27話 見送りの間際に
よろしくお願い致します。
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「ちぃっ! 図に乗るな、この小娘がっ!」
声を上げるロゼッタに対し、今度は俺の方から攻撃を仕掛けた。
懐に跳び込みながら、右手の魔剣を振り下ろす。
ギイィィン、という音と共に、それは奴の手に持つ妖剣で受け止められた──だが、その打ち合わさる剣に俺は力を込める。
「くっ、何だと!」
ギリギリと音を立て、ロゼッタの妖剣がその動きを封じ込まれる。
「よしっ、貰った──!」
俺はその隙を逃さず、左手に持つグレートソードをロゼッタに向かい、振り下ろした。
──!!
しかし、その攻撃は奴に届く事はなかった。
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「うげっ……う、嘘だろ!?」
信じられない事に、俺が振り下ろしたグレートソードの刀身を、まるで棒切れを掴むかのように、剥き出しの素手で受け止めていた。
そしてその握り締める手に力を込めてくる。
それによりそれぞれ、右手で鍔迫り合い、左手で力比べが始まった。
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「……ぐ、ぐぬぬっ!」
「くっ……ちっ、ええぃ、煩わしいわねっ!」
互いに一歩も引かず、金属が軋め合う音がギリッ、ギリッと続く──やがてその力に耐えられなくなったグレートソードが、中央部分でバキッと音を立てて折れた。
ああ、けっこういい値がしたのに勿体ない─って、今はそんな事言ってる場合じゃないっ!
俺はそれと同時に、折れた剣ごとロゼッタを押し返し、突き離す。
お互いに後方に跳んで、再びその距離を取った。
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「それにしても剣の刃を素手で受け止めて、しかもそれをへし折るだなんて。あんた、やっぱり想像以上の化け物だな。痛くはないのかよ?」
「あら、それはお互い様でしょう? いくら魔人にしたって、あなたも馬鹿げた膂力してるじゃない?」
ロゼッタは不敵な笑みを、その顔に浮かべる。
「それにさっきも見たでしょう? あたしの身体はどんな刃でも、どんな武器を以てしても、傷を付ける事さえ敵わない。例え、傷付けられる事になったとしても直ぐに修復し、再生する不死身の身体。分かってくれたかしら、万が一にもあなたが勝てる訳がないのよ」
「……さあ、それはどうだろうな」
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確かに以前、あの最強とされている存在、竜とやり合った時の俺の身体は、あのデタラメな規格外の身体のリザードマンだった。
しかし、今の俺の身体は普通の人間の、しかも女の子の身体。どう考えたって総合的な力がその時より劣っているのは明らかだ。だけど、前よりも優っている点がひとつある。
それは──
「──速さだ!」
俺はロゼッタに向かい駆け寄り、その距離を詰める。
迫ってくる俺に対し、ロゼッタから放たれる妖剣の連撃。
やはりそれは凄まじく速い。だが、見えない訳じゃない。そして今の俺には少し邪魔と感じていたグレートソードは、もうこの手にない。あるのは右手にある魔剣のみ。この魔剣も長剣となる物だが、そこは無問題!
