29話 正と負、それは零
よろしくお願い致します。
───
──リオス王が、静かに語り始める。
「──まだこの世界そのものがなかった時、無の空間。そこに地・火・風・水、4つの属性を司る四大精霊と、創造と破壊を司る白の精霊、別名、『零の精霊』が現れたとされています。それら四大精霊は、それぞれ豊穣なる大地を、炎という活力を、悠久の風からなる大気を、癒しの水となる大海を……それにより、まずこの世界が創造されました」
そこまで話してリオス王は一息つく。銀縁の眼鏡を指で押し上げ、そして続ける。
「──次に白の精霊が生命を創り出す事となります。動物、植物、竜や妖精といったあらゆる生命体……そして最後にそれらを導く存在として人、『人間』を創り出し、それに『自我』を与えました。同時にその時、四大精霊もまた、自我を得たとされています。自我を与えた白の精霊自体は、自我を持たない無の存在と伝えられていますが……」
「………」
零の精霊か、それは知らなかったな。確か、白が黒に変わるとか何とか、そんなの何処かで聞いたような……。
そこでリオス王はニコリと笑った。
「まあ、以上がこの大陸に伝えられている大まかな四大精霊の伝承です。それでこの伝承にはこの後、まだ続きがあるのですが……あまり良い内容ではありません。それもお話ししましょうか?」
「勿論、是非お願い致します!」
俺は大きく頷く。
リオス王はそれに答え、表情を引き締め、話し始めた。
「先程も言いましたが、白の精霊は生命を持つ者の代表者として、人間に自我を与えました。それはすなわち『感情を持つ』という事になります。自分で考え、行動する……正しい事も、悪となる事も……」
「………」
「白の精霊は自我はなく、本来はただ、古きものを破壊し、新しいものを創り出す存在です。ですが、人間のある行為によって、白となる色がどんどん澱んでいき、ついには黒くその色を染め上げ、やがてそれは生と死を司る『黒の精霊』と呼ばれる存在へと変化する事になります……そして──」
「……そして?」
俺は思わず、聞き返すように呟く。
「そして黒の精霊となった存在が『滅ぼす者』となる者を創り、生み出し、それがこの世界の全ての生命ある者を、いや、世界そのものに死を与え、全てを滅ぼし、元の何もない無の空間に帰すると、『滅びの時』……伝承ではそう言い伝えられています」
!?……滅ぼす者。
「……その人間のある行為とは?」
俺の問い掛けに、リオス王は一度ゆっくりと目を閉じ、大きく息を吐く──そしてまた話し始めた。
「人の感情は大きくふたつに分かれます。慈愛、希望、勇気、思いやり、などの『正の感情』、そして、憎悪、絶望、怒り、嫉妬などのいわゆる『負の感情』、それらふたつの感情が具合良く均衡を保っていれば、白の精霊は黒のそれに変化を遂げる事はありません。ですが……」
「均衡が崩れる。負の感情に傾くと……ですか……」
俺は答えるように呟いた。
「ええ、その通りです。黒の精霊に変えてしまうという人の行為は、負の感情が生じる行為。戦争、略奪、復讐など……例を挙げれば、切りがないですが」
「……悲しい事ですね」
ポツリとそう声が漏れる。
「確かに、そして恐ろしい事です。ですが、あくまでも言い伝えられた遠い昔の伝承話です。真実かどうかは分かりません……ただ──」
「──今、私達は生きている」
俺はリオス王を見つめながら言った。
「はい。その事で今までの話がただの伝説に過ぎないのか、または僕達の知らない所で、知らない誰かが『それ』を阻止しているのか……ですが、どちらにせよ、ひとつだけ予測できる事があります」
「それは?」
「……それは、もしもそれが真実ならば、少なくとも今の白の精霊の白とされているその色は、限りなく黒のそれに近い色へと変貌を遂げている事でしょう」
………。
『アル、何だか少し怖いね……』
