28話 アストレイアの賢王
よろしくお願い致します。
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翌朝。アストレイア王城へと向かう馬車の中に、俺達、デュオの姿があった。
何でもディアス兵士長の計らいで、今回の件に関してアストレイア王から直々の礼となる謁見と、その後、行われるささやかな宴に招かれているのだ。
上手くいけば、今後の目的となる四大精霊の情報が得られる事ができるかも知れない。そう考えて、そのお招きに応じた訳だ。
謁見となるものは正直言って、少々面倒だが、そうも言ってられない。今回の報酬も受け取りに行く必要があるし、何より宴のご馳走が最大の楽しみだった。
という訳で俺達は今、馬車に揺られている。
それにしても──
昨日の戦いの後、ディアス兵士長達の盛大な出迎えに迎えられ、宿屋に戻った俺達は、疲れ果て、そのまま一日をその宿で過ごした。
その間、いつもなら元気なノエルが、陽気にしゃべり掛けてくるのだが、よほど落ち込んでいたのだろう──言葉を発する事なく、終始無言だった。
その時は、それがかなり気掛かりになって、彼女の事を心配していたのだが──
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『わああぁ~~、私、お城の中って、入るの初めてなんだよねっ、宴会のご馳走も楽しみーーっ!』
馬車の窓からぼんやりと外の風景を眺めていた俺の頭の中に、ノエルの陽気な声が聞こえてくる。
彼女は昨日はずいぶん気が沈んだ様子だったけど、今朝にはもう吹っ切れたのか、いつもの元気さを取り戻していたようだった。
まあ、これがノエルの良いところでもあるんだけど──
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やがてオルライナの街から出立してから、ほぼ丸一日経っただろうか、前で馬を操る御者が、俺に声を掛けてきた。
「ほら、見えてきましたよ。あれがアストレイア王国、王都『アストレイア』です」
その声に窓から顔を出し、前方に目を向けると、確かにその先に街が見えてきた。
その規模はオルライナの街よりも遥かに大きい。その中央に王城らしき建築物も確認できる。
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『アストレイア王国の首都の名前も、同じアストレイアか。はははっ、これはさすがのノエルでも簡単に覚えられるな』
『……ちょっと、アールーっ!!』
『ごめんなさい……ぐふっ』
これはもう、完全に元の彼女に戻ってるな。まあ、何はともあれ一安心。
『それはそうと、さすがに大きな街だね~』
『ああ、ほんと凄いな』
それと同時に感じる、頬を撫でるようなやさしい風──
このアストレイア王国という国に入ってから、ずっと感じ続けていた事なのだが、その穏やかな風が国の中心部に近付くに連れ、強く感じ取られるようになっている。
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『……アストレイア王国ってさ、もしかして、風の大精霊とかいたりする?』
『え、急にどうしたの?』
『いや、この国に入ってからさ、ずっと気持ちがいい風が吹いてるなって思ってたから、それで何となくかな?』
『そうなの? 今の私には感じ取れないけど─って、言われてみれば、前にそんな感じがしたかも』
『だろっ? ひょっとして、案外、この国に風の大精霊がいたりなんかしたりして』
『う~ん、どうだろ? 私、そんなの聞いた事もないよ。でも、そうだったらいいね。風かぁ~、風って私、大精霊の中でも一番好きなんだ。ねぇ、アル、風ってどんな意味合いを持ってるか、知ってる?』
『いや、知らないけど、どんな意味なんだ?』
『それは『悠久』──私、この言葉大好きなんだ……でも、それは人にとっては残酷な意味の言葉になるんだね。今までそんなの考えてもみなかったけど……』
『ノエル……』
『……ロゼッタさん……』
………。
……悠久の風……か。
そして、またも吹き抜けるやさしい風──
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やがて馬車はそのまま王都に入って行く。
今までに見た事のない程のあらゆる種類の建物と、それらに群がる様々なたくさんの人の数。その光景に、ただ圧巻された。それと同時にこのまま馬車から跳び降りて街を散策したい衝動に駆られ、それを必死に抑え込む。
そうやってる間にも馬車は、王城の城門を潜り抜けた──そして停車する。
「到着しましたよ」
聞こえてくる、待ちに待った御者の声。
「は~、やっと降りられる」
『さあ、アル、早く行こうよ』
