31話 ずっと一緒に……
よろしくお願い致します。
───
「それにしても……」
ディアスは、俺の方へとまじまじと観察するような視線を送ってくる。
「王もおっしゃっておられたが、ははっ、剣姫というのは、本当に上手く言ったものだな。まさにその通りだよ」
「ディアスさんまで……止して下さいよ。そういうの苦手なんですから」
「はははっ、すまん」
──剣姫か。そういえば。
「あの、ディアスさん。戦姫って、誰の事なんです?」
「戦姫……ああ、戦姫様は我が国、アストレイア王家の長女にあらせられる御方だ──キリア・ジ・アストレイア──現国王、リオス様の姉上にあたる姫君だ。そして当時、大陸最強と謳われた我がアストレイア王国騎士団の団長を務めていた御方でもある……今はその席は空席となってしまっているが……」
「─という事は、今はこの国にはおられないのですか?」
俺のその問いに、ディアスは一口、ワインを口にした。
「……そうだな、可憐でとてもお美しい御方だった。それでいて、その麗しいお姿にはそぐわない常人を遥かに超えた強大な力の持ち主でもあった。そう、まるで今の君のような……だが、ちょっと訳ありでな、今はその行方をくらましておられる……まあ、世間一般に言うなら、それは出奔と呼ばれる形になるのだが……」
「………」
「戦姫……我らからは大いなる敬愛を以てそう呼ばれ、敵となる者には強大な脅威と畏怖を込めて、『粉砕皇女』……そう呼称されて恐れられた我らが偉大なる姫君だ」
「そう、なんですか……何かすみません、変な事聞いちゃって」
ディアスはそれに笑って返してくる。
「はははっ、別に構わんよ、もう随分と前の事だ。それに彼の戦姫様が御不在で、いくら、今の我が騎士団がその機能を失っているとしても、我が国には俺の兵士団を含め、屈強な兵士団が五つとある。少なくともそれがある限り、我がアストレイア王国は、未だに大陸一の戦力を誇っている国であることに間違いないのだからな」
「へぇ~、そうなんだ。知らなかったです」
「はははっ、こう見えても我がアストレイア王国は大陸一の大国なんだぞ。そうだ、この場にも他の兵士団分団長、四人も来てる筈だ。また後にでも紹介しよう」
「はい、ありがとうございます」
「……それはさておいてだ──」
ディアスは、コトリと手に持つ空のワイングラスをテーブルの上に置く。そして次に真剣な面持ちで、熱を帯びた眼差しを俺の方へと向けてきた。
「デュオ君、いや、これからはデュオと呼ばせて貰っても構わないか?」
「は?……ああ、別にそれは構いませんが、何か?」
俺の事を見つめ続けるディアス……そして
「それではデュオ。良ければこれから一曲、俺と踊ってくれないか?」
「……へ?」
──え、な、何だって!?
俺は何を言われたのか、事態がのみ込めず、慌てて周囲を見回した。
すると、周囲で確認できる、聞こえてくる静かな音楽の音と、穏やかに踊る複数の男女の姿が──
どうやら、会場の皆のほとんどが食事の手を休め、今は思い思いの男女ペアに分かれて、互いに身を寄せ合いダンスを興じている様子だった。
───
全く気付かなかった……。
さて、どうしよう? 俺とディアスが寄り添ってダンス?……うげぇ、気色悪っ!! 想像したくもない! そもそも俺、踊れないし……。
──あっ、そうだ!
『ノ、ノエル、頼む! 交替してくれっ!!』
『ヤだっ、絶対に嫌だ!!』
即答だった。ノエルのやつ、まだトマトの件で拗ねてんのか──トホホ。
俺はディアスに答える。
「でも……私、踊れませんよ?」
すると、ディアスは俺の手を取り、会場の中央へとエスコートして行く。
「大丈夫だ。デュオ、君は俺の動きに合わせてくれるだけでいい……」
そう囁くように言うと、ディアスはそっと俺の背中と、腰に手を伸ばしてきた。
「──うっひゃあああああああっ!!」
『わわっ、ちょっとアル、急に変な声出さないで! ビックリするじゃない!』
『しょうがないだろっ! くすぐったいんだからさ!』
ううっ、触れられている、気色悪い。でも、我慢我慢。一体、なんで俺がこんな目に……。
そしてディアスの動きに合わせて、俺は不本意ながらも身体を動かす。
しばらくの間、俺にとっては地獄のような時が流れた。
ふと気付くと、周りの者達は踊る手を休め、俺達二人の踊る姿に見入っているようだった。
さしずめ、将来を期待された若い兵士長と、国を救った剣姫とやらが優雅にダンスを楽しんでる。そんな感じか……。
でもさ、例え見た目はそうでも、実際、中にいる俺は多分、男なんだぞっ! 男二人が寄り添って踊っている……なんておぞましい状況なんだ……。
はあああぁぁ~~、悲しい、俺って可哀想過ぎるっ!!……ホント、もう泣きたい。
───
やがてダンスを終えた俺は、ディアスに誘われて、ふたりバルコニーへと移動した。
途中で彼にワインを勧められたが、俺は飲めないと言ってそれを断った。
今はバルコニーの手すりに手を添えて、俺は夜の空を見上げている。
───
「はぁ~、やっぱり夜の星空って綺麗ですよね? 私、こうやって星を見るの、好きなんですよ」
──最近コボルトだった時に見たそれを、思い出した俺の口から、思わずそう言葉が漏れた。
「……いや、デュオ。君の方が、ずっと綺麗だよ」
「……へ?」
俺は驚いて、ディアスの方へと振り向く。
「デュオ、聞いて欲しい。俺は君の事が好きになってしまった。そして、さっき君と踊らさせて貰って、それは確信へと変わった……どうやら、相当に惚れ込んでしまっているようだ」
はい? どういうこと?
