20話 俺とノエルの奇妙な混浴
よろしくお願い致します。
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俺達はその温泉付きの宿屋を見付け出し、そこに泊まる事にした。
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『ささっ、早速、温泉に入りに行こうよ。アルも早くさっぱりしたいでしょ?』
確かに空腹感を感じていた時は、そんなに気にならなかったが、それが満たされた今、身体中にまとわりつくようなねっとり感が、凄く気持ち悪いと感じるようになっていた。
綺麗に洗い流して、さっぱりしたいのは同感だった。
『うん、そうだな。それじゃ、まずは温泉に入るとするか──』
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宿屋のロビーで受け取った鍵の部屋へと向かい、中に入った俺は、身に纏った茶色の外套衣を外して部屋の中に置く。
部屋着姿となった俺は、備え付けの温泉内で使用する布製のタオルと身体を拭くタオルとを持ち出し、その場所へと向かった。
どうやら、お目当ての温泉は屋外にあるようだ。
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そして──当然の事なのだが、その浴場の入り口は、男と女とで分かれていた。
俺はその前に立ちながら、取りあえず背中に触手で取り付けた魔剣を外して、杖代わりのようにして床に立てる。
次に、目の前の男と女と表記されている札に見入っていた。
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え~っと、こういう場合、俺はどっちの方に入ればいいんだ?
今の俺はノエル、つまり女だよな、だから女湯に入るのは当然の事として──
─って、いやいやいやいやいや、そんな事できる筈がない! 既に中に他の女性が入ってたらどうすんだよっ!─っていうか、これ、ノエルの身体だから、俺って身体見る事もできないじゃん。
……こ、これは色々とまずいんじゃ。
う~ん……。
でも、まあ、要は極力自分の身体を見ないようにすればいい訳だし、何とかなるかな? それにこれからも今回のような機会が必ずある筈だし、その時の事も考えて少しは慣れておかないと。
とは言ってもなあ~~。はああぁぁ~~。
……さて、どうするよ。俺……?
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そんな押し問答を自分の頭で繰り返していると、やがてノエルの少し怒気のこもった声が、頭の中に響いてきた。
『何をそんなに悩んでいるのか知らないけど……取りあえず、アル! 交替してくれるぅ!?』
『は、はいっ!』
──で、ですよねーーっ!
まあ、そうなるのが妥当だよな。
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俺と入れ替わって身体の主となったノエルは、躊躇なく女湯の入り口へと突入して行く。
──って、おいおいって、いいのかよ。何か考えがあって交替したんじゃ……。
そんな俺の心配をよそに、彼女は何事も無いかのように、普通にガバッと服を脱ぎ始めた。
……こ、この子、俺の存在を、すっかり忘れてやしないか?
まあ、俺が見える視線は彼女と同じ視線だから、ノエルが自分の身体を見ない限り、俺の目には入ってこない訳だけれども──
……でも、さ、さすがにこれは……。
「ふん、ふふ~ん、ふーん♪」
楽しそうに鼻歌を口ずさみながら、ノエルは身体を包んでいた部屋着を脱ぎ捨てた。
─って、脱げたんだ。てっきり繋がっている触手がつっかえて、簡単には脱げないと思ってたのに。もしかして服をすり抜けたのか?
まさか、触手がそんな都合良くできている訳じゃ? また今度、その事も確かめなきゃいけないな。
──そんな時、俺の目にチラリと飛び込んでくるノエルの白い肌。
おわっ─って、今はそれどころじゃないっ!
………。
ど、ど、ど、ど、どうしよう!?
「ふん、ふふ、ふ~ん♪」
俺が困惑している間にも、彼女は次に下着までも脱ぎ始めようとしているようだ。
だが、幸いというか偶然というか、何とか俺の目に彼女の身体がダイレクトに飛び込んでくる事は、今のところはなかった。
……いっその事、見えてますよーーって、声を掛けるか?
