えないとは思うけど』
──それに、四つの場所を全て回るのは、範囲が広過ぎて、さすがに無理があるしな。
『アル、私達、デュオの下の名前、『エタニティ』って、悠久とか、永遠っていう意味を持つ言葉なの。……私、ずっとそれは、幸せと感じれて素敵な言葉だって思ってたけど、人によっては不幸で悲しい言葉にもなる。ロゼッタさんと出会って初めてその事を知った……だから、私、悠久と呼ばれてる風の大精霊の事、もっと知りたい……』
ノエル……やっぱりまだ、ロゼッタの事が吹っ切れてないのか……。
『……分かった。ノエル、それじゃ会いに行こう。風の大精霊に……』
地図によればこの先、ノースデイ王国との国境付近に祭壇の印がひとつある。この場所からもそう離れてはいない。
俺達はまず、その場所へと向かう事にした。
─────
馬を走らせた俺達は、人里からどんどん離れて行き、やがて山の中へ──
今はその林の中に馬を走らせている。
ふと気付くと、晴れていた空がどんよりと曇り、曇天の空へと変わっていた。
それと同時に、ある事に気付く──
「風が……止んでいる……」
『えっ、そうなの?』
『ああ、止んでる……』
このアストレイア王国という国に入ってから、常に身体で感じ続けていた穏やかな風が、急に途切れるように止んでしまっていた。
そしてその代わりに、気のせいなのか、周りの空気が何やら重苦しいとも感じ取れるようになっていた。
……何か、すっごく嫌な胸騒ぎがする……。
不吉な予感を感じながらも、俺は馬を走らせた──しばらくすると突然林がなくなり、山間の開けた場所に辿り着く。
「何か、いかにもって場所だな……」
周囲を林に囲まれた、背の高い雑草が生い茂る広い空間。
俺は馬の足を止め、辺りを見回しながら、監察する。
『──あ、アル、あれっ!』
『え、どれっ?』
『ほら、あそこっ!!』
『い、いや、だから、どこっ!?』
お互い見えている視点は同じでも、やっぱり、意識がふたつある訳なので、互いに違う所に意識がいってしまっているのだろう。
こういう時は全く会話が噛み合わない。やっぱり、身体がひとつなのは不便だなぁって、こういう場面では思ってしまう。会話も極力、声じゃなくて念話だし。まあ、それでも大分、慣れてはきたんだけど。
『だから、そこの崖がある所! その奥に何か見えない?』
ノエルの声に、俺は視界に入っている光景に、全神経を集中させる。
ん~~、えーっと、崖、崖っと…………あっ!
『うん、俺にも見えた。えーっと、あれがもしかして、祭壇なのかな?』
俺はノエルに答えながら、その場所へと馬を走らせる。
開けた場所に、唯一、木々が生い茂って隠された形になって、気付きにくかったが、周囲を背の高い木々によって囲まれた崖の上に、祭壇らしきものが確かにあった。
想像していたよりも大分小さい。小型の平べったい城壁のような石造りの祭壇。大きな柱が、左右に二本立っているが、その内一本は途中で折れて無くなっていた。
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ここから見る限り、外見からは特に調べる所はなさそうだけど。取りあえず、上に上がってみるか。
俺達は馬から降り、祭壇の上へと続く石造りの階段を登った──やがて上へと辿り着く。周囲を見回すが、やはり下から見た通り、特には──
「何もないな……」
その時だった。
「──!!」
急に何かの気配を感じた。こちらへと急速に迫ってくる目に見えない何か!──上方に大きく跳んで、それをかわす。
同時に目に見えない何かの衝撃で、俺が立っていた場所の石畳の床が抉れた。
「これは──魔法かっ!?」
空中で宙返りをし、地面に着地する。その直後に聞こえてくる声──
「えっ嘘っ、避けたっ!? くそっ、今度は絶対に外さない!」
この声は子供? しかも女の子?
「えーっい、もう一度、いっけええぇぇーーっ!! 風の鏃っ!」
その声によって、再び俺へと放たれる見えない魔法。
今度はそれを真横に跳んでかわしながら、声が発せられる方へと視線を走らせた。
深い緑色のローブを纏った子供が、この祭壇に向かって駆け寄って来る姿が確認できる。ただフードを目深に被っているので、容姿までは分からない。その子供が駆け寄りながら、再び声を上げた。
「ええっ、また避けられた!……あいつ、一体、何者なのっ!!」
「だから、やめろって言ってるのにっ! ちょっと、聞いてるの? ミナ!」
──えっ、もう一人いる?
見ると同じような背格好の子供が、その後を追うようにして姿を現した。その子供も前の子と同じ深緑のローブを着用し、フードで顔を覆い隠している。
「うるさいっ! 文句ばっか言ってないで、あんたもちょっとは手伝ってよ、ミオ!」
「だから、考えなしに突っ込んで行くのはよせって、言ってるでしょっ!」
声の感じからして、先に来た方が女の子で、後の子が男の子か……何だか、言い争っているみたいだけど──
「嫌だっ! もう待ってられない。あたし……あたしは、フォリー様の力になりたいの!!」
女の子の方が、大声で叫ぶ。
「だ、だからって……フォリー様に僕達は絶対に動くなって、言われてるのにっ!──ええい、もう、どうなっても知らないからねっ!」
そう言いながら、男の子の方は魔法の詠唱を始める──浮かび上がる緑色の魔法陣。
「僕の呼び掛けに応えて……風の精霊、僕達に力を貸して!」
すると、その声に応じるように突然、つむじ風が吹き、同時に緑色に輝く小さな女の子の姿をした精霊が、宙に浮き上がるように出現する。
おおっ……何か、懐かしいな。
その姿に、俺は孤島で出会ったロッティの事を思い出した。
『はい、承知致しました。主様』
緑色に輝く小人の女の子が、そう返事を返すと共に、男の子、女の子ふたりの身体が、緑色の目映い光に包まれていく。
「ありがとう、シルフ……さあ、行こう。ミナ、フォリー様の所へ。もう、僕も覚悟を決めた!」
「うんっ、これならいけそうだよ、ミオ! 早くあいつをやっつけて……フォリー様、待っていて下さい!!」
そしてふたりはフードを外し、俺を睨み付ける。
顕となったその顔に、俺は魔剣へと伸ばしていた右手を止めた。
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『アルっ! ダメだよ、だって、あの子達……』
『ああ、分かってるよ、ノエル』
顔が顕となった、その容姿は──
白銀の髪、どちらもショート、そして端正に整った綺麗なふたつの顔は瓜二つだった。
『ふたり共そっくり……双子かな?』
『多分な……』
ノエルの問い掛けに、生返事を返しながら、俺は監察を続ける。
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年齢は10歳前後か?
……ん? 耳が大きくて、先端が尖ってるな─って事は……。
「森の妖精とも言われている、人間の亜種、風の護り人。その双子か?」
エルフと思われるふたりの美しい子供は、尚も俺に鋭い視線を向けていた。
でも……何故、こんな場所に?
左、ミオ。──右、ミナ。