19話 俺とノエルの奇妙な食事会
よろしくお願い致します。
◇◇◇
そして数刻後──
森から出てくる漆黒の剣を背負った少女、デュオの姿が確認できた。
その足取りは重い。とても疲れている様子だ。
そして後ろに何か、大きく膨れ上がった皮製の袋を重そうに引きずっている──その中身は、今回の仕事達成の証明である鎧熊の首が入っているようだ。
──もう辺りは日が沈みかけ、夕焼けに赤く染まっていた。
◇◇◇
「……考えが甘かった」
そう、意気揚々と森に入ったまではよかったのだが、いくら探しても標的の獲物が見付からない。空腹に耐えながらも血眼になって探索を続け、やっとそのグリズリーを見付け出す事ができた。
精神的にも肉体的にも疲れきっていた俺は、その姿を見付けるや否や、鬼の形相となって魔剣を振るい、襲い掛かっていた。
きっと、あのグリズリーは人生最大の恐怖を、己の最後の時に感じたに違いない。
──可哀想に。
………。
─っていうか、俺も必死だったんだよっ!
───
『アルーっ、私、もうお腹ペッコペコだよ。早くギルドに報告して何か食べに行こうよ~~』
「おっと、そうだったな。ごめんごめん」
───
俺達は冒険者ギルドに報告を済ませ、街の自衛団に向かい、代表者から報酬金を受け取ると、そのまま街の食堂兼酒場へと小走りに向かって行った。
やがて漂ってくる食欲のそそる匂い。
「もう限界だ。腹へって死にそう……」
『ご飯っ! ご飯っ! がるるるぅ……』
ノ、ノエルさんっ、今の貴女、とっても怖いですっっ!!
我慢できず、適当に匂いの発生元である、ひとつの店に勢いよく入った。
───
「いらっしゃいませ~!」
元気な声と共に若い女の子の店員が、席に案内しようと近付いてくる。
俺は愛想笑いを向けながら彼女の案内を無視し、適当に空いているテーブルを見付けて椅子に腰掛けた。
そして店の奥に向かい、大きな声で叫ぶ。
「すみませーーん! この店で一番人気のとびっきり美味しい物を、なるべく早くお願いしまーーすっ!!」
───
待つ事しばらくの後、店員がテーブルの上にサラダやパン、何かの肉の大きなステーキを順に運んでくる。
並べられる、色とりどりの様々なご馳走。
やがて全ての料理を並び終えた店員が離れて行ったその瞬間、俺は、一気にそれらに向かってかぶり付いていた。
───
「おおっ、このステーキ、何の肉か分からないけど凄く美味いぞ! ノエル」
『ホント、柔らかくて美味しい~~っ!』
「このサラダとスープも、塩加減が絶妙だな!」
『うんうん、サラダは新鮮で、スープもほんのり甘くて、ホント美味しい!』
───
前にも考察した事だけど、食事もふたりがひとつの身体で取っている訳なのだが、その身体はノエル。
まあ、言ってしまえば普通の女の子の身体だ。
なので、空腹感が満たされる量なんて、たかが知れている。
そしてこの身体が満足してしまえば、俺も、俺の中にいる彼女も、同じように空腹感が満たされる事になる訳だ。
要するに、ふたりなのに食事の量はひとり分。実質的に身体はひとつなので、当たり前の事なのだが──
しつこいようだが、重ねて言う。
なんてお得で経済的なんだ!
ただ、これも前に考察した事なんだけど、未だに慣れない妙な違和感。
今だと俺がこの身体の持ち主なので、俺が食べたいって思う物を今、順番に食べている。ノエルの方も必然的に俺と同じ物を、同じ順番で食べる事になる訳なのだ。
でも、実際にはこの妙な違和感は、ここ数日の何度かの食事によって大分薄らいできてはいた。
だが、これから発覚する事になる、どうにもならない新たな問題点。
それはいわゆる、食べ物の『好き嫌い』だった。
───
『アル、私、そのサラダに付いているトマト、食べたいんだけど……』
ノエルのその言葉に、俺はサラダの皿にあるカットしてある赤い物体に目をやった。
食べ物として何の魅力も感じない……い、いや、むしろ険悪感さえ感じる……。
俺の意識が、その食物を絶対に口にしてはならないと拒絶している……。
「無理。俺、多分トマト苦手……」
『ええぇぇーーっ!! 私、大・大・大・大好物なんだけどなぁ~、食べたいなあ~~。『トマト』……』
とても残念そうに、“大”を連呼し、トマトという単語を強調するノエル。
………。
「……分かったよ。食べりゃいいんだろっ、食べりゃ!」
俺は覚悟を決め、その赤い物体を口に放り込み、噛み締めた。
直後に俺の口の中いっぱいに広がる、フルーツ何だか野菜何だか分からない香りの、微妙な甘さと中途半端な酸味。
身の毛もよだつ、おぞましい味のハーモニー。
「──う、うげっ! ぐぐっ……やっぱ、まっずいっっ!! おえええっ……ゲホッ、ゲホッ!」
『わあああ~~っ!! 何、このトマト、すっごく甘くて美味しい~~っ!!』
───
……うう、ホント何なんだ。このやり取り。
ふと気付いて涙目で周りを見てみると、他のテーブルの客達が、一斉にこちらに向かって何か気味が悪い者を見るような視線を送ってきていた。
まあ、無理もないか、こんな大きな独り言を言いながら飯を食う奴なんて、普通いないもんな。
思わず苦笑いを浮かべる。
─って、待てよ、もしかしたら!
───
『おーい、ノエル聞こえるか~?』
『え? うん、聞こえてるよ─っていうか、これって声じゃないよね?』
『ああ、これは今、ノエルの心の中に直接話し掛けている。いわゆる『念話』ってやつ。これからは俺達の会話は、これでやっていこうぜ』
『うん、分かった。私にもできるかな? 今度、入れ替わった時に試してみるね~っ』
そして食事を充分に堪能した俺達は、会計を済ませ、外に出て行った。
もう完全に日が沈み、すっかり辺りは夜となっている。
賑やかな夜の繁華街を歩きながら、俺はノエルに早速、念話で話し掛けた。
『さあ、腹もいっぱいになった事だし、できたら装備品を物色したかったけど、今日はもう遅いし、とにかく疲れた。もう何処か宿屋を探そうと思うんだけど、それでいい?』
『全然、それでいいよ。あっ、その事なんだけど。アル、ちょっといいかな?』
『ん、何?』
『いや、さっきね、看板が目に入ったんだけど、何か温泉がある宿があるみたいだよ。私、お風呂に入りたいな~。もう何日も入ってないし。私には感じないけど、多分、もう身体がべとべとで気持ち悪いと思うの。アルは何も感じないのかな?』
確かにノエルの言う通り、身体中湿気てて、べとべとしてかなり気持ち悪い。
この汚れを落としてさっぱりして、ゆっくりと温泉に浸かってみるのもいいかも知れないな。
『うん、温泉か。いいな』
『やったーっ! 決まりだねっ』
そして俺はノエルの指示に従い、その温泉付きの宿屋へと向かうのであった。
───
そこで俺は思い知らされる事になる──
今の俺の身体がノエル。即ち、女の子だったていう己の自覚の足りなささに──