ディアスは真剣な眼差しで、俺の事を見つめてくる。
「君が大きな力を持ち、この世界で何かを成そうとしている事は俺にも分かる……だから、勿論それを達成させた後で構わないんだ。恋人に……い、いや……俺の妻になってくれないか?」
へ? それって、ま、まさか……。
「な──何ですとおおおおおおおぉぉぉぉーーーっ!!!」
俺は目を丸くしながら、大慌てで、ディアスから飛び離れる。
こ、これって、どういう展開だ? 俺は男だよな、何故、男の俺が、男であるディアスの妻になれるんだ!?
──って、あ、そうか、今の俺はノエルの姿のデュオなんだった……ああっ、もう、訳分かんなくなってきたっ!!
しばらく沈黙の時間が流れる──そんな時に頭の中に聞こえてくる、ノエルの声。
『……もしかして、アルって、まさかその男の人のことが……』
「違うわっ!! そんなの、断じてあり得んわっっ!!!」
思わず大声で叫んでしまった俺。
しかし、ディアスは特別、動じている様子もなく、相変わらず俺の事を見つめ続けている。
照れ隠しのつもりで、俺が大声を出したと思っているのか。さて、どうしよう……?
ひとまず、俺は気を落ち着かせる為に一度、大きな深呼吸──
すーーっ、はぁーーっ
そして話し始める。
「ディアスさん。その気持ちは嬉しいけど、私はそれに応えることはできません」
「な、なぜ? 他に君に恋人がいるとか想い人がいるとか? いや、まさか、すでに誰かと夫婦という関係に……?」
ディアスは視線を落とし、苦しそうな声で、呻くように言う。
「いえ、私には恋人はもちろん、想っている人もいません」
「だったらなぜ? 俺の事が気に入らないのか……」
俺は頭を振って否定する。
「いいえ、ディアスさんはやさしいし、素敵な人だと思いますよ。私も気に入っています」
「なら、どうして?」
俺は目を閉じながら、それに答える。
「それは、私にはもうすでに人生の伴侶と呼べる存在がいるから。それが、こいつです」
そう言って、背中の純白の布で包まれた魔剣に、そっと手を添える。
「私は力を得る為にこの剣とある契約を結びました。その契約の条件が、この剣の『家族』となる事。そして『ずっと一緒に共に在る』事。その時から私はこの契約を、一生守ることを心に誓っています。まあ、例えるのなら、この剣が私の旦那様っていったところかな?……なので、申し訳ないのですが……」
『アル……』
俺のその言葉に、ディアスはしばらくうつ向いたままだったが、再び俺の目を見ながら答えた。
「そうか……確か、その剣は君にとって特別な存在だったな……分かった。君の事はきっぱりと諦めるよ。ははっ、その剣が相手じゃ、さすがに分が悪過ぎるからな。まあ、気にしないでくれ、俺はこう見えても立ち直りは早い方なんだ……うん、その、なんだ……ちょっと席を外して、頭を冷やして来る……」
そう言葉を残し、ディアスはバルコニーから出て行く──その足取りは心なしか、少し重たかった。
───
なんか、ちょっと可哀想な事しちゃったかな……?
ちょっとした罪悪感を感じる。そんな思いに耽っていると、俺の頭の中にノエルの声が聞こえてきた。
『……アル、さっきの剣の契約がどうのって、話のところなんだけど……』
『うん、それがどうかした?』
『あのね……』
『うん?』
『……ううん、いや……何でもないよ……』
………?
───
『……ありがとう……』
───
『ん? さっきなんか言った?』
『い~や、何も言ってないよ。それよりもさ、さっきのダンス。どうせなら、アルと踊ってみたかったな~』
『はあ? そんなことできる訳ないじゃん。ひとりでどうやって? 剣舞でも披露するつもりか?』
ノエルの声が、穏やかな笑い声と変わる。
『ふふっ、それも面白いかもね……でも、例え、他の人達からはそう見えても、踊ってるのはふたり一緒だよ』
俺の頭の中で、ドレスに身を包んだノエルが、やさしく微笑む──
─────
『……そう、ずっと一緒だよ──』