『ノエル、大丈夫、心配すんな。俺が付いてんだろ? 繋がってるから離れられないしさ、まあ、剣だけど』
『ふふっ、そうだったね、ありがと』
うぅ、やっぱ、こういうの、何か恥ずかしい……。
───
それにしても『滅ぼす者』、『滅びの時』か……確か、孤島で戦った竜や吸血鬼王のロゼッタも同じ言葉を口にしていた。という事は……。
考えている俺に、リオス王が問い掛けてくる。
「そういえば今回の廃城の件ですが、報告では首謀者はこの国の征服を企てる死霊使いだったと聞いています。これらの事で『滅ぼす者』に関して、何か感じた事はありませんでしたか?」
「……いいえ、特には」
その返事にリオス王は一瞬、見透かすような視線を俺に対して送ってきた。
「そうですか……それでは、それも今回はそういう事にしておきましょうか」
やっぱりこの人、何か、色々と鋭い。
───
「さて、それでは次に、この大陸に於ける四大精霊があるとされている、その場所なのですが……」
おっと、これからが一番肝心な、俺が最も欲している情報だ──
「白を含め、五つの大精霊の『所在』場所ですが、明確なのは火と水のふたつのみです。火の大精霊は我がアストレイアの姉妹国、僕の叔父となる人物が治めているノースデイ王国にある火の一族の寺院に。そして、水の大精霊はティーシーズ教国に崇拝される女神として、その首都にある神殿に。それぞれ精霊石として、その姿を確認する事ができます」
「火と水……他の三つの場所は?」
「後、三つのものは不明確となりますね。まず、地の大精霊ですが、今はロッズ・デイク自治国領内の何処かにある桃源郷にあるとされています。まあ、桃源郷というところからして、既に訝しいのですがね。次に白、もしくは黒、すなわち、零の精霊の場所ですが、これに至ってはほぼ不明です……ただ、この大陸最北の地にその精霊があるとだけ、伝承に於いてそのように伝わっております。今、その地には近年、ミッドガ・ダル戦国と称する新生国家が誕生し、何やら暗躍をしている様子ですが……」
リオス王は話しを続ける。だが、その表情を今度は少し困惑したものへと変えた。
「最後に風の大精霊の場所ですが……実は我が国、アストレイア領内にあるのです。ですが、申し訳ない。その正確な場所は分かりません。彼の精霊は悠久の風の名の通り、一箇所の場所にその身を留める事はない。ただ、我が国に昔に使われていたであろう精霊の祭壇らしきものが、複数確認されています。おそらくは今も尚、そこを転々となされておられるのでしょう」
───
うーん。となると、取りあえずはやはり、所在が明確な火か水の大精霊を目指すのが妥当か……でも、俺達は今、アストレイアにいる。
──悠久の風
風の大精霊……気になる。
「まあ、こんなところでしょうか、僕があなたに与えて上げられる情報は。あまり頼りにならなくて申し訳ないですが……」
俺はその言葉に、頭をぶんぶんと激しく横に振って答える。
「そ、そんな、とんでもないっ! 充分です! 非常に有益な情報、誠にありがとうございます!」
「ははっ、そう言って頂ければ、僕としても嬉しいです」
そして少しだけ間が空く──しばらくして、リオス王が俺に問い掛けてきた。
「それではデュオさん、今度は僕から質問です。あなたの目的は何でしょうか? 四、いや、五つの大精霊を求めて、あなたは何をしようとしているのです?」
………。
それに対して、俺は一度、深い深呼吸。
──すぅーーっはーーっ
さて──
「今の私に目的はありません。ただ、その大精霊達と関わりを持つ事で、自分がこの場所に存在する意味と、その目的を探そうと考えています。そう、私がこの世界で生きて行く為の目的を。『何もなし』で生きるというのは結構しんどいですから──そうですね、敢えて言うのなら、私は『自分』という存在そのものを探そうとしているのかも知れない……」
