25話 寂寥のヴァンパイア
よろしくお願い致します。
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銀髪の女は、邪魔になるアンデットを突き飛ばしながら、俺へと近付いて来た。そして間近にと迫ったそいつは足元から上へと、まるで俺の事を値踏みするような視線を送ってくる。
「……ふ~~ん?」
近付いて来た女。白銀の髪が腰の辺りにまで届いている。やはりかなりの美形で、切れ長の目の赤い瞳が妖艶な光を放っていた。
歳は20代後半といったところか。ただ、こうやって改めて見ると、肌の色がとても生きている人間とは思えない程に青白く、全く生気を感じ取る事ができない。
……不死王ではないな。だったら、死霊使いか?
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「お嬢ちゃん、あなたって凄く強いのね。おかげであたしが手塩に掛けて作り上げたアンデット達が、ほぼ半壊状態よ」
女は顔に嘲笑を浮かべながら、話し続ける。
「さっきの戦闘を観察させて貰っていたけど、あなたも普通の人間っていう訳じゃなさそうね? あたしと同類っていったところかしら?」
「私─って、もういいか、俺の名前はデュオ・エタニティ。ごく普通の人間だ。まあ、この剣のおかげで普通の人間じゃあり得ない力を持っているけどな」
女の方へ、魔剣の剣先を向けながら答える。
「あらぁ~、そうなんだ。てっきりお仲間かと思ったのに、そう、残念ねぇ。それで、あなたはここに何をしにいらしたのかしら?」
「それって言う必要があるか? 俺がここに何をしに来たかなんて」
女は一度大げさに首を傾げると、次にニヤッっとその口元を歪めた。
「ふふっ。まあ、それもそうね」
「逆に今のあんたの目的は何だ? アンデットの軍隊でも作って、自分の国なんてものでも作るつもりなのかよ?」
俺のその言葉に、女は急に笑い声を上げた。
「うふふっ、あははははっ! そんな発想はあたしにはなかったわ。あなた、いいわね。それ面白い、その暁には、さしずめ、あたしは『不死公』とでも言ったところかしら。ふふっ、気に入ったわ。それ頂く事にするわね?」
「まあ、好きにすればいいさ」
俺は魔剣を女へと向けたまま、宣言してみせる。
「お前がこの場所から出る事はもうない。俺がここで打ち倒すからな!」
女は俺のその声に、少し顔をうつ向かせた。
「……そう、そういう事ね。だけど、それはあなたが決める事じゃない。より強者である、あたしが決める事──」
そう呟くと、少し後方へと跳んで俺との距離を取る──そして顔を上げ、鋭い眼光で俺を睨み付けた。
その表情には、少し狂ったような笑みが──
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「──あたしはね、寂しいと感じるのが一番嫌なの。今もずっと寂しい……だから、それを紛らす為にもあたしと楽しく愉快に遊ばない? ねぇ、いいよね?……うふふふっ……」
突然、ゴゴゴッと、部屋全体の壁が揺れ始め、床下が軋む音を立てる。
「──うふっ、あははははっ! ただの人間であるお嬢ちゃんが、あたしと直接相手だなんて、凄くおこがましい事なのよ。だからね、まずはこの相手と戦って頂戴。そして勝つ事ができたのなら、あたしが直々に遊び相手になってあげる」
女は揺れる地面を軽く蹴る。
「それじゃあ、紹介するわね。さあ、出てきなさい! 愛しのマイダーリン!」
その声が終わるのと同時に、女の足元の床下が突然、割れた──その割れた空間から、巨大な異形な物体が競り上がるように姿を現す。
地面が軋む悲鳴の中、やがて物体が完全にその姿をさらけ出した。
それは──
全身、全く皮膚のない剥き出しの筋肉がつぎはぎとなって繋がれた、全長は四メートルはあろうかと思われる巨人だった。
剥き出しの筋肉からは何か、血のような赤い液体が滴り落ちている。
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……な、なんだ、こいつは? この化け物もアンデットなのか!?
俺が浮かべる驚きの表情を楽しむようにして、女が声を発する。
「うふふっ、それはね、最良の人間の身体の部位をかき集めて、繋ぎ合わせた最強のアンデット、血肉の巨人よ。私が作り上げた最愛で最高の傑作品! さあ、お嬢ちゃん、戦ってよ。存分に戦って、孤独なあたしの事をたくさん慰めて頂戴ね?──あっははははははっ!」
フレッシュ・ゴーレムと呼ばれた巨人の剥き出しの眼球が、俺の事を敵として捉える。
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「──さあ、お行きなさい! あたしの可愛いダーリン!」
「ゴルアアァァァッ!!」
女が出す号令の元、剥き出しの巨人が、俺に向かって右手の正拳突きを繰り出してきた。
それを横へと跳んでかわす。
続けて俺の着地を狙った左手の正拳突き。それを着地様にかわそうと考えていたが──
──速いっ!!
