30話 剣姫様
よろしくお願い致します。
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「えっ! ええぇって──おわっ、ど、どういう事なんだ!?」
『ひぇ! あわわわわ~~っ!!』
俺は複数のメイド達によって、半ば強引に担ぎ上げられ、着替えの部屋へと連れ去られる形となった。──そして身に付けている物を次々に剥がされていく。
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「ささ、デュオ様、私達がお綺麗にして差し上げますからねっ。どうぞ、お任せ下さいっ!」
「まずはパパっと手早く脱いじゃいましょう─って、何、この黒い剣? すっごく邪魔!!」
「ヤだぁ~、これって繋がって取り外せないじゃない!……って何これ? すり抜けちゃうんだ……」
「こらっ、あなた達! 喋ってないで、ちゃっちゃっと手を動かすっ!!」
「「「はーーい!!」」」
一致団結したメイド達によって繰り出される『お着替え』の卓越された妙技、そしてその早業に、俺達は『服を着替える時の身体の主はノエル』、その決め事を実行する為の身体を交替する余裕さえもなかった。
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「お、おいっ、ちょ、ちょっと、待っ──! あっ、あ~~れええええぇぇぇ~~っ!!」
『わわわわわわわわっ……あうあうあう!』
……やがて
「デュオ様、お着替え完了致しました。どうぞ見鏡でご確認下さい。とても、お綺麗ですよ!」
そのメイドの言葉に、着替え作業の余韻にふらつきながらも、俺は見鏡の前に立つ。するとそこに、俺でありノエルである、デュオが映し出されていた。
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大きく胸元が開いた薄水色のドレス。首からは何かの宝石をあしらった赤い色のネックレスがぶら下がっている。
どうやら、魔剣の方はメイド達は取り外す事を諦めたのか、純白の高級そうな布で包装するように綺麗に巻かれて、これまた綺麗なリボンによって、背中へと括り付けられているのが確認できた。
茶色がかった髪は三つ編みをほどき、肩まで届くセミロング。頭には大きめの白いリボンが付けられている。そして薄く施された化粧。良く見ると口紅もうっすらと確認できる。
大きく後ろへと跳ね上がった、特徴的なくせ毛が可愛らしい。
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「……こ、これが、俺?─って、見とれてる場合じゃない! この姿は俺じゃないっ、ノエルだし、デュオだ!……ど、どうしてこうなった……」
でも、目の前に映っている女の子。すなわちノエル。前から可愛いとは思っていたけど──
俺はもう一度、目の前に映っているその姿を凝視する……そしてその俺の結論は。
やっぱり『可愛い』──そう思ってしまう自分がいるのだった。
少しの間、呆けたように見入ってしまっている俺。
しばらくして、ノエルの声が頭の中に響いてくる……どうやら、彼女の方も自分の姿に見とれていたらしい。
『……こ、これが私? 信じられない。こ、こんなの、生まれて初めて……あうう、うっきゃああぁぁーーっ!! は、恥ずかしいっ!!─って、んん? もしかしてアル、私に見とれてた?……ふふっ、ほらほら~、もう、恥ずかしがらないで、このノエルさんに正直に言いなさいっ──ねっ、見とれてたんでしょ? くすっ』
………。
──うざっ! うざ過ぎるっ!!……いや、実際に可愛いんだけどもさ。
ノエルのその含みのある言い回しに、正直、イラッとした俺は、ある妙案を思い付く。
『……うん、確かに見とれてた。衣装のせいもあるだろうけど、まさかノエルがこんなに可愛い、いや、綺麗だったなんて。正直、見惚れちゃってた。うん』
『うんうん、そうだろそうだろ─って、えっ! アル、今なんて!?……ううっ、い、いや、何、これ?……うう、あうう、うわあああああぁぁぁぁ~~っ!!』
『……ぷっ、あは、あはははっ やりぃ~! これはいつもの仕返しだよっ』
『へっ?……うっ……ぐ、ぐぬぬっ!』
──おっと、ちょっとやり過ぎちゃったか?