いや、もうノエルはほとんど素っ裸だ。今となってしまっては、それはそれで余計に面倒な事になると思うんだよなーーっ。
せめてもう少し早くその事に気付くべきだった。
ホントに俺は、全くのおバカさん。
………。
もうどうでもいいや、このまま放っとこ。取りあえず、俺の方は目のやり場に困るから、何とか見る事に意識を集中しないように心掛けよう。
罪悪感ハンパない……っていうか、何故だか俺も恥ずかしくなってきた……。
あ~~、疲れるわーー。
───
そして、おそらく全裸となったノエルは、持ち込み用のタオルを手にして浴場に向かって歩き始めた。
「ふん、ふふん、ふっふ~♪」
相変わらず彼女は上機嫌だ。
ちなみにその手に魔剣、即ち、俺を持ってはいない。
だが、当然触手で繋がっているので、その事に気付ていない彼女のおかげで、必然的に地面に引きづられてる状態となっていた。
魔剣が何処か角に当たる度に、ゴトゴトと音を立ててはいるが、彼女の方は一向にその事に気にする素振りすら見せない。
……ああっ、なんて可哀想な『俺』なんだっ!!
「ふふん、ふっふ、ふぅーーっ♪」
………。
あ~あ、この子、完全に俺の事忘れてるなーー。
もう、どうなっても知ーらないっと!
───
「わあああああぁーーっ、すっご~~いっ!!」
屋外の温泉の大浴場に辿り着いた彼女は、歓声の声を上げる。
その声に反応して俺は辺りを伺うが、どうやら今、この温泉にいるのは俺達だけのようだった。そして幸いというか、発生した湯気によってその視界も悪く、周囲もかなり見えにくかった。
ノエルは屈み込みながら、身体に掛け湯を始めた。
──その時に目にしてはいけない白いふたつの膨らみを、チラッと目にしたような、しないような……。
──ぐふっ! 思ってたよりあるんだな─って、いやいやいやいやいや、何も見てないっ! 俺は何も見えてないっっ!!
………。
……はあああぁぁ~~、ホント、疲れるよーーっ。
───
ノエルはゆっくりと湯船に入り、中央にある大きな岩の所まで進み、それに背を預けるようにして湯船に浸かった。
「はあぁ~~、生き返る。お風呂なんて何日振りだろ? 気持ちいいなあ~~!」
そう呟きながら、ひとつ大きな伸びをして、そのまま目を閉じた。
同時に俺の目も暗くなる。
彼女は今、さぞかし温泉という名の豊かな恩恵を、その身体に感じながら身を委ねているのだろう。
正直、羨ましい。
今の俺には身体の感覚がないので、その恩恵は微塵も感じ取れない。さっきからの心労によって、むしろ余計に疲れているくらいだ。
……トホホ。
───
しばらくして、目の前が明るくなる。
どうやら、ノエルが目を開けたようだった。
その少し離れた所に偶然なのか、漆黒の魔剣が湯船に浸かるようにして、温泉の岩肌の床下に突き立てられている姿が、湯気にかすれて確認する事ができた。
───
しかし、考えたら全くおかしな状況だよな、今のこの目の前にある、あの剣が『俺』で、こうやってそれを見ているこの身体も『俺』っていう存在なんだから──
───
「う~ん、はあぁ~~、ホントいい気持ち。もうこのまま眠ってしまいそう……」
ノエルはもう一回大きく伸びをすると、次に後ろの三つ編みにしている髪を、手でほどいているようだった。
そして、更に湯船の奥深くへと身体を沈める。
「……もう最高にいい気分……」
─ったく、いい気なもんだよ、こっちはすっごく気を使ってるのにさっ! あ~あ、ホントにもうっ!
『──疲れたっ!』
……はっ、しまったっ!──今のは言葉にしてしまったっ!!
その瞬間、ノエルが何かに気付いたかのように周囲を見回した。そして目の前に突き立っている魔剣の姿を目に捉え──
──固まった。
「………」
『……??』
沈黙の時が流れる──
───
「に、にぎゃああああああああああぁぁぁぁーーーっ!!」
ノエルの口から発せられる大絶叫!!
