198話 侵入 魔性の森
よろしくお願い致します。
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俺達デュオとフォリー。クリスは、紫色に揺らめく樹海へと馬を疾走させる。
ふと左前方に目をやると、靄に包まれた例の館へと、向かって行くレオンの姿が視線の中に入ってきた。
──レオン。どうか無事で……。
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『大丈夫だよ、アル。だって、あのレオンハルトさんなんだよ。むしろ私達の方こそしっかりしなくっちゃ!──ね?』
まるで俺の事を見透かしたようなノエルの言葉に──
『ぷっ──あはははっ、そうだな。ノエルの言う通りだ。俺達の方こそがんばらなきゃな!』
『うん、そうだよ!』
───
──ヒヒィン
静寂とも感じる中、響き渡る嘶きの声。
そして俺達三人は、馬の足を止める。
前方に広がっているのは、靄で霞んだ樹海となる森林。
それ全体が妖しい紫色の光を帯び、まるで生きている影のように木々となる物がユラユラと蠢いている。
入り口となる木々の隙間は、のたうつ蔦や棘などで著しく絡まり、びっしりと埋め尽くされて、最早何処にも見受けられなかった。
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「なんて禍々しい……魔性の森となるものは初めて目にするが、まさかこれ程までとは……」
「うん、ホンマにな。元来、迷いの森でさえ僕の属性、火と反する直轄外の領域でよう分からんかったのに、今のこの状況……もう、何がなんだか全く訳分からんけど、とにかくメッチャクチャヤバイって事だけは分かるわ……」
フォリーとクリスが前方に広がっている光景に、そう声を漏らす。
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……確かに今の俺達の目の前に広がっている禍々しい森は、得体の知れないものだ。侵入する方法も分からないし、仮にこのまま無理を押して侵入を試みたとして、どんな危険性を伴うか。全く予測も付かない。
今は復活を遂げたかどうかさえ分からないテラマテルの姿も探してはいるが、未だに見付られてはいなかった。
彼女は今、本当にここにいるのか?
それでさえ明確ではない。
だけど──
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「確か、“テラマテルが向かう場所が桃源郷となる”──地の大精霊はそう言っていた筈だよね。そして現に今、桃源郷を囲っていた迷いの森。それが変化した“魔性の森”が私達の前にある。それは即ち──」
俺は後ろの馬上にいるフォリーとクリスに言葉を投げ掛ける。
「テラマテル。復活を遂げた彼女が現れ、ここを“桃源郷”と認識し、そこへと向かった。その証明だ!」
俺の言葉に、フォリーとクリスは神妙な表情で、それぞれコクリと頷いていた。
『うん。その通りだね。アル──』
『ああ、そうだよ』
再び前方の歪な森の方に目を向けていたフォリーが、俺へと視線を向けてきた。
「で、どうする? 私達がここに向かうまでに捜索を続けながら来た訳だが、テラマテル。彼の者の姿らしき者は何も見付からなかった。形跡もだ……」
そのフォリーの言葉に、クリスが口を開く。
「そやな。前までは“魔性の森”じゃなくて“迷いの森”やったやん? しかも今は地の大精霊もおらへんのやで。そのテラマテルっていうのが、ホンマに向かったとしてもやな。こんな状況で、そもそもそいつは魔性の森の中に入れるん?」
………。
確かにそうだ。地の大精霊がいない今、仮にテラマテルがこの先に向かったとして、彼女は中へと立ち入る事ができたのだろうか?
……いや、得体の知れない空間となってしまった森を前に、テラマテル。彼女は一体どうしたいと考えたのだろう?
─────
──「テラ。またでおと会いたい──会える?」
──「私達は友達だ。だから、いつかまた会えるよ」
──「分かった。また会おう。でお──」
──「ああ、必ず会おう、テラ──」
──頭に思い浮かぶ彼女の声──
───
ツインテールの髪を器用に使いこなし、空を縦横無尽に飛翔したテラ。
友達。イオの為に、躊躇なく真っ直ぐに進んで行った少女。
未曾有の力を持つ地の大精霊の『守護する者』、テラマテル。
彼女は感情に乏しく、遂には表情を変える事はなかったが、その光を湛えた瞳は、常に真っ直ぐ自身の進むべき道を正面に捉えていた。
───
そうだ! きっと彼女なら、如何なる困難が待ち受けていようと『守護する者』として、この歪んだ空間。“魔性の森”に迷わず進んで行ったに違いない!
