26話 魔剣と妖剣
よろしくお願い致します。
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「きゃはははははははっ!!」
ロゼッタが狂ったような笑い声を上げながら、再び俺へと襲い掛かってくる。
「──くっ、やっぱり速いっ!」
瞬時にその距離は詰められ、次にロゼッタの手に持つ赤い剣が、妖しく揺らめく。
「きゃは! ほらほらっ、ひゃはははははっ!」
ロゼッタが、奇声と共に放つ赤い剣の連撃。
それも俺の予想を遥かに上回る、尋常ではない速さだった。そんな連続攻撃を、俺は両手に持つ剣で受け流し、なんとか凌ぐ。
ギイィン、ギイィン、と金属と金属が打ち合わさる音が、辺りに鳴り響く。
だが、俺の今の両手に持つ剣は魔剣も含め、デュオの身体よりも丈が長い、いわゆる長剣と呼ばれる種類の代物だ。なので、思うように小回りが利かず、なかなか自分の思い通りに身体を動かす事ができない。
しかも、分が悪い事に、相手となるロゼッタが手に持つ、その妖剣とやらは、使い回しの良い片手剣と呼ばれる部類の剣なのだ。
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「きゃはははは! どうした? 防いでばっかりじゃ全然楽しめないじゃない! もっともっと、あたしの事を楽しまさせてよっ! ほらぁっ!!」
その声と同時に、妖剣の連続攻撃の最中、不意に繰り出される回し蹴り──それをかわし切れず、軽く腹部をかすめてしまう。
「──ぐ、ぐあっ!……く、くそっ!!」
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かすめただけでもこの威力。やっぱり、こいつはとんでもない化け物だな、それに使い勝手のいい小型の剣の連続攻撃に加え、格闘戦も織り混ぜてきやがる!……このままじゃ不味いぞ。
──さて、どうするよ?
そう考えてる間にも、奴は俺へと迫り、再び容赦のない攻撃を繰り出してくる。それを手に持つふたつの剣で凌ぐ。
またも始まる一方的な防戦。激しく鳴り響く金属音の中。不意に気付く、俺の身体から流れ出る赤い血──
「な、何っ!?」
俺はチラリと自分の身体を確認する。その俺の目にはっきりと確認できる、鎧が覆われていない、肌が露出した箇所に、ぱっくりと開いた複数の浅い切り傷。
「ちっ! 防ぎ切れてなかったか。それにしても、なんて速さなんだ……」
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「きゃははははっ! 戦闘中によそ見とは、油断大敵だよっ!」
声に気付いた俺に迫ってくる、ロゼッタの飛び蹴り。
かわす事は敵わず、魔剣でそれを受け止めた俺は、彼女の驚異的な蹴りの威力によって後方へと吹き飛ばされてしまった。
そして地面に身体を叩き付けられる。
「──ぐあっ! く、くそっ! だが、こんな事くらいじゃ、まだまだっ!」
ロゼッタに立ち向かう為、俺は起き上がろうとする──そんな時、急に立ち眩みに襲われ、少し意識が朦朧とした。
「……あ、あれ? どうしたってんだ? 一体……」
立ち眩みに、俺は地面に片膝を着きながら軽く頭を振る。そしてロゼッタを確認する為に顔を上げた。
そんな俺の目に飛び込んでくる、宙に浮く真っ赤な血溜まり……血の尾を引くそれは、俺の身体から流れ出た物のようだった。
そしてそれは、ある場所へと吸い込まれるように移動して行く。
その向かう先とは──
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「ふふふ、ああ、やっぱり若い娘の血は格別ね……とっても美味しかったわ。どうもご馳走さま──」
俺の事を見下すように立った、ロゼッタの持つ赤い歪な剣。
その切っ先に、血溜まりが吸い込まれていた。
血溜まりは俺から流れる血をまるで絞り集めるかのように、今も尚、宙に浮き続けていた。俺から流れ出る血は宙を漂い、その血溜まりによって掻き集められている。
