21話 来訪者
よろしくお願い致します。
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宿の従業員に案内され、俺達はその後に付いて行った。
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あの冒険者ギルドで実践した自己アピールは、ただ単に資金集めだけが目的じゃない。
本当の狙いは国とか、その団体となるものと関係を持ち、その事によって四大精霊の情報を集めるのが真の狙いだったのだああああーーっ!
─って、上手い具合に事が運んだので、ちょっとカッコつけてみたり。
な~んて。
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案内されたのは、この宿屋にはそぐわない雰囲気の立派な応接間。
中には大きなテーブルがあり、三人の身に鎧を纏った兵士達が椅子に座り、待ち構えていた。
俺達、デュオが中に入ると、その中央に座っていた人物が立ち上がり、俺に対して声を上げる。
「初めまして、冒険者デュオ・エタニティ殿。自分はアストレイア王国、三分団の兵士長を務めている名を、ディアス・ロックと申します」
ディアスと名乗った男が、軽く会釈をする。
黒髪の顔立ちが整った好青年といった感じだ。その歳も若そうに見えた。そして兵士長と言うだけあって、他のふたりの兵士とは形状の異なる鎧を身に纏っている。
さすがに兵士達のひとつを束ねる者としての、堂々とした態度を感じさせた。
「どうもご丁寧に、私がデュオ・エタニティです。王国の兵士長ほどのお人が、一介の冒険者の私にどんな御用でしょうか?」
ディアスが俺の事を値踏みするように眺めながら、それに答える。
「お見受けしたところ、貴女の外見からは噂となっている冒険者ギルドでの騒動の事も含め、あの凶悪な強固体である例の鎧熊をたったひとりで討伐したとは、私には到底思えない。すまないが、貴女が強者である証を、私にお見せ頂きたい」
………。
まあ、見た目がただの女の子だから、普通はそうなるよな。
「承知しました。それでは──」
俺は短く答えると、魔剣を背中から取り外し、わざと大げさに横へと振りかざす──次に剣を握る右手に力を込めた。
それに呼応するかのように、魔剣の鈍く紅く放っていた光が、さらに紅く鮮烈に輝きを増していく。
その光景に、三人の兵士達は驚愕の声を上げながら立ち上がる。
「おおっ! こ、これは……」
「……な、なんて禍々しいんだ!」
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ここら辺でひとつ試してみようか? 建物を壊す訳にはいかないから、なるべく力を抜いて弱めにって、できるかな?
『竜の咆哮!』
俺の、デュオの喉から、獣のような唸り声が、低く発せられる。
──グルゥオオォォォォ!
───
その声を耳にした三人の男達は、恐慌状態に陥り、身体の自由を奪われていく。
この応接間全体の空気が震え、ピシッピシッと窓ガラスが軋む悲鳴の音を立てる。
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「ひ、ひいぃぃ! か、身体が、身体が動かないっ!!」
「誰か……誰か、助けっ……うぐっ、うわあああぁっ!!」
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『アル、あの人達、大丈夫なの?』
ノエルの心配そうな声が、頭の中に響いてくる。
『心配しなくても大丈夫だよ。かなり手加減してるから』
彼女にそう念話で返した。
恐慌状態に陥った兵士達が、悲鳴を上げる。
その中でディアスと名乗った兵士長だけは、身体の自由を奪われながらも、必死になって前進する。そしてふたりの兵士を庇うように身を呈して、その前に出た。
「ぐぅ……ぐぬぬぬっ……むうっ!!」
……へぇ~、凄いんだな、この人。
ディアスの行動に感心する──やがて、俺は両手を合わし、その手を打ち鳴らした。
──パァン
その音と同時に、三人に掛かっていた束縛状態が解ける事となった。
ディアス以外のふたりの兵士は、その場にへたり込む。
「こんな感じで如何でしょう?」
俺のその声に誰も答えられず、少し間が空く。どうやらディアスは息を整えている様子。
しばらくして、彼が答えた。
「……はあ、はあ、ふぅーーっ。いや、デュオ殿、疑ってすまなかった。噂に違わぬその力、自らの身を持って思い知った……」
そう言いながら、ディアスは後ろに倒れ込んでいるふたりの兵士に目をやっている。
無事を気にしているようだ。
その様子を眺めながら、俺は再び、彼に問い掛ける。
「では、ディアス兵士長殿、改めて、私にどんな御用でしょうか?」
ディアスはふたりの兵士の前に屈み込みながら、俺に答える。
「よければ、場所を変えたいのだが……」
「??」
ディアスが少し呆れ顔で、俺に向かって頭を横に振った。
「どうやら、部下が失禁してしまったようだ……」
◇◇◇
俺と兵士長のディアスは、宿の食堂へと場所を移した。
早速、ディアスが話し出す。
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「こんな場所だ。お互い、畏まった言い方はもうよそう」
「分かりました。ディアスさん」
俺の返事に彼は一度、満足気な笑みを浮かべた。
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「デュオ君、君はこの街、オルライナの北部にある廃城に関する異変の事を耳にした事があるか?」