馬車から降りると、俺の事を待ち受けていたかのように、ひとりの兵士が姿を現した。
ディアス・ロック兵士長だ。
「どうも、この度はお招き頂き、ありがとうございます」
「どういたしまして。と、言いたいところだが、招いたのは俺ではなく、王なんだがな。はははっ」
ディアスが、苦笑を浮かべながら答える。
「はははっ、そうでしたね」
……俺って、ホントおバカ。
「まあ、積もる話もあるが、まずは王の所へ案内しよう。もう、すでにお待ちだ」
そう言うと、ディアスは城の中へと入って行く。俺もその後に付いて行った。
やがてそのまま謁見の間──ではなく、ある部屋の前で立ち止まる。
「王は少し風変わりの御方でな、あまり形式張った事を好まれない。なので、この部屋で君にお会いしたいとの仰せだ。さあ、入ってくれ」
ディアスに招かれ、俺はその部屋へと入った。
周囲に本が詰め込まれた、たくさんの本棚が立ち並んでいる。どうやら、この場所は書物庫と呼ばれる類いの部屋らしい。そしてその中央に置かれている大きな机に、ひとりの人物が椅子に座りながら、何やら熱心に一冊の本に目を通している姿が見受けられた。
その人物は、中に入ってきた俺達の様子に気付き、読んでいた本を伏せ、顔をこちらへと向ける。それに合わせて俺の横に立っていたディアスが片膝を着き畏まった。
「陛下、僭越ながら御命により、冒険者デュオ・エタニティ殿をこの場にお連れ致しました」
──え?─って事は、この人がこの国の王様っていう事!?
俺もその場で急いで片膝を着き、頭を下げる。
「デュオ・エタニティさん。そんな畏まった礼は不要ですよ、おっと、ディアス、君もだ。さあ、もう顔を上げて下さい」
その声に驚き、俺は顔を上げる。そこには先程まで本を読んでいたその人物が、にこやかな表情を俺達の方へと向けていた。
おそらくこの人物が、このアストレイア王国の国王なのだろう。
想像していたよりも相当に若い。菫色の、男としては長い、肩まで届く髪。穏やかな顔立ちの顔に銀縁の眼鏡を掛けている。
まさに知的な好青年というような、第一印象だった。
「やあ、初めまして。僕がこのアストレイア王国の国王、名をリオス・ジ・アストレイアと申します。どうぞ、よろしくお願いしますね」
身分の違いを感じさせない、まるで友人となる者に自己紹介をするようなその口調に、改めて驚く。
そんな俺の様子を伺っての事なのか、リオスと名乗った王は直ぐに言葉を続けた。
「うん? ああ、成る程──僕はまだこの国の王となって、間もない若輩者なんです。だから、王としての格式や威厳ある行動というものが未だ身に付いていない。まあ、そんなものに対して全く興味もないし、必要性も感じてないのですけどね。なので、もっと気楽に接して行きましょう。僕としてもその方が都合が良いので」
ニッコリと屈託のない笑顔で話すその様子を見て、俺は内心ホッと安堵の息を漏らす。
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助かった。情報と報酬が欲しかったから謁見の件、仕方なく受ける事にしたんだけど、何か堅苦しそうで実はメチャクチャに嫌だったんだよ。ふぅ~~。
「それでは、お言葉に甘えまして」
俺はやれやれと思いながらも、表情にそれは出さず、神妙な面持ちのまま立ち上がった。
それに続き、横で畏まっていたディアスも合わせて立ち上がる。そしてリオス王に勧められて彼と同じ机に対面となって席に着いた。
ディアスも俺の隣の席に着く。その時を待っていたかのようにリオス王が再び口を開いた。
「まずは冒険者、デュオ・エタニティさん。この度はこの国、アストレイアの脅威を打ち払い頂き、真にありがとうございました。全国民の代表として感謝の言葉を述べさせて頂きます……はははっ、いや本当に、ディアスと共にどうしようと困っていた次第で……本当に助かりましたよ。これが肩の荷が降りたっていう感じなんですかね?」
ぷっ、と俺は軽く吹き出しそうになるのを堪えながら、答える。
「私の方はデュオとお呼び下さい。それと私に礼のお言葉は必要ありません。ディアス兵士長のこの国を思う気持ちに共感を覚えただけです。なので、私などより是非、このお人に礼のお言葉を差し上げて下さい」
俺はそう言いながら、チラリとディアスの方に視線を送る──彼と目が合った時に、何故かばつが悪そうに慌てて、その視線を逸らすディアス。
「??」
そんな様子を見て、何か可笑しかったのか、くすくすっとリオス王が小声で笑う。
「うん、なかなかに良い感じだね─って、いや、これはこちらの話……それでは、お礼の言葉の方はそうさせて貰います。彼、ディアスと僕とは幼馴染みでね、そして一番の友人でもある。ですから、これからもぜひよろしくお願いしますよ? デュオさん」
「?……は、はあ」
う~ん。一体、何の事だ?