なんたって、魔剣は俺の身体の一部分なんだから──
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ロゼッタが繰り出す妖剣の連続攻撃を、魔剣で受け止めず、全て紙一重でかわす。
「!! 何いぃっ」
ロゼッタは驚愕の表情を浮かべながらも、妖剣の攻撃を次々と繰り出してくる──しかし、その全てが俺には見える。そして先程とは違う速さによって、かわす事ができるのだ。
「馬鹿なっ! 何故だ、何故当たらないっ!!──き、貴様っ……」
そうだ。この小柄なノエルの身体は魔剣の力によって、速度に於いては以前のリザードマンの比にはならない。今のその速さは、完全にロゼッタのそれを超えていた。そして──
ザシュッ──っと肉を切り裂く音。
ロゼッタの攻撃をかわしながら、その腕を切り付けた──奴の青白い肌に、真っ赤な傷口がぱっくりと開く。
「──な、何だとっ!!」
次いで俺の身体に取り込まれる、新たな『吸血鬼王』の力。
ロゼッタが驚きの声を上げる──その怯んだ隙を突いて、追い討ちとなる魔剣の斬撃。
「──ぐっ、があああぁっ!!」
俺の攻撃を避けきれず、今度は奴の左手の指、何本かが切断され、吹き飛んでいく。
「ぐうあ!……あ、あり得ない。この、あたしの身体に傷が付けられるなんて……その剣は、本当に一体何なんだ?」
俺を睨み付けながら、呻くようにそう、問い掛けの声を漏らす。
「……ふふっ、でも、まあ、この程度の傷など、直ぐに再生──っ!?」
ロゼッタは驚愕の表情で自身の左手を見ている。その指の何本かは、失われたままだ。
「な、何故だ! 何故再生しないっ!!」
奴は自分の左手を見ながら叫んだ。
俺はゆっくりとロゼッタに近寄りながら言う。
「それは再生すべき箇所を、俺が──魔剣が吸収してしまってるから」
「──な、何だとおおおぉぉーーっ!!」
その言葉に激昂したロゼッタが、狂ったように突っ込んできた。
再び繰り返される魔剣と妖剣の激しい攻防──しかし、それは直ぐに終わる事となる。
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「──が……がはっ!」
俺の魔剣の一撃に、ロゼッタの腹部が切り裂かれる──そこから、滴り落ちる赤い血。
「……おのれっ! おのれええぇっ!!」
呻き声を上げながら、ロゼッタは左手のひらを前へと突き出した──その先に浮かび上がる黒い魔方陣。
「こやつを喰らい尽くせ! 貪欲なる捕食者──黒血の牙!」
声に応じるように、ロゼッタの手のひらに黒い血のような液体が渦を巻くように集まっていく──そしてそれは、鋭い牙の持つ大きな黒い塊となって、俺へと襲い掛かってきた。
「きゃははははははっ! ばらばらに喰われちまいなっ!!」
その大きな顎を開きながら、迫ってくる塊に対し、俺は自身の左手を突き出した。
「黒の精霊魔法──黒血の牙!」
俺の左手ひらからも浮かび上がる黒い魔方陣──次に黒い血によって形成される、もうひとつの牙を持つ塊。
ふたつのそれはぶつかり合い、互いの身体に鋭い牙を突き立てた。
グチャグチャと音を立てながら、互いを喰らい合う。
やがてふたつのそれは相殺し、消滅した。
ロゼッタが呆然とした様子で立ち尽くす。
「──何だっ、一体何なんだっ! あれはあたしが独自に編み出した唯一無二の魔法! 何故だ! 貴様が使える筈がないっ!」
「……言っただろ? この魔剣が吸収しているって。それで、俺はさらに強くなる。もう今のあんたでは俺にどうする事もできないよ」
「………!!」
俺のその言葉に、ロゼッタが愕然と目を見開く。
「……ふふっ、そうか、そういう事か……もう、滅びの時を待つ必要なんてない。あたしの事を消滅してくれる存在が今、ここにいる……ああ、こんなに嬉しい事はない……」
そしてロゼッタは俺に対し、顔を向ける──その表情はとても穏やかだった。
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「あなた……いや、デュオ・エタニティ、お願いだ! あたし……あたしを殺して!……あたしをこの忌まわしい呪いの連鎖から開放してくれっ! 頼むっ!!」
ロゼッタは俺にそう懇願してくる。
その目には流れる涙が──
「……ああ、分かった」
俺はゆっくりとロゼッタに近付き、そして魔剣を振り上げた。
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『待って! アル!』
聞こえてくるノエルの叫び声。
『お願いっ、アル! 私と交替してっ!!』
「そんな事……ノエル、お前は一体何を……」
『私、彼女の気持ちが痛い程分かる。私もそうだったから。だから、せめて最後はその気持ちを少しでも和らげてあげたい……だから、お願い、アル!!』
ノエルが上げる悲壮の声。
「……分かったよ、ノエル。でも、大丈夫か?」