だったら、彼女と同じ未曾有の力を保有している俺がする事は、ただひとつ──
─────
「……私が今からあそこの中に突っ込んで行く──」
「──え? デュオ。お前は一体何を言っているのだ……?」
「ホンマや! そんなんメチャメチャ危ないで!」
………。
『アル……うん、そうね。勿論だよね』
俺の言葉に、フォリーとクリスが驚き、ノエルがそっと肯定する。
俺は驚くフォリーとクリスの方へと、順追って目を合わせた。
「ふたりも知っての通り、私はテラマテル。彼女と会った事がある。今、この付近で彼女の姿が見受けられない訳。それは彼女が既にこの目の前の魔性の森の中に進んで行った事実だと思うんだ。彼女ならきっとそうする筈、私には分かる。そう確信できるんだよ!」
「とは言ってもあまりにも危険過ぎる。せめてレオンが戻ってから考えてもよいのではないのか?」
「ホンマや。いくらデュオ姉が強いってゆうてもやな……」
そんなふたりの声に、俺はまず馬から降りる。
次に、背にある漆黒の魔剣を右手に取った。
次に左手を突き出し、手のひらを上へと向けて開ける。
「触手のひとつ。私の手の中に来い!」
それに応じ、左手のひらに滑り込んできた黒いそれは、瞬間的に紅い閃光を放つと、光が収まると同時に小型の漆黒の剣に姿を変えていた。
右手に魔剣、左手に漆黒の小型剣を携え、二刀流となった俺は、一度それを交差させるように空を斬る。
──ヒュ、ヒュン!
「心配無用、大丈夫だよ。私は人在らざる“魔人”だから。それに、今優先すべきは地の『守護竜』──とにかく時間が惜しいんだ。まず私が魔性の森に入って突破口を開く。悪いけど、それまでふたりはここで待機していてくれ」
そんな俺の様子に、ふたりはそれぞれにヤレヤレといった雰囲気を醸し出し、軽くため息なども漏らしていた。
「はあぁ~~、まあ、デュオならば、おそらくはそう言うと思ってはいたよ。実際、お前ならばこの状況を何とかしてくれそうだしな」
フォリーが軽く笑い、クリスが思案顔で俺に言う。
「まあ、それはええとしてどっから行くん? この魔性の森に入り口らしき所は見当たらへんで?」
「それはさ──」
クリスの言葉に、俺は馬上にいるふたりの間を通り、後方へと歩き始めた。
「……??」
「デュオ。どうするつもりだ?」
やがて15メートル程距離を取った。
そして振り返る。
「“魔性の森”っとは言ってもさ。つまりは森って事だよな!─っていう事はだ──」
「「??」」
───
『行くぜ、ノエル!!』
『おーっ! レッツゴーッ、アル!!』
念話で言葉を交わした俺達は、直ぐ様前方へと走り出した。
「入り口はなくても、即ち森を跳び越えて中に入っちゃったらいい訳だよなっ!!」
そして俺は全力疾走する。
「な、成る程……って──ま、まさか、あれを跳び越えて空から侵入しようというのか!?」
「えーーっ!! う、嘘やろ!? もうメチャクチャやんけっ!!」
───
そして半ば馬上で呆然としている、フォリーとクリスの間を突っ切り、俺は魔性の森の上空へと向かい、力の限りとなる大跳躍を行った。
──ダンッ!