「な、なんでっ、なんでっ、なんでっ、アルがここにいるのよっ!?」
タオルで身体を隠しながら、目の前の魔剣の事を指差すノエル。
『仕方ないだろ? 繋がってるんだから』
「じゃ、じゃあ、せめてあの岩影にでも隠れててよっ!!」
『あの~、そもそもあの剣の俺はひとりでは動けないし、それにそんな事しても意味ないんですけど……ノエル、ちょっと落ち着いて、今までの俺達が体験してきた身体の共有感覚を思い出してくれる?』
「??──!!」
───
どうやら、やっと気付いてくれたようだ。
その証拠に彼女は恥ずかしそうに目元付近まで、ブクブクと顔を湯船に沈める。
きっと、その顔は真っ赤に染まっている事だろう。
久しぶりに自分の意思で自身の身体を動かせる。その感覚と風呂に入れるという事に浮かれて、どうやら俺という存在が自分の中にいるという事を、完全に忘れていたらしい。
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「ううっ……」
『まあ、あれだ。これから風呂に入る時は、なるべく自分の身体を見ないようにするか、もういっその事、何か着けるか、下着を着けたまま入ってくれ。俺も目のやり場に困るからさ』
ノエルは黙って魔剣の事を睨み付けている。
「……ぐっ、ぐぬぬ……」
『でも今回の件で、ひとつだけ確信できそうな事がある』
「な、何よっ!」
『剣になる前の俺が、多分、男だって事……現に今、俺、少しドキドキしてる……』
「……ぐぬぬぬっ!」
突然、ノエルが魔剣に向かって飛び掛かかる。
そして持ち込んだタオルで、魔剣の事をぐるぐる巻きにした。
どうやら見えないようにしたつもりらしい。
『だから、そんな事やっても意味ないんだってば』
「ふんっ!」
◇◇◇
なんやかんやで一悶着あったが、今、俺達は風呂から上がり、宿の一階の食堂で冷たい果汁のジュースを頂いている。
前にノエルが着ていた部屋着は交換して、今は無理を言って、この宿の主人に新しい部屋着を用意して貰い、それを買い取った──今は身体も衣服も綺麗さっぱりといったところだ。
『俺は温泉は楽しめなかったけど、どうだ? 風呂上がりの冷たい飲み物ってのは、やっぱり美味しいだろ?』
「──つぅーーん」
……まだ、お怒りのようだ。
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そんな時、突然、背後から誰かが声を掛けてきた。
「あの、お客様はデュオ・エタニティ様ですか?」
ノエルが答える。
「えぇ、そうですけど」
どうやらこの宿の従業員らしい。ペコリと頭を下げ、用件を言ってくる。
「デュオ様にお会いしたいと言う御方がいらしています」
……誰だろ?
「何でもアストレイア王国の兵士長様だと、伺っておりますが……」
!!──お出でなすった!
『ノエル、替わろう』
「えっ? は、はい!」
入れ替わった俺は、魔剣を背中に固定し、椅子に掛けていた外套衣を身に纏った。
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「じゃあ、案内。お願いできますか?」
「承知致しました。では、どうぞこちらの方へ」
俺達は従業員の案内を受け、その後に続いて行く。
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『ねぇ、アル。何だか、こうなるのが分かってたみたいだけど、やっぱりそうなの?』
『うん? いや、別に分かってた訳じゃないよ。ただ、昼間にやらかしたあの冒険者ギルドでのアピールが、今になってようやく実った。そんな感じかな?』
『う~ん、よく分かんないけど、つまりは私が言ったあの『きらりん』の効果音が、功を成したって事だね──えっへん!!』
『……い、いや、多分それは関係ないと思うし、相変わらず威張って言う事でもないと思うけど? ノエルって、そのフレーズよっぽど好きなんだな』
『うん、“大好きっ”。えっへん!!』