『うん、大丈夫。これでも私、今までアルと一緒にいて、少しは強くなったつもりだよ。だから、心配しないで……』
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俺と入れ替わり、デュオとなったノエルが、振り上げていた魔剣をそっと下へと下ろした──その様子の変化に気付いたロゼッタが、涙の跡を残した穏やかな表情のままで呟く。
「……あなたは、誰? デュオ……では、ないわね……」
「私はノエル、もうひとりのデュオ・エタニティ……あなたと話がしたくて、この場所に出て来た」
ノエルは完全に魔剣を下へと下げたまま、ロゼッタの元に近付いて行く。
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「私も生まれてきた時から、ずっとひとりぼっちだった。ずっと寂しかった。ずっと悲しかった……永遠の命を持つあなたからしてみれば、それは一瞬の苦しみなのかも知れない……だけど……」
「………」
「だけど、私は今もこうして生きてる。私と一緒にいてくれる人がいるから、過去に私の存在を認めてくれてた人がいたから……」
ノエルはやさしくロゼッタの身体に手を回す。
「あなたは永遠の時を生き続ける人……でも、例え友達が先にいなくなっても、自分を認めてくれている存在がなくなったとしても、多分、それは本当のひとりぼっちじゃないと思うの……うん、そうなんだ。私も最近になって、ようやくその事に気付いたんだ……」
ノエルにそっと肩に手を回され、身を寄せたロゼッタの目からは再び、涙が溢れ出していた。
ノエルはやさしく語り続ける。
「あなたが今までに知り合った人達の記憶の中に、あなたという存在がずっと生きている。例え、その人達がいなくなったとしても、その人達の事はあなたの思い出となって、ずっと生き続け、記憶となって残る……だから、多分、それは本当の意味でのひとりぼっちじゃないと思うの……私、バカだから、あまり上手くは言えないけど……」
俺の視界が涙で歪む。どうやらノエルも涙を流してるようだった。
「だから……だから……そんなに悲しまないで……あなたが……自分がこの世界にいるという事を……そんなに悔やんだりしないで……」
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お互い身体を寄せたまま、涙を流すふたり。
しばらくそのままの状態が続いた。
やがて──
「……ありがとう……あなたのおかげで、少し楽になった気がする……だけど、あたしは弱いんだ……あなたのように強くはない。だから、もう逝く事にするわ……あなたが言う、あたしの存在を知る記憶の持ち主達の所へ──」
「……ロゼッタさん」
「……だから、お願い……」
………。
『ノエル、やるんだ……彼女の望みを、叶えてやってくれ』
「……そ、そんな事」
すると突然、ロゼッタはノエルの身体を引き剥がす──次にノエルが持つ魔剣の剣先を、その手で掴み、それを自分の胸に押し当てた。
そして突き立てる──
魔剣が突き立てられたロゼッタの胸に、ピシッと音を立て、亀裂が走る。
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「……ロゼッタさん。私とデュオの記憶の中に、これからもあなたは生き続けます。だから、あなたも記憶の中に私達の事を生かしておいて下さい……そう、それはきっと、ひとりぼっちなんかじゃない……どうか……」
ノエルの、俺達の目の前でロゼッタの身体が、塵となって崩れ始めていく──
「……ふふっ、そう……あたしはもう、ひとりぼっち……じゃない……最後に……あなたと……会えて良かった……」
ロゼッタの身体が、砂塵となって宙に舞う──
「……あり……が……とう……ノ……エル……」
その言葉を最後に、ロゼッタの身体が完全に消滅する。
彼女の消えた跡に、カランッと音を立て、赤い妖剣が地面に落ちた──だが、やがてそれもかつての自分の主の後を追うように、砂塵となって消えてなくなった。
ノエルはしばらくの間、ロゼッタが消えた場所をずっと見つめていた。
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「……これで良かったのかな?……あの人、これで少しは楽になれたかな……?」
『うん、彼女は楽になって逝けたと思うよ。ノエル、最初に会った時より、君は強くなった』
「─うっ、ううっ……うっ、うわああああああ~ん!!」
『……本当に強くなった』
「──うわああああああ~ん!!」
ノエルは魔剣をギュッと胸に抱き締めながら、泣きじゃくる。
『ノエル……』
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こんな時に彼女の事をやさしく抱き締めて、慰めてやる事ができない自分が……凄く、もどかしかった。