23話 聞き慣れた記憶の欠片
よろしくお願い致します。
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ディアス兵士長との待ち合わせ場所である、オルライナの街の北の街門。そこに向かうと、すでに三人の兵士が馬から降りて待っている様子だった。
ディアスと、後の二人はおそらく昨日と同じ兵士。
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「すみません、ディアスさん。少し待たせてしまいましたか?」
「いや、デュオ君。我々も先程着いたところだよ」
ディアスが返してくる返事を聞きながら、俺は彼の後ろにいる二人の兵士をチラッと伺う。
少し疲れた表情、そして俺と目が合った彼らは、慌ててその視線を逸らした。
どうやら、けっこう待たせちゃってたみたいだな。
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「少し準備に手間取ったもので、本当に申し訳ないです」
「いや、なに、気にする必要はない。それにしても見違えたな、まさに漆黒の魔剣士さながらのようだ。ふふっ、いや、全く頼もしい限り……」
ディアスはそう言うと、自分の馬の馬上へと跨がった。それに合わせて、他の二人の兵士もそれぞれ自分の馬に乗り始める。
ディアスが俺に向けて手を差し出してくる。
「さあ、乗ってくれ。移動しながら話そう」
その手を取り、ディアスの馬の後ろに乗った。そして街門をくぐり抜け、北にあるという廃城を目指して馬を走らせる。
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「デュオ君。今回の件、引き受けてくれて、改めて礼を言う」
「いいえ」
俺は軽く返事を返す。
「昨晩も言ったが、アンデット達の背後に潜んでいる存在は、おそらく強大だ。私達も三分団から今回、君に協力する為に精鋭三百名を用意した。すでに現地に待機させてある。我々がどれ程の戦力となるかは分からないが……」
「………」
やっぱりそうなっちゃうのか。
……さて、どうしたもんかな?
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お互い口を開かず、無言の状態が続いた。
大地を蹴る馬の蹄の音だけが響く。
やがて前方に廃城らしき姿が目に入ってきた。城門はすでに開いており、中庭であろう場所に多数の王国兵士が整列している様が確認できる。
俺を後ろに乗せたディアスは、そのままその場所へと近付いて行った。
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「御苦労様です。ディアス隊長」
最前列に立っていた男が、声を掛けてくる。
「ああ、こっちはどうだ、何か、異常はないか?」
「はっ! 今のところ、特には」
ディアスはそれに対し無言で頷くと、馬を降りて整列している兵士達の前へと向かう。そして良く通る声で兵士達に演説を始めた。
「さて、今回の我々の任務はこの廃城の調査などではない。ここに潜んでいるアンデットの群れとその背後にいる存在の殲滅が我々の目指す目的だ! これを成さなければ、遠からずこの国に多大な厄災をもたらす事になるのは最早必然! 絶対に達成せねばならない!」
整列している兵士達に、緊張が走るのが伝わる。
次にディアスは目で俺に来るよう、合図をしてきた。それに従い、俺は馬を降り、ディアスの横へと移動する。
「それにあたり、諸君達に紹介する御方がいる。冒険者、デュオ・エタニティ殿だ。彼女の持つ力はおそらく我々が考える力を遥か上へと超越している。そんな御方が今回、我々にその力を貸してくれる事となった!」
周囲にどよめきの声が広がる。
「おおっ、デュオ・エタニティ。その名前、聞いた事があるぞ!」
「ああ、俺もだ。確か昨日の冒険者ギルドの騒動の事だろ?」
「それが本当なら、なんとも心強いじゃないか!」
等々、やがてディアスがここぞとばかりに大声で叫んだ。
「彼女の持つ強力な力があれば、今度こそは! 我々は全力を持って彼女と共に戦い、今回の目的を絶対に成し遂げるのだ!!」
──“おおうっ!!”──
それに応じて兵士達が盛大な声で答える。そんな中──
「──ちょっと待って下さい!」
「!!……?」
「皆さん。とても熱くなってるところ、本当に申し訳ないですけど私、ひとりで行きますよ。付いてこられるとはっきり言ってかえって迷惑です」
俺が話す言葉に、横に立つディアスと目の前で整列している兵士達がそれぞれ、驚きと困惑の表情をその顔に浮かべる。
「な、何故?」
「それはディアスさん。あなたも昨日言ってたじゃないですか。私は決して、あなたや皆さんの力を侮っている訳ではないですが、付いてこられても、おそらくは無駄にアンデットの数を増やすだけです。そうは思いませんか?」
「………」
「それに、第一気になって戦いに集中できない。ですので、ディアスさんも含め、兵士の皆さんはここに残って頂きたい」
「し、しかし、それでは君が……」
食い下がるディアスに、俺は考える素振りをして答える。
「では、こうしましょう。私が討ち損じたアンデットが、城内から外へと出てくるかも知れない。皆さんにはその時の対応をお願い致します」
「……だ、だが」
「心配ご無用、大丈夫です。昨日も言ったように、私は決して捨て駒になるつもりはありませんから」
「………」
だが、ディアスはまだ納得した様子ではなかった。
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た、頼むよ~~っ、ディアスさん、けっこう頑固なんだからっ!
ディアスはじっと俺の事を見ている。しかし、やがて心折れたのか、
「分かった。君の言う通りにしよう……そうだな。君は『魔人』だった……」
ほっ。やれやれ、なんとか上手くいったか。
「確か、『自分の力量を見誤るな、勇気と無謀とは違う』だったか……」
ディアスが呟くその言葉に、俺は思わず笑みが溢れてしまう。
くすっ、やっぱりその言葉って、定番なんだ─って……あ、あれ……?
時々、頭の中に思い浮かぶ言葉だけの記憶の断片──
まあ、いいや、確かに勇気と無謀とは違うけど、今の俺は、少なく共、その力量は見誤ってはいないっ!!
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「では、行ってきます。まあ、それなりにがんばってきますよ──期待して待っていて下さい」
ディアスにそう声を掛けながら、俺は廃城の扉に向かって歩き出す。
彼は無言で頷き、それに答えた。そして俺の事を見送る。
やがて扉の前に辿り着いた俺は、その前へと立ち、そっと両手で観音開きの扉を押し開いてみた。
ギギィっと、鈍い音を立てながら、扉が城の内側へと押し開かれる。
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『あらら、意外と簡単に開いちゃったね、アル』
『ああ、準備はいいか、ノエル』
『うん。その前に、ひとつだけ質問していい?』
『ん、なんだ?』
『その、昨日からずっと気になってたんだけど、『あんでっと』って、何?』
『へっ?……あ……ああ、不死者。まあ、いわゆる動く骸骨や死体、または悪霊とか、そんな類いの魔物の事かな』
『ふぅ~ん、そうなんだ。了解、だったら準備オーケイだよ!』
はあ? 『だったら準備オーケイ』って。一体何の事を言ってるんだ? さっぱり意味が分からない。
『私、お化けとか幽霊とか、そういう類いのもの、全く信じてないから。だから全然大丈夫!』
………。
───
この世界には、魔獣や悪鬼といったあらゆる種類の魔物が闊歩しているというのに、何を今さら……全く、このノエルっていう子は──
『ん? どうかしたの、アル?』
───
気のせいかな?
俺、何か頭痛くなってきたよ……。