「では報酬の件ですが、こちらの方でできる限りの額を考えています。勿論の事、デュオさんが他に何かご要望なら、それに応じてご用意しますが……」
「そうですね、金銭面に関しては次の旅に必要な資金を、お願いしても良いでしょうか?」
リオス王は再び、ニコリと微笑みながら頷く。
「勿論、喜んでご用意しますよ。では他に、何か望むものは?」
「他に……ですか?」
「ええ、『他に』です……というより、あなたにとって、そちらの方が本命なのでは?」
突然、リオス王が穏やかな表情のまま、目だけが鋭いものとなって、見据えるような視線と変えてくる。
げっ、鋭い! やっぱり、この人は中々の切れ者だ……でも、それならかえって好都合というもの。
「あはっ、さすが! なら話しは早いです。私が今、一番欲しいのは情報です。この世界を司るという四大精霊、その情報を私は求めます!」
すると、リオス王は少し上を見上げて目を閉じた。そして顔を正面へと戻し、ゆっくりとその目を開ける。
「……これは驚いた。そんなところまで話しがいってしまうのですね。四大精霊を見たいとかその恩恵にあやかりたい……まあ、そんな単純な理由からではないのでしょうね。おそらく、あなたの持つ力を考えれば──」
俺は黙ってじっと次の言葉を待つ。
「そうですね。ではまず、伝承的な話から始めましょうか? 冒険者であるあなたなら、もうご存知の事かも知れませんが……」
「はいっ、お願いします! 是非ともそうして下さい! 実は俺、い、いや私は、この大陸には数日前に初めて辿り着いたばかりなんです。なので、それに対してほぼ、その知識がありません」
リオス王は俺のその言葉に怪訝そうな表情を浮かべた──目が鋭く光る。
「ほう、ではデュオさん。あなたはこのミーストリア外からやって来たとでも言うのですか? このミーストリア大陸外に、人が住まう大地はないとされてます……あなたは一体、『何処』からいらしたというのです?」
し、しまった! これはちょっとまずい展開ってやつ? どうしよっ!
『アル! ちょっとあなた焦り過ぎっ! どうするの?』
『おわっ、びっくりした!─って、ノエルかよ。すっごく静かだったから、てっきり眠っているのかと思ってた。どうせ、また、トマトでもたらふく食う夢でも見てたんだろ?』
『──な、なななななんですって! 失礼なっ、そんな訳ないでしょ! ちゃんと起きてたよ! それに今回の夢はトマトを食べる夢じゃない。さっき見た夢は──輪切りにしたたくさんのトマトを、湯船に目一杯に浮かべてそのお風呂の中に、私はゆっくりと身を委ねるの…………辺りに漂う豊潤な香り。ああ、いい夢だったなぁ……』
『結局寝てたんじゃないかよっ!!』
『あっ、しまった……あはは……』
『あははじゃないよ。ったく、頼むぜ、しっかり起きててくれよ。これから俺達、デュオにとって大事な話を聞く事になるんだからさ』
『あい……なはは』
はぁ~~、ったく、もう! それはそうと、さて、どうする?
『もう正直に言っちゃえば? 素直が一番良いって言うし、とにかく、がんばってね。アル!』
……いい気なもんだな。でも待てよ、『正直に言う』……か。
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俺はリオス王の目をしっかりと見返しながら答えた。
「そうですね、私はこの大陸より南に遥か遠く離れた無人の孤島から、千年樹様から受け賜った大鷲に乗ってやって参りました」
──この答えで、おそらく切れ者の彼ならば。まあ、嘘は言ってないしな。
その俺の答えに、再び軽く笑うリオス王。
「はははは、やはりあなたは面白いお人ですね。そして謎も多い。まあ、今回はそういう事にしておきましょうか」
ふぅ~~、やれやれ、何とか危機回避無事成功!!
『やったね、アル。私の見事な助言のおかげだねっ! えっへん!!』
『うーん。確かにそうなんだけど……』
……何か、色々と納得がいかない。
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そして始まる、俺が求めている答えを紐解く手掛かりになるかも知れない──その時が
リオス王はゆっくりと語り出す。
「では、お話し致しましょう。この世界の生い立ちと、その理を……」