32話 出立
よろしくお願い致します。
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やがて色々とあった宴は終り、俺達はリオス王の好意によって、昨晩はそのまま王城の賓客室で一泊させて貰う事になった。
そしてその翌朝、俺達デュオは旅の支度を済ませ、今は城門の前で立っている。
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『それにしても、朝から心地いい風が吹いているよな~。ホント、気持ちいい』
『えっ、やっぱりそうなの? 残念。私には全然分かんないや』
おっと、そうだった。この心地よい穏やかな風を、今のノエルには感じ取る事ができないのだ。
その事に対して、何となく申し訳ない気持ちになりながらも、今のこの時に吹いている穏やかな風は俺にとって、とても心地よいものと感じてしまう。
やはり、この国の何処かに、風の大精霊が存在しているのだろう。
そんな事を考えていると、リオス王とディアス、そして一頭の白馬を連れた兵士、三人の姿がこの場所に現れた。
通常、一国の王ともなる人物が、たかが一介の冒険者風情の見送りに自ら城門まで赴くなんて、あり得ない事なのだが、このリオス王という人は、色々と常識を逸脱させた思考の持ち主だ。
その事に対して、俺は特別驚く事はなかった。
……まあ、前もって見送りに来るから待っていてくれ、との伝達を受けていたのではあるが──
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俺はリオス王の前に行き、軽く頭を下げる。
「リオス様、今回は大変お世話になりました。大精霊の有益な情報や旅の資金の調達など、併せてお礼を申し上げます」
最初はこの謁見の件、断ろうか? なんて考えた時もあったけど、来て大正解だった。
大精霊の情報は、首尾良く手に入れる事ができたし、報酬金だって旅の資金には充分過ぎるくらい……何より一番の収穫は、このリオス王という王が、聡明な人物であるという事。
これから先、何かあったとしても、この王が健在な限り、アストレイア王国という国は、おそらくその平穏を保つ事ができるだろう。
「いえいえ、デュオさん、そんなお礼は無用ですよ。あなたにはそれに見合った事を、成し遂げて頂いてますから、それに……」
リオス王は真っ直ぐに俺を見ながら、話を続ける。
「この世界を無に帰するとされている『滅びの時』、そして『滅ぼす者』の存在……その全てが伝説に過ぎませんが、何か胸騒ぎがするのです。いや、僕の感じる予感かな?……今回の廃城の事件も、もしかすれば、その予兆なのかもって……」
「……リオス様」
「デュオさん。あなたは、この世界での目的を探していると言っていましたね? 自分自身を探しているのだとも……」
「はい」
俺はリオスを見ながら頷く。
「デュオさん、僕はそれに懸ける事にしたんです。この世界の『滅びの時』、『滅ぼす者』、その事があなたの探しているものと関わりを持つ事を……異なる世界の者であるあなたが、この世界の脅威となる存在と重なり合ってくれる事に、懸ける事にしたんです……いいえ、僕はそれを望んでいるのかも知れない──」
「………」
リオス王は、静かに目を閉じて話し続ける。
「僕が望んだ通りにあなたの目的が、この世界に関わりを持つ事になったとしても、その結果は分かりません……今のままこの世界があり続けるのか、あるいは『滅びの時』が訪れ、何も存在する事のない無の世界に帰するのか……」
そしてリオス王はゆっくりと目を開けながら微笑んだ。
「でもね、デュオさん。昨晩の宴の時に、皆から剣姫って呼ばれてるあなたのドレス姿を見ていると、もうどっちでもいいやって、思ってしまったんです。何か自分が悩んでいるのが馬鹿馬鹿しくなってきて……無責任だけど、デュオさん。あなたなら、どうにかしてくれるんじゃないかって……はははっ、やっぱり、僕は王には向いてないですね……こんなじゃ駄目だなぁ~」
俺は頭を振り、そっとリオス王の手を取った。
「そんな事ないです。あなたは立派に『王様』ですよ」
「……ありがとう」
リオス王も俺の手を力強く握り返し、握手を交わす。
「ああ、そうだ、忘れてましたが、あなたに馬を用意しているのですよ。必要なものです、どうぞ受け取って下さい」
そう言うと、リオス王は白馬を連れている兵士に合図をする──俺は兵士からその馬を受け取った。
「綺麗な毛並みですね。ありがたく頂戴致します」
すると、今度はディアスが俺の前へとやってきた。
「デュオ、俺にも握手をして貰っていいか?」
「ええ、勿論」
俺とディアスは、ガッチリと手を握り合う。
その時に悪戯を思い付き、わざとその手を大きく上下に動かした。それに合わせてディアスの身体も大きく上下に揺れる。
「お、おわっ!……う、うむ。よしっ! 今のでデュオ、君の事は吹っ切る事ができそうだ。ありがとう」
「くすっ、いいえ、どういたしまして」
俺は悪戯の続きで、ディアスに向け、ウインクをしながら答えた。
「……ぐっ、むぐぐ……コホン。ではデュオ、達者でな。吉報を待っているぞ」
顔を赤くしたディアスが、慌てて手を離しながら言う。
「はい、ディアスさん。あなたもお元気で」
俺は受け取った白馬へと跨がった──そして馬上からふたりに声を掛ける。
「では、行きますね。私……いや、“俺”、必ず自分自身を、見付け出してみせますからっ!!」
リオス王が呟く。
「デュオさん。あなたが四大精霊と共に在る事を祈っています」
その声の後に俺は手綱を操り、馬の踵を返した。
嘶く声と共に感じる、穏やかな悠久の風──
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『行くぞ、ノエル!』
『うん、アル!』
馬の腹を蹴り、馬上に乗った俺達、デュオはこの場所から駆け出した。
「さあ、いざ行かん! 新しい未知なる冒険へ!!」
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そして白馬に跨がった俺達の姿は、彼らの前から消え去るのだった。
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その後、馬上にて──
『アル、さっき、最後の決め台詞の事なんだけど……』
『……分かってる、分かってるから、皆まで言うな……』
『はっきり言って、あんまりカッコ良くないよ……っていうか、くさい台詞?』
『だーーっ! だから皆まで言うなってばっ!!……その事に関して俺は否定はしない。だが、止める事はできないっ!……何故ならば──』
『………』
『あの台詞は俺にとっての最高の決め台詞だからだああああああーーっ!!』
『寒っ!─って、あれ、おかしいな? 感じる筈ないのに、何故か、急に肌寒くなってきちゃった……』
『……だから、言うなって!』
『……“いざ、行かん。新しい冒険へ”──キリッ………ふっ……』
『ぐふっ─っていうか、いい加減うざい! ノエル、しばらくトマト食べるの禁止な?』
『ええっ、そ、そんな殺生な! ごめんなさいアル、許してえぇ~~!』
『いんや、許さん!!』
『ええ、嫌だあぁ~、うわ~んトマト様ーーっ!!』
よっしゃ、どさくさに紛れて有益交渉妥結成功!!……ってかさ……。
『うぇ~ん、トマト様やーい!!』
こんな所で何やってんだろな……俺達って……。
『トマト様、カムバッーークッ!!』
……いや、ホント……。