『ぐぬぬぬっ、……おのれっ、アル坊! このノエルさんを謀りおったな! 許さんっ、そこに直れ! 成敗してくれる!』
『ひぇぇ~~! お代官様、どうぞお許しを~!!』
俺とノエルがこんな馬鹿なやり取りをしていると、この部屋に別のメイドが入ってきた。
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「あの、デュオ様。宴のご用意ができましたので、ご案内をさせて頂きに参りました。どうぞ、こちらへ──」
「あっ、ああ、はい」
『え? もう、アル! 私、怒ってるんだからねっ!』
『えーっと、ごめんごめん、俺が悪かったよ。早く行こうぜ』
『─っとに、もう』
俺を案内しにきたメイドの後に俺達は付いて行く。
やがて宴の会場となる大広間に案内され、その中へと入った。
「──おおっ!」
『──わあっ!』
目の前に広がるたくさんの人の数。お洒落に着こなしている紳士や貴族の姿、または美しいドレスで着飾ったきらびやかな女性達の姿が確認できる。
それと同時に、周囲から聞こえくる様々な話し声。中央には大きなテーブルがあり、その上には今までに見た事のないようなご馳走が溢れんばかりに並んでいた。
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『見て見てっ、アル! すっごいご馳走だよ~!』
『ああ、ホント美味そうだな。では早速─って、待てよ、こういうのって確かあるよな? 始まりの挨拶ってやつ……』
『え~~っ! もしかしておあずけ?』
『はい、残念ながら、そのもしかして……です……』
俺は会場へと入って来たリオス王とディアス兵士長の姿を確認して、ノエルにそっと呟く。
二人共に先程とは違う礼服へと着替えていた。そしてリオス王が部屋の中央へと進み、この広間の皆に向かって声を上げる。
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「皆さん、お待たせして申し訳ない。そして集まって頂き感謝していますよ!──では、デュオさん。どうぞ、こちらの方へ……」
俺は無言で頷き、リオス王の元へと向かう。そして彼に手招きされるまま、その横へと並んで立つ形となった。
「では皆さん、ご紹介します。冒険者、デュオ・エタニティさんです! 今回、彼女の活躍により、例の廃城の異変に関する恐るべき脅威は取り除かれる事となりました! よって、その勇気と英知を讃え、ここにささやかではありますが、祝賀の宴を用意しました!」
え~っと、こういう場合は確か、こうするんだっけ……?
リオス王の言葉に合わせて、俺はドレスの裾を両手でつまみ、いわゆるカーテシーと呼ばれるお辞儀をやって見せた。
それと同時に周囲から称賛と喝采の声が一斉にどよめく。
「あんなに可愛らしくて、可憐な女の子が?」
「あの恐ろしいアンデット達を、討ち滅ぼしたというのか!」
「見て、背中に綺麗なリボンで括り付けている純白のシルクに覆われてる物……あれって、まるで剣みたい」
「そういえば、水色のドレスに純白の剣、美しいな……剣の姫君……剣姫様と言ったところか!」
「おおっ、いいなそれは、剣姫様!」
騒がしくなっていく宴会場に、辟易とした俺は、深いため息をつく。
はあぁ~~、は、恥ずかしい……やれやれ、これじゃ呈の良い晒し者だよ。なんだよ、剣姫様って、ホント、かんべんしてくれ。
『うう~、お腹空いたーーっ、ご飯……』
ノエルは恥ずかしくないのかよ─って、そうだったな、こいつは色気よりも食い気だもんな。
───
やがてリオス王が、待ちに待った締め括りの言葉を声に出して言った。
「それでは皆さん、宴の方、始めましょう! どうぞ、心行くまで存分に楽しんで下さい!」
やった! じゃあ、今度こそご馳走の方を──
しかし、隣にいたリオス王が透かさず、俺に声を掛けてきた。
「うん、しかし、デュオさん。すっかり見違えましたよ!……成る程、剣姫様か。皆、上手い事を言ったもんだ」
そしていつの間に近付いてきたのか、ディアスも話し掛けてくる。
「デュオ君、本当に綺麗だ……もし、君さえ良ければ、食事の後、俺と一緒に──」
──イラッ
「ちょっと待った!!」
俺は鋭い眼光で、二人を睨み付ける。
「……取りあえず、飯、食っていいっすか!?」
『うお~そうだ! ご飯を食べさせろ~、ご飯~~!』
──ほらほら、ノエルが危ないんだよ、食欲の狂戦士になりかけてる~~っ!!