『……アル』
ノエルが、頭の中でそっと呟く。
リオス王は目を閉じ、静かに何かを考えている様子だった。そして──
「いや、良く分かりました。何か深い事情があなたにはあるっていう事が……やはり、あなたは非常に興味深い。異なる世界からの来訪者……僕は、デュオさん、あなたにはこの言葉が良く当てはまる。そんな気がします」
「………」
リオス王が俺へと向ける目を見つめ返す。
鋭く光る眼光。彼のその瞳に、何もかも見透かされているような、そんな感覚に陥る。
リオス王。成る程、どうやらこの人は、ただの切れ者っていうだけの人物じゃなさそうだな。
リオス王は急に笑顔で笑いながら、声を高らかに上げる。
「さあ、それでは、お互い堅苦しい話しはこれでお開きとしましょう! この後、ささやかではありますが、宴となる場をご用意しています。是非楽しんで下さい。では、準備を致しますので、デュオさんはしばし別室にておくつろぎ下さい──デュオ・エタニティさんを、賓客の間にご案内してあげて」
その言葉を受けて部屋の奥から、ひとりの女官が姿を現した。
「それではデュオ・エタニティ様、どうぞこちらに──」
女官の後に付いていく為、俺は立ち上がる。
その時、ディアスと再び目があったので軽く会釈をした。しかし彼は、また慌てたようにその視線を逸らす。
……一体、どうしたってんだ? 訳が分からん。
─────
そして俺達は用意された部屋の中にいた。メイドが紅茶と焼き菓子を運んでくる。置かれているソファーもフカフカだ。
『ふぅ~、まあ、何とか必要な情報も手に入れたし、取りあえずはやれやれだな、ノエル』
『ん?……あっ……え~っと、私、今度はがんばって起きてたからね?……ちょっと途中でまた寝てしまいそうだったけど、ちゃんと聞いてたから大丈夫!』
『……って、何の話しをしてんだよっ─っていうか、どうしたんだ? ボーッとした感じだけど』
何か心ここにあらずといった感じの様子だけど、ノエル。一体、急にどうしたんだ?
─────
『……アル! ちょっといいかな!?』
次に頭の中に響いてくる彼女の真面目な声。まるで決死の覚悟をするような──
『……アル、私、あなた言いたい事があるの……』
俺の頭の中に、瞳を潤わせた真剣な面持ちのノエルの姿が思い浮かんだ。
……って、何だ。これ……?
『……う、うん』
……これって、もしかして。
『……あのね、アル、私──』
──うっ!……あううっ……。
……だけど、だけどさ……。
俺って剣なんだぞっ! 一体どうすりゃいいんだよ!!
……………。
…………。
………。
───
『あのね、私、すっごくそこの焼き菓子気になるの。だから、食べてくれないかな?』
……はい?
『できたら後、紅茶も!』
ノ、ノエルさん……ったく、あなたって、お人は……。
『まあ、宴会の前だけど、少しくらいならいいよね。だってその焼き菓子、とっても美味しそうなんだもん』
結局、ノエルって女の子は、どこまでもノエルって女の子なのでした……まあ、つまりはそういう事です。
──それにしても……ああ、ホント、ビックリした!
───
なんやかんやで、俺達が焼き菓子と紅茶を味わっていると、この部屋に複数のメイド達が押し掛けてきた。
「あの、デュオ様。お召しのドレスのご用意が整いました。どうぞ、こちらへ」
メイドの発する声に、思わず唖然とする俺達。
「へっ?」
『どういう事?』
メイドのひとりが、ニコリと微笑みながらお辞儀をする。
「王様から宴用のドレスをデュオ様にご用意するよう、仰せ付かっております。お着替えの準備ができましたのでお伺いに参りました。勿論の事、私達が全身全霊を以てそのお手伝いをさせて頂きます」
「『ええええええええぇぇぇーーっ!!』」
俺の発する声と頭の中のノエルの声が、久しぶりに重なるのだった。