俺は頭を振って、それに答える。
「いえ、この街には今日着いたもので……」
ディアスはテーブルの上に用意してあったコップの水を一口、その口へと含んだ──そして飲み下す。
「……事の始まりは、その廃城での魔物の目撃報告からだった」
「どんな、魔物なんですか?」
ディアスは俺に向ける視線を、鋭くして答えた。
「……不死者、アンデットだ」
………。
不死者か。
「実質上、被害はなかったが、不穏を感じた街の自衛団は冒険者ギルドに調査の依頼をしたそうだ。それに応じて四人組の冒険者が調査の為、その廃城に向かった。しかし、誰ひとりとして帰ってくる事はなかった……」
「………」
「そしてついには街にも行方不明者が現れ始め、廃城でのアンデット目撃報告も増えていった……自衛団は再度ギルドに依頼し、今度は四人パーティーの冒険者が三組、合計12人の冒険者がその調査に出向いた……だが、その時も結局、12人の行方不明者を増やすだけの結果に終わってしまった」
ディアスは再び、コップを口につけ、今度は一気にそれを飲み干した。
「自衛団は事の重大さに気付き、次に、我らが王に助けを求めてきた。王はそれに応え、王国軍兵士で調査チームを編成し、廃城の調査に向かわせた。その数およそ数百人……だが、その時も帰還者は皆無だった……」
「………」
「それから数日後、驚くべき目撃情報が報告されてきた。その廃城の中庭で、多数のアンデットの軍勢が整然と整列していたと……そして、そのアンデットが身に着けていた鎧が、我がアストレイア王国兵士が着用している鎧と同一の物だったと……」
空のコップを持つ彼の手に、力が込められる。その様子を目にしながら、俺はディアスに問い掛けた。
「それは即ち、その時帰ってこなかった物達がアンデットになった……いや、アンデットに『された』という事ですか?」
ディアスは、俺に視線を合わせながら、それに答える。
「ああ、おそらくは……そして厄介なのはその事で予測ができる。奴らの背後にいる者が、いかに強大で恐ろしい存在なのかを……殺した死体から不死者を生成する事が可能な存在……」
「……死霊使い、もしくは不死王といったところですか?」
頭に思い浮かぶ魔物の名前を声に出して言いながら、今更ながらに俺が何故、こんな知識を持っているのかと疑問に感じ、思わず苦笑してしまう。
ディアスは俺の問いに、無言で頭を小さく縦に振る。
「それでは、私にその廃城の調査の依頼を?……いや、背後にいる黒幕の討伐かな?」
すると突然、ディアスは立ち上がり、俺の目の前までやって来る。そして驚く事にその場で俺に向かって土下座した。
「……すまない。危険を承知で敢えて、君にお願いする。どうか、引き受けてはくれないだろうか? 充分な報酬は約束する」
「………」
「もちろん、我らも全力でバックアップする! 君の後に続いて、私も含め、我ら三分団から可能な限りの応援チームを派遣するつもりだ!」
俺は何も答えず、土下座を続ける彼の事を見下ろしていた。
「頼むっ! 私を含め、王国の兵士が何人束になって掛かったところで所詮、おそらくはアンデットの数を増やすだけの事になる結果は目に見えている! それを打ち破るには、君のような人を超越した力を持つ者しかできない!」
「つまりは、私に捨て駒になれと──?」
俺の呟く声に、土下座を続ける彼の身体が一瞬震えた。
「すまない……その可能性は否定できない。だが、何か不吉な予感がするのだ。あのアンデットの集団を誰かが、どうにかせねば……誰かが、この国を、この国の民を救わねば……くそっ! 私に……俺に、もっと力があれば!!」
ディアスは土下座を続けながら、その身体を打ち震わせていた。
己の無力さを嘆くように──
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『……ア、アル?』
再びノエルの心配そうな声が、頭の中に聞こえてきた。
『うん、分かってるよ。ノエル』
俺は土下座しているディアスに向かい、手を差し伸べる。
「ディアスさん、冗談ですよ。もう立って下さい」
その手を取り、ディアスが立ち上がる。
「え? そ、それでは……」
俺はひとつ、ニコリと笑いながら頷く。
「はい。その依頼、引き受けますよ。そして黒幕のアンデット製造機なるもんを、この魔剣でぶっ壊して差し上げます」
彼は感極まった表情を浮かべて、こちらに何か言おうとした様子だったが、その言葉を呑み込んだようだった。
そして俺に問い掛けてくる。
「……自分で頼んでおいてなんだが、デュオ君、君は、捨て駒になるかも知れないような危険な依頼を、何故、引き受ける気に?」
俺は彼を見つめ、微笑みながら答えた。
「多分、ディアスさん、あなたは自分の私利私欲や、立身の為だけに動くような人じゃない。さっきの応接間で部下の兵士の事を庇うような行動を見た時も感じたけど、あなたは心から国の為の事を思って行動していると私は思った。『自分以外の誰かの為』に、懸命になってがんばろうとする……俺……い、いや……私、そういうの好きだから……それでかな?」
「……す、すまない。ありがとう」
目を滲ませて答えるディアスに、俺は片目を閉じながら言う。
「礼を言うのはまだ早いですよ。貰える報酬は、あなたが考えている以上の物を要求するつもりなんで、それに捨て駒になるつもりなんて、最初から微塵もないですから。なんたって私は──」
俺は魔剣を手に取り、前へと突き出した。
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「強力な力を持つ、人在らざる『魔人』だから!」