土煙を上げ、俺の身体は紫色に揺らめく大空へと飛ぶ──
やがて最高点に達した俺は、くるりと宙返りをし、後方に見えるふたりへと振り返った。
──
「それじゃ行ってくる! ふたり共、いつでも動けるように準備しといてくれ! じゃあな──!!」
「分かった! くれぐれも無茶はするなよ。私達も後から追い掛ける! 必ず突破口を開いてくれ!」
「うっわああぁぁ~~、メッチャカッコ良過ぎやん! デュオ姉、やっぱカッコカワイイわっ! でも無理は絶対に禁物やで~。がんばってなあぁぁ~~っ!!」
───
『「おおーーっ!!」』
ふたりの声援を後ろから聞きながら、俺は両手に持ったそれぞれの漆黒の剣を構える。
やがて俺達デュオの身体は、足から妖しい蠢く“魔性の森”へと侵入していった。
『あっ! ア、アル!』
「──!!」
突然のノエルの声。
それは俺達デュオを捉えようと、まだ空中にいる俺に向けて延びてくる複数の蔦のような触手だった。
「ちぃっ! 早速かよっ!!」
『アル、気を付けてっ!!』
空中から下に向けて降りようとする俺の身体を、まるで包み込むかのように数え切れない程の太い蔦が一斉に襲い掛かってくる。
それらを両手に持つ二本の剣で、次々に薙ぎ払っていった。
ヒュンヒュンヒュンヒュン──
──ザシュザシュザシュザシュ!
剣を振り抜く音と、蔦の裂かれる音が辺りに響く。
『アル、いいよ! その調子!』
『あいよっ!!』
ノエルの激励に答えながら、俺は向かってくるそれらを次々に斬り裂いていく。
だが、延びてくる複数の蔦は衰える事はなく、下に視線をやると、更に勢いを増してるようにも感じ取れた。
まだ地面に辿り着くまでには、時間が掛かる。
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──ちっ! 切りがないな。だったら、“あれ”でいっその事まとめて吸い込んじまうか──
俺は一度右手に持つ魔剣を大きく振り払った。
ザシュと周囲の蔦を引き裂きながら、同時に頭の中で詠唱を始め、ある魔法を複数発動させる。
「出よ! 闇なる時の狭間──暗黒の亜空間!」
弧を描く漆黒の剣。その残像から五つの黒い魔法陣が浮かび上がる。
そしてそれら魔法陣から、それぞれ黒い球体が発生し、五つのそれらは瞬く間に膨張していく。
やがてビキッビキッという音と共に、臨界点に達した黒い球体は、付近に存在する全ての物を呑み込んでいった。
──ビキッ、ビキキッ──
五つの巨大となった黒い球体は、異音を発しながら群がる蔦を次々に吸収し、自らの内側へと消し去っていく。
そんな光景もやがて頭上のものとなり、俺は“魔性の森”──その内側への地面へと足を着けた。
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「さて──」
『また来るよ! アル、気を付けてねっ!』
ノエルのその声に辺りを見回すと、俺達デュオへと襲い掛かるまたもや太い蔦──
「──!!」
いや、それはもう既に“蔦”と呼称していいかどうかさえ分からない存在へとなり果てしまってていた。
鋭く尖った先端に、裂けた大きな口。そこからはビッチリと生え揃った牙を覗かせている。
最早化け物を生じるに至った異形なる空間──“魔性の森”。
俺は駆け抜け様、大きく二本の剣を振るった。
ビチャビチャと音を立て、緑色の体液を撒き散らしながら、蔦の化け物が肉片となって辺りに飛散する。
それを何度も何度も繰り返し、敵となる者をひたすらに斬り刻み、確実にその数をすり減らしていった。
かなりの時間をそれに費やし、やがてそれを止める事なく、俺は止めとばかりに次の魔法を発動させた。
「薙ぎ払え闇の波動──破壊の黒線!」
瞬間、魔剣の先から黒い魔法陣が浮かび、同時に切っ先から細くて黒い光線が前方に放たれた。
それは前に在る物をことごとく貫通し、貫かれたそれらは、黒い熱線によって燃焼させられる。
俺は放ったままの光線を、自身の周囲を一掃するように薙ぎ払っていった。
──ギャエッ!
──ギュチッ!
──キュガッ!
断末魔の声と共に、ビチャビチャと体液が飛び散り、今回は焦げ臭い匂いまでもが漂ってきた。
やがて──
「……ようやく終わりか?」
相変わらず紫色の靄によって明確にならない視界の中。不意に辺りは静かになった。
………。
『……いや、まだだよ。アル!』
注意を促すノエルの念話の声。
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「……ちいぃっ──!!」
そこには漂う紫の靄の中。俺達デュオを囲うようにして、群がる緑色に身体をてからせる蔦の化け物の大群の姿が映るのだった。