予想以上の速さに、俺は迫ってくる拳の一撃を、魔剣で受け止める。
──が、空中で受け止めた為。踏ん張りが利かず、受け止めた魔剣ごと、正拳突きの勢いで壁に向かって吹き飛ばされてしまっていた。
「あらら、意外とあっけないものね」
女がそう声を漏らす。
俺は吹き飛ばされ様、咄嗟に魔剣の触手を巨人に向けて解き放ち、奴の身体に突き立てた。
「ゴオアアァァッ!!」
巨人の剥き出しの胸に鋭い先端の触手が、深々と突き立てられる──次にその触手を手繰り寄せ、その引力によって一気に巨人の懐に飛び込んでいく。
そして、魔剣の斬撃を叩き込んだ。
「グルオオオォォッ!!」
巨人の切断された右腕が、空中に舞う。
「!!──何だとっ!」
女は今度は驚愕の声を漏らす。だが、それは直ぐに消え失せた。
「……やるわね。でもね、あたしのダーリンは痛みを一切感じる事はない。そして如何に切り刻まれようと、身体が動く限り、絶対に戦う事を止めはしないわ。まさにアンデットの狂戦士なのよ。さて、さあ、どうするの?……ふふふっ」
女の言った通り、巨人は自らの右腕をまるごと失ったにも拘わらず、まるで何事もなかったのように狂ったような拳の攻撃を繰り出してくる。
そのどれもが強力で、そして──速い!!
………。
痛みを感じないか……なら、これならどうだ!
巨人の放つ正拳をかわし、俺は高く跳躍する。そして空中で振り返り、そのままの体勢で巨人の首元に触手を突き立てた。
再び引き戻す引力によって、空中から巨人の首目掛けて魔剣を振り下ろす。
血飛沫を上げながら、今度は巨人の大きな首が空中に投げ出された。
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「!! まさか、あたしの最高傑作であるダーリンがこんなにも容易く……あなたの持つその黒い剣は一体──ふふふっ、だけどね?」
女が話す言葉が終わらない間に、俺の身体に不明の圧力が掛かった。
──!!
「ぐっ──しまった!!」
首をはね飛ばされ、頭を失った巨人の大きな左腕によって、俺の身体は捕らえられてしまっていた。
巨人はギリギリと俺の身体を締め上げる力を強くする。
「あっははははっ、だから言ったでしょう? あたしのダーリンはどんなに身体を切り刻まれようと、戦う事を絶対に止めないってね? それは例え頭が失われる事になったとしても例外ではないのよ。そしてバラバラとなった身体はまた後で繋ぎ直せば元通りってね──さあ、もうそのまま締め殺されてしまいなさいな。ふふふっ……」
俺を締め上げる圧力により、身体に激痛が走り、呼吸が苦しくなる。
「ぐっあぁっ!……か、身体を切り離してもダメなら……なら……これならどうだ……」
俺は締め上げられる状態の中、力を振り絞ってなんとか抜け出そうと足掻く。
そして魔剣を手にしたまま、その右手を口元に押し当てた。次に俺の身体を締め上げている首がない巨人に向けて、ふぅ、っと息を吹き付ける。
──『竜の吐息!』
俺の──デュオの口元から、激しく燃え盛る灼熱の炎の息吹きが、巨人に向けて放たれた。
それにより解かれる俺の身体──後方へと跳び跳ね、巨人から離れる。
「オオオオオォォーーンッッ」
巨人は俺の灼熱の炎を受け、自らの身体を燃え上がらせている。
苦しそうにもがきながら、その身から声だか何だか不明の音を発生させていた。
灼熱の竜の吐息に身体を焼かれる巨人……やがてそれは、燃え盛りながら地面へと崩れ落ち──
そして動かなくなった。
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俺はゆっくりと、銀髪の女へと振り返る。
女は俺の事を見ておらず、地面に崩れ燃え上がる巨人に虚ろな視線を送りながら、何やら意味不明の言葉をその口から呟いていた。
「……あたしのダーリンが……あたしの……作り上げた大切なものが……また、奪われるの……か……?」
女は俺の事を睨み付ける。
「お前もあたしの大切なものを奪うというのかっ!!」
俺に向かい、憎しみの言葉を吐いた。
その時に女の口の奥にチラリと覗く、尖った鋭い牙──
……こいつは、ただの死霊使いじゃない。吸血鬼なのか?