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「あたしの持つこの妖剣、血喰い──その能力は、相手の僅かの傷でも血が出る限り全ての血を吸出し、絞り取る。そしてそれは、そのままあたしの血肉となり、力となる……うふふふっ、まさにその名の通りの『血喰い』っていう訳。どう、お気に召して貰えたかしら?」
ロゼッタの放つ声を聞いている俺の意識が、徐々に朦朧としてくる……。
「まあ、つまりはあたしは食事を済ませるのに、いちいちその首筋に牙を立てなくてもいいっていう訳なの。でも、たまには牙を突き立てるのもいいかな? なーんてね、きゃははははっ!」
……何だよ……そんな能力の剣だなんて……そんなの……反則じゃねぇか……って、俺の魔剣も……同じようなもんか……。
「さて、お嬢ちゃん。充分にその血も堪能させて貰ったし、そろそろ止めといこうかしら?」
……くそっ、身体がだるくて……立ち上がれない……。
意識が遠退こうとする中。ノエルの声が頭の中で聞こえてきた。
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『アルっ、アルっ! 大丈夫!? しっかりして!!』
『……ああ、ノエルか……大丈夫。この身体は君に借りてるからな……だから……もうこれ以上、この身体に傷を付けさせやしないさ……任せてくれ……』
『ばかっばかっばかっ!! そんなのどうだっていいんだって! こんな時にカッコなんてつけないでよっ!!』
『……ははっ、ごめん……ホントに……ごめん……』
『最後まで諦めないでっ! あなたは凄い力を持った『魔剣』! そして私達はその最強の『魔人』なんでしょっ!?』
──!!
そうだった。俺は剣だ。この右手に持つ黒い魔剣が俺だ! 今までその強力な力で、様々な敵を打ち破ってきたじゃないか! その魔剣の事を、俺自身が信じなくてどうする!?
──キィィィィン──
俺の耳に聞こえてくる、何か低い機械音のような音。
俺はその発する元へと目をやった。
それはやはり、右手の中にある漆黒の魔剣。
それが放つ紅い光を強いものとし、以前にも聞いた覚えのある低い音を発生させている。そして、それに対応するように、俺の朦朧としていた意識が、はっきりとしたものへとなっていく。次に感じていた身体の気だるさもなくなり、疲労感も回復されていく──
これは?
気付けば、俺の身体中にあった筈の無数の浅い切り傷も、すでに確認する事はできなかった。
そうか、やはりこいつが。
はははっ、やっぱりこいつはすげぇな! そうだ。こんな凄い力を持つ魔剣が、あんな妖しいだけの紛い物の剣なんかに負ける筈がない!
俺が本当の、真の『魔剣』だ!!
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『ごめんノエル、心配かけた。でも、もう大丈夫だ』
俺はゆっくりと立ち上がる。
『……アル、良かった……もう、すっごく心配したんだからっ!……ぐすっ……』
『ホント、ごめん。でさ、景気付けにノエルお決まりの、いつもの強がりを言ってみせてくれよ』
『えっ?……もう、しょうがないな、じゃあ、コホン。え~っと、私のおかげだねっ! 『えっへん』!!』
俺は両手に持つ剣をそれぞれ構える!
『ああ、ノエル。お前のおかげだ!!』
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そんな俺の様子を、ロゼッタが驚きの表情を浮かべながら見据えていた。
「ば、馬鹿な! とても立ち上がれる状態ではない筈、貴様……本当にただの人間か?」
「あ、うん。悪いな、訂正するよ。俺はただの人間じゃなかった」
魔剣を握る手を強くする。
「俺は漆黒の魔剣と身体の中に心強い『相棒』を持つ──」
もうヘマはしない!
「一心同体の魔人だ!」
さあ、これからが魔剣の本領発揮だ!!