リオス王とディアスが、共にそれに気付く。
「あっ、申し訳ない、ではデュオさん。我が国、自慢の料理、どうぞご堪能あれ」
「す、すまない、デュオ君。それではまた後で……」
───
俺は二人の言葉が終わるよりも早く、ご馳走が並んでいるテーブルへと飛んで行った。そして我慢ができずに食べ始める。
高級な食材を使用した、今までに見た事もないご馳走の数々……そのあまりの美味しさに、舌鼓を打ちながら、ガツガツと食べ進めた。
「おおっ、なんと、剣姫様の見事な食べっぷり!」
「剣の達人だけでは足らず、食の方も達人とは、いやはや、恐れ入る。はははっ!」
あ~、また何か勝手な戯れ言を言ってる──おっと、この魚料理も美味しいな。
「……それにしてもあの剣姫様の姿を見ていると、彼の戦姫のお若い時の姿を彷彿とさせられるな」
「ああ、まさしくその通りだ……我らが勇ましき戦姫は今、いずこにいらっしゃる事やら……」
うん? 『戦姫』って、一体誰の事だろう?
───
『アル、ちょっといいかな?』
『え?……な、何だ?』
『ねぇ、アル、そこにあるいかにも高級そうなトマトが、私に食べて欲しいって訴え掛けているの。だから、それに是非とも答えてあげたいな~~』
ノエルのその言葉に、俺は恐る恐るテーブルの上を確認する……目に入ってくるおぞましい赤い物体。言われてみれば、高級そうに見えなくもない。
だが、勿論の事。
──御免、こうむるっ!!
『ちょっと落ち着いて考えよう。ノエル、俺達の、いや、君の胃袋はいくらお腹がへっているといっても普通の女の子のそれと同じだ。入る量なんて、たかが知れている』
『うん、そんな事分かってるよ。だ・か・ら、その美味しそうなトマトで、有意義に使いましょ?』
『だーーっ!! 違うわっ! それはノエルにとっての有意義な使い方だろっ? 俺はやだよ、トマトなんかで腹膨らませるのは!』
すると、聞こえてくる彼女の恨めしそうな声。
『えぇーーっ! でもあんなに美味しそうなのにっ! ほら見てよ、あの神々しい赤の光沢を。きっと、あの子はただ者ではない。そう、まるで……魔法の宝石、『野菜界のアレキサンドライト』ですわっ!!』
『へ?──あんた一体、誰っ!?─って、何を訳の分からん事を。とにかく、絶対に嫌だからな! それにトマトなんていつでも食べられるだろっ、ほら、もっと他に食べる物いっぱいあるじゃんか。こんなご馳走、今度はいつにお目に掛かれるか分からないぜ?』
『……嫌だあぁ~、トマト食わせろ~、断固食わせろ~……がるるる……』
げげっ! とうとう食欲の狂戦士に覚醒しよったか!!──こうなれば最早、致し方なし。
俺は覚悟を決め、おぞましき赤い食物、トマトへと手を伸ばした──その時、不意に俺に話し掛ける声が聞こえてくる。
「デュオ君。どうだ、堪能しているか?─って聞くまでもなかったか、うちの国の料理はどれも絶品だろう?」
ディアス兵士長だった。
彼はワインの入ったグラスを片手に、俺に対してにこやかに微笑んでいる。その言葉にトマトへと伸ばしていた手を引っ込めながら、俺はニッコリと満面の笑みで返事を返した。
「はいっ、とっても美味しいっ! 楽しんでますよ!!」
──ディアス兵士長、グッジョブッ!!
『えええぇぇーーっ!……お、おのれディアス!!』
ノエルの悔しそうな声が、俺の頭の中に響くのであった。
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ふぅ~~っ、た、助かった─っていうか、ノエルさんのトマト好き。ホント、どうにかしてくれっ!!