女は鋭い視線を向けながら、俺の方へとゆっくりと近付いて来た──やがて手前で立ち止まる。次に正面に俺の事を見据えながら、女は話し始めた。
その表情は比較的、穏やかと感じさせるものだった。
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「あたしは吸血鬼の君主で名を、ロゼッタ──ロゼッタ・アモル・アエテルヌスと言う。ヴァンパイアの中でもいわゆる『真祖』っていう、特別な存在の者なのさ」
真祖? 何だそれ、聞いた事ないな。
俺がそう考えたのを察しての事なのか、ロゼッタと名乗った女は語る。
「真祖っていう存在は、まあ、言ってしまえば、ヴァンパイアの血筋の本家本元の事さ……死ぬ事ができない永遠の命を持つ存在……で、それが結構孤独でね……何というか、寂しいんだ……とても、寂しいんだ……」
「……?」
ロゼッタは俺に視線を向けながら、不意に悲し気な笑みを浮かべる。
「あなた、確か名をデュオ・エタニティって言ったわね? ふふっ、悠久とか、永遠。それは魅力的な意味を持つ、とても素敵な響きの言葉──あなたはそう思ってるのかも知れないけどね……ちなみにあたしの名前の意味は、『永遠の愛』……ふふっ、全く皮肉なもんだよ。あたしは『永遠』とか『悠久』なんて言葉はもう、うんざりなのさ。耳にするのも吐き気を催す……」
「………」
「遥か遠き昔から存在し続けるあたし。そんな気も遠くなるような長い年月の中。作り出した眷族や、正体を隠して作った愛する人や友人達が、あたしより早く朽ちて無くなる……永遠と呼ぶ時の中。ただ同じ事の繰り返し。ずっと、ずっと……あなたにその気持ちが分かる……?」
ロゼッタは震える声で続ける。
「永遠にひとりきり……あたしのその気持ちがあなたに分かる!?……そして──」
ロゼッタは少し顔をうつ向かせ、話す口調が次第に乱れていく。
「あたしは孤独と寂しさに耐えられなくなった……ひとりだけで存在し続けるのに耐えられなくなったんだ! だから、あたしは自分で自分の事を殺そうと何度も試みた……何度も! 何度も!──不死身なのになんて愚かな行為。あたしは自分の運命を呪った!……それでも、もう──」
ロゼッタは叫んでしまっていた。
「──もう、ひとりぼっちは、嫌だったんだっ!!」
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『私と一緒だ……』
「ノエル……聞いていたのか、いつから?」
『最初から。何だかこの女の人、とても悲しそう……』
………。
「……ああ、そうだな」
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ロゼッタは悲し気な表情で、言葉をその口から発し続ける。
「……でもそんなある時、あたしの願いは叶った。『滅ぼす者』の手の者の存在によって……その時からあたしという存在は無くなり、代わりに念願の永遠の安息を手にする事ができた……それなのにっ!……なのにっ!!」
「!? 滅ぼす者……」
少しうつ向いたロゼッタの表情が豹変し、徐々に狂気さを帯びていく。
「あたしは再び、滅ぼす者の手により、この狂った狂気の世界へと呼び戻されてしまった! そして全てを滅ぼす、『滅びの時』その時を待てと!!」
ロゼッタは銀髪を振り乱しながら、狂ったように叫んだ。
その表情はすでに狂気によって、醜く歪んでいる。
「……ふふふ、きゃはははははははっ!! そうさ、あたしは待つ事にした! 不死者の軍団を作り出し、全てを滅ぼすその時を! あたしの存在を再び滅ぼしてくれる『滅びの時』を! その為に誰にも邪魔はさせないっ! 貴様なぞにこのあたしが止められるかぁ? きゃっははははははははあぁっ!!」
そう吐き捨てながら、不意にロゼッタが飛びかかって来た。
「!!──は、速いっ!!」
そして手にした、赤い色の剣のようなものを、俺に向かって振り下ろしてくる。
ギイィィンッ、という打ち合わさる金属音が響く。
俺は辛うじて、それを魔剣で弾き返す。
ロゼッタはそのまま後方へと宙返りをし、俺と距離を取るように地面に着地した──そして身に纏っていた暗い紫色のマントを投げ捨てる──
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女の身体には最低限の局部だけを、特殊な金属で形成されていると思われる鎧で覆っていた。露出度の高い黒い色の装備。
それにより、青白い蝋人形のような肌が、より際立って見える。右手には赤い歪な形状の剣を手にしていた。
長い銀髪を振り乱した吸血鬼の、赤い瞳が妖しい光を放つ。
その口許には鋭く尖った牙が覗いていた。
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「──ふふふっ、きゃっはははははははははあっ! あたしこそ、ヴァンパイアの真祖にして死を超越した存在、不死公、ロゼッタ・アモル・アエテルヌス! にして手に持つは妖剣、血喰い! ちっぽけな人間のお嬢ちゃん、特別にあたしがお相手してあげる。精々、楽しまさせて、そして苦しみながら死になさい!!」